How did you feel at your first kiss?
鳳と喧嘩をしたら、機嫌だけでなく体調まで悪くなってしまった。
激ダサ、と口にした自分の声も妙に頼りなくて宍戸は鬱々とする。
朝からずっと寒気がするのは、今日の気温が低いせいばかりではないようで、放課後になったら寒気というより、もはや悪寒でくらくらした。
頭が痛い。
気持ちが悪い。
あとはもう帰るだけなのに、ここにきて一気に動けなくなった。
宍戸は廊下の片隅にしゃがみこんで、床材の冷たさに身震いする。
冷暖房完備の氷帝学園の校内においてはあるまじき寒さに、宍戸は立てた膝に額を押し当てて目眩を噛み砕こうと必死になっていた。
身体の遠くの方から兆しがある吐き気にもうんざりする。
「………何でそんなになるまで無理するの」
「………………」
額の上あたりに、宛がわれた手のひらは滝のものだ。
色気のある声は頭痛の酷い宍戸を全く苦しめない。
いつも穏やかな友人のものだった。
ひんやりとした指に頭を撫でられていると、少しだけ気分がはれる。
しかし、溜息と一緒に滝が吐き出した言葉を宍戸は即座に否定した。
「鳳、呼ぶよ」
「呼ぶな」
滝が、そう言いだしそうな予感はあったから。
すぐに否定したのに、駄目、と滝はにべもない。
「立ち上がれない宍戸を運ぶのは、俺じゃちょっと難しいよ」
「運ばなくていい…」
「駄目」
「もう行っていい」
「出来るわけないだろう、そんなこと」
滝の声は優しかったが、嫌だと宍戸は首を振り続けた。
「どうしたの。宍戸」
半分は怒って、半分は心配そうに。
滝が宍戸の正面にしゃがみ込んだ。
「そんなに具合悪いのに、何で、これ以上無理しようとするわけ? 全然平気じゃないって、自分で判ってるだろ?」
「………………」
「鳳以外だったらいいの?」
そうだけど。
頷けない。
押し黙る宍戸の、下を向いたままの頭上に手をおいて、滝は宥めるように髪を撫でてくる。
「…鳳は嫌なの?」
少しだけ聞き方を変えてきた滝に、宍戸は漸く頷いた。
「どうして?」
黙り続ける事もすでに億劫だった。
宍戸は力ない声で答える。
「……喧嘩してるから。あいつは呼ぶな」
「喧嘩って…」
珍しく滝が、呆れを露にして宍戸を叱った。
「あのね。こういう時に、意地張ってる場合じゃないだろ」
「………嫌だ」
「宍戸」
嫌だ、と宍戸は繰り返して、これではまるで駄々をこねる子供のようだと思ったけれど。
「……あいつ、頭下げてでも謝り倒して連れて帰るに決まってるから、やだ」
宍戸の頭を撫でていた滝の手が止まる。
ん?と小さな自己確認のような声がして。
「…鳳が謝ったら、宍戸は嫌だってこと? つまり宍戸が悪い?」
「だよ…」
「………………」
「当分許さなくて良いって俺は言ってんのに、あの、ばか」
すぐ許す。
悪くもないのに謝って。
彼の方から折れて。
ここ数日ずっとそうだった。
だからその上でこんな、具合が悪い自分なんかと接触したら、鳳は絶対に何もかもひっくるめて自分が悪いということにするのだ。
絶対。
それが、どうしてもどうしても、いやだ。
「そっか…」
「………………」
しみじみと頷いてはくれる。
でも滝は、どうしようかなあと片手に持った携帯を見て溜息をつく。
「そうは言ってもねえ…」
「ぜったい、やだ、」
「……そんな子供みたいな言い方、普段の宍戸だったらしないよねえ………そんなに具合悪いのに、どうしようか…」
宍戸の頭に手のひらを乗せて、そっと頭を撫でながら滝が呟くのに、突然別の声が被さってくる。
「もう遅ぇ」
歯切れの良い、強い声。
滝は立ち上がって振り返り、宍戸はのろのろと顔を上げた。
小さな身体。
けれどそうとは見せない力強さで、向日は腰の両脇に手を当てて、二人の前に立っている。
「岳人」
「滝、お前、宍戸を甘やかしすぎ」
「……かなあ…?」
「かなあ、じゃねえよ。甘いんだよ、お前は!」
苦笑いする滝に厳しく言いやってから、向日は宍戸を睨み下ろした。
「今更ぐだぐだ言ったって遅ぇ! 侑士が鳳に電話したぜ」
「……、…あ?」
向日が立てた親指で自身の背後を、指差す。
そちらからゆっくり歩いてくるのは忍足だ。
「お前が来ないなら宍戸は俺か跡部が姫抱っこして帰るって。侑士に言えって言ったら言った」
さっき電話で、と向日は言い、携帯を手にした忍足は苦笑いでそんな向日の横に並んだ。
「あの調子じゃ、直に血相変えて飛んでくるやろ。鳳」
「てめ……何考えてんだ…」
宍戸が低い声で向日と忍足を睨んで呟けば。
「侑士もそう言ったな」
向日はけろりと口にして、滝が、あーあーと声を上げて笑う。
「岳人…忍足、結構デリケートなんだから。そんなこと言わせて、可哀想に」
「せやろー? 俺傷ついてんねんで」
「よくオッケーしたね。忍足も」
「そう言わんと、家出した時に、俺んとこにはもう来ぃへん言うんやで、この子」
「あらら」
ひどいわとがっくりと肩を落とす忍足と、それは心配だよねえと慰める滝と。
「別に俺が運んでやりゃいいんだけどよ。侑士や跡部の名前出す方が、鳳すっ飛んでくるだろうからな」
「………なに言ってんだか判んねえよ」
自分よりも十四センチも低い身長で、でも向日だったらやってのけるかもしれない。
宍戸は悪寒の中で悪態をつくのが精一杯だった。
寒気がするのに。
頭が痛いのに。
具合が悪くて、もう立ち上がる気力もないのに。
そんな自分の周辺で、友人たちは賑やかしのように騒いでいる。
でも本当は、きちんと心配をされていることも判るので。
いつまでも意地を張っていたら駄目なのかもしれないと、宍戸は膝を抱え込むように項垂れた。
視界がぐるぐる回る。
喧嘩。
そう、喧嘩。
喧嘩の原因は、何だったか。
思い出そうにも、だんだんと訳が判らなくなってくる。
怒ったのは自分だったのか、鳳だったのか、はたして自分は何が嫌で頑なに鳳を避けたいのか。
改めて、色々と、考えようとして、どんどん訳が判らなくなってしまう。
「ん? マジでやばそうだな、こいつ」
「うわ………ちょっ…宍戸、…?」
「おー、王子様の到着や」
向日が眉を寄せ、滝が慌てて、忍足が呑気に言う。
廊下の遠くの方から、走ってくる男の気配。
顔を俯かせていても判る、その足音。
「宍戸さん? 宍戸さん、大丈夫ですか?」
「………………」
気遣わしい声が聞こえる。
肩に手がかかる。
駄目だ、もう。
「し、……!…」
「………………」
宍戸は鳳の胸元に身体を預けた。
しっかりと受け止めてきた腕の強い感触に、手放しにそれこそ甘えるように顔を伏せて。
「……ごめん…なあ……長太郎…」
「だからその話は……、…ああもう、とりあえず!」
病院行きましょうと鳳は宍戸の身体を包み込むようにして。
やってのけたらしい。
お姫様抱っこ。
浮遊感にまたぐらりと眩暈がして、宍戸はそのまま鳳の胸元に顔を埋めた。
たぶん、熱が出てきた。
原因は体調不良によるものなのか、久しぶりに感じる鳳の気配によるものなのか、あやうい。
「だから、お前は、許さなくて……、…いい…」
「いい加減いつまでも我儘言わないっ!」
鳳の怒声に、おおーっと三年生達は言って手を叩く。
「おお。大人になったんやなあ、鳳」
「鳳、よく言った!」
「鳳が宍戸を怒鳴れるとはねえ……やるねえ…」
「ああもう先輩達退いてください!」
大人というよりは、心配しすぎて訳が判らなくなっているのに近い。
鳳の狼狽は、宍戸の知る由ではなかったのだけれど。
「あと頼むね。鳳」
「じゃーなー」
「頑張りや」
気ままな事を口々に言って、去っていく同級生達の声も、宍戸の耳には届いていなかったけれど。
優しい、強い腕に支えられていて。
真摯に気遣われるこの腕に、今は頼っていいのだと判ったから。
宍戸はゆっくり安堵して、何もかも無抵抗に、鳳の腕の中で意識を手放したのだった。
激ダサ、と口にした自分の声も妙に頼りなくて宍戸は鬱々とする。
朝からずっと寒気がするのは、今日の気温が低いせいばかりではないようで、放課後になったら寒気というより、もはや悪寒でくらくらした。
頭が痛い。
気持ちが悪い。
あとはもう帰るだけなのに、ここにきて一気に動けなくなった。
宍戸は廊下の片隅にしゃがみこんで、床材の冷たさに身震いする。
冷暖房完備の氷帝学園の校内においてはあるまじき寒さに、宍戸は立てた膝に額を押し当てて目眩を噛み砕こうと必死になっていた。
身体の遠くの方から兆しがある吐き気にもうんざりする。
「………何でそんなになるまで無理するの」
「………………」
額の上あたりに、宛がわれた手のひらは滝のものだ。
色気のある声は頭痛の酷い宍戸を全く苦しめない。
いつも穏やかな友人のものだった。
ひんやりとした指に頭を撫でられていると、少しだけ気分がはれる。
しかし、溜息と一緒に滝が吐き出した言葉を宍戸は即座に否定した。
「鳳、呼ぶよ」
「呼ぶな」
滝が、そう言いだしそうな予感はあったから。
すぐに否定したのに、駄目、と滝はにべもない。
「立ち上がれない宍戸を運ぶのは、俺じゃちょっと難しいよ」
「運ばなくていい…」
「駄目」
「もう行っていい」
「出来るわけないだろう、そんなこと」
滝の声は優しかったが、嫌だと宍戸は首を振り続けた。
「どうしたの。宍戸」
半分は怒って、半分は心配そうに。
滝が宍戸の正面にしゃがみ込んだ。
「そんなに具合悪いのに、何で、これ以上無理しようとするわけ? 全然平気じゃないって、自分で判ってるだろ?」
「………………」
「鳳以外だったらいいの?」
そうだけど。
頷けない。
押し黙る宍戸の、下を向いたままの頭上に手をおいて、滝は宥めるように髪を撫でてくる。
「…鳳は嫌なの?」
少しだけ聞き方を変えてきた滝に、宍戸は漸く頷いた。
「どうして?」
黙り続ける事もすでに億劫だった。
宍戸は力ない声で答える。
「……喧嘩してるから。あいつは呼ぶな」
「喧嘩って…」
珍しく滝が、呆れを露にして宍戸を叱った。
「あのね。こういう時に、意地張ってる場合じゃないだろ」
「………嫌だ」
「宍戸」
嫌だ、と宍戸は繰り返して、これではまるで駄々をこねる子供のようだと思ったけれど。
「……あいつ、頭下げてでも謝り倒して連れて帰るに決まってるから、やだ」
宍戸の頭を撫でていた滝の手が止まる。
ん?と小さな自己確認のような声がして。
「…鳳が謝ったら、宍戸は嫌だってこと? つまり宍戸が悪い?」
「だよ…」
「………………」
「当分許さなくて良いって俺は言ってんのに、あの、ばか」
すぐ許す。
悪くもないのに謝って。
彼の方から折れて。
ここ数日ずっとそうだった。
だからその上でこんな、具合が悪い自分なんかと接触したら、鳳は絶対に何もかもひっくるめて自分が悪いということにするのだ。
絶対。
それが、どうしてもどうしても、いやだ。
「そっか…」
「………………」
しみじみと頷いてはくれる。
でも滝は、どうしようかなあと片手に持った携帯を見て溜息をつく。
「そうは言ってもねえ…」
「ぜったい、やだ、」
「……そんな子供みたいな言い方、普段の宍戸だったらしないよねえ………そんなに具合悪いのに、どうしようか…」
宍戸の頭に手のひらを乗せて、そっと頭を撫でながら滝が呟くのに、突然別の声が被さってくる。
「もう遅ぇ」
歯切れの良い、強い声。
滝は立ち上がって振り返り、宍戸はのろのろと顔を上げた。
小さな身体。
けれどそうとは見せない力強さで、向日は腰の両脇に手を当てて、二人の前に立っている。
「岳人」
「滝、お前、宍戸を甘やかしすぎ」
「……かなあ…?」
「かなあ、じゃねえよ。甘いんだよ、お前は!」
苦笑いする滝に厳しく言いやってから、向日は宍戸を睨み下ろした。
「今更ぐだぐだ言ったって遅ぇ! 侑士が鳳に電話したぜ」
「……、…あ?」
向日が立てた親指で自身の背後を、指差す。
そちらからゆっくり歩いてくるのは忍足だ。
「お前が来ないなら宍戸は俺か跡部が姫抱っこして帰るって。侑士に言えって言ったら言った」
さっき電話で、と向日は言い、携帯を手にした忍足は苦笑いでそんな向日の横に並んだ。
「あの調子じゃ、直に血相変えて飛んでくるやろ。鳳」
「てめ……何考えてんだ…」
宍戸が低い声で向日と忍足を睨んで呟けば。
「侑士もそう言ったな」
向日はけろりと口にして、滝が、あーあーと声を上げて笑う。
「岳人…忍足、結構デリケートなんだから。そんなこと言わせて、可哀想に」
「せやろー? 俺傷ついてんねんで」
「よくオッケーしたね。忍足も」
「そう言わんと、家出した時に、俺んとこにはもう来ぃへん言うんやで、この子」
「あらら」
ひどいわとがっくりと肩を落とす忍足と、それは心配だよねえと慰める滝と。
「別に俺が運んでやりゃいいんだけどよ。侑士や跡部の名前出す方が、鳳すっ飛んでくるだろうからな」
「………なに言ってんだか判んねえよ」
自分よりも十四センチも低い身長で、でも向日だったらやってのけるかもしれない。
宍戸は悪寒の中で悪態をつくのが精一杯だった。
寒気がするのに。
頭が痛いのに。
具合が悪くて、もう立ち上がる気力もないのに。
そんな自分の周辺で、友人たちは賑やかしのように騒いでいる。
でも本当は、きちんと心配をされていることも判るので。
いつまでも意地を張っていたら駄目なのかもしれないと、宍戸は膝を抱え込むように項垂れた。
視界がぐるぐる回る。
喧嘩。
そう、喧嘩。
喧嘩の原因は、何だったか。
思い出そうにも、だんだんと訳が判らなくなってくる。
怒ったのは自分だったのか、鳳だったのか、はたして自分は何が嫌で頑なに鳳を避けたいのか。
改めて、色々と、考えようとして、どんどん訳が判らなくなってしまう。
「ん? マジでやばそうだな、こいつ」
「うわ………ちょっ…宍戸、…?」
「おー、王子様の到着や」
向日が眉を寄せ、滝が慌てて、忍足が呑気に言う。
廊下の遠くの方から、走ってくる男の気配。
顔を俯かせていても判る、その足音。
「宍戸さん? 宍戸さん、大丈夫ですか?」
「………………」
気遣わしい声が聞こえる。
肩に手がかかる。
駄目だ、もう。
「し、……!…」
「………………」
宍戸は鳳の胸元に身体を預けた。
しっかりと受け止めてきた腕の強い感触に、手放しにそれこそ甘えるように顔を伏せて。
「……ごめん…なあ……長太郎…」
「だからその話は……、…ああもう、とりあえず!」
病院行きましょうと鳳は宍戸の身体を包み込むようにして。
やってのけたらしい。
お姫様抱っこ。
浮遊感にまたぐらりと眩暈がして、宍戸はそのまま鳳の胸元に顔を埋めた。
たぶん、熱が出てきた。
原因は体調不良によるものなのか、久しぶりに感じる鳳の気配によるものなのか、あやうい。
「だから、お前は、許さなくて……、…いい…」
「いい加減いつまでも我儘言わないっ!」
鳳の怒声に、おおーっと三年生達は言って手を叩く。
「おお。大人になったんやなあ、鳳」
「鳳、よく言った!」
「鳳が宍戸を怒鳴れるとはねえ……やるねえ…」
「ああもう先輩達退いてください!」
大人というよりは、心配しすぎて訳が判らなくなっているのに近い。
鳳の狼狽は、宍戸の知る由ではなかったのだけれど。
「あと頼むね。鳳」
「じゃーなー」
「頑張りや」
気ままな事を口々に言って、去っていく同級生達の声も、宍戸の耳には届いていなかったけれど。
優しい、強い腕に支えられていて。
真摯に気遣われるこの腕に、今は頼っていいのだと判ったから。
宍戸はゆっくり安堵して、何もかも無抵抗に、鳳の腕の中で意識を手放したのだった。
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