How did you feel at your first kiss?
一月も十日が過ぎて、まだ初詣に行ってないと乾が言ったので、海堂は乾と一緒に、たまたま通りがかったその神社に立ち寄ることにした。
赤い小さな鳥居を潜くぐって、ひっそりと静まる敷地の玉砂利を踏みしめて歩いてく。
すぐ近くのテニスショップで海堂が買い物をしていたところに、偶然乾がやってきて、二人で一緒に店を出た。
何となくそのまま他愛のない話をしながら自宅に向かって歩いていく途中で、ここの神社の前を通ったのだ。
「海堂は、初詣、一日に行ったのか?」
「……ッス」
「そうか。毎年決まった所?」
海堂は頷いた。
乾はまるでデータでも取っているかのように、そうか、と自己確認のような言葉を繰り返す。
日常会話の中でも、常にあらゆる情報を集めているかのような乾に海堂ももう慣れてしまっている。
乾は寒そうにコートの襟口を手で掴んで、少し先を歩いていく。
その背中をまっすぐ見つめて、海堂が返す言葉はどれも端的で、むしろ愛想のない部類なのに。
乾は和んだ優しい言葉で会話を繋げてくれた。
言葉のうまくない、ひどく口の重い海堂から、乾は何かにつけ上手に言葉を引き出してくれる。
必要な事しか話をしない傾向の海堂にしてみれば、当たり障りのない会話を繰り返す乾という相手は稀有な存在だった。
不思議な人だと思う。
人とコミュニケーションをとることが不得意な海堂にとっての、乾の存在は。
「あれがそうかな」
「………………」
小さいけれど清潔な印象のする祠を乾が指さした。
長身の乾は、目を伏せるようにして身長差のある海堂をそっと見つめて、促してくる。
黙って後をついていった海堂は、祠の前で財布を広げた。
ちょうどあるな、と思って。
小銭を九枚集めていると、乾が不思議そうに海堂の手元を覗き込んできた。
「ん? いくら入れるんだ?」
距離が近い。
でも不思議と気にならない。
海堂は間近にある乾の顔を見据えながら、手のひらに乗せた小銭を差し出してみせる。
「うちはいつもこれっすよ」
「四十五円?」
「五円玉が九枚で四十五円。始終ご縁がありますように、って」
物心つく頃には、母親からそう教わっていた。
行くことが判っていれば予め用意をしていくし、突然の時は出来るだけ。
「海堂」
「はい?」
「新年早々大人げないことするけど」
「…は?」
何だと問い返す間もなく。
海堂の手のひらにあった五円玉九枚は乾の手に鷲掴みにされた。
乾はすぐに代わりにというように自分の財布から百円玉を取り出し、海堂の手のひらに乗せる。
「先輩?」
「悪いけどこっちにして」
「………………」
訳が判らない。
怪訝に乾を見やる海堂のまなざしに何を思ったのか、乾は真面目な顔をして言った。
「縁があったら嫌だから」
「あの…?…」
「海堂に、始終ご縁があると俺は困る」
「………………」
海堂は呆気にとられてしまって、ただただ乾を見上げるだけだ。
乾は乾で、あくまでも、どこまでも真剣なので、海堂にはどうする事も出来ない。
手のひらの百円硬貨と、ひとつ年上の男を交互に数回見やって。
判りましたと、頷くが精いっぱいだ。
よかったと囁くような声で微笑む乾の、隙のあるくだけた表情に、不意打ちで、どきりとして。
海堂は百円硬貨を握り締めた。
縁なんて、何も恋愛沙汰だけの話ではない筈だ。
乾にしては随分と勝手な事を言ってきた。
でも、海堂はそれを聞き入れてしまうのだ。
胸の中が、ざわざわと落ち着かない。
「今年も早速、我儘言ってごめんな」
頭上に乾の大きな手のひらが乗せられて、軽く覗き込むようにされると、どちらが我儘を言っているのかなんて判らなくなりそうだった。
しかも頭を撫でられるなんて他人にされた事がない。
海堂は無言になるばかりで、けれども乾はそれを気にしない。
それは決して傍若無人にふるまっているからではなく、合わせた目線で、正確に海堂の心中を酌んでくるからだ。
軽く数回ぽんぽんと頭をたたかれて、あくまで優しい手のひらの感触にうっかり目を閉じたほんの一瞬の隙に、唇をキスで掠られた。
びっくりして目を開けた時にはもう、キスは終わっていた。
咄嗟に絶句してしまったので完全に怒るタイミングを逃し、海堂が恨めしく睨んだ先で乾は機嫌よく笑った。
「さて。それじゃ、お賽銭入れて、神様に、見せつけてしまいましてすみませんとでもお詫びしようか」
「……初詣になってねえだろ!」
「今年もよろしくな。海堂」
人の話を聞けよと言いかけて、結局海堂はそれを口にしなかった。
実際、誰よりも海堂の話をよく聞くのは乾なのだと判っているから。
何となく口にしそびれた。
「先輩」
「ん」
「………………」
呼びかけておいて言いよどむ海堂を、乾は不審がる事もない。
再度、軽く海堂の頭を撫でてから、笑いかけてくるので。
何となく海堂もつられてしまった。
「………………」
溜息混じりの、本当に微かな海堂の笑みを。
乾は丁寧に拾い上げ、彼の記憶の中にしまったのだと。
目にした表情で、海堂は理解した。
赤い小さな鳥居を潜くぐって、ひっそりと静まる敷地の玉砂利を踏みしめて歩いてく。
すぐ近くのテニスショップで海堂が買い物をしていたところに、偶然乾がやってきて、二人で一緒に店を出た。
何となくそのまま他愛のない話をしながら自宅に向かって歩いていく途中で、ここの神社の前を通ったのだ。
「海堂は、初詣、一日に行ったのか?」
「……ッス」
「そうか。毎年決まった所?」
海堂は頷いた。
乾はまるでデータでも取っているかのように、そうか、と自己確認のような言葉を繰り返す。
日常会話の中でも、常にあらゆる情報を集めているかのような乾に海堂ももう慣れてしまっている。
乾は寒そうにコートの襟口を手で掴んで、少し先を歩いていく。
その背中をまっすぐ見つめて、海堂が返す言葉はどれも端的で、むしろ愛想のない部類なのに。
乾は和んだ優しい言葉で会話を繋げてくれた。
言葉のうまくない、ひどく口の重い海堂から、乾は何かにつけ上手に言葉を引き出してくれる。
必要な事しか話をしない傾向の海堂にしてみれば、当たり障りのない会話を繰り返す乾という相手は稀有な存在だった。
不思議な人だと思う。
人とコミュニケーションをとることが不得意な海堂にとっての、乾の存在は。
「あれがそうかな」
「………………」
小さいけれど清潔な印象のする祠を乾が指さした。
長身の乾は、目を伏せるようにして身長差のある海堂をそっと見つめて、促してくる。
黙って後をついていった海堂は、祠の前で財布を広げた。
ちょうどあるな、と思って。
小銭を九枚集めていると、乾が不思議そうに海堂の手元を覗き込んできた。
「ん? いくら入れるんだ?」
距離が近い。
でも不思議と気にならない。
海堂は間近にある乾の顔を見据えながら、手のひらに乗せた小銭を差し出してみせる。
「うちはいつもこれっすよ」
「四十五円?」
「五円玉が九枚で四十五円。始終ご縁がありますように、って」
物心つく頃には、母親からそう教わっていた。
行くことが判っていれば予め用意をしていくし、突然の時は出来るだけ。
「海堂」
「はい?」
「新年早々大人げないことするけど」
「…は?」
何だと問い返す間もなく。
海堂の手のひらにあった五円玉九枚は乾の手に鷲掴みにされた。
乾はすぐに代わりにというように自分の財布から百円玉を取り出し、海堂の手のひらに乗せる。
「先輩?」
「悪いけどこっちにして」
「………………」
訳が判らない。
怪訝に乾を見やる海堂のまなざしに何を思ったのか、乾は真面目な顔をして言った。
「縁があったら嫌だから」
「あの…?…」
「海堂に、始終ご縁があると俺は困る」
「………………」
海堂は呆気にとられてしまって、ただただ乾を見上げるだけだ。
乾は乾で、あくまでも、どこまでも真剣なので、海堂にはどうする事も出来ない。
手のひらの百円硬貨と、ひとつ年上の男を交互に数回見やって。
判りましたと、頷くが精いっぱいだ。
よかったと囁くような声で微笑む乾の、隙のあるくだけた表情に、不意打ちで、どきりとして。
海堂は百円硬貨を握り締めた。
縁なんて、何も恋愛沙汰だけの話ではない筈だ。
乾にしては随分と勝手な事を言ってきた。
でも、海堂はそれを聞き入れてしまうのだ。
胸の中が、ざわざわと落ち着かない。
「今年も早速、我儘言ってごめんな」
頭上に乾の大きな手のひらが乗せられて、軽く覗き込むようにされると、どちらが我儘を言っているのかなんて判らなくなりそうだった。
しかも頭を撫でられるなんて他人にされた事がない。
海堂は無言になるばかりで、けれども乾はそれを気にしない。
それは決して傍若無人にふるまっているからではなく、合わせた目線で、正確に海堂の心中を酌んでくるからだ。
軽く数回ぽんぽんと頭をたたかれて、あくまで優しい手のひらの感触にうっかり目を閉じたほんの一瞬の隙に、唇をキスで掠られた。
びっくりして目を開けた時にはもう、キスは終わっていた。
咄嗟に絶句してしまったので完全に怒るタイミングを逃し、海堂が恨めしく睨んだ先で乾は機嫌よく笑った。
「さて。それじゃ、お賽銭入れて、神様に、見せつけてしまいましてすみませんとでもお詫びしようか」
「……初詣になってねえだろ!」
「今年もよろしくな。海堂」
人の話を聞けよと言いかけて、結局海堂はそれを口にしなかった。
実際、誰よりも海堂の話をよく聞くのは乾なのだと判っているから。
何となく口にしそびれた。
「先輩」
「ん」
「………………」
呼びかけておいて言いよどむ海堂を、乾は不審がる事もない。
再度、軽く海堂の頭を撫でてから、笑いかけてくるので。
何となく海堂もつられてしまった。
「………………」
溜息混じりの、本当に微かな海堂の笑みを。
乾は丁寧に拾い上げ、彼の記憶の中にしまったのだと。
目にした表情で、海堂は理解した。
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