How did you feel at your first kiss?
休日を利用して、観月が他校への敵情視察を終えルドルフ寮に戻って来たのは夕刻前のまだ明るい時分だった。
いつもは賑やかな寮内のサロンも、休日ということで外出者が多いのか、各々室内で好きに過ごしているのか、ひっそりと静まっている。
「よう、おかえり。観月」
いきなりそう声をかけられても、別段観月は驚きはしなかった。
ただ、僅かに見開かれた眼は、すぐに、すうっと細められて。
「貴方……」
観月はあからさまに深く大きな溜息を吐き出す。
呆れも露わにして。
観月は一人サロンにいた赤澤へと詰め寄っていく。
「何なんですかその格好は……!」
眉根寄せた観月は足を止め、間近に対峙した赤澤を睨みつける。
赤澤は呑気に首を傾けた。
「何だ?」
「何だじゃありません!」
赤澤が手にして口をつけているのはホットの缶コーヒーのようだったが、この冬の時期でも日に焼けた色のままの赤澤の肌は、肩から剥き出しになっている。
ノースリーブのシャツ一枚だけの格好は、いくら寮内であっても、この時期異様だ。
しかも缶コーヒーを飲むのに軽く腕を上げれば、ダブルウエストのカーゴパンツから上、腹部は簡単に曝け出されている。
「この寒いのに何ですかその格好は。貴方何考えてるんですか、」
「ん…ほんとだ。冷たいな」
「…………、……」
風邪でもひいたらと続けるつもりで赤澤を叱り飛ばしていた観月は、瞬間、息をのんだ。
缶コーヒーを持っていない方の赤澤の手が、観月の頬を掠って、そのままそっと包み込んできたからだ。
硬直してしまった自分を観月が自覚するより先、その手は離れていったけれど。
「お疲れさん」
「………………」
そう言って、赤澤は缶コーヒーを観月の手に握らせてきた。
「……え?…」
「少しはマシだろ」
笑った赤澤の顔が近くにあって。
観月は今はもう離れてしまった赤澤の手のひらの感触を、己の頬にまざまざと感じ取った。
そこにあった、赤澤の手のひら。
「………………」
急に、何を、どう言えばいいのか、観月は判らなくなる。
途方にくれたようになって無言で立ち尽くす観月は、そんな自分を間近から見つめてくる赤澤の視線に、自分がゆっくりと絡めとられていくように錯覚した。
落とされている視線はやわらかい。
見下ろされているのに、威圧感はおろか、ただひたすらにふんわりと甘い気配だけがする。
冬だとか、寒いだとか、冷たいだとか。
今の今まで、観月が口にしていたり体感していたものが、すべて吹っ飛んでいったしまったかのようだ。
指の先にまで熱が詰め込まれた。
じんわりと痺れる熱は観月を内側から温めて、それが判るから観月は赤澤から視線を外した。
ずっと見返していたら、今よりもっととんでもなくなりそうで、視線を逃がしたのだ。
「………………」
呼吸の為の息にすら熱がこもりそうで、観月は思わず、手にしていた缶コーヒーを一口飲んだ。
飲んだそばから、こくりと喉を通っていった液体の感触と、気づいてしまった事実に、また目を瞠る。
じっと、手にした缶コーヒーを観月は見つめてしまった。
「観月?」
「………………」
不思議そうな赤澤の呼びかけに、観月はまじまじと見つめていた手の中のものから、赤澤へと、視線を移した。
「どうした?」
舌火傷したとかじゃねえよな?と気遣わしく屈んで顔を近づけてくる赤澤に、そんなわけありますかと観月は苦笑いで返した。
どう言って良いものか判らないのだが、取りあえず赤澤が心配そうなので、思ったままの事を口にする。
「……こういうの」
「ん?」
「回し飲みとか……出来なかったんですけどね…」
別段潔癖症というわけではない。
けれど、誰かの飲みかけの飲み物を口にするなんて事を、観月はこれまで、一度もした事がない。
意識しての事ではなかったが、勧められれば断っていたし、自らそうしようと思った事もなかった。
「初めてだったので」
ちょっと驚いただけです、と観月が呟き終わるか終らないかのうちに。
「………え、…?」
抱き寄せられて観月はか細い声を上げる。
「……赤澤…?」
硬い胸元に押しあてられるように。
背中を交差して肩に回った赤澤の手に抱き込まれている。
落としこそしなかったが傾いてはいないかと、観月が手にした缶コーヒーを気にしたのも一瞬のことで。
痛くはないけれど更にぎゅっと赤澤に抱きしめられて、観月は戸惑った。
「なん……ですか、…急に…」
「熱出そう…」
「は?……ちょっと、貴方、風邪っぽいんじゃないんですか」
そんな格好してるから!と怒鳴った観月は首筋に赤澤の唇が埋められて、ぎくりとする。
「ん、……っ、…な…に……」
軽くそこを啄ばまれて、観月は急激に力なくなってしまった声をこぼした。
「……赤…澤…、…?」
「ヤバイ…」
熱っぽい囁きに観月は本気で焦ってくる。
「大丈夫ですか?……ちょ、…っ……部屋に帰りますよ、」
本気で具合が悪くなっているのではないかと危ぶんで、観月は赤澤の背を片手で抱き返すように促した。
何だかずっしりと重みを増した気がする赤澤の身体を受け止めるのに、足元が覚束なくなってくる。
「そりゃ有難いけど……観月、判って言ってんだろうな…?」
「はい…?…」
熱い、と次の瞬間観月が思った箇所は、自分の唇だ。
こんな所でされる筈のない事、その感触。
「な…、…っ……なに考えて…、…っ」
寮の、こんな場所で。
噛みつくようなキスなんかされた。
信じられないと観月は愕然と赤澤を見返した。
いつものように叱りつけようとして、でもそれが出来ないのは、間近で見る赤澤の婀娜めいた表情に完全に中てられたからだ。
どうしてそんな、急に。
嬉しそうな笑みを浮かべたまま、苦しそうな欲情を強くさらしてくるのだ。
途方にくれたような声で観月が呼びかければ、赤澤はきちんと説明をくれた。
「そうだな…お前、回し飲みとか絶対しないよなって、思ってさ」
「………………」
「それがさらっと飲んじまって、挙句初めてだって言って、ちょっと驚いたって、言ってるの、お前、その驚いた顔とか声とか、めちゃくちゃ可愛かったんだよ」
「………、…な……」
「あー、くそ、ヤバイ、どうすんだ。一気に頭回っちまった」
くらくらしてきた、と熱のこもった声で紡がれる言葉はどれも取り繕いなくストレートで。
観月は聞いてる端から盛大に赤くなったが、いつものように何かを言い返す事が出来ない。
まるで混乱や欲情が伝染してくるかのように、観月の頭も一気に回ってきてしまったかのようだ。
「こんな所でそんな事言わないでください……!」
信じられない、と弱い声で詰りながら、観月は赤澤の広い背中を握った拳で叩いた。
たいした力もこめられない。
これでは、早く連れて行けというねだる意味合いでしかない。
「………………」
そんな観月の左手は、すぐに、赤澤の手に握りこまれた。
しっかりと。
そして引きずられていく。
それは観月の望んだように。
「………………」
部屋につくまで一度も振り返らなかった赤澤の背中に、しかし観月が不安を覚えることはなく。
部屋につくなり改めて重ねられた赤澤の唇に、安堵と眩暈と衝動とを与えられた。
いつもは賑やかな寮内のサロンも、休日ということで外出者が多いのか、各々室内で好きに過ごしているのか、ひっそりと静まっている。
「よう、おかえり。観月」
いきなりそう声をかけられても、別段観月は驚きはしなかった。
ただ、僅かに見開かれた眼は、すぐに、すうっと細められて。
「貴方……」
観月はあからさまに深く大きな溜息を吐き出す。
呆れも露わにして。
観月は一人サロンにいた赤澤へと詰め寄っていく。
「何なんですかその格好は……!」
眉根寄せた観月は足を止め、間近に対峙した赤澤を睨みつける。
赤澤は呑気に首を傾けた。
「何だ?」
「何だじゃありません!」
赤澤が手にして口をつけているのはホットの缶コーヒーのようだったが、この冬の時期でも日に焼けた色のままの赤澤の肌は、肩から剥き出しになっている。
ノースリーブのシャツ一枚だけの格好は、いくら寮内であっても、この時期異様だ。
しかも缶コーヒーを飲むのに軽く腕を上げれば、ダブルウエストのカーゴパンツから上、腹部は簡単に曝け出されている。
「この寒いのに何ですかその格好は。貴方何考えてるんですか、」
「ん…ほんとだ。冷たいな」
「…………、……」
風邪でもひいたらと続けるつもりで赤澤を叱り飛ばしていた観月は、瞬間、息をのんだ。
缶コーヒーを持っていない方の赤澤の手が、観月の頬を掠って、そのままそっと包み込んできたからだ。
硬直してしまった自分を観月が自覚するより先、その手は離れていったけれど。
「お疲れさん」
「………………」
そう言って、赤澤は缶コーヒーを観月の手に握らせてきた。
「……え?…」
「少しはマシだろ」
笑った赤澤の顔が近くにあって。
観月は今はもう離れてしまった赤澤の手のひらの感触を、己の頬にまざまざと感じ取った。
そこにあった、赤澤の手のひら。
「………………」
急に、何を、どう言えばいいのか、観月は判らなくなる。
途方にくれたようになって無言で立ち尽くす観月は、そんな自分を間近から見つめてくる赤澤の視線に、自分がゆっくりと絡めとられていくように錯覚した。
落とされている視線はやわらかい。
見下ろされているのに、威圧感はおろか、ただひたすらにふんわりと甘い気配だけがする。
冬だとか、寒いだとか、冷たいだとか。
今の今まで、観月が口にしていたり体感していたものが、すべて吹っ飛んでいったしまったかのようだ。
指の先にまで熱が詰め込まれた。
じんわりと痺れる熱は観月を内側から温めて、それが判るから観月は赤澤から視線を外した。
ずっと見返していたら、今よりもっととんでもなくなりそうで、視線を逃がしたのだ。
「………………」
呼吸の為の息にすら熱がこもりそうで、観月は思わず、手にしていた缶コーヒーを一口飲んだ。
飲んだそばから、こくりと喉を通っていった液体の感触と、気づいてしまった事実に、また目を瞠る。
じっと、手にした缶コーヒーを観月は見つめてしまった。
「観月?」
「………………」
不思議そうな赤澤の呼びかけに、観月はまじまじと見つめていた手の中のものから、赤澤へと、視線を移した。
「どうした?」
舌火傷したとかじゃねえよな?と気遣わしく屈んで顔を近づけてくる赤澤に、そんなわけありますかと観月は苦笑いで返した。
どう言って良いものか判らないのだが、取りあえず赤澤が心配そうなので、思ったままの事を口にする。
「……こういうの」
「ん?」
「回し飲みとか……出来なかったんですけどね…」
別段潔癖症というわけではない。
けれど、誰かの飲みかけの飲み物を口にするなんて事を、観月はこれまで、一度もした事がない。
意識しての事ではなかったが、勧められれば断っていたし、自らそうしようと思った事もなかった。
「初めてだったので」
ちょっと驚いただけです、と観月が呟き終わるか終らないかのうちに。
「………え、…?」
抱き寄せられて観月はか細い声を上げる。
「……赤澤…?」
硬い胸元に押しあてられるように。
背中を交差して肩に回った赤澤の手に抱き込まれている。
落としこそしなかったが傾いてはいないかと、観月が手にした缶コーヒーを気にしたのも一瞬のことで。
痛くはないけれど更にぎゅっと赤澤に抱きしめられて、観月は戸惑った。
「なん……ですか、…急に…」
「熱出そう…」
「は?……ちょっと、貴方、風邪っぽいんじゃないんですか」
そんな格好してるから!と怒鳴った観月は首筋に赤澤の唇が埋められて、ぎくりとする。
「ん、……っ、…な…に……」
軽くそこを啄ばまれて、観月は急激に力なくなってしまった声をこぼした。
「……赤…澤…、…?」
「ヤバイ…」
熱っぽい囁きに観月は本気で焦ってくる。
「大丈夫ですか?……ちょ、…っ……部屋に帰りますよ、」
本気で具合が悪くなっているのではないかと危ぶんで、観月は赤澤の背を片手で抱き返すように促した。
何だかずっしりと重みを増した気がする赤澤の身体を受け止めるのに、足元が覚束なくなってくる。
「そりゃ有難いけど……観月、判って言ってんだろうな…?」
「はい…?…」
熱い、と次の瞬間観月が思った箇所は、自分の唇だ。
こんな所でされる筈のない事、その感触。
「な…、…っ……なに考えて…、…っ」
寮の、こんな場所で。
噛みつくようなキスなんかされた。
信じられないと観月は愕然と赤澤を見返した。
いつものように叱りつけようとして、でもそれが出来ないのは、間近で見る赤澤の婀娜めいた表情に完全に中てられたからだ。
どうしてそんな、急に。
嬉しそうな笑みを浮かべたまま、苦しそうな欲情を強くさらしてくるのだ。
途方にくれたような声で観月が呼びかければ、赤澤はきちんと説明をくれた。
「そうだな…お前、回し飲みとか絶対しないよなって、思ってさ」
「………………」
「それがさらっと飲んじまって、挙句初めてだって言って、ちょっと驚いたって、言ってるの、お前、その驚いた顔とか声とか、めちゃくちゃ可愛かったんだよ」
「………、…な……」
「あー、くそ、ヤバイ、どうすんだ。一気に頭回っちまった」
くらくらしてきた、と熱のこもった声で紡がれる言葉はどれも取り繕いなくストレートで。
観月は聞いてる端から盛大に赤くなったが、いつものように何かを言い返す事が出来ない。
まるで混乱や欲情が伝染してくるかのように、観月の頭も一気に回ってきてしまったかのようだ。
「こんな所でそんな事言わないでください……!」
信じられない、と弱い声で詰りながら、観月は赤澤の広い背中を握った拳で叩いた。
たいした力もこめられない。
これでは、早く連れて行けというねだる意味合いでしかない。
「………………」
そんな観月の左手は、すぐに、赤澤の手に握りこまれた。
しっかりと。
そして引きずられていく。
それは観月の望んだように。
「………………」
部屋につくまで一度も振り返らなかった赤澤の背中に、しかし観月が不安を覚えることはなく。
部屋につくなり改めて重ねられた赤澤の唇に、安堵と眩暈と衝動とを与えられた。
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