How did you feel at your first kiss?
とても頭が良いのに、普通に考えれば判りそうな事を、まるで考えていないというような行動をとる事がある。
ひとつ年上の男、乾貞治だ。
今も海堂の視線の先で、乾は不可解な状態に格闘している。
鞄を持って、データ帳を持って、その紙面を読みながら、尚且つ。
「………………」
三年の昇降口で一人謎な動きをしている乾に気づいた海堂は、しばらく足を止めてその場で乾を観察してから、そっと近づいて行った。
見慣れた背中に向かう。
間近に行っても相変わらず乾はおかしな動きを続けている。
「………先輩」
「うん?」
乾のほとんど背後まで近寄ってから、ぼそっと低く海堂が呼びかけると、乾は、肩越しに海堂を振り返ってきた。
海堂を見止めて、すぐに乾は小さく笑みを浮かべる。
代わりに海堂は溜息混じりに言った。
「乾先輩……その荷物持ったままコート着るのはどう考えても無理っすよ…」
「そうか?」
そうかも何もない。
両手を完璧に塞いだまま袖を通すこと自体無理だろう。
しかも、乾は横着というか無頓着というか、更にノートに書き付けた文字を見ながらそれをしようとしている。
海堂はもう一度溜息をついてから、腕を伸ばして乾の鞄を手に取った。
データ帳はどうしても今読みたいようなのでそのままにして、代わりに手が空いた方の乾の腕にコートの袖が楽に通るよう、背後から手助けする。
乾にコートを着せるように手を貸してから、海堂は鞄を乾に返す。
代わりにデータ帳を手にして、乾が見えるよう広げてやりながらもう一方の腕も袖に通してやる。
「すごいな、なかなか着れなかったのに」
「……別にすごくなんかねえよ…あんたが横着しすぎなんです」
「ありがとな、海堂」
「………いえ」
率直に礼を言われて幾分海堂は決まりが悪い。
それじゃ、と目礼して立ち去ろうとすると、おいおいおいという乾の声が被さってきた。
「それはないだろう」
「はい?」
「一緒に帰ろう」
なぜか手を取られている。
骨ばった乾の手に、しっかりと包み込まれるようにしている自分の手を海堂はまじまじ見降ろし、眉根を寄せた。
「あの、」
「一緒に帰ろう?」
「………、はあ…」
軽く首を傾け、笑いかけてこられる。
するりと手は解かれて、でも互いの距離は近いまま。
ほんの少し甘えの滲むような乾の誘いに、海堂は結局頷いた。
ぎこちない海堂の同意に、しかし乾は充分満足したようだった。
乾はあれほど視線を外す事すらしなかったデータ帳をあっさりと閉じて鞄にしまった。
「……別にいいっすよ。見てたって」
「いや、もったいない」
「………先輩…?」
いったい何がもったいないのかが、海堂にはさっぱり判らない。
訝しむ海堂をじっと見つめて、乾はくしゃくしゃと海堂の髪をかきまぜた。
乾は時折こうして海堂の頭を撫でる事がある。
それは海堂にしてみれば、びっくりするくらい優しい手つきで。
いつもされるがままになる。
落ち着く。
安心する。
軽く目を閉じてそれを受け止めていると、前髪をかきあげられた。
額に乾の手のひらが宛がわれる。
さらりとした手のひらは温かかった。
「冷たい」
「……あんたの手が熱いんです」
乾が呟いて、海堂の額から手のひらをずらし、頬を包んでくる。
長い指先に耳の縁を構われる。
「先輩、そういうところ動物っぽいっすね……」
さわって確かめるような手つき。
「そうか? どちらかというと海堂の方がそれっぽいけど」
海堂の頬に手を合わせたまま、乾が笑みを含んだ目で海堂を見下ろしてくる。
「人慣れしていない時は、うっかり手なんか伸ばしたら即座に噛みつかれそうだったのにな」
「別に噛みついたりしてねえ」
「雰囲気だよ、雰囲気」
「あんた、全然平気だったじゃないですか」
「噛みつかれても、別に良かったからね」
少しだけ過去を反芻するような声を出されて、海堂は、じっと乾を見据えた。
「そうなんですか?」
「ああ。別に手懐けたいとかいう訳じゃなかったしね」
俺がもっと近くに寄りたくなっただけ、と乾は低くなめらかな声で囁いた。
そういうのは判る、と海堂はひっそりと思う。
今よりもっと、近くに在りたくて、近づいていく感じ。
「………やっぱり、乾先輩の方が、動物っぽい…」
「結局はお互い様って事かな?」
乾がまた、海堂の髪をくしゃくしゃとかきまぜるように撫でる。
穏やかに笑いながら。
海堂はそれに抗わない。
けれど乾を上目で睨みつける。
それは、たいして凄みのある眼差しではないということは、充分承知の上。
直観と本能で悟るか、相手に触れて理解をするか。
確かめ方は、いつもその二つ。
お互いがお互いで確かめて、そして手にした感情は。
二人で分け合う、恋愛感情という代物だった。
ひとつ年上の男、乾貞治だ。
今も海堂の視線の先で、乾は不可解な状態に格闘している。
鞄を持って、データ帳を持って、その紙面を読みながら、尚且つ。
「………………」
三年の昇降口で一人謎な動きをしている乾に気づいた海堂は、しばらく足を止めてその場で乾を観察してから、そっと近づいて行った。
見慣れた背中に向かう。
間近に行っても相変わらず乾はおかしな動きを続けている。
「………先輩」
「うん?」
乾のほとんど背後まで近寄ってから、ぼそっと低く海堂が呼びかけると、乾は、肩越しに海堂を振り返ってきた。
海堂を見止めて、すぐに乾は小さく笑みを浮かべる。
代わりに海堂は溜息混じりに言った。
「乾先輩……その荷物持ったままコート着るのはどう考えても無理っすよ…」
「そうか?」
そうかも何もない。
両手を完璧に塞いだまま袖を通すこと自体無理だろう。
しかも、乾は横着というか無頓着というか、更にノートに書き付けた文字を見ながらそれをしようとしている。
海堂はもう一度溜息をついてから、腕を伸ばして乾の鞄を手に取った。
データ帳はどうしても今読みたいようなのでそのままにして、代わりに手が空いた方の乾の腕にコートの袖が楽に通るよう、背後から手助けする。
乾にコートを着せるように手を貸してから、海堂は鞄を乾に返す。
代わりにデータ帳を手にして、乾が見えるよう広げてやりながらもう一方の腕も袖に通してやる。
「すごいな、なかなか着れなかったのに」
「……別にすごくなんかねえよ…あんたが横着しすぎなんです」
「ありがとな、海堂」
「………いえ」
率直に礼を言われて幾分海堂は決まりが悪い。
それじゃ、と目礼して立ち去ろうとすると、おいおいおいという乾の声が被さってきた。
「それはないだろう」
「はい?」
「一緒に帰ろう」
なぜか手を取られている。
骨ばった乾の手に、しっかりと包み込まれるようにしている自分の手を海堂はまじまじ見降ろし、眉根を寄せた。
「あの、」
「一緒に帰ろう?」
「………、はあ…」
軽く首を傾け、笑いかけてこられる。
するりと手は解かれて、でも互いの距離は近いまま。
ほんの少し甘えの滲むような乾の誘いに、海堂は結局頷いた。
ぎこちない海堂の同意に、しかし乾は充分満足したようだった。
乾はあれほど視線を外す事すらしなかったデータ帳をあっさりと閉じて鞄にしまった。
「……別にいいっすよ。見てたって」
「いや、もったいない」
「………先輩…?」
いったい何がもったいないのかが、海堂にはさっぱり判らない。
訝しむ海堂をじっと見つめて、乾はくしゃくしゃと海堂の髪をかきまぜた。
乾は時折こうして海堂の頭を撫でる事がある。
それは海堂にしてみれば、びっくりするくらい優しい手つきで。
いつもされるがままになる。
落ち着く。
安心する。
軽く目を閉じてそれを受け止めていると、前髪をかきあげられた。
額に乾の手のひらが宛がわれる。
さらりとした手のひらは温かかった。
「冷たい」
「……あんたの手が熱いんです」
乾が呟いて、海堂の額から手のひらをずらし、頬を包んでくる。
長い指先に耳の縁を構われる。
「先輩、そういうところ動物っぽいっすね……」
さわって確かめるような手つき。
「そうか? どちらかというと海堂の方がそれっぽいけど」
海堂の頬に手を合わせたまま、乾が笑みを含んだ目で海堂を見下ろしてくる。
「人慣れしていない時は、うっかり手なんか伸ばしたら即座に噛みつかれそうだったのにな」
「別に噛みついたりしてねえ」
「雰囲気だよ、雰囲気」
「あんた、全然平気だったじゃないですか」
「噛みつかれても、別に良かったからね」
少しだけ過去を反芻するような声を出されて、海堂は、じっと乾を見据えた。
「そうなんですか?」
「ああ。別に手懐けたいとかいう訳じゃなかったしね」
俺がもっと近くに寄りたくなっただけ、と乾は低くなめらかな声で囁いた。
そういうのは判る、と海堂はひっそりと思う。
今よりもっと、近くに在りたくて、近づいていく感じ。
「………やっぱり、乾先輩の方が、動物っぽい…」
「結局はお互い様って事かな?」
乾がまた、海堂の髪をくしゃくしゃとかきまぜるように撫でる。
穏やかに笑いながら。
海堂はそれに抗わない。
けれど乾を上目で睨みつける。
それは、たいして凄みのある眼差しではないということは、充分承知の上。
直観と本能で悟るか、相手に触れて理解をするか。
確かめ方は、いつもその二つ。
お互いがお互いで確かめて、そして手にした感情は。
二人で分け合う、恋愛感情という代物だった。
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