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How did you feel at your first kiss?
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 聖ルドルフのテニス部内で、実しやかに言われている。
 赤澤吉朗は観月はじめに底抜けに甘い。
 べたべたに甘やかすというより、あくまでも観月至上主義というのが身に沁み込んでいるかのような信頼ぶりなのだという。
 観月にしてみれば、一方的に自分が赤澤に甘やかされているかのような言い方をされているならば即座に全力で否定するのだが、そのあたり付き合いの長いテニス部員達は心得ていて、心酔だとか傾倒だとか信用だとかいう言葉を使われて評されてしまうので、結局そういった発言は放置に至っている。
 もう一人の当事者である赤澤は、感情の振り幅が激しいながらもそれを自分で処理出来てしまえるタイプなので、周囲から言われる言葉に惑わされたり狼狽えたりすることは皆無に等しい。
 観月に甘いと言われても、そうだなあと呑気に笑っているだけだ。
 そんな赤澤が、もっか観月の目の前で物凄い怒った顔をしている。
 怒りの矛先は観月に他ならない。
「おま、……お前なあ…!」
 屋外であっても、びりびりと空気が震えるような重たい怒声だ。
 珍しい。
 快活な物言いの赤澤が言葉を詰まらせるのも、荒っぽい声で観月を怒鳴りつけるのも。
 観月は、そんな赤澤を見上げて眉根を寄せた。
「何ですか」
「何ですかじゃないだろう!」
 更に輪のかかった大声で一喝され、観月はますます不機嫌に表情を歪めた。
 うるさいのは嫌いだ。
 目線に込めて赤澤を睨みつける。
「何やってんだよ、お前はっ」
 自分の肩に伸びてきた赤澤の手を拒むように観月が僅かに身を引くと、怒っているくせに赤澤は微かな躊躇で観月の様子を慎重に伺ってくる。
「………………」
 舌打ち。
 珍しい。
 観月がそんな事を思いながら見据えた赤澤は、物凄い派手な溜息をつくと、一度は止めたその腕で。
 今度は一切の躊躇もなく、観月の背中に手をまわし強く抱き込んできた。
「………………」
 馬鹿野郎と耳元近くで呻かれる。
 互いの身体の間では観月の本が押し挟まれている。
 ルドルフの敷地内、寮までたいした距離がある訳でもなかったが、観月は誘惑に負けたのだ。
 買ってきた本を、すぐにでも読みたくなって。
 外出した格好のままベンチに座って本を読み、夢中になって、結果時間が過ぎていたらしい。
 半ば近くまで読み進めたところで観月は赤澤に怒鳴られたのだ。
 赤澤は見ただけで観月の状況を全て悟ったようだった。
 最初は、目と目が合っただけなのだ。
 観月が誌面からほんの少しずらした視線と。
 大分離れた所から観月に気づいた赤澤の視線と。
 交錯したのは一瞬。
 でも、赤澤は怒って、観月はそれに気づいた。
 説明など何もしていないのに、視線が合っただけでこれだ。
「………………」
 観月は赤澤の腕の中で、小さく溜息をつく。
 本くらい好きな時に読ませろと内心で毒づけば、まるでそれを直接聞きつけたかのように赤澤が言った。
「本くらい部屋の中で読めばいいだろう」
「………早く読みたかったんですよ」
「我慢するにしたって、ここまで来てれば、部屋まで五分もかからないだろうが」
「その五分が惜しいんです」
 片腕ではあったが、しっかりと赤澤に抱き締められているので。
 観月の声は幾分くぐもった。
 赤澤は観月の背中に当てていた手のひらをすべらせて、観月の後頭部を支え荒っぽく嘆息する。
「こんなに身体冷やしてやることかよ」
「別に寒くありませんけど」
「お前を見つけた時の俺の心臓くらい冷えてんだろうが」
「どっちにしたって大袈裟な…」
 赤澤がそんな事を言うから、外気の冷たさに、いきなり気づかされたような気になるのだ。
 観月は赤澤の腕の中で、そんな事を思った。
「…本…買ってきたばかりなんですけど…?」
「本より自分の心配しろ」
 憮然と告げられて、観月も同じような口調で赤澤に返してやった。
「僕の出番なんかありませんよ。貴方が勝手に心配するから」
「こんなになるまで身体冷やさせてるようじゃ、それも全然足りてねえよ」
 言っている傍から、ああもう、と唸るように呟いて、赤澤は一層強く観月を抱き締めてくる。
 赤澤の熱いくらいの体温で、やっと温かみを覚えるような気になる観月は、そのまま立ち上がるように促される。
 観月は逆らわなかった。
 赤澤は観月のカバンを持ち、本を持ち、そして別の方の手で観月の肩を抱き、歩き始める。
 観月はやっぱり逆らわなかった。
 強引な、と上目に赤澤を睨みつつも、この程度の事で真剣に自分を心配する赤澤の本気の度合いも判るから。
「………赤澤」
「何だ」
「……そこまで真剣に焦った顔しないで下さい」
「知るか。責任持てねえよ、自分の顔の事まで」
 赤澤の長い髪は、決して彼の表情を隠しはしない。
 歩きながらとはいえ、観月が間近から横目に見る赤澤は憮然としていた。
「紅茶入れて行く」
 先に行ってろと寮に入るなり赤澤に言われて、観月は即答した。
「いりません」
「寒いんだろうが」
 寒ければ勿論。
 例え寒くなくても、外出先から戻れば、紅茶を入れて飲むのは観月の習慣だ。
 熟知している赤澤の提案を即座に否定した観月に、赤澤は生真面目に怪訝な顔を向けてくる。
 観月はその視線を受け止めなかった。
「…寒いですよ」
 そっぽを向くように赤澤から顔を背けて、小さな声で告げる。
「だから」
 このまま。
 そうでなければ。
 もし、今自分の肩を抱いている赤澤の腕がここでほどけたら。
 そこから、たちどころに、冷たくなっていってしまうのだと、判れ。
「紅茶は、いりません」
 だからこのまま、離れないで閉じこもってしまいたいのだと、判れ。
「……観月ぃ…」
 大らかだが察しもいい男は、きちんと観月の心情を汲み取ったようだった。
 今日はつくづく、赤澤の珍しい声を聞く日だと観月は含み笑う。
 表情は全く見えなかったけれど。
 観月の肩を抱く赤澤の手に力が入って、このまま二人で部屋に戻るべく歩き出す彼の声音に潜む完全降服に似た響きに充分満足して。 
 観月は、ふわりと、失っていた体温を自らの力でも取り返した。
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はじめまして

赤観を探してこちらを知りました。もうストーカーのように毎日拝見しております。
書かれる赤観が可愛くて本当に大好きです!
あと、はじめて跡部と神尾のカプを読ませて戴きましたが、萌え過ぎていっぺんにハマッてしまいました。跡部の惚れっぷりが何とも可愛いです☆

これからも更新楽しみにしております。

きぃる 2011/03/08(Tue)10:22:34 編集
はじめまして!
きぃるさま。
コメントありがとうございます!
大好きなカプなので、赤観で辿りついて頂けたとのことでとても嬉しいです。
更にベカミも読んでくださったとのことで、はまっていただけたとか、もう最高に嬉しいです!
更新はゆっくりですが(すみません)また遊びにきてやってくださいませ。
ありがとうございました。
直美 2011/03/10(Thu)00:18:14 編集
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