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How did you feel at your first kiss?
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 卒業式のだいぶ前に春一番は吹いたのに、式が間近になっても、暖かい春にはなかなかならない。
 正門を出るなり冷たい風が強く吹き付けてきて宍戸は首を竦めた。
「入りますか?」
 躊躇いもなく制服の上着の片側をひらく鳳がどこまで本気か知らないが、この寒い中する格好ではないと宍戸は手荒に鳳のブレザーの釦をとめた。
「閉めとけ、アホ」
「宍戸さん寒そう」
「寒ぃよ!」
 八つ当たりじみた返答だったのに、痛ましそうな顔をして鳳は宍戸の腕を引き寄せてきた。
「………長太郎、お前まさか、俺におぶってけってんじゃねえだろうな」
 宍戸とて実際にそう思った訳ではない。
 背中にぴったりとくっついた鳳に、しっかりと抱き込まれている体勢ではあるけれど。
「そうですねえ…それ、俺がしてもいいですか?」
「全力阻止!」
 宍戸の即答に鳳は笑って腕に力を込めてきた。
 のんびりとした笑いの余韻が宍戸の背中越しにも伝わってくる。
「あったかいですね、宍戸さん」
 温かいのは確かにそうなので宍戸も否定はしなかった。
 溜息はついたが甘んじていると。
「てめえら……氷帝の真ん前で何やってやがる」
 低い怒声がして、鳳と宍戸は同じタイミングで振り返った。
「……んだよ、跡部か」
「アア?」
 吐き捨てた宍戸に、剣呑と矛先を向ける跡部、そんな彼らを仲裁するように鳳が宍戸へは抱擁を強め跡部へは目礼する。
「お疲れ様です」
「鳳」
「はい」
「そういう所は宍戸に似なくていい」
 ふてぶてしくなりやがってと跡部が吐き出した。
 鳳は笑みをたたえたままだったが、どういう意味だと宍戸が声を荒げた。
「ふてぶてしいとか、てめえに言われたくねえんだよ、てめえに!」
「うるせえなァ」
「あ、宍戸さん、駄目ですよ、喧嘩したら!」
 宍戸の瞬発的な動きをしっかりと封じ込めている鳳が、ね?と宍戸の目を覗き込んでくる。
 自分の身体の前に回された鳳の腕に指先を沈ませて宍戸が暴れても束縛は解けない。
 そんな一連の様を見て跡部はうんざりだと言いたげに派手に嘆息した。
「離れる気はこれっぽっちもねえんだな、てめえら」
「はい」
「はあ?」
 とっとと帰れ!と跡部に恫喝される。
 さすがに宍戸も鳳も顔を顰める程の冷たい怒声だった。
「……気が短けえなあ、お前」
「それ、宍戸さんが言いますか」
「…お前も何気に言うよな、長太郎」
「すみません」
 まず宍戸に言って、それから鳳は跡部にも視線を向けて、引き止めちゃってすみません、と続けた。
「樺地もいないし……何か約束あったんじゃないですか?」
「そういやお前、最近帰り早いよな。車も使ってねえし」
「………………」
 二人の問いかけに対して、跡部は珍しくあからさまに不機嫌に黙りこんだ。
 そして、ほんの少しだけ何かを思案する顔をして。
「鳳、ちょっと来い」
 顎で促して鳳だけを呼んだ。
「はい」
 返事をしながらも不思議そうに鳳が見詰めたのは宍戸だった。
 宍戸は宍戸で、はあ?と眉根を寄せている。
「いいか。鳳。宍戸には言うんじゃねえぞ」
「てめえ、それ、本人目の前にして言うことかっ?」
「ああ、怒らないで宍戸さん。ちょっとだけ待ってて下さいね。ね?」
 とにかくいちいちむかつくんだと呻きながら、宍戸は自分の視界の範囲で、こそこそと話している跡部と鳳を睨んでやった。
 かといって、強引に入っていく気はないので、結局冷たい風の吹く中立ち尽くす羽目になる。
 多分会話は一言二言だったのだろう。
 鳳はすぐに宍戸の元へ戻ってきた。
 跡部はもう別の方向へと背中を向けて歩き出していた。
「で?」
「……聞きますよね、当然」
 促した宍戸に、鳳が苦笑いする。
 でもその後に、悔しいなあと鳳がつぶやいた意味が宍戸にはよく判らなかった。
「何が?」
「結局俺、橋渡しみたいで」
「橋渡しって何だよ」
「跡部さんが俺だけ呼んだのって、俺に話せば宍戸さんにもちゃんと伝わるからでしょう? そういう意味で。二人の橋渡しみたいじゃないですか。俺」
「気味悪いこと言ってんじゃねえよ、長太郎。だいたい俺の耳にも入れたいなら、あいつが普通に俺に言えばいいだろうが」
 照れくさかったのかなあ、と鳳が一人ごちるので、宍戸はますます憮然となった。
「だから気味悪いこと言うなっての……」
「とりあえず歩きながら」
 宍戸の腰をそっと促した鳳の手のひらに従って、二人で歩きながら話した。
「おつきあいしてる人、いるんだそうですよ」
「は? 跡部?」
「はい。だから忙しいみたいです。相手は判りませんけど」
 どんな人でしょうねと付け足した鳳の声に被さって宍戸がしみじみと言った。
「……よく了承したな、神尾」
「…え? ええ?……神尾君って…不動峰の?」
「ああ」
 何で相手知ってるんですか!と鳳が仰天したのを宍戸が怪訝に流し見る。
「そんなの見てりゃ判るだろうが」
「判りませんよ!」
「あいつが自分から構いにいくなんて普通しねえだろ。興味がありゃ絡みもするだろうが、二度目なんかねえし」
「はあ……」
「それを跡部の奴、自分からああも構ってりゃ、バレバレだっての」
 寧ろお前は何で気づいてないんだとでも言いたげな宍戸の口調に、鳳は複雑極まりない表情になる。
「何だよ、長太郎。そんなツラして」
「……橋渡しより複雑で」
 衒いも何もなく、がっくりと鳳に肩を落とされて宍戸は面食らった。
 やわらかい鳳の髪に手を伸ばして、その表情を覗き込む。
「おーい、長太郎? どうした?」
「言い合いばっかしてても、ちゃんと二人が通じ合ってるの目の当たりにして、へこんでるだけです」
「……お前、よく次から次へと、そう気味悪いこと言えるな」
「うわあ……駄目だ、本気で落ち込んできた……」
 ほんの少し前まで、余裕たっぷりに微笑んで宍戸を抱きこんでいた男とは到底思えない消沈ぶりだった。
 そういう鳳の可愛げは、宍戸にしてみればほんの少しも悪印象ではないけれど。
「お前の落ち込みのツボが全く判んねえけどよ」
 宍戸は鳳の髪をくしゃくしゃと撫でて。
 じっと、鳳の目を覗き込んで。
「何だかんだとあの野郎に、お前が特別扱いされてるの見てたのも、俺だってあんまり気分いいもんじゃねえんだけど?」
「宍戸さん…?」
「落ち込む暇あったら、放ったらかしにした分フォローしろよ」
 行先どっちだと、不敵に笑った宍戸に、鳳の返事は。
「……っから、のしかかんじゃねえよ! 体格差考えろ、長太郎!」
「ああもう、大好きです、ほんと」
「笑ってんじゃねえ! 浮き沈み激しすぎんだろ、お前は!」
 確かに体格差はあるけれど。
 宍戸は自分に覆いかぶさるようにしてくる長身の男の背をしっかりと抱きとめて。
 怒鳴ってはいるけれど、怒ってはいない。
「うち、行きましょう」
「判った。……判ったから、決めたんなら、とっとと歩け!」
 なんだかもう。
 数週間前の春一番よりも、けたたましい気がしてならないが。
 二人で、騒いで、進んで、行く先は。
 明るい春へと続く道だ。
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