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How did you feel at your first kiss?
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 跡部は色々普通じゃない。
 常日頃神尾が思っている事は、多分結構な人数に同意して貰える筈だと確信出来る。
 跡部は色々普通じゃない。
「神尾」
 オートロックを開けて貰って、更にその高層マンションの最上階にある跡部の部屋まで直行で向かう専用エレベーターに暗証番号を入力して上がってきた。
 跡部の部屋も普通じゃない。
 そんな部屋に入るなり、跡部が放った自分の名前、その威圧的な物言いはいつもの事で、別段不思議ではなかったのだが、そこに続く言葉は。
「お前、俺とするの嫌か」
「………は…?」
 普通じゃない。
 おかしいだろう。
 だって顔を合わせたら、まずは最初は挨拶みたいな言葉を交わすものではないのだろうか。
 神尾に背を向ける位置でパソコンに向かっていた跡部が、そこで漸く肩越しに神尾を振り返ってくる。
 神尾は身動きひとつとれなくなる。
 跡部の、怜悧な流し目と、全く感情の読めない顔。
 跡部に言われた言葉を、神尾は唖然と、ただただ脳裏で繰り返す。
 ようやく唇が僅かに動いた。
「する…?」
「………………」
「………いや…って、なにが…?」
 即座に、呆れ果てたような盛大な溜息を吐きだしたのは跡部だ。
 そんな溜息なんか自分こそ吐き出したい。
 神尾は些か憮然となったが、跡部は一層の無表情で神尾の前に立った。
 物音ひとつ立てないで、いきなり神尾の目の前に跡部は立っている。
「………………」
 普通じゃない。
 綺麗な顔。
 それは神尾も認める。
 ただ整い方に迫力がありすぎて、見惚れたりはしない。
 見惚れたりなど出来ない、と言った方が正しいかもしれない。
 跡部は、そんな隙のない美形だ。
 きつい目も、長い睫毛も、滑らかな肌も、唇の澄んだ色も、何もかも普通じゃない。
「………なん、だよう」
 本当はもう、だいたい神尾にも跡部に聞かれている事の意味は判っていたのだけれど。
 目の前の跡部の佇まいの迫力に、腰が引けるというか、決して脅えている訳ではないが、つい気持ちが怯んでしまう。
 それで気弱な問いかけをしたのだが、容赦のない男は、そんな神尾を目線だけで見下ろして。
「お前は、俺とセックスするのが嫌かって聞いて」
「っ、ぅわぁっ、ばかっ、ばか跡部っ」
 普通じゃねえっ、と神尾は今日最大の気持ちの強さで思って喚いた。
 何でそういうことを聞いてくるのだ。
 真っ向から。
 神尾は赤くなっていいのか青くなっていいのか判らなかった。
 判らなかったので取りあえず跡部の言葉をかき消す勢いで叫んだ。
 咄嗟に自分の両耳を手で塞いだ神尾に、跡部は眉根を顰めている。
 神尾はわめいた後から恥ずかしさがますます増してきて、じわじわと頬に侵食してくる熱の気配に限界を悟る。
 駄目だこういうのは、本当に、と神尾は赤い顔で思った。
 何回か、した。
 跡部と。
 数えてる訳ではないけれど、実際忘れようもないので、今のところ三回、している。
 それは別に無理やりとかではないし、興味本位ということでもないし、ちゃんと、神尾は跡部が好きで、している。
 殆どされているといった感じだが、でもともかく、あれは一人では出来ない事だから、跡部と神尾の二人で望んでしていることだ。
 何で三度もしている状態で、今になってそんな事を聞いてくるのだ、この男は、と神尾は赤い顔で跡部を見上げた。
 羞恥は一向に薄れなかったが、恥ずかしさから生まれた怒りにまかせて罵声の一つでも浴びせてやろうと思った神尾に、跡部は表情ひとつ変えずに両手を伸ばしてきた。
「からかってねえだろ。真面目に聞いてんだよ」
 静かな言い方だった。
 低い声。
 答えろよと、跡部の両手は神尾の両頬を包んで。
 思いっきり正面から向き合わされる。
「………………」
 うわあ、と神尾はその場に座り込みそうになった。
 こういう時に限って。跡部は神尾の赤い顔をからかうような言葉は一切口にしてこない。
 意地悪く笑ったりもしない。
 物凄く真剣みたいに、神尾を見据えて、その返答を待つだけなのだ。
 ほんの少しも甘い所のない目に食い入るように見下ろされて、何なんだこいつとエンドレスに頭の中で繰り返しながら、神尾は負けた
 あっさり負けた。
 結局返事をしたのだ。
「……やじゃ、ない」
 跡部の表情は少し動いた。
 完璧な無表情に近かったのが、瞳の力が強くなり、声音がほんのり和らいだ。
「嫌じゃないんだな?」
 言質を取るような物言いもどこか耳に柔らかい。
 神尾はおずおずと頷いた。
「…ない」
 何でいきなりこんな事を聞かれて、答えさせられているのだろうかと神尾が固まる間、まじまじと神尾を凝視した跡部は、それならちょっと来いと徐に神尾の腕を引いた。
「跡部?」
「判った。それなら、お前、ああいう顔するな」
「ああいうって……何の話…」
「俺が抱いてる時のお前のツラの話だよ」
「……っ…」
 何でそんなの見てんだようっ、と。
 今更かもしれないし、はっきり言ってどうしようもない事かもしれない事を、神尾は今、心底責めたくなった。
 腕を引かれて、跡部の背中を見て、連れて行かれる先が跡部の寝室だと判るから余計に身体が強張って、足がもつれそうになる。
「………跡部…」
 心細く口にした名前は小さかったのに。
 跡部は神尾を肩越しに振り返った。
 そうして囁くように言ったのだ。
 笑ってろ、と。
 笑った顔で。
 神尾は目を瞠る。
 告げられた言葉にも、見せつけられた表情にも。
「……………なん…で…」
「可愛いから」
 真顔で。
 真剣に。
 跡部が言う。
 そんなのおかしい。
 普通じゃない。
 神尾はそう思うのに、跡部は穏やかにひとりごちて。
 神尾を見つめて、長い睫を伏せるように思案しながら呟いた。
「なんでだろうな。どうしてか俺様の目にはそう見える」
 小さな声で言葉を紡ぎながら、あまりにも自然な所作で跡部は神尾の腰を抱き寄せた。
 跡部の腕に巻き込まれ、引き寄せられ、唇を、跡部からのキスで塞がれる。
 ふわりと、あまい接触だった。
 自然と目を閉じてしまうようなすごく優しいキスで、神尾は閉ざした視界の中で跡部の声だけを追う。
「お前が嫌じゃないなら俺はびびらなくて済むから」
「………………」
 不思議な言葉が聞こえた気がして、神尾が目を開けると跡部に唇を塞ぎ直された。
 ぎこちなく数回瞬いてから、神尾は再度目を閉じた。
 へんなの、と思って。
 胸が甘苦しい。
 塞がれた唇のせいだけではなくて。
 甘苦しい。
 でもそれは。
 跡部と、これまで三回したこと。
 それが、これまで以上に、とても大事な事に思えてくるから感じる出来事だと、神尾は誰に教えられるでもなく理解した。
「笑え」
 唇が重ねられる前に、吐息に撫でられるように跡部に命じられて。
 あんな時に笑える訳がないだろうと神尾は思ったのに。
 キスをした後の今は。
 何故か今は。
「………笑える訳、ないじゃん」
 笑うのだ。
 神尾は跡部の腕の中、キスを受けて、笑う。
 本当に胸の奥から滲んでくるみたいに、ゆっくりと微笑んで。
「…………緊張くらいさせろー」
 笑いながら、そんな風に文句を言った神尾に、生意気言うんじゃねえと凄んだ跡部も唇の端を引き上げる。
 お互いが同じ思いで、重ねる唇と唇。
 普通じゃない。
 普通じゃないくらい、特別だ。
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