How did you feel at your first kiss?
大抵の事には免疫が出来ている。
何せ同学年に跡部景吾がいるのだ。
氷帝学園の中にあっても、多少のブルジョワでは動じなくなるくらいには、跡部という男の環境は規格外だ。
しかし、そんな風に慣らされてはいても、宍戸にしてみれば鳳のブルジョワぶりも相当なものだった。
押しの強いタイプではない鳳は、柔和で、目立つ行動をとるでもなく、それでいながら自然と何かを滲ませている。
テニスをしている時は案外勝ち気でパワーもある。
音楽が好きで、楽器は一通りこなせるらしく、調音などもよく頼まれている。
目上に対してはもちろんのこと、女性への対応はずば抜けて丁寧で、このくらいの年齢の男性としては珍しい程のフェミニストだ。
世界各国に足を運んだことのある跡部相手に、まったく同レベルの会話を交わすことが出来、知識量、読書量とも相当だった。
いつも人好きのする笑みを浮かべていて、協調性に満ちている。
それでいて一人で行動するのも好きなようで、一人では何も出来ないなんて事もない。
多少メンタルが挫けがちだが、それは宍戸にしてみれば年下の可愛げ程度のものだった。
むしろ、どうにかそんな弱さも克服していこうと鳳自ら努力をしているのだから、それが欠点になる訳もない。
適度に甘さが残るのも、いっそひっくるめて長所になるだろうと宍戸は思っていた。
鳳の世界はすでに広い。
これからも広がっていくのだろう。
いくらでも。
そんな男が宍戸の手を取って、見下ろして、はにかむように甘く笑う。
「こんなに強くて綺麗なひと、初めてです」
「………………」
何も、ものを知らない目なら良かった。
それならば宍戸は呆れることが出来た。
馬鹿な事を言っていると一笑することが出来た。
でも、鳳は知らない訳ではない目でしっかりと宍戸を見つめて、心を尽くし、言葉を紡ぐ。
「……お前…さぁ」
宍戸の言葉は歯切れが悪く立ち消える。
鳳の右手が、宍戸の左手を包み込むようにしてくる。
大きな手だ。
骨ばって、温かい。
その手を払う事なく、宍戸はただほんの少しの困惑で鳳に対峙する。
最初に好きだと告げてきたのは鳳で、宍戸も同じ言葉も返したが、そうじゃなくて、と鳳は困った様に苦笑いした。
ほんの数日前のことだ。
宍戸はそれで改めて鳳の顔を見返して、ああ、と気づく事になった。
裏表のない鳳の表情は判りやすかったのだ。
含まれる恋愛感情まで、赤裸々で。
だからそれを言われて宍戸が驚いたのは、まさか自分の持っている感情と同じものを、鳳もまた持っているとは思っていなかったからだ。
宍戸には自虐癖はなかったし、己を卑下する事など特に嫌いだった。
しかしこの時ばかりは考えた。
何故自分なのかと。
色々と知っている眼で、思考で、強いと、綺麗だと、好きだと鳳が言い切れる程の自分だろうかと考えた。
そんな躊躇は鳳にも伝わったらしく、鳳は辛抱強く宍戸に判らせようと繰り返してくる。
あれから毎日、ずっと。
「宍戸さんが好きです」
「………毎日毎日言うんじゃねえよ…」
「宍戸さんが、そんなの当然だっていうくらい、当たり前に受け止めてくれるまでは言いますよ。何度だって」
強気とは違う。
でも、鳳のこういう揺らぎの無さは何なのだろう。
当然だの当たり前だの思える訳がないだろうという言葉は、ぐっと飲み込んだ。
宍戸は、ここ数日のこのやり取りに、自分ばかりが翻弄されているような気になって仕方がなかった。
「…長太郎」
「はい?」
呼びかけるだけで嬉しそうに微笑む年下の男に宍戸が抱く感情は、かなり以前から宍戸の内部に存在している。
鳳がするように、それを相手に判らせる為に、宍戸も何かをするべきなのかもしれなかったが、それはどうにも宍戸にはハードルが高すぎた。
鳳はまるで躊躇わない。
「俺ね、宍戸さん」
「………………」
「頑張って、自分でどうにかするしかないっていう事は、すごく稀な事で、すごく大事な事だなあって思うんですよ」
鳳の手に力が籠る。
握られた手で熱を感じる。
「テニスも、宍戸さんも。だからね」
好きで、ずっと、だから、すごくね。
そんなバラバラの言葉は、ふわふわと宍戸に降ってくる。
「大事なんです」
「………テニスと同等に置けるような、そんないいもんじゃねえよ、俺は」
「宍戸さんって、奥ゆかしいですよね、そういうところ」
「……ッ…、…恐ろしいこと、さらっと言うんじゃねえ!」
言われたこともないような言葉を真顔で告げられて、宍戸が怒鳴ると鳳は鮮やかに笑った。
「好きです。宍戸さん。おれ、頑張りますから」
「……………、…」
宍戸が絶句するほどの、屈託のない笑顔で。
鳳は微笑んだ。
まずは判って貰う。
それから好きにもなって貰いたい。
鳳の、そんな堅実な要望に、宍戸は唖然となった。
まずも何も。
それからも何も。
もう、好きだ。
好きになど、とうに、なっている。
けれどそれを告げようにも、告げられない程に、宍戸はくらくらと鳳の甘ったるい熱量に惑わされるばかりだった。
「大好きです」
自分もそうだという言葉をやれないのは、全部全部お前のせいだと。
八つ当たりじみた目で、年下の男を睨みつけるのが、今の宍戸にできる精一杯だった。
何せ同学年に跡部景吾がいるのだ。
氷帝学園の中にあっても、多少のブルジョワでは動じなくなるくらいには、跡部という男の環境は規格外だ。
しかし、そんな風に慣らされてはいても、宍戸にしてみれば鳳のブルジョワぶりも相当なものだった。
押しの強いタイプではない鳳は、柔和で、目立つ行動をとるでもなく、それでいながら自然と何かを滲ませている。
テニスをしている時は案外勝ち気でパワーもある。
音楽が好きで、楽器は一通りこなせるらしく、調音などもよく頼まれている。
目上に対してはもちろんのこと、女性への対応はずば抜けて丁寧で、このくらいの年齢の男性としては珍しい程のフェミニストだ。
世界各国に足を運んだことのある跡部相手に、まったく同レベルの会話を交わすことが出来、知識量、読書量とも相当だった。
いつも人好きのする笑みを浮かべていて、協調性に満ちている。
それでいて一人で行動するのも好きなようで、一人では何も出来ないなんて事もない。
多少メンタルが挫けがちだが、それは宍戸にしてみれば年下の可愛げ程度のものだった。
むしろ、どうにかそんな弱さも克服していこうと鳳自ら努力をしているのだから、それが欠点になる訳もない。
適度に甘さが残るのも、いっそひっくるめて長所になるだろうと宍戸は思っていた。
鳳の世界はすでに広い。
これからも広がっていくのだろう。
いくらでも。
そんな男が宍戸の手を取って、見下ろして、はにかむように甘く笑う。
「こんなに強くて綺麗なひと、初めてです」
「………………」
何も、ものを知らない目なら良かった。
それならば宍戸は呆れることが出来た。
馬鹿な事を言っていると一笑することが出来た。
でも、鳳は知らない訳ではない目でしっかりと宍戸を見つめて、心を尽くし、言葉を紡ぐ。
「……お前…さぁ」
宍戸の言葉は歯切れが悪く立ち消える。
鳳の右手が、宍戸の左手を包み込むようにしてくる。
大きな手だ。
骨ばって、温かい。
その手を払う事なく、宍戸はただほんの少しの困惑で鳳に対峙する。
最初に好きだと告げてきたのは鳳で、宍戸も同じ言葉も返したが、そうじゃなくて、と鳳は困った様に苦笑いした。
ほんの数日前のことだ。
宍戸はそれで改めて鳳の顔を見返して、ああ、と気づく事になった。
裏表のない鳳の表情は判りやすかったのだ。
含まれる恋愛感情まで、赤裸々で。
だからそれを言われて宍戸が驚いたのは、まさか自分の持っている感情と同じものを、鳳もまた持っているとは思っていなかったからだ。
宍戸には自虐癖はなかったし、己を卑下する事など特に嫌いだった。
しかしこの時ばかりは考えた。
何故自分なのかと。
色々と知っている眼で、思考で、強いと、綺麗だと、好きだと鳳が言い切れる程の自分だろうかと考えた。
そんな躊躇は鳳にも伝わったらしく、鳳は辛抱強く宍戸に判らせようと繰り返してくる。
あれから毎日、ずっと。
「宍戸さんが好きです」
「………毎日毎日言うんじゃねえよ…」
「宍戸さんが、そんなの当然だっていうくらい、当たり前に受け止めてくれるまでは言いますよ。何度だって」
強気とは違う。
でも、鳳のこういう揺らぎの無さは何なのだろう。
当然だの当たり前だの思える訳がないだろうという言葉は、ぐっと飲み込んだ。
宍戸は、ここ数日のこのやり取りに、自分ばかりが翻弄されているような気になって仕方がなかった。
「…長太郎」
「はい?」
呼びかけるだけで嬉しそうに微笑む年下の男に宍戸が抱く感情は、かなり以前から宍戸の内部に存在している。
鳳がするように、それを相手に判らせる為に、宍戸も何かをするべきなのかもしれなかったが、それはどうにも宍戸にはハードルが高すぎた。
鳳はまるで躊躇わない。
「俺ね、宍戸さん」
「………………」
「頑張って、自分でどうにかするしかないっていう事は、すごく稀な事で、すごく大事な事だなあって思うんですよ」
鳳の手に力が籠る。
握られた手で熱を感じる。
「テニスも、宍戸さんも。だからね」
好きで、ずっと、だから、すごくね。
そんなバラバラの言葉は、ふわふわと宍戸に降ってくる。
「大事なんです」
「………テニスと同等に置けるような、そんないいもんじゃねえよ、俺は」
「宍戸さんって、奥ゆかしいですよね、そういうところ」
「……ッ…、…恐ろしいこと、さらっと言うんじゃねえ!」
言われたこともないような言葉を真顔で告げられて、宍戸が怒鳴ると鳳は鮮やかに笑った。
「好きです。宍戸さん。おれ、頑張りますから」
「……………、…」
宍戸が絶句するほどの、屈託のない笑顔で。
鳳は微笑んだ。
まずは判って貰う。
それから好きにもなって貰いたい。
鳳の、そんな堅実な要望に、宍戸は唖然となった。
まずも何も。
それからも何も。
もう、好きだ。
好きになど、とうに、なっている。
けれどそれを告げようにも、告げられない程に、宍戸はくらくらと鳳の甘ったるい熱量に惑わされるばかりだった。
「大好きです」
自分もそうだという言葉をやれないのは、全部全部お前のせいだと。
八つ当たりじみた目で、年下の男を睨みつけるのが、今の宍戸にできる精一杯だった。
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