How did you feel at your first kiss?
実は跡部を怖いと思った事は一度もない。
神尾はよく跡部と喧嘩をするので怒鳴られる事も多いが、怖いと思った事はなかった。
整いすぎる程に整った顔の跡部に冷めた目でもって睨まれれば多少は怯むけれど、それが怖くて堪らないという訳ではない。
「お前、最近目つけられてるらしいな」
「……ん?」
聞く者が聞けば震え上がるだろう冷えきった跡部の声で唐突にそう言われた神尾は、ただ首を傾げた。
歩きながら真横にいる跡部を見上げる。
「目?」
何?と重ねて聞くと。
跡部の鋭い流し目で見下ろされ、神尾は一層首を傾ける。
言われている言葉の意味は判らなかったが、跡部が結構本気で機嫌が悪いという事はただちに理解する。
静かに深く怒っている跡部に対して。
どうしたものかと、神尾は逡巡する。
「………………」
放課後、約束もなく唐突に跡部が不動峰までやってきたので何かしら理由があるのだろうと、思ってはいたけれど。
氷帝の制服姿の跡部を上目に見たまま、神尾は取りあえず言われた言葉の意味をもう一度考えた。
目をつけられてるって、どういう事だろうか。
テニス部の上級生に絡まれて暴力を受けていたのは、もう去年のことだ。
今更跡部がその時の事を聞いている訳もないだろうし、最近で思い当たる事は何もない。
何だろう困ったなと神尾は眉根を寄せて、あれこれ記憶を探っては、懸命に考え込んだ。
「……てめえ」
唸るような跡部の声に、神尾は僅かに息をのむ。
怖いというより、跡部が本気なのが一層判って、ますます困ってしまったからだ。
「えっと、…悪い。全然、なんにも思い当たらねえんだけど……」
何の話?と出来るだけそっと神尾は切り出したのに、跡部の手に制服の首元を掴み締められる。
「ちょ、…跡部、?」
神尾は穏便に聞いているのに、どうして普段は冷静な跡部がこう出るのか。
それこそ傍目には他校生同士の喧嘩にしか見えないだろうと神尾は胸倉を掴まれながら瞬きを繰り返す。
すうっと怜悧な目を細めて跡部は言った。
「お前、野郎に毎日声かけられてるんだってな」
「……は?」
「お前がオヤジに目つけられてるだ何だと、どうして俺様があのボヤキから聞かされなきゃならねえんだ? アア?」
「ボヤキ? え、深司?」
言葉を飾らない神尾の親友は、跡部に対しても当然のように辛辣だ。
跡部は跡部で、妙に伊武を敵対視している。
そんな二人がいつ話なんかしたんだろうか、それも自分の事を?と神尾は怪訝に思って問いかけるのに、跡部は全くそれに対しての返事をしない。
仕方がないので神尾は話を進める。
「オヤジって何? 俺知らないぜ?」
「ほとんど毎日、同じ場所で声かけられて知らねえ訳あるか!」
「や、マジ知らないし!」
ぐいぐいと首元を絞められて、神尾も喚くが跡部はもっと大きな声を出す。
「テニスしようだ、音楽は何聴いてんだ、めちゃめちゃ目つけられて声かけられまくってて、とぼけてんじゃねえよ!」
「は? 何それ、ナンパか」
「それ以外に他の何だってんだ!」
きいん、と耳鳴りがするほど至近距離で跡部に怒鳴られた。
神尾は思いっきり顔を顰めて、その一方で、ああそういえば、と思い当たる事があった。
そういえば。
伊武にも聞かれた。
今跡部が言ったような内容の事。
神尾は通学時間は大抵音楽を聴いているので、あまり周辺の音を聞いてない。
リズムに乗って走っている事も多いので、ほとんど自分だけの世界にいる。
だから伊武に、あの男の人知り合い?と聞かれても何のことだかさっぱり判らなかった。
テニスしようと声をかけられてただろと言われても記憶にないし、何の音楽を聴いているのかって聞かれてただろと言われても覚えがない。
首を傾げれば呆れかえった溜息と馴染みのボヤキで延々愚痴られた。
その親友がぼやくだけぼやいた後に、漸く教えてくれた。
どうもここのところ神尾は、下校時間に一人の男に、そんな風に声をかけられているらしかった。
神尾は全くもってその相手を認識していないので、伊武からはボヤキを通り越した辛辣な言葉を浴びせかけられたのだ。
「あー、……判った、跡部」
経緯は判らないが、ともかくその話を伊武は跡部にしたのだろう。
そして跡部は怒っている。
ものすごく。
「跡部」
神尾は胸元のシャツを跡部に掴まれたまま、両腕を伸ばした。
跡部の髪に指先を埋めて。
「えっと、心配、かけてごめん」
「………………」
ぴたりと跡部が口を噤む。
きつい目元の鋭さは緩まないまま、不機嫌極まりない表情で神尾を見下ろす跡部の頭を固定するように両手で捉まえて、神尾はゆっくりと繰り返した。
「心配かけてごめんな」
「………………」
自分より十センチ上にある跡部の目をじっと見上げて。
「何か、そういう奴がいるらしいけど、俺別に、直接被害被ってたりしてないし。話とかもしてないぜ? どういう奴かもあんまり記憶にないし。だから大丈夫」
「………………」
跡部のことだ。
神尾がそう言ったところで、心配なんざしてねえと一喝してくるかと思っていたのだが。
仏頂面のまま、跡部は黙って神尾の言葉を聞いている。
きちんと聞いてくれている。
「これからもちゃんと気をつけるぜ!」
だから神尾は笑って跡部にそう告げた。
跡部は神尾を見据えた後、重たく吐き出すように言った。
「………そうしろ」
「うん」
「絶対ついていくんじゃねえ」
「うん」
「話しかけられても口きくな、相手の話も聞くな、足止めんな」
「ん。約束するぜ!」
神尾は跡部に胸倉を掴まれたまま。
跡部の頭を抱きこむように手を伸ばしてもいて。
憮然とした様子の跡部の言葉に逐一頷き、笑った。
こういう時に真剣に怒られるのは少しだけ擽ったい。
でも、何だか自然と笑みが浮かんでくるのだ。
「へらへら笑ってんじゃねえよ」
跡部の手に頭をはたかれたけれど、たいして痛くなかった。
神尾が跡部の髪から手を離すと、物足りなさそうに不機嫌な顔をする跡部がいて、神尾はやっぱり笑ってしまう。
「跡部、一緒に帰ろうぜ!」
「もう帰ってんだろうが、バアカ」
歩き出しを促すように、一瞬だけ跡部の腕に肩を抱かれる。
その手つきはとても丁寧で、跡部の手のひらの感触の余韻は、静かに甘く神尾の意識に沈んだ。
神尾はよく跡部と喧嘩をするので怒鳴られる事も多いが、怖いと思った事はなかった。
整いすぎる程に整った顔の跡部に冷めた目でもって睨まれれば多少は怯むけれど、それが怖くて堪らないという訳ではない。
「お前、最近目つけられてるらしいな」
「……ん?」
聞く者が聞けば震え上がるだろう冷えきった跡部の声で唐突にそう言われた神尾は、ただ首を傾げた。
歩きながら真横にいる跡部を見上げる。
「目?」
何?と重ねて聞くと。
跡部の鋭い流し目で見下ろされ、神尾は一層首を傾ける。
言われている言葉の意味は判らなかったが、跡部が結構本気で機嫌が悪いという事はただちに理解する。
静かに深く怒っている跡部に対して。
どうしたものかと、神尾は逡巡する。
「………………」
放課後、約束もなく唐突に跡部が不動峰までやってきたので何かしら理由があるのだろうと、思ってはいたけれど。
氷帝の制服姿の跡部を上目に見たまま、神尾は取りあえず言われた言葉の意味をもう一度考えた。
目をつけられてるって、どういう事だろうか。
テニス部の上級生に絡まれて暴力を受けていたのは、もう去年のことだ。
今更跡部がその時の事を聞いている訳もないだろうし、最近で思い当たる事は何もない。
何だろう困ったなと神尾は眉根を寄せて、あれこれ記憶を探っては、懸命に考え込んだ。
「……てめえ」
唸るような跡部の声に、神尾は僅かに息をのむ。
怖いというより、跡部が本気なのが一層判って、ますます困ってしまったからだ。
「えっと、…悪い。全然、なんにも思い当たらねえんだけど……」
何の話?と出来るだけそっと神尾は切り出したのに、跡部の手に制服の首元を掴み締められる。
「ちょ、…跡部、?」
神尾は穏便に聞いているのに、どうして普段は冷静な跡部がこう出るのか。
それこそ傍目には他校生同士の喧嘩にしか見えないだろうと神尾は胸倉を掴まれながら瞬きを繰り返す。
すうっと怜悧な目を細めて跡部は言った。
「お前、野郎に毎日声かけられてるんだってな」
「……は?」
「お前がオヤジに目つけられてるだ何だと、どうして俺様があのボヤキから聞かされなきゃならねえんだ? アア?」
「ボヤキ? え、深司?」
言葉を飾らない神尾の親友は、跡部に対しても当然のように辛辣だ。
跡部は跡部で、妙に伊武を敵対視している。
そんな二人がいつ話なんかしたんだろうか、それも自分の事を?と神尾は怪訝に思って問いかけるのに、跡部は全くそれに対しての返事をしない。
仕方がないので神尾は話を進める。
「オヤジって何? 俺知らないぜ?」
「ほとんど毎日、同じ場所で声かけられて知らねえ訳あるか!」
「や、マジ知らないし!」
ぐいぐいと首元を絞められて、神尾も喚くが跡部はもっと大きな声を出す。
「テニスしようだ、音楽は何聴いてんだ、めちゃめちゃ目つけられて声かけられまくってて、とぼけてんじゃねえよ!」
「は? 何それ、ナンパか」
「それ以外に他の何だってんだ!」
きいん、と耳鳴りがするほど至近距離で跡部に怒鳴られた。
神尾は思いっきり顔を顰めて、その一方で、ああそういえば、と思い当たる事があった。
そういえば。
伊武にも聞かれた。
今跡部が言ったような内容の事。
神尾は通学時間は大抵音楽を聴いているので、あまり周辺の音を聞いてない。
リズムに乗って走っている事も多いので、ほとんど自分だけの世界にいる。
だから伊武に、あの男の人知り合い?と聞かれても何のことだかさっぱり判らなかった。
テニスしようと声をかけられてただろと言われても記憶にないし、何の音楽を聴いているのかって聞かれてただろと言われても覚えがない。
首を傾げれば呆れかえった溜息と馴染みのボヤキで延々愚痴られた。
その親友がぼやくだけぼやいた後に、漸く教えてくれた。
どうもここのところ神尾は、下校時間に一人の男に、そんな風に声をかけられているらしかった。
神尾は全くもってその相手を認識していないので、伊武からはボヤキを通り越した辛辣な言葉を浴びせかけられたのだ。
「あー、……判った、跡部」
経緯は判らないが、ともかくその話を伊武は跡部にしたのだろう。
そして跡部は怒っている。
ものすごく。
「跡部」
神尾は胸元のシャツを跡部に掴まれたまま、両腕を伸ばした。
跡部の髪に指先を埋めて。
「えっと、心配、かけてごめん」
「………………」
ぴたりと跡部が口を噤む。
きつい目元の鋭さは緩まないまま、不機嫌極まりない表情で神尾を見下ろす跡部の頭を固定するように両手で捉まえて、神尾はゆっくりと繰り返した。
「心配かけてごめんな」
「………………」
自分より十センチ上にある跡部の目をじっと見上げて。
「何か、そういう奴がいるらしいけど、俺別に、直接被害被ってたりしてないし。話とかもしてないぜ? どういう奴かもあんまり記憶にないし。だから大丈夫」
「………………」
跡部のことだ。
神尾がそう言ったところで、心配なんざしてねえと一喝してくるかと思っていたのだが。
仏頂面のまま、跡部は黙って神尾の言葉を聞いている。
きちんと聞いてくれている。
「これからもちゃんと気をつけるぜ!」
だから神尾は笑って跡部にそう告げた。
跡部は神尾を見据えた後、重たく吐き出すように言った。
「………そうしろ」
「うん」
「絶対ついていくんじゃねえ」
「うん」
「話しかけられても口きくな、相手の話も聞くな、足止めんな」
「ん。約束するぜ!」
神尾は跡部に胸倉を掴まれたまま。
跡部の頭を抱きこむように手を伸ばしてもいて。
憮然とした様子の跡部の言葉に逐一頷き、笑った。
こういう時に真剣に怒られるのは少しだけ擽ったい。
でも、何だか自然と笑みが浮かんでくるのだ。
「へらへら笑ってんじゃねえよ」
跡部の手に頭をはたかれたけれど、たいして痛くなかった。
神尾が跡部の髪から手を離すと、物足りなさそうに不機嫌な顔をする跡部がいて、神尾はやっぱり笑ってしまう。
「跡部、一緒に帰ろうぜ!」
「もう帰ってんだろうが、バアカ」
歩き出しを促すように、一瞬だけ跡部の腕に肩を抱かれる。
その手つきはとても丁寧で、跡部の手のひらの感触の余韻は、静かに甘く神尾の意識に沈んだ。
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