How did you feel at your first kiss?
息抜きの仕方が判らないなどと以前は真面目な顔をして言っていた男は今、すっかり気を許した体で、海堂の傍ら、惰眠を貪っている。
長身をどうにかして丸めたような体勢で床に寝ている乾の腕は、腰を抱き込みたそうに海堂の腿の上にある。
額は海堂の脇腹辺りに押し当てて、べったりとまではいかないが、要するに海堂にくっつけるだけくっついて乾は眠っていた。
「………………」
かけたままでいる眼鏡が僅かにずれている。
それをどうしようかと海堂は先程からずっと悩んでいた。
外してやった方がいいのだろうけれど。
そうしたら乾が目を覚ましそうな気がしたから出来ずに悩む。
部屋の主が眠ってしまっている室内はとても静かだった。
時折パソコンのハードから微かなモーター音だけが聞こえてくる。
相も変わらず事細かなデータを纏めることに乾が没頭するのはいつものことで。
乾の部屋で、個々に過ごす事も今や日常に近い。
そうやって二人で過ごす時間が増えてきた当初には幾度か、海堂の方から見るに見かねて乾に休憩を提案した事もあった。
その時の乾の返答が、息抜きの仕方が判らないという件の言葉だった。
データを追っているようで、時々データに追われているようにも見える乾は大真面目にそんな事を海堂に言うので、海堂は正直返答に困ってしまった。
息抜きの仕方など、普通は説明するような事ではない筈だ。
そもそも乾相手に、理詰めで何かを説明するという気にも到底なれず、海堂はただ困った。
しかしそんな海堂の困惑に、むしろ乾は、おや、と思ったようだった。
難しく黙り込む海堂をまじまじと見つめて、ふと、気を許した柔らかい笑みを唇に浮かべた。
『海堂が、手伝ってくれる?』
それは心底から海堂に頼りきったような、ふんわりとした声での提案だった。
低い声に丁寧に乞われる。
海堂はますます返事に困ったのだが、乾は乾で勝手に方法を見出したようだった。
いわく、海堂に構って貰おうと思ったら、データ収集の中断も出来るようになった、と言うのだ。
中断がこれまでなかなか出来なかったらしい男は、それ以降徐々に、彼の方から海堂の傍らに寄ってくるようになった。
何となくくっついて、他愛もないことを喋ったりする。
そのうち、海堂の傍らで乾は眠るようになった。
「………………」
こんなことが、一人でいると出来ないのだと言う乾の言葉を、そのまま信じていいのかは海堂には判らなかったけれど。
今こうして安心しきって寝入る様を見ていると、本当でも本当でなくても、どちらだっていいと思えた。
甘えられているのともまた違う。
強いて言うのなら、安心、だろう。
乾は海堂の傍で、息抜きが出来る。
安心が、出来る。
それを言葉ではない方法で海堂に告げてくる。
海堂が乾に向ける信頼と同じやり方でだ。
海堂は、傍らに眠る乾をじっと見下ろしながら、互いと互いの間の距離がなくなる、こんな瞬間を、また感じ取る。
時折覚える感情は錯覚かもしれない。
けれど実際に、距離はなくなるのだ。
まるで同じになる、そんな感覚。
海堂は乾の睡魔をそのまま移されたように、唐突に眠くなり、欠伸を噛んだ。
睡魔を海堂に流し込んだかのように、乾が目を開ける。
海堂はすでに目を閉ざしていた。
流れて、移って、ほんの少し揺れて。
そして静かに凪いでいく。
どちらから伸ばしたのかと判らないお互いの手と手が合わせられて、指が浅く絡む。
重ねた手のひらが、互いを繋げる。
意識を手放す睡魔も、透き通るような沈黙も、純度の高い混じりけのない安寧感が育んだ。
ほかの誰かからとは決して生まれない、そんな空気が、いっぱいに恋情を含有している事は、どちらもとうに判っている事。
それを、どちらも未だに言葉にしていないのは、寧ろ言葉よりももっと明確に、惜しみなく、日々、手にしているからだ。
言葉にしない、ただそれだけで。
それはつまり秘密になるのだろうか。
公然とそこにありつつも、眩しいように透明に煌く純度の高さで。
彼らの秘密は誰も知られないまま、明確に、そこにある。
長身をどうにかして丸めたような体勢で床に寝ている乾の腕は、腰を抱き込みたそうに海堂の腿の上にある。
額は海堂の脇腹辺りに押し当てて、べったりとまではいかないが、要するに海堂にくっつけるだけくっついて乾は眠っていた。
「………………」
かけたままでいる眼鏡が僅かにずれている。
それをどうしようかと海堂は先程からずっと悩んでいた。
外してやった方がいいのだろうけれど。
そうしたら乾が目を覚ましそうな気がしたから出来ずに悩む。
部屋の主が眠ってしまっている室内はとても静かだった。
時折パソコンのハードから微かなモーター音だけが聞こえてくる。
相も変わらず事細かなデータを纏めることに乾が没頭するのはいつものことで。
乾の部屋で、個々に過ごす事も今や日常に近い。
そうやって二人で過ごす時間が増えてきた当初には幾度か、海堂の方から見るに見かねて乾に休憩を提案した事もあった。
その時の乾の返答が、息抜きの仕方が判らないという件の言葉だった。
データを追っているようで、時々データに追われているようにも見える乾は大真面目にそんな事を海堂に言うので、海堂は正直返答に困ってしまった。
息抜きの仕方など、普通は説明するような事ではない筈だ。
そもそも乾相手に、理詰めで何かを説明するという気にも到底なれず、海堂はただ困った。
しかしそんな海堂の困惑に、むしろ乾は、おや、と思ったようだった。
難しく黙り込む海堂をまじまじと見つめて、ふと、気を許した柔らかい笑みを唇に浮かべた。
『海堂が、手伝ってくれる?』
それは心底から海堂に頼りきったような、ふんわりとした声での提案だった。
低い声に丁寧に乞われる。
海堂はますます返事に困ったのだが、乾は乾で勝手に方法を見出したようだった。
いわく、海堂に構って貰おうと思ったら、データ収集の中断も出来るようになった、と言うのだ。
中断がこれまでなかなか出来なかったらしい男は、それ以降徐々に、彼の方から海堂の傍らに寄ってくるようになった。
何となくくっついて、他愛もないことを喋ったりする。
そのうち、海堂の傍らで乾は眠るようになった。
「………………」
こんなことが、一人でいると出来ないのだと言う乾の言葉を、そのまま信じていいのかは海堂には判らなかったけれど。
今こうして安心しきって寝入る様を見ていると、本当でも本当でなくても、どちらだっていいと思えた。
甘えられているのともまた違う。
強いて言うのなら、安心、だろう。
乾は海堂の傍で、息抜きが出来る。
安心が、出来る。
それを言葉ではない方法で海堂に告げてくる。
海堂が乾に向ける信頼と同じやり方でだ。
海堂は、傍らに眠る乾をじっと見下ろしながら、互いと互いの間の距離がなくなる、こんな瞬間を、また感じ取る。
時折覚える感情は錯覚かもしれない。
けれど実際に、距離はなくなるのだ。
まるで同じになる、そんな感覚。
海堂は乾の睡魔をそのまま移されたように、唐突に眠くなり、欠伸を噛んだ。
睡魔を海堂に流し込んだかのように、乾が目を開ける。
海堂はすでに目を閉ざしていた。
流れて、移って、ほんの少し揺れて。
そして静かに凪いでいく。
どちらから伸ばしたのかと判らないお互いの手と手が合わせられて、指が浅く絡む。
重ねた手のひらが、互いを繋げる。
意識を手放す睡魔も、透き通るような沈黙も、純度の高い混じりけのない安寧感が育んだ。
ほかの誰かからとは決して生まれない、そんな空気が、いっぱいに恋情を含有している事は、どちらもとうに判っている事。
それを、どちらも未だに言葉にしていないのは、寧ろ言葉よりももっと明確に、惜しみなく、日々、手にしているからだ。
言葉にしない、ただそれだけで。
それはつまり秘密になるのだろうか。
公然とそこにありつつも、眩しいように透明に煌く純度の高さで。
彼らの秘密は誰も知られないまま、明確に、そこにある。
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