How did you feel at your first kiss?
毎年美しく必ず咲くけれど、誰のものにもならずに呆気なくも完璧に散ってしまうから。
一時だけの花に、皆固執するのかもしれない。
事細かに手をかけることもなく、相手はただ、人が見上げるばかりの花だ。
まだ開花の萌しのまるでない桜の木の下、観月はぼんやりと、空とその枝先を見上げて思う。
「お前がそうしてると、もう咲いてるように見えるな」
低い声に、花などない木に花が咲いているように見えると言われて、意味を計りかねる。
赤澤はゆっくりと観月の佇む近くまで歩み寄ってきた。
「観月が見てるっていうのは、それくらいの効力があるって気がするんだよな」
「訳のわからないこと言わないでください……」
桜の樹を見上げ、観月の事を語る。
むやみやたらに甘い優しい声を出されて、観月はぎこちなく目線をずらした。
どうしてこう赤澤は、さらりと流れる穏やかな声で、観月には理解のし辛い事ばかり言うのか。
ささいな言葉も赤澤から向けられると観月は身動きが取れなくなる。
「花が咲けば、ここらじゅうまたすごい人なんだろうな」
木の幹に手をかけて、赤澤がなめらかな低音で一人ごちる。
観月が困惑すれば、すぐに察して会話を流すのだ。
いつも、この男は。
観月は内心歯噛みするような思いで、この辺りの、今はまだ枯れ木も同然の桜並木に視線を流す。
蕾一つ綻んでいないから、その状態の桜を気に留める者など誰もいない。
それを思えば桜が人の目を集める期間など花が開く一時だけの事だ。
盛りの頃の賑わいが、どの花よりも華やかな分、その落差が激しく思える。
「………赤澤、貴方、桜は好きですか」
「ああ。……観月はあんまり好きじゃないみたいだな」
綺麗な花というより、哀しい花だと、観月は考えてしまうのだ。
桜の花。
人々が盛り上がれば盛り上がるほど、綺麗だと花に傾倒すればするほど、妙に物悲しく思えてならない。
そういう感情を抱く観月に何故か赤澤は気づいているようで、観月は複雑だった。
彼が自分を判ってしまえる理由は何なのだろう。
彼が自分のことを判ってしまえる、その理由は。
「……桜が嫌いな訳ではないです」
「あー…、どっちかっていうと、桜にお前が同調しちまう感じだな」
「………………」
簡単に言ってのけた言葉のストレートさは観月に戸惑いを覚えさせる。
違和感ではなく、あくまでも困惑だ。
赤澤という存在が、観月に度々こういった感情を呼び起こさせる。
「桜は……」
「ん?」
言葉を探りながら。
感情を突き詰めていく。
観月が普段しないことを、赤澤といるとしなければならなくなる。
計算や、情報では、役に立たないこと。
それらがあれば答えを導き出す事はたやすいのに、それらがないから、答えまでの過程を手探りしなければならないのだ。
「綺麗に咲いている時だけは、特別扱いされるほどに持て囃されるのに。花が咲いていない間は、誰も見向きもしないじゃないですか…」
「そういうとこあるな、確かに」
花が咲いている時と咲いていない時とであまりに格差のある反応を受ける桜は。
結果を出した時と出せない時とで存在価値すら危ぶまれそうな自分と似ている。
だから好きじゃないのかもしれない。
ふと、そんな事に観月は気づいた。
花を結ばない桜を愛でる人間はいないだろう。
そんな事は当たり前だ。
少しも理不尽なんかじゃない。
「でもな、観月」
それなのにこの男は、何故そんな優しい目で花のない桜を見上げるのか。
結果の出せない自分を見つめるのか。
そんな風に微笑んで。
「花が咲いていない時の桜の方が大事だって人もいるぜ?」
「……はい?」
こめかみの辺りに折り曲げた指の関節を押し当てて、赤澤が珍しく気難しそうな表情で何かを思い出そうとしている。
彼の傍らで観月はそれを窺った。
「あー、……草木染めだ」
「草木染め、ですか?」
「そう。綺麗な桜色を出すには、花が咲く前の樹の皮を使うんだって聞いたことがある」
花が咲かなくたって、誰も見向きもしない何てことはないのだと、赤澤は言いきった。
それは桜の話だろう。
でも、それだけでもないのだろう。
「第一、花だけが桜じゃないだろ。幹も枝も、花が咲いてない状態ひっくるめて、全部で桜なんだから」
「………………」
大きな手を樹の幹に宛がって、見上げて。
赤澤が口にした言葉が、どれだけ今の観月の感情に浸透してくるか。
赤澤は何も、気づいていないかもしれない。
でも、それは大した問題ではないのだ。
「赤澤」
呼びかければこちらを向いて。
その後の言葉が続かなくても。
気にした風もなく笑っている赤澤の存在そのものを、あるがままで観月も受諾できるから。
ふ、と花びら程度の吐息を零して観月は呟いた。
「……さっきまでよりも、好きですよ」
桜の話。
でも本当は桜だけじゃなくて。
けれどそれは言葉にしなかった。
「咲いたら、花、見にくるか」
「花見の混雑には辟易するので遠慮します」
「校内の桜くらいならいいだろ?」
「まあ。それくらいなら。そうですね。考えておきます」
いつの間にか並んで歩き出していて、当たり前みたいに言葉を交わして。
本当にささいなこの程度の約束に、嬉しそうに笑っている男を横目に。
ふと。
そんな赤澤から流れ込んできたみたいに観月もまた、自分も同じ笑みを浮かべている事に気付かされる。
同じ空間で、同じ感情を分かち合う。
笑みはどちらかだけのものではない。
もう、自分達で、共有しているもの。
桜が早く、咲けばいい。
多分観月は初めてそんな事を考えた。
桜は咲いていいのだ。
咲ける、そのタイミングで、ただ咲けばいい。
花、開け。
念じてか、祈ってか。
咲いていいのだと知ったから、花開け。
一時だけの花に、皆固執するのかもしれない。
事細かに手をかけることもなく、相手はただ、人が見上げるばかりの花だ。
まだ開花の萌しのまるでない桜の木の下、観月はぼんやりと、空とその枝先を見上げて思う。
「お前がそうしてると、もう咲いてるように見えるな」
低い声に、花などない木に花が咲いているように見えると言われて、意味を計りかねる。
赤澤はゆっくりと観月の佇む近くまで歩み寄ってきた。
「観月が見てるっていうのは、それくらいの効力があるって気がするんだよな」
「訳のわからないこと言わないでください……」
桜の樹を見上げ、観月の事を語る。
むやみやたらに甘い優しい声を出されて、観月はぎこちなく目線をずらした。
どうしてこう赤澤は、さらりと流れる穏やかな声で、観月には理解のし辛い事ばかり言うのか。
ささいな言葉も赤澤から向けられると観月は身動きが取れなくなる。
「花が咲けば、ここらじゅうまたすごい人なんだろうな」
木の幹に手をかけて、赤澤がなめらかな低音で一人ごちる。
観月が困惑すれば、すぐに察して会話を流すのだ。
いつも、この男は。
観月は内心歯噛みするような思いで、この辺りの、今はまだ枯れ木も同然の桜並木に視線を流す。
蕾一つ綻んでいないから、その状態の桜を気に留める者など誰もいない。
それを思えば桜が人の目を集める期間など花が開く一時だけの事だ。
盛りの頃の賑わいが、どの花よりも華やかな分、その落差が激しく思える。
「………赤澤、貴方、桜は好きですか」
「ああ。……観月はあんまり好きじゃないみたいだな」
綺麗な花というより、哀しい花だと、観月は考えてしまうのだ。
桜の花。
人々が盛り上がれば盛り上がるほど、綺麗だと花に傾倒すればするほど、妙に物悲しく思えてならない。
そういう感情を抱く観月に何故か赤澤は気づいているようで、観月は複雑だった。
彼が自分を判ってしまえる理由は何なのだろう。
彼が自分のことを判ってしまえる、その理由は。
「……桜が嫌いな訳ではないです」
「あー…、どっちかっていうと、桜にお前が同調しちまう感じだな」
「………………」
簡単に言ってのけた言葉のストレートさは観月に戸惑いを覚えさせる。
違和感ではなく、あくまでも困惑だ。
赤澤という存在が、観月に度々こういった感情を呼び起こさせる。
「桜は……」
「ん?」
言葉を探りながら。
感情を突き詰めていく。
観月が普段しないことを、赤澤といるとしなければならなくなる。
計算や、情報では、役に立たないこと。
それらがあれば答えを導き出す事はたやすいのに、それらがないから、答えまでの過程を手探りしなければならないのだ。
「綺麗に咲いている時だけは、特別扱いされるほどに持て囃されるのに。花が咲いていない間は、誰も見向きもしないじゃないですか…」
「そういうとこあるな、確かに」
花が咲いている時と咲いていない時とであまりに格差のある反応を受ける桜は。
結果を出した時と出せない時とで存在価値すら危ぶまれそうな自分と似ている。
だから好きじゃないのかもしれない。
ふと、そんな事に観月は気づいた。
花を結ばない桜を愛でる人間はいないだろう。
そんな事は当たり前だ。
少しも理不尽なんかじゃない。
「でもな、観月」
それなのにこの男は、何故そんな優しい目で花のない桜を見上げるのか。
結果の出せない自分を見つめるのか。
そんな風に微笑んで。
「花が咲いていない時の桜の方が大事だって人もいるぜ?」
「……はい?」
こめかみの辺りに折り曲げた指の関節を押し当てて、赤澤が珍しく気難しそうな表情で何かを思い出そうとしている。
彼の傍らで観月はそれを窺った。
「あー、……草木染めだ」
「草木染め、ですか?」
「そう。綺麗な桜色を出すには、花が咲く前の樹の皮を使うんだって聞いたことがある」
花が咲かなくたって、誰も見向きもしない何てことはないのだと、赤澤は言いきった。
それは桜の話だろう。
でも、それだけでもないのだろう。
「第一、花だけが桜じゃないだろ。幹も枝も、花が咲いてない状態ひっくるめて、全部で桜なんだから」
「………………」
大きな手を樹の幹に宛がって、見上げて。
赤澤が口にした言葉が、どれだけ今の観月の感情に浸透してくるか。
赤澤は何も、気づいていないかもしれない。
でも、それは大した問題ではないのだ。
「赤澤」
呼びかければこちらを向いて。
その後の言葉が続かなくても。
気にした風もなく笑っている赤澤の存在そのものを、あるがままで観月も受諾できるから。
ふ、と花びら程度の吐息を零して観月は呟いた。
「……さっきまでよりも、好きですよ」
桜の話。
でも本当は桜だけじゃなくて。
けれどそれは言葉にしなかった。
「咲いたら、花、見にくるか」
「花見の混雑には辟易するので遠慮します」
「校内の桜くらいならいいだろ?」
「まあ。それくらいなら。そうですね。考えておきます」
いつの間にか並んで歩き出していて、当たり前みたいに言葉を交わして。
本当にささいなこの程度の約束に、嬉しそうに笑っている男を横目に。
ふと。
そんな赤澤から流れ込んできたみたいに観月もまた、自分も同じ笑みを浮かべている事に気付かされる。
同じ空間で、同じ感情を分かち合う。
笑みはどちらかだけのものではない。
もう、自分達で、共有しているもの。
桜が早く、咲けばいい。
多分観月は初めてそんな事を考えた。
桜は咲いていいのだ。
咲ける、そのタイミングで、ただ咲けばいい。
花、開け。
念じてか、祈ってか。
咲いていいのだと知ったから、花開け。
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