How did you feel at your first kiss?
一緒に初詣に行きませんかと誘ってきたのは鳳だった。
人混みが苦手な宍戸を熟知している鳳らしく、出かけたのは三箇日も明けてからの事だった。
「あけましておめでとうございます。宍戸さん」
長身を腰からきっちりと折り曲げて、鳳が頭を下げる。
宍戸はさすがにそこまではしないが、同じ言葉を返す。
待ち合わせ場所で、今年もよろしくと言い合って、連れ立って歩き出す。
しばらく歩いて、宍戸は横にいる鳳を見上げて言った。
「長太郎、お前、なんか背伸びてねえか?」
「そうですか?」
そう言われるとそんな気も、と鳳が生真面目にコートの袖口見下ろした。
腕じゃなくて背だよと宍戸は思っておかしくなる。
「何で笑ってるんですか」
少し拗ねたような言い方をする、でも、少しずつ、その見た目が大人びていく鳳を、宍戸は和んだ目で見やる。
「笑ってねえだろ」
「そうですか?」
そうかなあと僅かに首を傾ける鳳の、そういう年下らしい可愛げは変わらないなと宍戸は思った。
数日ぶりに会っても何だかとても久しぶりだと思ってしまうのは、あまりにも毎日一緒にいた夏の印象がまだ抜けないからだろうか。
「宍戸さん、お正月って何してました?」
「ん? 別に普通。いつもの休みと変わらねえよ」
「じゃあ、走ったりとか?」
「ああ」
「誘ってくれればよかったのに」
「新年早々それかって兄貴に呆れられたんだよ。そういうもんかって思ってよ」
つきあわせるの悪いかと思ったと続ければ、鳳は生真面目に、悪くないから来年は誘って下さいねと言った。
「もう来年の話かよ」
「おかしいですか?」
「まあ、いいけど」
他愛のない会話をしながら、近くにある神社に向かう。
社まで長い石段を上っていかないといけない立地なので、あまり人がいない穴場なのだ。
「いいトレーニングになりそうだな」
「ですね」
長い階段を下から見上げてしみじみ言った宍戸は、ふと、鳳に手を握られて瞠目する。
「おい?」
「体力のない後輩を、優しい先輩が手を引っぱって連れていってくれる、というシチュエーションでどうでしょう」
「どうでしょうじゃねえよ」
思わず笑ってしまった宍戸は、けれど鳳の手を振り払いはしなかった。
新年から、こんな場所で、手を繋いで歩くというのはどうかとも思うけれど。
別にわざわざ言い訳のような設定など作らなくてもいいくらいには好きなのだ。
「体力がないとかお前が言うな。どっちかって言えば、なまってんのは俺だ」
「それもないと思いますけど。でもその時は、後輩が先輩をおぶって上るって事にしましょう」
それじゃあ行きましょう、と鳳が宍戸の手を握って階段を上り始める。
よく仲間内でも、距離が近いと言われる自分達だ。
意識した事はなかったが、言ってくるのが一人や二人ではないので、多分そうなのだろう。
ダブルスを組んでいたという事だけでなく、宍戸にしてみれば鳳の存在は大きいのと同時に、当り前のようでもある。
一緒にいる、
近くにいる。
それはみんな極普通の事。
でも、こんな風に手と手を繋いでいると、何もかもが当たり前ではないのだと気づかされる。
「宍戸さん」
「……ん…?」
そっと、囁かれた呼びかけに、宍戸の反応が少し遅れる。
鳳の声は小さかったけれど。
優しく、丁寧だった。
「嫌がらないでくれて、ありがとうございます」
「何が?」
「手。どうしても繋ぎたかったから」
前を向いたまま鳳が言うのに、宍戸は一瞬呆気にとられた。
「こんな所で手なんかつなぐの嫌だって拒まれるかなって、思ってたから」
「……お前は自分に自信があるのか臆病なのか判んねえな…」
謙虚で礼儀正しい反面、鳳は案外マイペースで強気な面も持ち合わせている。
宍戸にしてみればどちらの鳳でも構わなかったし、手をつなぐ事くらいで礼まで言われる方がびっくりする。
「きちんと自信が持てる自分にはなりたいと思ってますよ」
「なら、俺に対しても同じように自信持てばいいだろ」
「それはかなりハードルが高い……」
「お前の今年の目標な。決定」
「宍戸さんー…」
頼りない目で振り返ってくるのが可愛かった。
宍戸は鳳の手を握ったまま、お前の言うことも聞いてやると笑った。
「俺の今年の目標。一個、お前が決めていいぜ。長太郎」
「好きになって下さい」
「は?」
即答すぎて面食らう。
宍戸の手を強く握り返し、鳳ははっきりとした声で繰り返した。
「俺を、もっと好きになって下さい」
「………それ目標じゃねえだろ」
だいたい、そもそも、好きなのだから。
それも、だんだん、どんどん、好きになっている。
目標なんて言ったら、頑張らないと叶わない出来事のようだから、それは有り得ないだろうと宍戸は呆れた。
「少し自重しろって言うなら判るけどよ……」
「え?」
「や、何でもね」
真顔で問い返してくる鳳に適当に首を振って、宍戸は思わずもらしてしまった自分の本音にじわじわと羞恥が湧き上がるのを感じた。
本当に。
それこそ。
少し自重しないと、とんでもない事になりそうだ。
些細な出来事でも、短い言葉でも、ささやかな接触でも。
好きになるから。
「じゃ、約束です」
「……長太郎…?」
「俺は、宍戸さんに対して自信が持てるように頑張ります。宍戸さんは、俺のこと今よりもっと好きになるように、」
「……っから、頑張る必要ねえんだよ、俺はっ」
このアホ!と吐き捨てて、宍戸は階段を駆け上がった。
階段とはいえ、ダッシュには、それこそ自信がある。
「宍戸さんっ?」
訳の判っていない困惑を滲ませて、鳳も慌てて追いかけてきたが、今の顔を見られたくない宍戸は尚加速した。
こんなにも馬鹿な提案を真面目にしてくる、何も判っていない鳳なのに。
それでも、やっぱり、もっと好きになる自分に必要なのは。
どうしたって自重の方だろう。
神頼み、したくなるほどに、重症だ。
人混みが苦手な宍戸を熟知している鳳らしく、出かけたのは三箇日も明けてからの事だった。
「あけましておめでとうございます。宍戸さん」
長身を腰からきっちりと折り曲げて、鳳が頭を下げる。
宍戸はさすがにそこまではしないが、同じ言葉を返す。
待ち合わせ場所で、今年もよろしくと言い合って、連れ立って歩き出す。
しばらく歩いて、宍戸は横にいる鳳を見上げて言った。
「長太郎、お前、なんか背伸びてねえか?」
「そうですか?」
そう言われるとそんな気も、と鳳が生真面目にコートの袖口見下ろした。
腕じゃなくて背だよと宍戸は思っておかしくなる。
「何で笑ってるんですか」
少し拗ねたような言い方をする、でも、少しずつ、その見た目が大人びていく鳳を、宍戸は和んだ目で見やる。
「笑ってねえだろ」
「そうですか?」
そうかなあと僅かに首を傾ける鳳の、そういう年下らしい可愛げは変わらないなと宍戸は思った。
数日ぶりに会っても何だかとても久しぶりだと思ってしまうのは、あまりにも毎日一緒にいた夏の印象がまだ抜けないからだろうか。
「宍戸さん、お正月って何してました?」
「ん? 別に普通。いつもの休みと変わらねえよ」
「じゃあ、走ったりとか?」
「ああ」
「誘ってくれればよかったのに」
「新年早々それかって兄貴に呆れられたんだよ。そういうもんかって思ってよ」
つきあわせるの悪いかと思ったと続ければ、鳳は生真面目に、悪くないから来年は誘って下さいねと言った。
「もう来年の話かよ」
「おかしいですか?」
「まあ、いいけど」
他愛のない会話をしながら、近くにある神社に向かう。
社まで長い石段を上っていかないといけない立地なので、あまり人がいない穴場なのだ。
「いいトレーニングになりそうだな」
「ですね」
長い階段を下から見上げてしみじみ言った宍戸は、ふと、鳳に手を握られて瞠目する。
「おい?」
「体力のない後輩を、優しい先輩が手を引っぱって連れていってくれる、というシチュエーションでどうでしょう」
「どうでしょうじゃねえよ」
思わず笑ってしまった宍戸は、けれど鳳の手を振り払いはしなかった。
新年から、こんな場所で、手を繋いで歩くというのはどうかとも思うけれど。
別にわざわざ言い訳のような設定など作らなくてもいいくらいには好きなのだ。
「体力がないとかお前が言うな。どっちかって言えば、なまってんのは俺だ」
「それもないと思いますけど。でもその時は、後輩が先輩をおぶって上るって事にしましょう」
それじゃあ行きましょう、と鳳が宍戸の手を握って階段を上り始める。
よく仲間内でも、距離が近いと言われる自分達だ。
意識した事はなかったが、言ってくるのが一人や二人ではないので、多分そうなのだろう。
ダブルスを組んでいたという事だけでなく、宍戸にしてみれば鳳の存在は大きいのと同時に、当り前のようでもある。
一緒にいる、
近くにいる。
それはみんな極普通の事。
でも、こんな風に手と手を繋いでいると、何もかもが当たり前ではないのだと気づかされる。
「宍戸さん」
「……ん…?」
そっと、囁かれた呼びかけに、宍戸の反応が少し遅れる。
鳳の声は小さかったけれど。
優しく、丁寧だった。
「嫌がらないでくれて、ありがとうございます」
「何が?」
「手。どうしても繋ぎたかったから」
前を向いたまま鳳が言うのに、宍戸は一瞬呆気にとられた。
「こんな所で手なんかつなぐの嫌だって拒まれるかなって、思ってたから」
「……お前は自分に自信があるのか臆病なのか判んねえな…」
謙虚で礼儀正しい反面、鳳は案外マイペースで強気な面も持ち合わせている。
宍戸にしてみればどちらの鳳でも構わなかったし、手をつなぐ事くらいで礼まで言われる方がびっくりする。
「きちんと自信が持てる自分にはなりたいと思ってますよ」
「なら、俺に対しても同じように自信持てばいいだろ」
「それはかなりハードルが高い……」
「お前の今年の目標な。決定」
「宍戸さんー…」
頼りない目で振り返ってくるのが可愛かった。
宍戸は鳳の手を握ったまま、お前の言うことも聞いてやると笑った。
「俺の今年の目標。一個、お前が決めていいぜ。長太郎」
「好きになって下さい」
「は?」
即答すぎて面食らう。
宍戸の手を強く握り返し、鳳ははっきりとした声で繰り返した。
「俺を、もっと好きになって下さい」
「………それ目標じゃねえだろ」
だいたい、そもそも、好きなのだから。
それも、だんだん、どんどん、好きになっている。
目標なんて言ったら、頑張らないと叶わない出来事のようだから、それは有り得ないだろうと宍戸は呆れた。
「少し自重しろって言うなら判るけどよ……」
「え?」
「や、何でもね」
真顔で問い返してくる鳳に適当に首を振って、宍戸は思わずもらしてしまった自分の本音にじわじわと羞恥が湧き上がるのを感じた。
本当に。
それこそ。
少し自重しないと、とんでもない事になりそうだ。
些細な出来事でも、短い言葉でも、ささやかな接触でも。
好きになるから。
「じゃ、約束です」
「……長太郎…?」
「俺は、宍戸さんに対して自信が持てるように頑張ります。宍戸さんは、俺のこと今よりもっと好きになるように、」
「……っから、頑張る必要ねえんだよ、俺はっ」
このアホ!と吐き捨てて、宍戸は階段を駆け上がった。
階段とはいえ、ダッシュには、それこそ自信がある。
「宍戸さんっ?」
訳の判っていない困惑を滲ませて、鳳も慌てて追いかけてきたが、今の顔を見られたくない宍戸は尚加速した。
こんなにも馬鹿な提案を真面目にしてくる、何も判っていない鳳なのに。
それでも、やっぱり、もっと好きになる自分に必要なのは。
どうしたって自重の方だろう。
神頼み、したくなるほどに、重症だ。
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