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How did you feel at your first kiss?
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 確か赤澤の父親はホテルマンだった筈だ。
 ふとそれに思い当たって、観月は聞いた。
「赤澤、貴方、父親似でしょう?」
 肩先を越えたる髪をゴムで括っていた赤澤は、観月に目線を寄越してきて。
「何で知ってるんだ?」
 屈託のない顔で笑った。
 職業のイメージという訳ではないが、相手に気づかせない気遣いを極普通にしてみせるという点で、観月はそんな事を思い、赤澤に尋ねていた。
 常々口では大雑把だと言ってはいるものの、どちらかと言えばプライベート空間に他人がいることを好まない観月が、赤澤とこうして二人でいる事には慣れてきているのだから。
 多分何でもない素振りでいる赤澤が、実の所あれこれと気を回しているのではないだろうかと考えたのだ。
「何でも遺伝子のレベルを越えてるらしいぜ。外も中もそっくりなんだってさ。まあ、自分でも確かに親父似だとは思うけどな」
 観月はどっち似だ?と聞きながら、赤澤は観月を後ろから抱き寄せてきた。
 ルドルフの寮内、観月の部屋で人目はないものの。
 膝を立てて座り込んでいる赤澤と自分の背中がぴったりくっついて。
 観月は中途半端に身体を身じろがせた。
 逃げるにしては弱すぎた抵抗は、かえって赤澤の腕の中に、すっぽり身体を預けてしまうような体勢になってしまう。
「ちょっと、」
「どっち似?」
 耳元のすぐ近くで、率直な疑問を放たれる。
 赤澤の声は、普段はどちらかというと荒っぽい。
 しかし笑みを含むととろりと優しくなる。
 しっかりとした筋肉の利き腕が、観月の身体の前を通って左肩を包み、尚互いの距離を近づけさせる。
 どうしようもないような密着ぶりだ。
 正面から顔をつきあわせていないだけまだマシだったが、観月はちょっと居たたまれなかった。
 こうまでべったりと人との距離が近い事なんて、観月は赤澤で初めて知ったので。 
「母親、ですけど」
 ぎこちなく言った返事に、赤澤がまた邪気なく笑い、そのくせ真面目にこうも言う。
「そりゃ最高に美人なお袋さんだな」
「貴方ねえ、…」
 あまりに真っ当に、真顔で言われると対応に困るのだ。
 観月が呆れて言葉を途切れさせると、赤澤は観月を背後からしっかりと抱き込みながら振動だけでまた新たな笑みを伝えてくる。
「あのな? 観月」
「…何ですか」
「観月が自分で自覚してる、その数倍は実際綺麗だぞ? お前」
「………………」
 赤澤は何かにつけ観月にその言葉を寄越すので。
 軽くかわすなり慣れてしまえばいいものを、どうしても観月は赤澤からのその言葉には戸惑ってしまう。
 赤澤以外の相手からそう言われるのなら、当たり前でしょうと軽く言い返す事くらい出来るのに。
 赤澤だと駄目だった。
 多分その理由は、もう観月も判っている。
 ふと考え込んだ観月の沈黙をよんで、赤澤が観月を軽く腕の中で揺さぶってくる。
「何だよ?」
「別に…」
「何?」
 ん?と観月の肩口に、赤澤が顔を横向きに預けるようにして、観月の表情をのぞき込んでくる。
 甘ったれた仕草のようで、結局は観月の一蹴などでは全く狼狽えない赤澤の剛胆さを表してもいる。
 なつきながらも引く事はしない赤澤の促しに、観月は渋々口を開いた。
 あまり言いたくない。
 言ってしまえば、それは単に拗ねているだけのようだと、言う前から判るからだ。
「…綺麗ならば何でもいいっていうくらい、好きなように聞こえますよ」
「何が?」
 綺麗な人が、だ。
 黙り込んで答えにした観月に、赤澤は真面目な顔で観月を見やりながら、おもむろに眉を顰めた。
 怒っていると言うよりも、不本意を露わにする表情だ。
「俺は、綺麗だったから、観月に惚れた訳じゃないんだが」
「……は?」
 思わず観月も少し背後を振り返るようにして赤澤を見た。
 しかし、がっしりとした腕に抱き寄せられているから、それも侭ならず、観月は窮屈な体勢になる。
 その分お互いの距離はまた密着して。
「違うんですか」
 赤澤は何度もそれを言う。
 だいたい他に理由なんかないだろうと観月は思っていたので、心底驚いた。
 そんな観月に赤澤は溜息をついて、観月の額の少し上辺りの髪を、長い指で軽く乱してきた。
「違うって。惚れた観月が、綺麗だったんだよ」
 後付けなのだと赤澤は言う。
 観月はますます呆気にとられた。
 四六時中、綺麗だ綺麗だと口にするので、赤澤が自分に拘った理由はそこなのだろうとばかり思っていた。
「貴方、それじゃ、いったい僕の何が気に入ったんです…」
 真顔で口にした観月に、赤澤は益々唖然とした後、おいおいと弱ったような笑みを唇に浮かべた。
「色々あるだろうが、色々」
「僕にですか」
「そうだよ。何でそんな驚くんだ」
 大きな手のひらを観月の額に当てて、赤澤はゆっくりと抱き寄せてきて。
 観月はふわりと高い体温に包まれる。
「お前なら、信頼出来るってのが、まず最初」
「………赤澤、貴方ちょっとおかしいですよ。それ」
 観月は本気で眉を寄せて呟いた。
 自分がすることは命令で、それは信頼とは結びつかない。
「何がだよ」
「信頼って……何で僕を」
「するだろ、信頼」
 本当に、ただ当たり前のように赤澤は言う。
 ますます観月が面食らい混乱していると、至近距離にいるのに、おーい、と呼びかけながら赤澤は観月を強く抱き込んだ。
「お前だぞ? 当たり前だろうが」
「………だから、…それが判らないんですけど」 
「何でだ? お前だから、俺は…っつーか、俺たちは、今こうしてると思うが?」
 卑怯な手は使わない。
 使う必要がない。
 でも、それに近いような事を、命じたり、取り組ませてきたと、観月は思っている。
 テニスで勝つ為、聖ルドルフというチームを作る為。
 別に悔やんでいるわけではなかったが、そういう自分がチームメイトから信頼されていると聞くのはどうにも居心地が悪かった。
 複雑に押し黙る観月に何を感じたのか、赤澤が、それを解くように笑いかけてくる。
「俺達はみんな、好きでお前の言うこと聞いてるの、判ってるよな?」
 強制されてじゃないんだが?とからかうような声で赤澤は囁いてくる。
「どんだけスパルタなメニューでも、呆れるような強引な指示でも、それでいいと思えばやる。その時はすぐに理解出来なくても、お前の言うことは後々に充分に効力を噛みしめさせられるんだって事は学習してる。だから、まずはやるんだ」
 お前だからっていう信頼は、そういう事だと赤澤は落ち着いた口調で観月に告げて、尚きつく観月を抱き締める。
 苦しい筈なのに、観月は赤澤の腕の中に収まって、力が抜ける。
 だが、ただおとなしくしているのは気恥ずかしい面もあって、返す言葉は虚勢を張ってしまうけれど。
「……よく考えれば、貴方達、僕の言う事を素直に聞く方が少ないですね」
「そうかー?」
「そうですよ」
「観月ー」
「何ですか」
 肩越しに振り返り、きつく言い返した観月の唇に、赤澤の唇が重ねられる。
「……ッ…、」
 何で、この流れで、このタイミングで、キスなんだと、観月は赤くなって怒った。
「赤澤、…貴方ね…!」
「んー、完璧惚れ込んだ相手が、こうまで綺麗だっていうんだから、すげえよなあ」
 言葉を全く惜しまない赤澤に、観月は何だかくらくらしてきた。
 これだけ四六時中、綺麗だ綺麗だ言いながら、実は顔には後から気づいたという赤澤の言い分を叱りつけているうちに、観月も自分の言っている事の意味が次第に判らなくなってくる。
「一目惚れくらい普通にしなさいよ!」
 極めつけにこんな言葉を放った観月に、動じない赤澤は暢気に笑った。
「あ、それは普通に毎回してる」
「…は?」
「今もしてる」
 実際、ただ怒鳴っているだけの観月を、赤澤は甘い甘い目で見据えてきている。
 さながら、一目惚れの目だ。
 だからそれが口先だけの言い逃れでないことは観月にも充分伝わっているのだが。
「一目惚れは、後から繰り返すものじゃありません…!」
「そんなの誰が決めたんだよ?」
「常識でしょうが常識!」
「じゃ、俺は常識外って事で」
 喧嘩のようにじゃれあって、抱きしめられながら暴れて。
 キスの合間に言い合い。
 怒って笑って呆れて絡んで。
 何なのだ。
 赤澤といると、めちゃくちゃだ、と観月は思う。
「………また、そういう顔まで見せる」
 いつの間にか床に組み敷かれるような体勢になっていて。
 観月が赤澤を睨みつけると、赤澤は何故か何かの勝ち負けに負けたような調子で囁いて、軽く観月の唇をキスで塞いだ。
「……何かご不満ですか」
 離れた唇の合間で観月が言えば。
「いや、これっぽっちも」
「その割には、不服そうな顔をしていますが?」
「キスしてる時は、その顔ちゃんと見られないからどうしたもんかなーと思ってるだけだ」
 薄い微笑と一緒に、真剣にそんな言葉を返されて観月はますます憤慨する。
「……っ…、しなきゃいいでしょう、だったら!」
「いや、したい」
「、した…、……じゃ、見るな!」
「いや、見たい」
「……馬鹿澤っ」
「どうしたらいい?」
「知るかっ」
 自分達はいったい何を言い争っているのかと、怒りか呆れか判らないまま、頭が痛いと観月が思っていると。
 赤澤の唇が喉元に落ちてきて、観月は思わず結わえられている赤澤の髪を引っ張った。
「何してるんですか」
「うん」
「うん、って何ですか!」
 また新しくしたいことがだな、と赤澤は呟きながら、観月の首筋に唇を寄せる。
 全く落ち着きのない。
 そう思いながら、観月の心臓も落ち着きなく荒れる。
 怒りすぎて疲れた、と自分に言い訳と大義名分を与えて。
 観月は身体の力を抜いた。
 赤澤が床と観月の背中の間に手を入れてきて、寝たまま抱き寄せてくる。
 絡みつかせる腕と腕。
 密着する身体と身体。
 賑やかな言い争いはふいに止んで。
 お互いを抱きしめ合う為の静寂は、ほんの少しもこの場に不自然ではなかった。
 言葉もなく、体感するのは。
 好きになる瞬間を繰り返す。
 こういう日常の、よくある一欠片だった。
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