How did you feel at your first kiss?
少しずつ目が合う時間が長くなってきた。
それでいて、会話する時間が増えれば増えるほど、一緒にいる時間が長くなれば長くなるほど、何故か海堂の視線は乾からぎこちなく逸らされていくのが、最初乾も不思議だったのだけれど。
すぐにその理由が判るようになる。
どうも海堂は物慣れないらしい。
人と極普通の会話を交わすこと。
何となく、ただ一緒にいること。
決意や意志でもって相手を見据える事は出来るのに、ちょっとした接触や日常会話などには、困惑も露な目で海堂は視線を逸らせる。
内面はどこまでも柔らかいのに、外見がどこまでも硬質で、そういうギャップは乾にしてみれば何も問題のないことなのに、当の本人はそういう当たり前の事に対して、どうしたらいいのか判らないようだった。
呼びかければ、こちらを向く。
見つめていると視線が逃げる。
肩に手をおけば受け止める。
置き続けていると心情の揺れがすぐに伝わってくる。
繊細かと思うと豪胆な所もあって、懐きはしないが懐深い。
海堂の中に、こんなに様々な要素が詰まっていることを、今の今まで気づいていなかった自分に乾は驚いた。
データを取る事が日常で、だからそうやって集めたデータで、何となくだいたいの事は判ってしまっている気になっていた。
実際は、これまで採取したデータでは気付かなかったことばかり、海堂は示してくる。
海堂のことで新しく気づいた点を、乾は何故かデータにとろうという気にもなれなくて、そういった場面に直面する度、今目の前で知る出来事に、ただ、夢中になる。
この感情は何だと乾自身が唖然とする。
海堂に対して向けてしまう、まるで執着のような固執する感情は。
「先輩?」
低い、小さな呼びかけに籠もる気遣いの響きを聞くよりも感覚で掴まえて、それだけでくらくらするような感じ。
「………あの?」
「ああ、悪い。ちょっと考え事」
ごめんな、と乾は海堂を見つめて返した。
早朝のテニスコートは、まだ自分達しかいない。
澄んだ静かな空気の中、ぼうっとしていたのは自分なのに、邪魔をしたかと思ったのだろう、海堂の僅かな戸惑いが透けて見えた。
だから乾は畳みかけた。
「今日はこれ。イレギュラーボール。どこに跳ねるか判らない」
手にしていた特殊形状のボールを海堂の手に握らせた。
おとなしく手のひらをひらく仕草が、普段の海堂からは見られないどこか子供っぽい所作で、そんな事にも一々乾は気にかかる。
「投げて、受け止める。敏捷性、反射神経、動体視力、集中力のトレーニングに最適だ」
「……ッス」
頷いているだけ。
でも海堂のその様が乾にはもうどうしようもないほど重要な事に思える。
結局海堂がどんな振る舞いをしても、どんな表情をしても、どんな言葉を口にしても、もう何もかもが乾に刺さってくるので。
そういうことなんだな、と認めるしかない。
「…あの、…乾先輩?……ひょっとして具合悪いんですか」
「いや、すまん」
つくづく気もそぞろに見えるのだろう。
海堂の問いかけに乾は何でもないんだと続けようとして、出来なかった。
言葉が詰まったのだ。
喉下で、完全に。
「……熱は…ないみたいですけど」
海堂は腕を伸ばしてきて、手のひらで乾の首の片側を、そっと包みこんだ。
手のひらに乾の体温を感じ取って小さく呟いた声と、僅かに首を傾ける仕草とに、乾の心情も跳びはねる。
イレギュラーボールの軌跡のように、海堂から指し向けられてくるものが、自分のどこに跳ねてくるのかが判らない。
そのどれも、取り逃すつもりは勿論ないけれど。
「………海堂…」
「はい?」
むやみやたらに、降参したいような気持ちになる。
浮かれたいのか落ち着きたいのか判らない。
無心に乾の呼びかけの続きを待っているらしい海堂の目は、今はしっかりと乾を見据えている。
好きだと告げたら、海堂はどうするだろう。
視線は逃げていくだろうか。
手のひらは離れていくだろうか。
幾つもの疑問は浮かぶ。
けれど不思議と告げる事が怖いとは思わず、乾は肩の力を抜いた。
まずは受け止めやすく、判りやすく、彼に渡す。
その後の事は、その後から考える事にする。
そう順序を決めて、乾は海堂に、ゆっくりと笑いかけた。
それでいて、会話する時間が増えれば増えるほど、一緒にいる時間が長くなれば長くなるほど、何故か海堂の視線は乾からぎこちなく逸らされていくのが、最初乾も不思議だったのだけれど。
すぐにその理由が判るようになる。
どうも海堂は物慣れないらしい。
人と極普通の会話を交わすこと。
何となく、ただ一緒にいること。
決意や意志でもって相手を見据える事は出来るのに、ちょっとした接触や日常会話などには、困惑も露な目で海堂は視線を逸らせる。
内面はどこまでも柔らかいのに、外見がどこまでも硬質で、そういうギャップは乾にしてみれば何も問題のないことなのに、当の本人はそういう当たり前の事に対して、どうしたらいいのか判らないようだった。
呼びかければ、こちらを向く。
見つめていると視線が逃げる。
肩に手をおけば受け止める。
置き続けていると心情の揺れがすぐに伝わってくる。
繊細かと思うと豪胆な所もあって、懐きはしないが懐深い。
海堂の中に、こんなに様々な要素が詰まっていることを、今の今まで気づいていなかった自分に乾は驚いた。
データを取る事が日常で、だからそうやって集めたデータで、何となくだいたいの事は判ってしまっている気になっていた。
実際は、これまで採取したデータでは気付かなかったことばかり、海堂は示してくる。
海堂のことで新しく気づいた点を、乾は何故かデータにとろうという気にもなれなくて、そういった場面に直面する度、今目の前で知る出来事に、ただ、夢中になる。
この感情は何だと乾自身が唖然とする。
海堂に対して向けてしまう、まるで執着のような固執する感情は。
「先輩?」
低い、小さな呼びかけに籠もる気遣いの響きを聞くよりも感覚で掴まえて、それだけでくらくらするような感じ。
「………あの?」
「ああ、悪い。ちょっと考え事」
ごめんな、と乾は海堂を見つめて返した。
早朝のテニスコートは、まだ自分達しかいない。
澄んだ静かな空気の中、ぼうっとしていたのは自分なのに、邪魔をしたかと思ったのだろう、海堂の僅かな戸惑いが透けて見えた。
だから乾は畳みかけた。
「今日はこれ。イレギュラーボール。どこに跳ねるか判らない」
手にしていた特殊形状のボールを海堂の手に握らせた。
おとなしく手のひらをひらく仕草が、普段の海堂からは見られないどこか子供っぽい所作で、そんな事にも一々乾は気にかかる。
「投げて、受け止める。敏捷性、反射神経、動体視力、集中力のトレーニングに最適だ」
「……ッス」
頷いているだけ。
でも海堂のその様が乾にはもうどうしようもないほど重要な事に思える。
結局海堂がどんな振る舞いをしても、どんな表情をしても、どんな言葉を口にしても、もう何もかもが乾に刺さってくるので。
そういうことなんだな、と認めるしかない。
「…あの、…乾先輩?……ひょっとして具合悪いんですか」
「いや、すまん」
つくづく気もそぞろに見えるのだろう。
海堂の問いかけに乾は何でもないんだと続けようとして、出来なかった。
言葉が詰まったのだ。
喉下で、完全に。
「……熱は…ないみたいですけど」
海堂は腕を伸ばしてきて、手のひらで乾の首の片側を、そっと包みこんだ。
手のひらに乾の体温を感じ取って小さく呟いた声と、僅かに首を傾ける仕草とに、乾の心情も跳びはねる。
イレギュラーボールの軌跡のように、海堂から指し向けられてくるものが、自分のどこに跳ねてくるのかが判らない。
そのどれも、取り逃すつもりは勿論ないけれど。
「………海堂…」
「はい?」
むやみやたらに、降参したいような気持ちになる。
浮かれたいのか落ち着きたいのか判らない。
無心に乾の呼びかけの続きを待っているらしい海堂の目は、今はしっかりと乾を見据えている。
好きだと告げたら、海堂はどうするだろう。
視線は逃げていくだろうか。
手のひらは離れていくだろうか。
幾つもの疑問は浮かぶ。
けれど不思議と告げる事が怖いとは思わず、乾は肩の力を抜いた。
まずは受け止めやすく、判りやすく、彼に渡す。
その後の事は、その後から考える事にする。
そう順序を決めて、乾は海堂に、ゆっくりと笑いかけた。
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