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How did you feel at your first kiss?
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 赤澤がコートの中で固まっている。
 聖ルドルフのテニス部内でシングルスのトーナメント戦を行った試合での最終勝利者でありながら、赤澤は試合が終わった後も何か思う顔でコートに立ちつくし、周辺の視線を集めている。
「どうしただーね。赤澤は」
「さあ?」
 柳沢の問いかけに首を傾げた木更津は、裕太からも同じ質問を向けられて、何で俺に聞くのかなと肩を竦める。
「俺にはよく判らない。二人とも観月に聞けばいいのに」
「無理だーね! なあ、裕太」
「そうですよ!」
 そもそも普段から精神的にも体力的にもタフな赤澤の様子がどこかおかしいとなれば、原因は大抵ひとつなのだ。
「…どうせ観月絡みだろうって、二人とも思ってるってわけだ」
 木更津の冷静な声に、柳沢と裕太が揃って大きく、こくりと頷いた時だ。
「悪い。走ってくる」
 それまでどこかぼうっと空を見上げていた赤澤が、特に誰に言ったというでもない口調でそう告げて、長い髪を右手でかきまぜるようにしてコートから走って出て行ってしまった。
 落ち込んでいる風ではない。
 機嫌が悪いといった気配もしない。
 ただ普段のさばさばとして何事にも直球な赤澤ではなく、何か気難しげに、煮え切らないものを無理やり飲み込んでいるような。
 何とも曖昧な雰囲気を滲ませている。
 喧嘩だろうか。
 そう思って三人がそっと盗み見た観月は、コート脇のベンチに座っている。
 腿に乗せたノートパソコンの画面ではなく、走っていった赤澤の背中を見ていた。
「喧嘩……」
「………って感じでもないんだけどなぁ」
「ですよね…観月さんも、ちょっと腑に落ちないっていうか…戸惑ってるって感じですよね…」
 何なんだと迷う部員たちをよそに部活が終了する時間になっても部長は戻らない。
 溜息混じりにマネージャーである観月がベンチから立ち上がり、終了の号令をかけ、部活を終わらせてもまだ赤澤は帰らない。
 観月が無表情のまま、ひとり部室には向かわず、ジャージ姿のまま歩き出したのを横目に。
 テニス部員たちは慌てて部室へと向かい、身支度を整え、次々帰宅していく。
 有能で手厳しい辛辣なマネージャーと、寛容でマイペースで大らかな部長の言い争いは、珍しい事ではないものの、迫力がある事には変わりない。
「さ、俺達も帰ろっか」
「だーね」
「…大丈夫でしょうか? 観月さんたち」
 真面目に肩を落とす裕太を間に挟んで、寮へと歩いて行きながら、柳沢と木更津のダブルスコンビは図らずとも同時に、内心で同じ事を考えていた。
 そろそろかな、と。
 つまりはそういう事だ。




 観月はテニスコートを離れ、部室棟を過ぎ、グラウンドに向かう途中、教会の手前で足を止めた。
 赤澤が教会の壁に、寄り掛かって立っている。
 仰のいた喉元を汗が伝っている。
「部長」
 歩み寄って行き、手にしてきたタオルを観月が差し出しても、赤澤はどこかぼんやりとしている。
 黙って見返してくるばかりなので、観月は溜息交じりにタオルを赤澤のこめかみあたりに押し当てた。
 汗を押さえるようにしてやりながら、静かに問いかける。
「どうしたんですか。部長」
 されるがままでいる赤澤の長い髪が、汗で首筋に張り付いているのを、そっと指先で払う。
「そんなに調子悪そうには見えないですけど…何かありましたか」
「観月」
「何ですか」
「………………」
 しっかりと名前を呼んできたのに、それで口を噤んでしまう赤澤にも不思議と苛立つことはなく、観月は淡々と先を促した。
「何ですか? 赤澤部長」
 二人で向き合って立っている足元に射し込む教会の日陰の色が次第に傾きを広げ、濃くなっていく。
 観月も黙ると、静かに沈黙が落ち、場は音も色身も密やかに静まった。
 見下ろすように観月を見つめてきていた赤澤が、深い溜息を吐き出しながら低い声を放ったのは、どればかりしてからのことだったか。
「……、…っ…あー、…! マジで駄目だ」
「…赤澤…?」
 突然に声を上げた赤澤は。
「走ってくる」
「は?」
 面喰った観月を余所にまたもや走り出そうとして、しかし今度は観月がそれを行かせない。
「あなた、さっきから走る走るって」
「悪い。観月」
 赤澤の強い腕が、それでも力の加減を気遣うような手つきで観月の肩にかけられる。
 押しのけられる。
 観月を避けて走っていこうとする赤澤を、観月は両手で押しとどめた。
「待ちなさい」
 ユニフォームを握りこむ子供っぽいしぐさになってしまったが、気にしてなどいられない。
 観月は目線をきつくして赤澤に対峙する。
「ちょっと落ち着きなさい。何がどうしたんですか!」
「……止めるなよ」
 赤澤が少々面食らったような顔をして観月を見つめてくる。
 まさか止められるなんて思ってもみなかったという顔だ。
 走ってくるだけだって、とその後付け加えられた言葉に、観月は更に眉間を歪めた。
「いい加減オーバーワークです。いくらあなたが頑丈だからって、むやみやたらに走ったって、意味ないです」
「勘弁しろよ…観月」
 走らせろって、と赤澤が普段あまりしないぞんざいな所作と声とで観月の制止を振り切ろうとする。
 そうなってくるとだんだんと観月も憮然となって、口調が荒くなる。
「だいたい、何を考えてるか知りませんけど、そんな風に上の空でやたらに走ったって怪我するだけですよ」
「上の空じゃねえよ」
「上の空ですよ!」
「空っぽにしたくて走ってんだっての…!」
 大声を出したかと思うと、赤澤は続けざま更なる声で怒鳴った。
「俺の頭の中なんざ、お前の事ばっかだよ!」
「……は?」
 一言もらすのが精一杯。
 それっきり絶句した観月の表情をどう見たのか、赤澤は深く嘆息して、軽く頭を左右に振った。
「いや、…それは元からだからいい」
 よくない!と咄嗟に言ってしまいそうで、言うことの出来なかった観月に対して、赤澤も少し頭が冷えたようだった。
 大きく目を見開いたままの観月を横目に見やって、小さく溜息をつく。
 溜息ばかり何回つく気だと観月はぼんやり思う。
「あのな、観月」
「……なん…ですか」
「俺は、お前が好きだ」
「………はい…?」
「それはさっきも言ったけど、まあ、元から。かなり前から、ずっとだけどな」
「…部長?」
 だけどな、と赤澤が真面目な顔で観月を強く見据えてくる。
 咄嗟に観月は息をのんだ。
「お前に手を出したい」
「………………」
 怖いくらい真剣な顔で。
 声で。
 いったい何を言い出したのかと観月は唖然と赤澤を見返した。
 好きだと言ったのか。
 手を出したいと言ったのか。
 この男は、自分に。
 きつすぎるような精悍な顔立ちで、真剣に告げられて、観月は混乱すら出来ない。
 言葉は言葉のままだ。
 そして赤澤は嘘をつかない。
 ごまかすこともしない。
 この驚愕は、観月に混乱ではなく幾許かの怒りを運んできた。
 それは次第に濃く、強くなる。
 元から、前から、好きだとか。
 そんなの観月は知らない。
 今の今まで知らなかった。
 しかも赤澤が、それは別にいい、なんて言う事も気に食わない。
 そういう風に、避けておけるような感情なのか。
 それから、と観月は思考の回転を尚早めていく。
 何より観月が一番に腹をたてたのは、赤澤が頭の中を空っぽにしたいなんて言った言葉だ。
 何故空っぽにされなければならないのか全くもって理解不能だ。
「……っ、…だから、貴方は馬鹿だっていうんです!」
 観月は声を振り絞って叫んだ。
 だいたい、と更に感情の赴くまま、観月は赤澤を怒鳴りつけた。
「僕に手を出したいならそうすればいい。何故しないんですか!」
「おい、」
「僕にしたいことがあるんでしょう? そういう事が、違う事で発散出来るとでも本気で思ってるんですか?」
 観月の明確な怒りに面食らっていた赤澤だったが、観月の最後の言葉にはきっぱりと首を左右に振った。
「いや、それは無理だ。今走ってて完璧にそれは判った」
「遅い!」
「容赦ねえなあ…」
「貴方は情けない声を出さないでください」
 それでも、赤澤が微かに笑った顔に、観月は内心ひどく安心した。
 ここ最近の赤澤ときたら、観月をもってしても何を考えているのかまるで判らず、その事がどうしてこんなにと観月自身びっくりするくらい、心許なく思えてならなかったのだ。
 いつもどれだけストレートに感情を明け渡されていたのか、それをひしひしと思い知らされた。
「観月」
「………………」
 さりげなさすぎて、そうされて一呼吸たってから初めて、観月は気づいた。
 抱き寄せられている。
 教会の影、観月は赤澤の腕の中にいる。
「………………」
 胸が、痛い。
 ひとつ強く心音が鳴って思わず息を詰める。
「…赤澤…?」
「でもな、観月」
 囁くような赤澤の声は振動で伝わってくる。
「お前、ああいうこと言うのは止めとけ」
「……何ですか」
「したいならすればいいとかだよ」
「いけませんか」
 言葉を返せば、顔が見合わせられないほど互いが近くにいることに気づかされる。
 観月の言葉は赤澤の胸元に篭った。
 赤澤の言葉は観月の髪先に触れる。
「どうして僕だけ文句言われるんですか」
「文句って、お前」
「正しく順を踏むなら別に問題はないでしょう。何を貴方は愚図愚図言ってるんですか」
 胸は、相変わらず、ずきずきと痛むくらいに鳴っていて。
 観月は怖い訳でもないのに震える唇を噛みしめながら、言い募った。
 赤澤は何だか唖然としていた風だったが、一度きつく観月を抱き締めてから、観月の肩に手を置いた。
 ひどく大切そうな手つきで肩を包まれ、そっと離される。
 観月が顔を上げると、汗で濡れた顔がゆっくり近付いてきて。
 赤澤の長い髪も汗に濡れていて。
 お前が好きでどうにかなりそうだという赤澤の言葉が、甘い詰りで観月の唇になすりつけれる。
 言葉をそのまま封じ込むよう唇が塞がられ、赤澤の舌が中に入りたそうに観月の唇のあわいを擽った。
 遠慮がちな舌先を、いっそそそのかすように少し噛んでやろうとした観月だったが、うすく唇をひらくなり貪欲に赤澤の舌に侵入してこられて、むしろほっとした。
 頭をかかえこまれるように固定される。
 強引だ。
 そして優しい。
 そんなキスを繰り返される。
 赤澤の手のひらの中で、自分が小さく閉じ込められていくような甘苦しさがあった。
「観月………観月…、」
「………っ…ぅ…」
 角度を変えられ、塞ぎ直され、唇を、何度も、何度も、キスで触れられて。
 赤澤の腕の中で、再び胸元に押さえつけられるように抱きしめられてからも、観月は幾度も薄い肩を喘がせ続けた。
 その間ずっと、観月の背中は赤澤の手のひらに撫で摩られていた。 
「…赤澤…部長、……あなた、…ね…」
「……ん?」
「これが最初で最後…って訳じゃないんですから…!」
 もう少しそのへん考えなさいよと観月が叱ると、赤澤は喉奥で転がすような笑いを零して、そうだなと言いながら両腕で観月を身ぐるみぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。
「だから…! 逃げたりしてないんですから、そんなに力を入れなくていいでしょう…っ…」
「悪い」
 何だかもう、どんどん今になって恥ずかしくなってきた。
 照れ隠しのように怒り出す観月を抱きよせて、赤澤はここ最近の彼とはまるで別人だ。
「正しく順を踏めば、問題ない。…ってことで、OKか?」
「……さっきそう言ったでしょう」
「判った。もし俺が正しくなかったら、お前が修正してくれ」
 いきなりふるなよと赤澤が言うので、馬鹿と悪態をつきながら、観月も両腕で赤澤の背中を抱きしめ返す。
「僕がずるかったら、あなたが訂正を」
「ん」
 誓い合う。
 何故ならここはそういう場所だからだ。
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