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How did you feel at your first kiss?
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 宍戸が眉を寄せて腹部に掌を当てる。
 下駄箱を目前にして中途半端な位置で足を止めたのを、すぐ隣を歩いていた向日は怪訝そうに見やった。
「何だよ宍戸」
「………………」
「腹の具合でも悪いのか?」
 今日は水曜日で部活がない。
 放課後、隣のクラスである宍戸と向日は廊下で一緒になって、そのまま正門に向かって昇降口まで降りてきた所だ。
 下駄箱では向日を待っていたらしい忍足が、薄い鞄を腕と脇腹とで挟むようにして立っていて、ポケットに手を入れたまま向日の声に便乗するように言葉を放ってきた。
「岳人。そういう時はな、腹の子の心配してやらな、あかんで」
 唇の端を笑みに引きあげている忍足に近寄って、向日は、ふうんと小首を傾げた。
 それから向日も忍足と同じような笑みを浮かべて、宍戸を振り返る。
 全く性格の異なるようなこの二人は、さすがにダブルス歴が長いだけあって、結託する時の息の合い方はぴったりだ。
 向日は一つ年下の後輩の名を上げて、パパ呼んできてやろうかと宍戸をからかおうとしたのだが、向日がそれを言うより先、宍戸が相変わらず腹部に手を当てたまま真顔で呟いた言葉は、忍足と向日を絶句させた。
「長太郎が腹空かせてる気がする」
 向日の手が、忍足の制服の裾を、ぎゅっと掴む。
 忍足も向日に同じ事をしていた。
 彼らを硬直させた宍戸は、薄く平らな彼自身の腹部を見下ろしながら、どことなく憂いだ目で溜息などついていた。
「侑士…」
「………体内回帰っちゅーやつやろか…」
「鳳の奴、そこまでか? そこまで宍戸のこと好きか?」
「恐ろしいで、ほんま」
「おっかねえ……おっかねえよ侑士…!」
 手に手を取りあんばかりに慄いている忍足と向日に、さすがに宍戸も鬱陶しそうな目線を向けた。
「さっきから何言ってんだお前らは」
「聞くけどよ、宍戸。お前の腹に入ってるのは、鳳との子か? それとも鳳自身か?」
「岳人、男前や…答え怖くて俺にはとても聞けへん…」
「……てめえらいい加減にしとけ」
 ひくりと片頬を引きつらせて、宍戸は乱暴に下駄箱から靴を取り出して履き替える。
 所作荒く、宍戸は忍足と向日に向かって、吐き捨てるように言った。
「俺が腹減ったから、あいつはもっとそうだろうって思っただけだっての」
「生活サイクル一緒ってこと? 何だよ、俺達の知らない所で、もう同棲生活スタートってこと?」
「アホ!」
 まとわりついてくるような向日を手で払うようにして宍戸は怒鳴ったが、向日の逆側からは忍足が体重をかけるようにして寄ってくる。
「なんや、えらい水くさいなぁ、宍戸」
 お祝いくらい用意したるのにとすました顔で言われて宍戸はますます牙を剥く。
「マジで鬱陶しいんだよお前らは!」
 面倒くせえと右にも左にも怒鳴りながら、宍戸は声を張り上げる。
「昨日長太郎とファミレスで飯食って帰って、夜ちょっと一緒に走って、帰ってから風呂入って、眠る前に電話して、今朝自主連して、昼飯一緒して、そういうサイクルって意味だ、アホ」
「……どれだけ一緒にいんだよ、お前ら」
「俺と岳人の慎み深さを少しは見習えや。なあ、岳人」
「ほんとだぜ! なあ、侑士」
 宍戸は当たり前のように言っているが、本当にいったいどれだけ、と忍足と向日はがっくりと肩を落とした。
 そのペースとサイクルなら、確かに波長も似かよるだろう。
 宍戸の腹がすけば鳳も腹をすかせているだろう。
 睡眠時間や練習時間もほとんど同じ二人だろう。
 もうやだこいつら、としおしおとくっついている忍足と向日を横目に、お前らに言われたくないと宍戸は言ったのだが、そのまんま返すと素気無くかわされた。
「帰ろうぜ侑士」
「せやな。ほら、鳳がいるで、岳人。これ以上ダメージ受ける前に、俺ら帰ろな」
 宍戸を振り返りもせず歩きだした二人は、正門脇に立っていた鳳の丁寧で快活な挨拶も素通りして学校を出て行った。
「…悪ぃ、待たせたな」
「いいえ、全然。それより、あの…忍足先輩と向日先輩、どうかしたんですか?」
 どっと疲れが出たような気分で、宍戸は鳳に対峙して告げる。
 丁重に首を振った鳳は、不思議そうに去って行った上級生の背中を見やっていた。
 端正で優しい表情に、宍戸は、ふ、と苦笑を零して鳳を見上げる。
「長太郎」
「はい」
 すぐに鳳の眼差しは宍戸へと戻る。
 長身の鳳からの視線は、宍戸を見下ろしても、尊大さを欠片も含まない。
 やわらかく真摯な目で、じっと見つめてくる。
「お前、今すごい腹減ってねえ?」
「え。ひょっとして何か聞こえましたか」
 生真面目に腹部に手をあてがう鳳に、宍戸は笑った。
 手の甲で鳳の腹を軽く撫でるように叩いて、宍戸は歩き出す。
「聞こえねえけど。俺もすっげえ腹減った」
「チーズサンド買って、どこか外で食べましょうか」
「お前それじゃ足りねえだろ」
 宍戸と肩を並べた鳳が、でも、と困ったように笑った目で見降ろしてくる。
「ファミレスとかの味だと、宍戸さんにはちょっと重いんじゃ」
「あー、昨日は食いすぎた」
 宍戸は基本的に好き嫌いはあまりない。
 食べる量も、見た目が細い分、むしろよく食べると言われる部類だ。
 しかし好みを言えば、比較的あっさりとした味付けが好きなのだ。
 だからどうしてもジャンクフードやファミレスの類は、いつものペースで量を多く食べた後から、胃に負担がくる。
「昨日帰る時割引券貰ったよな。いいよ、あれで」
「じゃあ、もし宍戸さんが食べすぎたとか、苦しくなったら、俺がおぶって帰ります」
「うん」
「………………」
 鳳が判りやすく驚いて黙ってしまったので、宍戸は少々赤くなって鳳を睨みあげた。
「お前な。ひくなら言うなよ」
「ひいてませんよ!」
 なんなら今すぐと背中を向けてくるので、宍戸の不機嫌も続かない。
「アホ。何の罰ゲームだよ」
「罰じゃなくて俺からしたら寧ろ御褒美ですけど」
 宍戸は歩きながら笑って、少しだけ鳳の方に身体を預けるように近づいた。
「肩抱かれて歩く方が楽だった」
 昨日の、薄暗い帰り道での距離と同じくらい。
 近づいて。
 歩いて。
 昨日、ファミレスを出てから苦しいと連発する宍戸を、丁寧に支えるようにして肩に回された鳳の腕の感触を宍戸は思い返す。
「背負われんのも悪くなさそうだけどよ」
「何でもやります」
 そんな風に言われちゃったらもう、と鳳は笑った。
「ほんと、もう何でも」
「じゃ、ファミレス行くか」
「宍戸さんおなかいっぱいになっても、俺、なんか無理にでも食べさせちゃいそうだな…」
 気を付けよう、と自身に言い聞かせるよう神妙に呟く鳳を見やって、宍戸はしみじみとつぶやいた。
「可愛いな、お前」
 どっちがですかぁ、と即座に鳳は情けないような大声で言い返してきたのだが、宍戸の心情はそれで覆される事はなく、むしろ更なる確信で、再び同じ言葉を繰り返す事となった。
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