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How did you feel at your first kiss?
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 待ち合わせをしていた訳ではないので。
「遅刻だな。ごめん」
 この赤澤の台詞はおかしいと観月は思った。
 表情に感情がそのまま浮かんだらしく、赤澤は快活に笑う。
「悪ぃ。独り言」
「…独り言の域を越えてます」
 赤澤は地声が大きい。
 でもそれは不思議と耳障りな音ではなかった。
 低い声の響き方は、むしろ穏やかだ。
「お前が待ってたら、俺にとっては遅刻と同じだ」
「………別に待ってませんけど」
「そうだな」
 俺が見つけただけだと赤澤は言って、改めて問いかけてきた。
「用事、済んだのか?」
「ええ。思ったより電話が早く終わったので」
 このまま寮に帰ろうか、それとも。
 赤澤を待ってみようか。
 思ったのは観月で、だから赤澤を待っていたという事も事実なのだと観月にだって判っている。
 でも赤澤が、いつものようにさりげなく流してくれるので。
 結局は、自分はそれに甘えるのだ。
 観月が実家に電話をかけると言うと、察しの良い赤澤は、すでに引退している部活をのぞいてくると言って観月から離れていった。
 それでいて、このタイミングの良さで再び観月の元に戻ってくるのだ。
 これが全て計算づくの行動ならばいい。
 赤澤の場合はそうでないから困るのだ。
「寮戻るか?」
「………………」
「じゃ、ちょっと付き合え」
 観月は黙っていただけだ。
 それなのに赤澤は寮には向かわず、まるで赤澤の都合で連れまわすかのように観月を誘った。
 部屋にある筈の観月のマフラーを放ってくるあたり、どれだけ自分はこの男に見透かされているのかと、観月は溜息をついた。
 寒いと思っていたのは事実なので、観月は無言のまま白いマフラーを首に巻きつけた。
「………部はどうだったんですか」
「球出ししてたら金田に横取りされた」
「何も貴方が球出ししなくたって…」
「あいつらにも言われた」
 別にいいじゃないかよなあ?と赤澤は前髪をかきあげながら観月を振り返ってくる。
 肩を越える長髪が不思議と馴染んでいる男の表情は楽しそうだった。
「裕太が相当スタミナついてたぜ」
「試合したんですか?」
「ああ。俺の前にもゲームやってたみたいだが、全然ばててなかった」
「勝ったのは?」
「ん? どっちが勝ってもお前に叱られそうだな…」
 あくまでも飄々ととしている赤澤に、観月は同じことを二度言わせるなと視線に込めて睨めば。
 赤澤は、ひらりと片手を上げた。
「俺」
「それならいいです」
「いいのかよ?」
「その状況で負けたのなら、貴方、相当なまってますよ」
 観月は相当素気なく言い捨てたのに、赤澤は、そりゃそうかと言って大らかに笑っている。
 付き合えと言っておきながら、赤澤はどこか目的地があるという訳でもないようで。
 ただゆっくりと歩き続けながら、観月と日常話をするだけだ。
 多分赤澤は観月が家族と連絡を取り合う話の内容を、だいたい判っている筈だ。
 敢えて聞いてはこないけれど。
 それは寧ろ赤澤の懐深さの現れでもあるようだ。
「赤澤」
「何だ?」
「貴方、遠距離恋愛とか、出来なさそうですね」
 するのか?と振り返ってきた赤澤の表情が、観月が予想していなかったほど平然としていて、面喰う。
「お前となら何でも出来るんじゃないかと俺は思ってるが」
「………………」
「決定事項でも、何の問題もないぞ」
「……決定事項じゃなかったら…?」
「その場合は」
「………………」
「駄々をこねてみようかと思う」
「………………」
 先程の返事以上に、観月の予想にまるでなかった返答だった。
 観月は大きく目を見開いて赤澤を凝視した。
 この男は、何を堂々と言い切っているのか。
 駄々をこねる。
 全くもって赤澤とは不釣り合いな台詞に、ばかみたいに安堵する自分にも観月は呆れた。
 勝つためにルドルフに来た自分。
 勝てなかった自分。
 高校からの進路をどうするか、自分が揺らぐから、家族も帰って来いと言うのだろう。
 最初にこの学校に来た時のように、断固たる決意をもっていれば、自分の家族は決して反対などしない事を観月も判っているのだ。
 負けるのは悔しくて苛立たしい。
 自信が砕かれるのは恥ずかしく居たたまれない。
 それでも尚、勝ちたいと、勝てるのだと、言い切れるだけの強い自己をもう一度持って、また実行する、それが観月のこれからだ。
 全部判っている。
 全部決めている。
「どっちだって構わない」
「………………」
 赤澤は笑って、手を伸ばしてきた。
 観月の片頬を掌に包み、しっかりと目線を合わせて。
「お前が好きだから大丈夫」
「………………」
 大丈夫。
 そう言い切られて、だからこの男には敵わないんだと観月は思い知らされる。
 迷いようのない言葉に、どう返事をすればいいのか判らなくて、観月は顔を僅かに動かした。
 頬にあった赤澤の手のひらのくぼみに、唇を寄せる。
 目を閉じて、キスを、贈る。
 その手に後頭部を抱え込まれるようにして、観月は赤澤の胸に抱き締められた。



 自分の未来は自分で決めた。
 そのことで、観月はひとつだけ後悔している。
 もし自分で決めなかったら、見られたかもしれないこと。
 赤澤が駄々をこねるところも、少しは見てみたかったな、と思ったからだ。
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