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How did you feel at your first kiss?
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 今時、真正面から、仲直りしようぜなんて言ってくるのはどうなんだ。
「跡部ー。なあ。仲直りしようよ」
「………………」
 不機嫌全開の跡部に敢えて話しかけてくる輩など氷帝にだっていないというのに。
 他校生で、年下で、そんな相手が何故真っ向から跡部の顔を覗き込んでくるのだ。
 臆した風もない。
 しかし、僅かばかり落ち込んだ様子は隠さず、神尾は無言を貫き通している跡部の傍でそれを繰り返す。
 仲直り。
 意味が判らない。
 理解不能だ。
 跡部はうんざりと神尾を睨みつけた。
 顔の片側を隠す神尾の長めの前髪はいつもと変わらず、その表情の半分を隠している。
 見える見えないは、跡部にしてみれば然して問題ではなかった。
 神尾相手に洞察力を働かせる必要もない。
 見たままが全て、それ以上でもそれ以下でもないのが神尾だ。
 跡部の部屋に二人きりでいて、喧嘩のきっかけになった出来事などいちいち思い返していられない程、要するにどうってことのない自分達にとって日常的言い争いを今日もして。
 怒って神尾は喚き、怒って跡部は口をきかなくなる。
 腹が立つ、でも神尾は出ていかないし、跡部は追い返さない。
 結局相当不穏な空気の中、相変わらず二人でいて、どればかりが経ったのか。
 もっか神尾は仲直りとやらを提案してきて、跡部はそれを無視している。
「な、跡部。仲直りしようぜ」
「………………」
 何故説得されているのだ。
 ともすれば優しげな口調で、まるで言いくるめられているかのように。
 そう思えば、跡部の目つきはますますきつく鋭さを増す。
 意図的に視線を神尾からずらしていたというのに、そんな跡部の視界に、ひょっこりと神尾は彼の方から入ってきた。
 ソファに座る跡部の正面に立っている神尾が、腰から上体を屈めるようにして顔を背けた跡部の眼差しをじっと上目に追って見詰めてくる。
 瞳に一滴、心細さなど落しているから、気に食わないと思う跡部の感情は完全に限界値に近くなる。
 手加減無しの不機嫌を込めて、跡部は神尾を睨みつけ、吐き捨てた。
「何だよ、この距離は」
 ふざけてんのかてめえ、と跡部が低く呻くと。
 神尾が一生懸命何かを考える顔をしながら、そろりと跡部に近寄ってきた。
 遅いと怒鳴りつけたい気分を奥歯で噛み殺して、跡部は引っ手繰るように神尾の腰に腕を回し抱き込んだ。
「…、…うわ……ちょ…っ…」
「うるせえ!」
 もがくような素振りにますます腹が立って、跡部は結局神尾を怒鳴って腕に力を込める。
 平らな、薄い腹部ごと抱き込む事は跡部にはあまりにも簡単すぎた。
 そのまま我ながら跡部が物騒だろうと自覚する目つきで神尾を睨み上げると、慌てていた神尾は数回の瞬きですっかり落ち着いて、そのくせどこか困ったような曖昧な笑みを唇に浮かべていた。
「跡部怒ってるからさあ……近づいてもいいのかなって。ちょっと悩んだんだよう」
「………………」
 知った事かと跡部は一瞥で切り捨てる。
 そもそもいつまでも手も伸ばせない距離にいるようでは、仲直りとやらをする気など本当はないんだろうと、跡部が非難を込めて睨めば、それを受け止めた神尾の手が跡部の肩の上に、ふわりと置かれる。
「ごめんな、跡部」
「ごめんで済む訳ねえだろ」
 だいたい、あの中途半端な距離感を保たれて、仲直りも何もない。
 繰り返し不機嫌なオーラを撒き散らす跡部に対して、神尾の手は跡部の肩から髪へと移動して。
 跡部の髪を軽く撫でるような所作をする。
 ごめんと繰り返す神尾の言葉は、いかにもふわふわと軽く聞こえるのに。
「あのさあ、跡部」
「………………」
「どんだけ喧嘩しても、俺、お前を好きなままだろ? それ、知らねえってことないよな?」
 当たり前の事を言うように、神尾の口調には何の気負いもない。
 軽い口調ほど、言葉の意味は軽くはない。
 神尾の指先は恋人を余裕で甘やかせるほど器用ではないから、跡部の髪を撫でる動きは本当に下手で、でも、素直すぎるほどに素直な言葉はどこまでも生真面目だ。
「すっげえむかついても、嫌いになったりしないし。めちゃめちゃ腹立っても、やっぱり跡部が好きだから。だからさ、俺は跡部と喧嘩したら、ちゃんと仲直りしたいんだけど」
 真面目に言う神尾に、跡部は何となく未だむかついて、腹が立って、でも神尾と同じように思うのも事実なので。
 神尾の二の腕辺りを掴み、強引に神尾を自分の方へと引きずり寄せた。
 近づいてきた神尾の唇に跡部が下から喰いつくように口づけると、本気で慌てたような小さな声が間近になった神尾の喉に詰まったのが聞こえた。
 距離が近いから神尾の顔が熱を帯びた事も判った。
 ぐっと神尾の首の裏側を掴んで強く引き寄せて、思う存分その唇をむさぼって。
 跡部が舌先を覗かせたまま神尾を口付けから解放すると、神尾の狼狽はすぐさま溢れ出し零れ落ちてくる。
「な…っ……なんで、この状況で……っ…」
「何でだ? 馬鹿言ってんじゃねえよ、神尾」
「だ、…だって…! 仲直りしよって、話してる時に何でこんな…!」
「普通定番だろうが」
「ええっ。や。ムリ。こんなのしながら話とか俺絶対無理…っ」
 赤くなっているのか青くなっているのか、神尾は跡部には全くもって理解できない事を言い、じたばたと暴れ出す。
 挙句に跡部から離れようともがくので。
「仲直りってのを、する気あんのか、てめえ!」
「こ…っ、…こっちの台詞だ、馬鹿跡部…っ!」
 意味が判らない。
 訳が判らない。
 それはお互いがお互いに思っている事。
 それで何度も喧嘩をするし、仲直りの傍からまた言い争いが始まったりするのだけれど。
 それでも、どうしたって、この相手でないと嫌で、喧嘩したって一緒にいるのがいいのだ。
「うわ、跡部、なんで服脱がす、っ」
「この上まだそんな事言ってんのか」
「や、…ちょっと…それは、仲直りしてから…! な? な?」
「しながらすりゃいいだろうが」
 もう何が何だかというような有様で。
 お互い、それはもはや甘ったるいような罵り合いや取っ組み合いで、髪も呼吸も心音も乱して。
 全部乱れて。
 全部もつれて。
 もう目も当てられない。

 こんがらがって、もうどこかから解きようもない。
 それが二人の、恋の縺れ。
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