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How did you feel at your first kiss?
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 神尾は首を左右に振った。
 束になって散らばる髪の先から滴が弾け飛ぶ。
「犬か、お前は」
 呆れた口調で全裸の跡部は同じ格好をしている神尾の身体を大きなタオルで包み込む。
 抱き込むようにして身体を軽く拭いてやると、神尾はそれこそ小動物のように目を閉じていた。
 おとなしいのは疲れているからだろう。
 神尾は跡部の家の浴室にある、別室になっているミストサウナが好きなようで、シャワーや入浴の最後はいつも最後にそこに行く。
 跡部はその隙にタオルを持って扉前で神尾を待つのが常だ。
 中の長椅子で身体を横たえられるのが楽なのだろうけれど、抱き尽した後の身体には、ミストサウナとはいえ負担がかかりすぎないとも言えない。
 今日など特に怪しいものだ。
 神尾の全身を大判のそのタオルで身ぐるみ包んで、跡部はそのまま神尾を抱き上げた。
「……ぅ…わ…、…」
 流石にいきなりの体制に驚いたらしく、神尾が声を上げて、咄嗟に跡部の肩と首に手を伸ばしてくる。
「な、……なに……ちょ…っと、…跡部」
「うるせえよ、じっとしてな」
「歩ける、…っ…、歩けるってば、自分でっ」
「そうかよ」
 答えながら、しかし下ろす気などさらさらない跡部は、神尾を抱きかかえたまま浴室を出る。
 肌触りのいい大きなタオルの中で神尾はしばらく身じろいでいたが、歩きながらのこの状態で暴れるのは得策ではないと察したのかじきにおとなしくなった。
 真っ白なタオルの中でうっすらと赤くなっているのを見下ろし跡部は唇の端を緩める。
 実際の身長差以上に、こうして抱きかかえていると神尾は小さく見える。
 腕の中に抱き込めば、まるでそうした人間だけが知る事の出来る、どこか特別で秘密めいた甘さがある不思議な存在になる。
「跡部ー……」
「アァ?」
「身体、ちゃんと拭けよぅ」
「拭いてやるよ」
 当たり前だろうがと、跡部はタオルに包んだままの神尾をソファの上に下ろした。
 徐々に冬の気配が見え始めている時期だ。
 部屋は適度に暖めてある。
 タオルから神尾の頭だけ抜き出して、身体の線を辿るよう改めてタオル越しに神尾の肌を撫でれば、そうじゃなくて!と神尾は怒鳴った。
 間近からの大声に眉根を寄せながらも手は止めず、腰から上半身を屈みこませた跡部は神尾を睨み据えた。
「うるせえな、てめえは本当に」
「俺じゃなくて跡部だってば!」
「何だよ」
「何だよじゃなくて! 身体、ちゃんと拭けってば」
「してるだろ。それもすこぶる丁寧にな」
 肩から二の腕を撫で下ろして、肘を包んで、手首から手の甲、指先まで全部。
 布地越しに跡部は手のひらで包み擦る。
 丁寧に触れてやると自身の手のひらも熱っぽく疼く感触を跡部は神尾で知った。
「俺じゃないってば、跡部だよ!」
 相変わらず神尾は赤い顔のまま反抗的で。
 跡部は、人の楽しみを邪魔するんじゃねえと内心だけで思いながら、神尾のうるさい唇を軽くキスで塞いだ。
 騒いでいた神尾はぴたりと口を噤み、唇が離れてから数秒後、面白いくらいに赤くなった。
 含み笑いを零しながら跡部は床に膝をつく。
 神尾の脚も片方ずつタオルで包むように足先まで拭いていく。
「も…、……っ…」
 神尾の羞恥は限界のようで、もう怒鳴ることも出来ず言葉を詰まらせている。
 硬直している様を跡部は脚を拭いてやりながら上目に見やった。
 神尾のそれはすぐにまたその唇を塞いでやりたくなるような表情で。
 でも少々今は遠くて。
「おい」
「……ぇ?」
 キスを寄こせと、立てた人差し指の動きだけで神尾を促すと、神尾は珍しく察しよく、これまで以上にまた赤くなった。
 ミストサウナでのぼせたかと些か跡部も不安になる程だ。
「跡部…ー…」
「早くしてくれ」
 完璧に命令するよりもこれくらいの言い方をする方が神尾にはいいのだ。
 跡部がもう一度指先の仕草だけで促すと、神尾がおずおずと身体を屈めてきた。
 ソファに座ったまま伸ばしてきた両腕は。
 てっきり跡部の肩に乗る程度だと跡部は思っていたのだが。
「……おい」
 神尾はその両腕を跡部の首に回して、ぎゅっとしがみつきながら倒れこんできた。
 こうなると互いの間のタオル一枚の厚みが、やけにもどかしく感じるような体制だ。
「バカ、てめえ」
 キスをしろと言って何故この体制なのか。
 凄んだ跡部に更に神尾はしがみついてきて言った。
「………跡部が言う事聞かないからだろ」
「言う事聞かねえのはお前だろうが。俺はキスしろっつったんだよ」
 抱きつけとは言ってねえと返しながらも、跡部は神尾の薄い背中を抱き返した。
 せっかく頭の天辺から爪先まで丹精込めて拭いてやったのにと跡部は溜息をつく。
 跡部の溜息をどう受け止めたのか、神尾は少し早口に言い募ってきた。
「ちゃんと身体拭けよな。エスカレーターって言ってもさ、跡部、受験生な訳だし」
 風邪とかひいたらどうすんだようと情けない声が首筋になすりつけられて、跡部は更に深い溜息を吐いた。
「俺様が自己管理をしくじる訳ねえだろうが」
「風呂上りに身体濡れたまんまでいて、何の説得力もねーよう……」
 かわいくない事を言っているのがかわいいのだから、どうしようもない。
 跡部は呆れを隠さず、神尾の背中を軽く手の平で叩いた。
「……ったく…おら、起きな。こんな格好でいる方がやばいだろ」
 馬鹿なお前でも風邪ひく、と耳元近くに囁いてやると、神尾は唸るように喉を鳴らして、顎を引き、僅かに身体を離して上目に跡部を睨んできた。
「俺は大丈夫なんだよ!」
「何だよその根拠の全くない自信だけの口調は」
 この距離で怒鳴るんじゃねえよと眉根を寄せた跡部だったが、続く神尾の返事に呆気にとられてしまう。
「俺、この間インフルエンザの予防接種受けたから大丈夫なの!」
 確か。
 注射が大層嫌いじゃなかっただろうか、こいつ。
 跡部はそう思って、呆気にとられた。
 前に神尾がそんな事を言っていた。
 つまり注射が怖い訳かと交ぜっ返した跡部に対して、怖いんじゃなくて嫌いなんだとやけに神尾がむきになって反論していた事を跡部はしっかり覚えている。
 あの時の様子では、嫌いというよりも、やはり本当は怖いのだろう。
 神尾は相当注射が駄目なようだと跡部は判断した。
「予防接種って、どこで」
 だからこそ疑問に思って跡部は神尾に問いかける。
 身体の上に神尾を乗せたまま。
「え? ちっさい時から言ってる家の近くの病院だけど…」
「強制命令でも出たのか」
 は?と神尾が怪訝そうに小首を傾げた。
「家族にか部活でかって意味だ」
「別に誰からも言われてないぜ、そんなこと」
「自主的にかよ」
「そうだけど……それが何だよ?」
 予防接種だ。
 具合が悪くなってからの話ではない。
 それを神尾が自ら受けに行くという事は正直驚きだった。
 以前、注射を巡るその言い合いの中で。
 注射は嫌いだから打たないと言い切る神尾に、高熱でも出せば打たざるを得ないだろうと跡部が言ったのに対して、神尾はまたも断言で返してきた。
 曰く、高熱なんか出したことないしこれからも出さないし、という事で。
 子供っぽい断言で言い切っていた。
 その神尾が自ら予防接種など打たれに行ったのはやはりどうしたって不思議で、跡部が黙って考え込んでいると、神尾は真顔で跡部の顔を見下ろしてきた。
 じっと見据えてくる眼。
 そして。
「跡部がインフルエンザとかかかっちゃったら大変だろ」
 言われた言葉。
「………ああ?」
「だから、俺がもしインフルエンザとかになっちゃって、跡部にそれうつしたりとかしたら、駄目だろ? だから予防接種受けてあんの。だから俺は大丈夫なの」
 判ったかよ?と神尾は跡部の身体の上で、まるで威張るように笑った。
「…………てめえは……」
「うわ、…っ」
 呻くように歯ぎしりして。
 跡部は腹筋で身体を起こし、無理矢理神尾を床へ押さえつけた。
「な…に?……なんだよ、跡部」
「……何だよじゃねえ。それはこっちの科白だ」
「跡部、…ちょっと…ほんとに風邪ひくぜ?」
 気遣わしげに見つめられるので、跡部はやけっぱちに完全降伏だ。
 神尾の両手首を床に押さえつけながら、華奢な首筋と肩口に顔を伏せる。
 こんな生き物見た事ねえ。
 そう直接肌になすりつけるように告げると、からかわれているとでも思ったのか神尾はじたばた暴れたが、跡部は構わずそのままでいた。
 少しばかり性急に唇を塞げば、本気でびっくりしている表情が視界を埋めた。
「熱出そうだ……ったく…」
 キスの終りに甘ったるい本音を悪態にすりかえて放てば案の定。
 慌てふためいた神尾は、跡部の深まり色濃くなってしまった執着と恋情には、まるで気づいていなかった。
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