How did you feel at your first kiss?
うっすらと日が翳って、長い時間明るい夏の教会の中にも、影が生まれ始める。
観月がふと手を止めて顔を上げたタイミングを見計らっていたかのように声がかかる。
「観月? 何してんだ?」
「………赤澤」
教会の扉が開いていて、逆光に長身のシルエットが浮かび上がる。
唐突に現れた赤澤に然して驚きもしない観月の元へ、彼は長い足で大股に歩み寄ってきた。
「何してんの。これ」
ひょいと気安く観月の肩越しに顔を近づけてくる。
観月の手元を覗き込むようにしてくる赤澤は、肩を越す長さの髪をゆるくゴムで括っていた。
「キャンドルの手入れです」
「手入れ? そんなのしてんのかよ」
いつも?と間近から赤澤に見つめられ、観月は微かに眉根を寄せる。
別に怒った訳ではない。
赤澤相手だとどうしても時々こうなるだけだ。
例えば近すぎるような距離だとか、真っ直ぐすぎる眼差しだとか、自分の名前を口にする時の声だとか。
身構えるようになってしまうのは決して赤澤に対して怯んだりしているわけではなく、惑わされそうな自分自身への戒め故だ。
そして赤澤は、観月のそういう心情を正しく判っているようだった。
だから観月が赤澤と少し距離をとったり、眉を寄せたり、牽制するような態度を滲ませても、別段怒りもしないしからかいもしないし落ち込んだりもしない。
今も、ん?と答えを促すように見つめてくるだけだ。
「……綺麗に燃えた方がいいでしょう」
「お前、ここ好きだもんな」
あっさりと明るい笑顔を見せて、赤澤は観月の手元を甘く見下ろした。
「手入れって何するんだ?」
観月は真新しいキャンドルに火をつけて見せる。
「初めて点火する時はこうして……溶けたロウがキャンドルにたまって、表面に均一に行き渡るまで燃やしておくんです。こうしておくと、次に火をつけた時に芯を中心にして、均等にロウが溶けるので芯が沈まないんですよ」
「へえ」
「芯が埋もれてしまっているものは、ロウを切り取ってやって。キャンドルの中心に芯が正しく入っていないものは、萌え方がムラになるのでスプーンの柄で修正を」
話の途中で観月の手が赤澤の手に取られる。
何ですかと問うより先、観月の手は赤澤の口元に運ばれていて。
手の甲に唇を寄せられていた。
「………………」
観月は絶句して固まった。
唇が離れる時に微かに淡い音がする。
赤澤は観月の手を取ったまま、ちらりと上目に視線を向けてきた。
「すごい手だと思ってさ」
「な、……」
優しい、と低い甘い声は言いながら、再び観月の甲にキスをする。
うやうやしさというよりは、愛おしさを訴えてくるようなかすかな接触と、赤澤の伏せた目元の印象とに観月はどっと赤くなってうろたえた。
「なに、…おかしなこと言って、…」
手を奪い返して、胸元のシャツを掴む。
震え出しそうで。もう片方の手でその手を覆った。
「おかしかねえよ、観月」
「………………」
「お前、その手があったら、俺なんか簡単にお前の思うままだぜ?」
屈託なく笑う笑顔と、じっと観月を見据えてくる眼差しの深さに、言われた言葉の意味も考えあぐねてしまう。
絶対的自信のある思考が、赤澤相手ではまるで機能しなくなる。
だいたい思うがままになるような男でもあるまいにと観月は赤澤を睨んだ。
赤い目元ではたいして鋭くもならない視線に違いなかったけれど。
「……疑ってるだろ、お前」
「当たり前でしょう、そんなこと、」
「あるわけない、なんて事はないんだぜ。生憎な」
さわってみろよ、と赤澤は言った。
いきなり何を言い出すのかと観月が唖然としていると、試してみな、とまた赤澤が笑って言う。
「お前の手が出来ること、その目で見てみな」
軽く腕組みして、赤澤は観月を柔らかく見下ろしてくる。
試せと言われても何をどうすればいいのかまるで判らない。
観月は胸元にある自身の手を見下ろした。
大きくもなく、小さくもなく。
特別な力が宿っているとは思い難い、ただの手だ。
今はおそらく蝋の香りが多少染み込んでいるであろう指先。
この手で、赤澤に、何が出来るというのか。
「………………」
教会の中は落ち着く。
その場所で自分の心情を乱す赤澤に困惑したまま、観月はぎこちなく手を伸ばした。
自分が触れる事で、赤澤に何かが出来るとか、ましてや意のままに出来るとか、信じた訳ではない。
ただ観月は、じっと観月を待っている赤澤に、手を伸ばしたくなっただけだ。
「………………」
日に焼けた顔の、かたい頬に指先が当たる。
赤澤が微かに瞬きするように目を伏せた。
頬を滑るようにして目元に近づけていく。
手のひらに頬を包むように密着させる。
あたたかい。
手の甲から手首にかけて、赤澤の後れ毛が触れ、肌と同じように日に焼けている髪のかわいた感触が擽ったかった。
赤澤の片頬をそっと支えるようにしている観月の手のひらに僅かに重みがかかる。
目をあけた赤澤が、笑みにその目をゆるく細めて、気持ち良さそうに観月を見据えてきた。
自分の手が触れているだけで、確かに、赤澤の表情はあまく和らいでいて、そんな赤澤の顔を見ているだけで、観月もどうにかなりそうになる。
「判っただろ?」
「………………」
「お前の手があれば、俺なんかお前の思うままだろ」
納得した訳ではなかったが、観月は黙ったまま手を滑らせた。
赤澤の頬からこめかみに指先を沈ませ、髪を撫でる。
前髪に触れ、指先で手すさびし、するりと撫で下ろして髪を括っているゴムを解く。
長い髪が肩先に散らばる。
先程赤澤に、手の甲にされた事と同じ事を、観月は毛先を指にすくって、した。
ほんの少し爪先立って、手にした髪の先に唇を寄せると、赤澤の長い腕が強く観月の背中を抱きこんでくる。
「ちょ、……っ……ここがどこか判ってるんですか…、」
明らかに貪欲に奪われそうになる唇を寸での所で食い止める。
赤澤の口元を覆った観月の手のひらの窪みに、笑みの形になった赤澤の唇が当たる。
ほら見ろ、とくぐもった声がして。
同時にそこにキスをされて観月は慌てて手を引いた。
「俺を煽るのも、その気にさせるのも、それ食い止めるのも、全部思いのままだろ」
赤澤は両手で観月の腰を引き寄せて、しかし観月が止めたせいか唇へのキスはせずにいる。
「………………」
観月はもう、本当に、盛大な溜息を吐き出して。
赤澤はいつも、全ての主導権は観月にあるように振舞うけれど、結局そう見せている部分が多々あるのだと判っているから。
せめて、表面上の体裁は保ってくれているらしい男に、あまえるような、腹のたつような複雑な気持ちで。
観月は全てを意のままに出来ると赤澤の言う己の手を持ち上た。
その手をどう使えばキスをさせる事が出来るのか。
考えたのは一瞬。
深いキスはその一瞬の後にすぐに唇にやってきた。
観月がふと手を止めて顔を上げたタイミングを見計らっていたかのように声がかかる。
「観月? 何してんだ?」
「………赤澤」
教会の扉が開いていて、逆光に長身のシルエットが浮かび上がる。
唐突に現れた赤澤に然して驚きもしない観月の元へ、彼は長い足で大股に歩み寄ってきた。
「何してんの。これ」
ひょいと気安く観月の肩越しに顔を近づけてくる。
観月の手元を覗き込むようにしてくる赤澤は、肩を越す長さの髪をゆるくゴムで括っていた。
「キャンドルの手入れです」
「手入れ? そんなのしてんのかよ」
いつも?と間近から赤澤に見つめられ、観月は微かに眉根を寄せる。
別に怒った訳ではない。
赤澤相手だとどうしても時々こうなるだけだ。
例えば近すぎるような距離だとか、真っ直ぐすぎる眼差しだとか、自分の名前を口にする時の声だとか。
身構えるようになってしまうのは決して赤澤に対して怯んだりしているわけではなく、惑わされそうな自分自身への戒め故だ。
そして赤澤は、観月のそういう心情を正しく判っているようだった。
だから観月が赤澤と少し距離をとったり、眉を寄せたり、牽制するような態度を滲ませても、別段怒りもしないしからかいもしないし落ち込んだりもしない。
今も、ん?と答えを促すように見つめてくるだけだ。
「……綺麗に燃えた方がいいでしょう」
「お前、ここ好きだもんな」
あっさりと明るい笑顔を見せて、赤澤は観月の手元を甘く見下ろした。
「手入れって何するんだ?」
観月は真新しいキャンドルに火をつけて見せる。
「初めて点火する時はこうして……溶けたロウがキャンドルにたまって、表面に均一に行き渡るまで燃やしておくんです。こうしておくと、次に火をつけた時に芯を中心にして、均等にロウが溶けるので芯が沈まないんですよ」
「へえ」
「芯が埋もれてしまっているものは、ロウを切り取ってやって。キャンドルの中心に芯が正しく入っていないものは、萌え方がムラになるのでスプーンの柄で修正を」
話の途中で観月の手が赤澤の手に取られる。
何ですかと問うより先、観月の手は赤澤の口元に運ばれていて。
手の甲に唇を寄せられていた。
「………………」
観月は絶句して固まった。
唇が離れる時に微かに淡い音がする。
赤澤は観月の手を取ったまま、ちらりと上目に視線を向けてきた。
「すごい手だと思ってさ」
「な、……」
優しい、と低い甘い声は言いながら、再び観月の甲にキスをする。
うやうやしさというよりは、愛おしさを訴えてくるようなかすかな接触と、赤澤の伏せた目元の印象とに観月はどっと赤くなってうろたえた。
「なに、…おかしなこと言って、…」
手を奪い返して、胸元のシャツを掴む。
震え出しそうで。もう片方の手でその手を覆った。
「おかしかねえよ、観月」
「………………」
「お前、その手があったら、俺なんか簡単にお前の思うままだぜ?」
屈託なく笑う笑顔と、じっと観月を見据えてくる眼差しの深さに、言われた言葉の意味も考えあぐねてしまう。
絶対的自信のある思考が、赤澤相手ではまるで機能しなくなる。
だいたい思うがままになるような男でもあるまいにと観月は赤澤を睨んだ。
赤い目元ではたいして鋭くもならない視線に違いなかったけれど。
「……疑ってるだろ、お前」
「当たり前でしょう、そんなこと、」
「あるわけない、なんて事はないんだぜ。生憎な」
さわってみろよ、と赤澤は言った。
いきなり何を言い出すのかと観月が唖然としていると、試してみな、とまた赤澤が笑って言う。
「お前の手が出来ること、その目で見てみな」
軽く腕組みして、赤澤は観月を柔らかく見下ろしてくる。
試せと言われても何をどうすればいいのかまるで判らない。
観月は胸元にある自身の手を見下ろした。
大きくもなく、小さくもなく。
特別な力が宿っているとは思い難い、ただの手だ。
今はおそらく蝋の香りが多少染み込んでいるであろう指先。
この手で、赤澤に、何が出来るというのか。
「………………」
教会の中は落ち着く。
その場所で自分の心情を乱す赤澤に困惑したまま、観月はぎこちなく手を伸ばした。
自分が触れる事で、赤澤に何かが出来るとか、ましてや意のままに出来るとか、信じた訳ではない。
ただ観月は、じっと観月を待っている赤澤に、手を伸ばしたくなっただけだ。
「………………」
日に焼けた顔の、かたい頬に指先が当たる。
赤澤が微かに瞬きするように目を伏せた。
頬を滑るようにして目元に近づけていく。
手のひらに頬を包むように密着させる。
あたたかい。
手の甲から手首にかけて、赤澤の後れ毛が触れ、肌と同じように日に焼けている髪のかわいた感触が擽ったかった。
赤澤の片頬をそっと支えるようにしている観月の手のひらに僅かに重みがかかる。
目をあけた赤澤が、笑みにその目をゆるく細めて、気持ち良さそうに観月を見据えてきた。
自分の手が触れているだけで、確かに、赤澤の表情はあまく和らいでいて、そんな赤澤の顔を見ているだけで、観月もどうにかなりそうになる。
「判っただろ?」
「………………」
「お前の手があれば、俺なんかお前の思うままだろ」
納得した訳ではなかったが、観月は黙ったまま手を滑らせた。
赤澤の頬からこめかみに指先を沈ませ、髪を撫でる。
前髪に触れ、指先で手すさびし、するりと撫で下ろして髪を括っているゴムを解く。
長い髪が肩先に散らばる。
先程赤澤に、手の甲にされた事と同じ事を、観月は毛先を指にすくって、した。
ほんの少し爪先立って、手にした髪の先に唇を寄せると、赤澤の長い腕が強く観月の背中を抱きこんでくる。
「ちょ、……っ……ここがどこか判ってるんですか…、」
明らかに貪欲に奪われそうになる唇を寸での所で食い止める。
赤澤の口元を覆った観月の手のひらの窪みに、笑みの形になった赤澤の唇が当たる。
ほら見ろ、とくぐもった声がして。
同時にそこにキスをされて観月は慌てて手を引いた。
「俺を煽るのも、その気にさせるのも、それ食い止めるのも、全部思いのままだろ」
赤澤は両手で観月の腰を引き寄せて、しかし観月が止めたせいか唇へのキスはせずにいる。
「………………」
観月はもう、本当に、盛大な溜息を吐き出して。
赤澤はいつも、全ての主導権は観月にあるように振舞うけれど、結局そう見せている部分が多々あるのだと判っているから。
せめて、表面上の体裁は保ってくれているらしい男に、あまえるような、腹のたつような複雑な気持ちで。
観月は全てを意のままに出来ると赤澤の言う己の手を持ち上た。
その手をどう使えばキスをさせる事が出来るのか。
考えたのは一瞬。
深いキスはその一瞬の後にすぐに唇にやってきた。
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