How did you feel at your first kiss?
観月がシャワーを浴びて浴室から出てきたのを見計らいでもしたかのように、部屋の扉がノックされた。
タオルで濡れ髪を拭きながらパジャマ姿の観月が静かに扉を開けると、そこには赤澤が私服姿で立っていた。
「結構降られたか?」
「…シャワーを浴びる程度にはね」
予報にもなかった事とはいえ、データ重視の観月からすると、こういう不意打ちに行き当たるのは些か不本意だ。
出先から寮に戻るまでに、言葉通りに雨に降られた観月は溜息をつきながら、入りますかと赤澤に尋ねる。
入っていいならと笑う赤澤に観月は身体をずらした。
一人でいる時間が好きで、寮生活をしていながら何なのだが、あまり部屋に来訪者が来る事を好まない観月だったが、
赤澤には慣らされた感がある。
頻繁に現れるが、観月が断れば無理強いはしないで帰る赤澤だから、観月も慣れた。。
扉の隙間から身体を滑り込ませるようにして赤澤が観月の部屋の中に入ってくるのを横目に、観月はあらかたの水分を拭き取ったタオルでおざなりに髪を拭きながら呟く。
「貴方も濡れたんですか、部長」
赤澤も今日はでかけていた筈だ。
天気予報にもなかった突然の通り雨に観月が降られたくらいだ。
赤澤とて同じだろうと観月は思っていたのだが、赤澤の長い髪はかわいていて、少しも雨を感じさせない。
じっと見つめる観月に赤澤があっさり首を左右に振った。
「いいや。俺は濡れなかった。傘持ってた」
「……随分珍しいじゃないですか。折り畳み傘なんて絶対持って歩かないのに」
「大事なものがあったからな、今日は」
「…大事なもの?」
「ああ」
これ、と赤澤が目の高さまで持ち上げたものは、彼が右手に持っているマチの広い紙袋だ。
「なんですか、これは」
「ケーキ。食おうぜ」
「は?」
おめでとう、と言って赤澤は観月の額に軽く唇を寄せた。
面喰って観月は無防備にそのキスを受け止めてしまう。
赤澤の唇が離れると、頬にはほんのりと熱が残った。
瞬きをして、観月が無意識に額に手の甲を当てていると、赤澤が屈みこむようにして観月の唇にもキスで触れ、誕生日だろ?と唇と唇の合間で囁く。
「なんで……知って…」
「好きな奴の誕生日くらい知ってるだろ、普通」
気負いのない声は優しかった。
触れるだけの唇と同じくらい。
「………………」
赤澤はいつもそうだ。
観月は唸りたいのをこらえるように、赤澤を睨み据える。
たぶん、睨んでるようには見えないだろうが、悔しいじゃないかと内心で誰に言うでもなく観月は言い訳をする。
好きだなんて言葉、観月には扱い辛くて仕方無いのに、赤澤はいつでもさらさらと観月にそれを注ぐのだ。
「食堂行くと、人が集まるからなあ……少しだけ独り占めさせろよ。…な?」
「別に、誰も」
反論など容易く封じられる。
部屋の中なのに赤澤の手に肩など抱かれてテーブルまで歩いて座らされる。
「紅茶、取りあえず缶で勘弁な」
袋の中から取り出した紅茶の缶を片手に二本持ってテーブルに置き、大雑把そうな手なのに丁寧にケーキの箱も取り出した。
小ぶりの箱だったが、赤澤が中から引き出したケーキに観月は目を瞠る。
「……赤澤。貴方、これ何て言って頼んだんですか」
箱に見合う大きさでケーキも小ぶりではあったが、しかし、小さいながらも二段重ねのデコレーションケーキは、さながら。
「どう見ても、ウエディングケーキのミニチュアじゃないですか……」
クリームのデコレーションは繊細だ。
レース細工のように、細く細やかなラインで絞り出された飾りつけは上品で、あとは綺麗な色の赤い実と、控え目な粉砂糖のみの装飾も観月好みではあるけれど。
赤澤は観月の言葉を受け止めて、確かにそれっぽいと明るく笑った後、ウエディングとは言ってないけどな、と観月の目を覗き込んだ。
「すっげえ大事で、大好きな奴の誕生日ケーキ…っつっただけ」
「な、……」
「綺麗な奴で、綺麗なものが好きだから、そういうケーキを探しただけ」
伏目に観月を見つめる赤澤の眼差しは甘い。
食おうぜ、と目元にキスされながら言われて。
赤澤はプラスチックのスプーンを観月に手渡し、二つの缶のプルトップを開ける。
「このまま…ですか」
「切り分けるの難しそうだろ?」
「確かに…そうですが…」
少なくとも観月は、小さいサイズとはいえホールのケーキに直接フォークを刺すということを、した事がない。
普段であれば絶対にしないのに。
「ほら」
赤澤がひとくちぶん、フォークに刺したケーキを観月の口元に近づける。
「自分で食べますよ…!」
「そうだな。まあ、取りあえずこれは食って」
「……っ……」
長い指がフォークの柄の方を挟み、観月を、見つめて赤澤が微かに首を傾ける。
あーん、と声にはしないで唇だけ動かしてくるから余計に気恥ずかしい。
観月は自棄になった。
口を開けて、ケーキを食べる。
人の手から物を食べさせられるなんて記憶にない。
赤澤は、そうやって観月にケーキを食べさせると、その同じフォークを使って、今度は自分の口にケーキを運んだ。
だからどうしてそういう事を平然とやるんだと怒鳴ってやりたいけれど、声が上ずりそうで観月は諦めた。
手渡されたフォークで、自分も同じように手を伸ばす。
お互い向き合って、両側からケーキを食べ始め、しばらくは無言だったが、小さく赤澤が声にして笑ったので観月はちらりと上目に赤澤を見やる。
何ですかと眼差しで訴えれば、赤澤は言葉をはぐらかしはしなかった。
「いや、なんか初めての共同作業…ってやつみたいだなぁと…」
ケーキ入刃でもあるまいし。
「な、っ…」
思って、声が荒っぽくなってしまうのは気恥ずかしいからだ。
また話がウエディングに絡んで、赤澤と、赤澤相手だから、そういう話になるのが恥ずかしいのだと、何故気付かないのかと観月は歯噛みする。
赤澤を睨むように目つきをきつくする。
まるでこたえた風もなく、赤澤は笑っていた。
「ケーキ入刃より、一緒にこうやって食ってる共同作業のがいいな、俺は」
言いながら、フォークを持っていない方の手が伸びてきて、大きな手のひらが観月の頭に乗せられる。
まだ湿った髪をそっと撫でつけてくる手の温かさに、もう本当にこんなことされたら誤魔化すものも誤魔化せないと、観月は顔を赤くした。
「なんなんですか、さっきから貴方…、……」
「風呂上りで、パジャマ姿で、ケーキ食ってるのが可愛い」
「からかわないでください…!」
「からかってない。年上になっちまったけどな、可愛い、お前」
他に誰もいないのに、自慢するみたいなその口調は何なのか。
微笑んではいるけれど、むしろ真面目な顔で赤澤が告げてくるから居たたまれない。
「観月」
「……っ…、…」
突然観月の隣にやってきた赤澤が、両手で観月を抱き込んでくる。
「ちょっと食うの休憩な?」
「……なん…、…」
赤澤の胸元に抱き寄せられて、ぽんぽんと背中を叩かれて。
フォーク持ったままですよと観月が叫ぶと、すぐにそれが取られてテーブルに置かれ、今日初めての、唇へのキスが落ちてくる。
「………、…ん」
甘い匂いがする。
クリームの、ケーキの、そして何より触れ方の本当に甘いキスで唇を塞がれて、抗えた試しがない。
パジャマ越しに観月は肩を赤澤の手のひらに包まれ、唇をやわらかく吸われてキスがほどける。
吐き出す吐息が震えそうで、観月は俯いた。
「……ごめんな?…続き、食うか?」
耳元で囁かれる。
観月は首を左右に振って、赤澤の胸元に今度は自分から身体をあずける。
背中に回った赤澤の手が、すこし驚いているのが判った。
「続き、…」
「…観月?」
「……ケーキじゃない方で」
消えそうな声だったのに、赤澤はちゃんと聞きとった。
からかうような事を言わない男だとわかってはいたけれど、赤澤が黙って受け止めてくれるから観月はほっとする。
早く脈打っている観月の首筋を手のひらに包むように支えながら、赤澤は観月の額に、そっと唇を押し当てた。
「………赤澤…」
「ん…?」
「ケーキ…ありがとうございます」
「俺も」
「え?」
「俺には観月をありがとう」
よく判らない返事を貰い、面食らう観月の唇に赤澤は丁寧なキスを寄せて。
パジャマがゆっくり、剥ぎ取られていった。
タオルで濡れ髪を拭きながらパジャマ姿の観月が静かに扉を開けると、そこには赤澤が私服姿で立っていた。
「結構降られたか?」
「…シャワーを浴びる程度にはね」
予報にもなかった事とはいえ、データ重視の観月からすると、こういう不意打ちに行き当たるのは些か不本意だ。
出先から寮に戻るまでに、言葉通りに雨に降られた観月は溜息をつきながら、入りますかと赤澤に尋ねる。
入っていいならと笑う赤澤に観月は身体をずらした。
一人でいる時間が好きで、寮生活をしていながら何なのだが、あまり部屋に来訪者が来る事を好まない観月だったが、
赤澤には慣らされた感がある。
頻繁に現れるが、観月が断れば無理強いはしないで帰る赤澤だから、観月も慣れた。。
扉の隙間から身体を滑り込ませるようにして赤澤が観月の部屋の中に入ってくるのを横目に、観月はあらかたの水分を拭き取ったタオルでおざなりに髪を拭きながら呟く。
「貴方も濡れたんですか、部長」
赤澤も今日はでかけていた筈だ。
天気予報にもなかった突然の通り雨に観月が降られたくらいだ。
赤澤とて同じだろうと観月は思っていたのだが、赤澤の長い髪はかわいていて、少しも雨を感じさせない。
じっと見つめる観月に赤澤があっさり首を左右に振った。
「いいや。俺は濡れなかった。傘持ってた」
「……随分珍しいじゃないですか。折り畳み傘なんて絶対持って歩かないのに」
「大事なものがあったからな、今日は」
「…大事なもの?」
「ああ」
これ、と赤澤が目の高さまで持ち上げたものは、彼が右手に持っているマチの広い紙袋だ。
「なんですか、これは」
「ケーキ。食おうぜ」
「は?」
おめでとう、と言って赤澤は観月の額に軽く唇を寄せた。
面喰って観月は無防備にそのキスを受け止めてしまう。
赤澤の唇が離れると、頬にはほんのりと熱が残った。
瞬きをして、観月が無意識に額に手の甲を当てていると、赤澤が屈みこむようにして観月の唇にもキスで触れ、誕生日だろ?と唇と唇の合間で囁く。
「なんで……知って…」
「好きな奴の誕生日くらい知ってるだろ、普通」
気負いのない声は優しかった。
触れるだけの唇と同じくらい。
「………………」
赤澤はいつもそうだ。
観月は唸りたいのをこらえるように、赤澤を睨み据える。
たぶん、睨んでるようには見えないだろうが、悔しいじゃないかと内心で誰に言うでもなく観月は言い訳をする。
好きだなんて言葉、観月には扱い辛くて仕方無いのに、赤澤はいつでもさらさらと観月にそれを注ぐのだ。
「食堂行くと、人が集まるからなあ……少しだけ独り占めさせろよ。…な?」
「別に、誰も」
反論など容易く封じられる。
部屋の中なのに赤澤の手に肩など抱かれてテーブルまで歩いて座らされる。
「紅茶、取りあえず缶で勘弁な」
袋の中から取り出した紅茶の缶を片手に二本持ってテーブルに置き、大雑把そうな手なのに丁寧にケーキの箱も取り出した。
小ぶりの箱だったが、赤澤が中から引き出したケーキに観月は目を瞠る。
「……赤澤。貴方、これ何て言って頼んだんですか」
箱に見合う大きさでケーキも小ぶりではあったが、しかし、小さいながらも二段重ねのデコレーションケーキは、さながら。
「どう見ても、ウエディングケーキのミニチュアじゃないですか……」
クリームのデコレーションは繊細だ。
レース細工のように、細く細やかなラインで絞り出された飾りつけは上品で、あとは綺麗な色の赤い実と、控え目な粉砂糖のみの装飾も観月好みではあるけれど。
赤澤は観月の言葉を受け止めて、確かにそれっぽいと明るく笑った後、ウエディングとは言ってないけどな、と観月の目を覗き込んだ。
「すっげえ大事で、大好きな奴の誕生日ケーキ…っつっただけ」
「な、……」
「綺麗な奴で、綺麗なものが好きだから、そういうケーキを探しただけ」
伏目に観月を見つめる赤澤の眼差しは甘い。
食おうぜ、と目元にキスされながら言われて。
赤澤はプラスチックのスプーンを観月に手渡し、二つの缶のプルトップを開ける。
「このまま…ですか」
「切り分けるの難しそうだろ?」
「確かに…そうですが…」
少なくとも観月は、小さいサイズとはいえホールのケーキに直接フォークを刺すということを、した事がない。
普段であれば絶対にしないのに。
「ほら」
赤澤がひとくちぶん、フォークに刺したケーキを観月の口元に近づける。
「自分で食べますよ…!」
「そうだな。まあ、取りあえずこれは食って」
「……っ……」
長い指がフォークの柄の方を挟み、観月を、見つめて赤澤が微かに首を傾ける。
あーん、と声にはしないで唇だけ動かしてくるから余計に気恥ずかしい。
観月は自棄になった。
口を開けて、ケーキを食べる。
人の手から物を食べさせられるなんて記憶にない。
赤澤は、そうやって観月にケーキを食べさせると、その同じフォークを使って、今度は自分の口にケーキを運んだ。
だからどうしてそういう事を平然とやるんだと怒鳴ってやりたいけれど、声が上ずりそうで観月は諦めた。
手渡されたフォークで、自分も同じように手を伸ばす。
お互い向き合って、両側からケーキを食べ始め、しばらくは無言だったが、小さく赤澤が声にして笑ったので観月はちらりと上目に赤澤を見やる。
何ですかと眼差しで訴えれば、赤澤は言葉をはぐらかしはしなかった。
「いや、なんか初めての共同作業…ってやつみたいだなぁと…」
ケーキ入刃でもあるまいし。
「な、っ…」
思って、声が荒っぽくなってしまうのは気恥ずかしいからだ。
また話がウエディングに絡んで、赤澤と、赤澤相手だから、そういう話になるのが恥ずかしいのだと、何故気付かないのかと観月は歯噛みする。
赤澤を睨むように目つきをきつくする。
まるでこたえた風もなく、赤澤は笑っていた。
「ケーキ入刃より、一緒にこうやって食ってる共同作業のがいいな、俺は」
言いながら、フォークを持っていない方の手が伸びてきて、大きな手のひらが観月の頭に乗せられる。
まだ湿った髪をそっと撫でつけてくる手の温かさに、もう本当にこんなことされたら誤魔化すものも誤魔化せないと、観月は顔を赤くした。
「なんなんですか、さっきから貴方…、……」
「風呂上りで、パジャマ姿で、ケーキ食ってるのが可愛い」
「からかわないでください…!」
「からかってない。年上になっちまったけどな、可愛い、お前」
他に誰もいないのに、自慢するみたいなその口調は何なのか。
微笑んではいるけれど、むしろ真面目な顔で赤澤が告げてくるから居たたまれない。
「観月」
「……っ…、…」
突然観月の隣にやってきた赤澤が、両手で観月を抱き込んでくる。
「ちょっと食うの休憩な?」
「……なん…、…」
赤澤の胸元に抱き寄せられて、ぽんぽんと背中を叩かれて。
フォーク持ったままですよと観月が叫ぶと、すぐにそれが取られてテーブルに置かれ、今日初めての、唇へのキスが落ちてくる。
「………、…ん」
甘い匂いがする。
クリームの、ケーキの、そして何より触れ方の本当に甘いキスで唇を塞がれて、抗えた試しがない。
パジャマ越しに観月は肩を赤澤の手のひらに包まれ、唇をやわらかく吸われてキスがほどける。
吐き出す吐息が震えそうで、観月は俯いた。
「……ごめんな?…続き、食うか?」
耳元で囁かれる。
観月は首を左右に振って、赤澤の胸元に今度は自分から身体をあずける。
背中に回った赤澤の手が、すこし驚いているのが判った。
「続き、…」
「…観月?」
「……ケーキじゃない方で」
消えそうな声だったのに、赤澤はちゃんと聞きとった。
からかうような事を言わない男だとわかってはいたけれど、赤澤が黙って受け止めてくれるから観月はほっとする。
早く脈打っている観月の首筋を手のひらに包むように支えながら、赤澤は観月の額に、そっと唇を押し当てた。
「………赤澤…」
「ん…?」
「ケーキ…ありがとうございます」
「俺も」
「え?」
「俺には観月をありがとう」
よく判らない返事を貰い、面食らう観月の唇に赤澤は丁寧なキスを寄せて。
パジャマがゆっくり、剥ぎ取られていった。
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