How did you feel at your first kiss?
自分の呼吸も相当に荒かったのだけれど、海堂は聴覚に届いた乾の呼気の違和感に、うっすらと眉根を寄せた。
汗か涙か判らない液体で視界が霞むようになっている中、目を凝らして海堂は乾を見据える。
海堂の身体を組み敷いて、顎の先から汗を落とした乾も、目元が沁みるのかわずかに目を眇めていた。
長く深く繋げていた身体は、解けたばかりで。
眼鏡を外した乾の裸眼は、今しがたまでの欲情を、まだしっかりと灯したままで。
うっかりそれを確認してしまった海堂の呼びかけは海堂自身が思っていた以上に掠れた。
「………先…輩…、…」
「……ん…?」
問い返しながら乾は海堂の唇を軽くキスで塞いだ。
海堂もその一瞬は目を閉じて。
余韻のせいなのかかすめる程度のキスにも身の内から震えが起こるのに、そっと耐える。
乾の手が海堂の髪を撫でる。
ただ海堂を、宥めたり甘やかしたりするものではなく、乾がまるで触れずにはいられないような手つきで荒く髪を撫でるので、海堂の余波は尚揺らされた。
「…海堂……」
耳元近くで聞こえた声と、息遣い。
やっぱりかと海堂は思った。
「……先輩、…あんた……」
「何だ…?」
「………もしかして…、風邪…、…っぽいんじゃ…ないんですか」
「え?」
どこかぼんやりと、不思議そうに聞き返した後。
乾は同じ言葉を、その次には笑いながら口にした。
「ええ?……切り替え早いな、お前」
「……切り替え…?」
すぐには普通の会話なんか出来ないようにしたいもんだけど?と悪戯っぽく笑う乾は、海堂の内部の燻るような余波には気づかないのだろうか。
笑いながら軽く咳込んだ広い背中を、海堂は腹立ちと羞恥とでない交ぜになったまま憮然と拳で軽く殴る。
「ごめんごめん」
よしよし、と余計な事を言って乾は海堂を抱き込んで横たわる。
ますます腹が立って海堂は抗ってもがきながらも、乾の長い腕に巻き込まれてしまうと。
けだるい身体はその態勢から心地よさしか認識しなくなる。
海堂は上目に乾を睨みあげた。
こういう時はたいしてきつい眼差しにならないことを知っていたけれど。
「息、に…音、混ざってる…」
「んー…?」
「……喉…、痛いんじゃないっすか…」
「俺の声、嗄れてる?」
乾は少しだけ腕をゆるめてきて、海堂を片腕で抱き寄せたまま覗き込むようにしてくる。
そうやって聞いたくせに、海堂が何か答えるより先、乾はまた勝手にひとりごちた。
「海堂の名前、呼びすぎたかな…」
「…っ…………、…ッ」
からかうならまだいい。
真顔で言うからこの男は、と海堂は乾を睨んで唸るような喉声を洩らす。
たぶん顔は赤いだろう。
目元が熱い。
「それで嗄れたかな」
「………んなわけ、あるか…っ」
だいたいさっきの乾の咳だって、笑って噎せたものではない。
明らかに風邪のひき始めだろう。
「熱は」
海堂が右手を持ち上げて乾の額に当てようとすると、それを乾に阻まれる。
海堂の手は乾の手に握りこまれてしまって、しかしそれは乾の抗いではないようだった。
とらえられた手の指先に乾は笑った形の唇を押しあてる。
「今は熱いに決まってるだろ」
触っても意味ないよと再び海堂を抱きしめてくる。
汗の浮かんだ肌と肌とを重ねあっても、何の違和感もない相手だけれど。
乾が風邪っぽいのであれば、いつまでもこうしていていいわけがない。
海堂は腕を突っぱねて乾の胸元を押しやろうとする。
「……どうして嫌がるかな、海堂」
「機嫌悪い顔すんな…」
「無理だな。実際機嫌が悪い」
開き直るな!と海堂が思わず怒鳴ると、ちゅ、とやけにかわいらしい音をたててまた唇にキスされる。
心なしか乾の唇は熱っぽい気がした。
こんな恰好のままでいては、ひき始めどころか本格的に風邪をこじらせかねない。
海堂とて、はっきりいえば乾が心配なだけだ。
問題がないのなら、このままだらだらと怠惰な時間を送る事に別段異論もないのだ。
「確かに俺は今、機嫌は少し悪いけど、海堂が俺を心配してくれるのは嬉しいんだよ」
「……乾先輩…?」
「仕方ない。今日はここで諦めよう」
海堂が寝込んだら大変だと軽い口調の割には真剣な顔で言って。
乾はシャワー浴びて着替えてくる、とベッドから降りた。
「…大丈夫ですか?」
別に乾がふらついている訳ではなかったが、海堂も身を起こす。
「ついていきますか」
「いちゃいちゃしきれず消化不良の先輩を煽る行為は慎んだ方がいいぞ」
「あんたな…」
真面目な顔で茶化した事を言うのは止めてほしい。
海堂ががっくりと脱力すると、乾は先にごめんな、と海堂の頭に手を置いて、シャワーを浴びに部屋を出て行った。
残された海堂はベッドに倒れるように横たわった。
「………………」
乾の息が乱れが、どういう類のものなのか聞き分けられる自分というものがどこか不思議で、海堂は四肢を投げ出して目を閉じる。
乾は認める言葉は口にしなかったが、同時に否定もしなかったので、おそらく風邪の予兆の自覚があるのだろう。
海堂は目は閉じていたが、乾の事を考えるのに忙しくてまどろむ間もないまま時間をやり過ごす。
シャワーを浴びて服を着た乾が戻ってきて、頭を撫でてきたのでゆっくりと目を開ける。
長身の乾が立ったままなので、寝具に横たわった体制で見上げるとひどく距離がある気がする。
海堂は乾を見つめたまま、ベッドを下りた。
「シャワー、借ります」
「ああ。タオルと着替えは出しておいた」
けど、と乾が続けたので、海堂はそっと首を傾げた。
「……けど、何ですか」
「着替え、いらないか? もう今日は帰る?」
泊まりに来いとあれだけ言い続けた相手に言う事かと海堂は呆れた。
一見無表情の乾が、そんな事を言いながらものすごくへこんでいるのが判るから余計だ。
「先輩。具合は」
「具合?…ああ、…海堂の言った通りだな…喉が多少」
「あとは?」
「んー、…それくらい。あと、ちょっと熱っぽいかも?」
「聞くなよ」
「確かに」
のんびりと乾が笑ってみせるから、さほどひどい状況ではないらしい。
海堂は注意深く乾を見つめてそう理解して。
年上だけれど時折とてつもなく自分の事に無頓着になる相手を見上げて言いつける。
「俺、シャワー浴びてくるんで。戻ってきた時に、あんたが薬飲んで、おとなしくベッドの中にいたら泊まっていきます」
「本当?」
「何びっくりしたような顔してんですか」
正直な話、ちょくちょく小さな風邪をひくのは専ら乾だ。
海堂が体調を崩す事はほとんどない。
海堂が呆れた風に言った時にはもう、乾は部屋の中の引出しをあちこちあさりはじめていた。
薬を探しているらしい。
「………………」
海堂は黙って乾に背を向けて、部屋を出る。
シャワーは、少し長めに浴びていようと思う。
あの調子では風邪薬が見つかるまでに少々時間がかかりそうだ。
そして、この後、ベッドに入っておとなしくして待っているであろう乾の想像をすると。
海堂は何だか必死に薬を探していた今の乾の様子と思い重ねてしまって、浴室に向かう途中、滲んできた笑いを奥歯で噛み殺すのに苦労した。
汗か涙か判らない液体で視界が霞むようになっている中、目を凝らして海堂は乾を見据える。
海堂の身体を組み敷いて、顎の先から汗を落とした乾も、目元が沁みるのかわずかに目を眇めていた。
長く深く繋げていた身体は、解けたばかりで。
眼鏡を外した乾の裸眼は、今しがたまでの欲情を、まだしっかりと灯したままで。
うっかりそれを確認してしまった海堂の呼びかけは海堂自身が思っていた以上に掠れた。
「………先…輩…、…」
「……ん…?」
問い返しながら乾は海堂の唇を軽くキスで塞いだ。
海堂もその一瞬は目を閉じて。
余韻のせいなのかかすめる程度のキスにも身の内から震えが起こるのに、そっと耐える。
乾の手が海堂の髪を撫でる。
ただ海堂を、宥めたり甘やかしたりするものではなく、乾がまるで触れずにはいられないような手つきで荒く髪を撫でるので、海堂の余波は尚揺らされた。
「…海堂……」
耳元近くで聞こえた声と、息遣い。
やっぱりかと海堂は思った。
「……先輩、…あんた……」
「何だ…?」
「………もしかして…、風邪…、…っぽいんじゃ…ないんですか」
「え?」
どこかぼんやりと、不思議そうに聞き返した後。
乾は同じ言葉を、その次には笑いながら口にした。
「ええ?……切り替え早いな、お前」
「……切り替え…?」
すぐには普通の会話なんか出来ないようにしたいもんだけど?と悪戯っぽく笑う乾は、海堂の内部の燻るような余波には気づかないのだろうか。
笑いながら軽く咳込んだ広い背中を、海堂は腹立ちと羞恥とでない交ぜになったまま憮然と拳で軽く殴る。
「ごめんごめん」
よしよし、と余計な事を言って乾は海堂を抱き込んで横たわる。
ますます腹が立って海堂は抗ってもがきながらも、乾の長い腕に巻き込まれてしまうと。
けだるい身体はその態勢から心地よさしか認識しなくなる。
海堂は上目に乾を睨みあげた。
こういう時はたいしてきつい眼差しにならないことを知っていたけれど。
「息、に…音、混ざってる…」
「んー…?」
「……喉…、痛いんじゃないっすか…」
「俺の声、嗄れてる?」
乾は少しだけ腕をゆるめてきて、海堂を片腕で抱き寄せたまま覗き込むようにしてくる。
そうやって聞いたくせに、海堂が何か答えるより先、乾はまた勝手にひとりごちた。
「海堂の名前、呼びすぎたかな…」
「…っ…………、…ッ」
からかうならまだいい。
真顔で言うからこの男は、と海堂は乾を睨んで唸るような喉声を洩らす。
たぶん顔は赤いだろう。
目元が熱い。
「それで嗄れたかな」
「………んなわけ、あるか…っ」
だいたいさっきの乾の咳だって、笑って噎せたものではない。
明らかに風邪のひき始めだろう。
「熱は」
海堂が右手を持ち上げて乾の額に当てようとすると、それを乾に阻まれる。
海堂の手は乾の手に握りこまれてしまって、しかしそれは乾の抗いではないようだった。
とらえられた手の指先に乾は笑った形の唇を押しあてる。
「今は熱いに決まってるだろ」
触っても意味ないよと再び海堂を抱きしめてくる。
汗の浮かんだ肌と肌とを重ねあっても、何の違和感もない相手だけれど。
乾が風邪っぽいのであれば、いつまでもこうしていていいわけがない。
海堂は腕を突っぱねて乾の胸元を押しやろうとする。
「……どうして嫌がるかな、海堂」
「機嫌悪い顔すんな…」
「無理だな。実際機嫌が悪い」
開き直るな!と海堂が思わず怒鳴ると、ちゅ、とやけにかわいらしい音をたててまた唇にキスされる。
心なしか乾の唇は熱っぽい気がした。
こんな恰好のままでいては、ひき始めどころか本格的に風邪をこじらせかねない。
海堂とて、はっきりいえば乾が心配なだけだ。
問題がないのなら、このままだらだらと怠惰な時間を送る事に別段異論もないのだ。
「確かに俺は今、機嫌は少し悪いけど、海堂が俺を心配してくれるのは嬉しいんだよ」
「……乾先輩…?」
「仕方ない。今日はここで諦めよう」
海堂が寝込んだら大変だと軽い口調の割には真剣な顔で言って。
乾はシャワー浴びて着替えてくる、とベッドから降りた。
「…大丈夫ですか?」
別に乾がふらついている訳ではなかったが、海堂も身を起こす。
「ついていきますか」
「いちゃいちゃしきれず消化不良の先輩を煽る行為は慎んだ方がいいぞ」
「あんたな…」
真面目な顔で茶化した事を言うのは止めてほしい。
海堂ががっくりと脱力すると、乾は先にごめんな、と海堂の頭に手を置いて、シャワーを浴びに部屋を出て行った。
残された海堂はベッドに倒れるように横たわった。
「………………」
乾の息が乱れが、どういう類のものなのか聞き分けられる自分というものがどこか不思議で、海堂は四肢を投げ出して目を閉じる。
乾は認める言葉は口にしなかったが、同時に否定もしなかったので、おそらく風邪の予兆の自覚があるのだろう。
海堂は目は閉じていたが、乾の事を考えるのに忙しくてまどろむ間もないまま時間をやり過ごす。
シャワーを浴びて服を着た乾が戻ってきて、頭を撫でてきたのでゆっくりと目を開ける。
長身の乾が立ったままなので、寝具に横たわった体制で見上げるとひどく距離がある気がする。
海堂は乾を見つめたまま、ベッドを下りた。
「シャワー、借ります」
「ああ。タオルと着替えは出しておいた」
けど、と乾が続けたので、海堂はそっと首を傾げた。
「……けど、何ですか」
「着替え、いらないか? もう今日は帰る?」
泊まりに来いとあれだけ言い続けた相手に言う事かと海堂は呆れた。
一見無表情の乾が、そんな事を言いながらものすごくへこんでいるのが判るから余計だ。
「先輩。具合は」
「具合?…ああ、…海堂の言った通りだな…喉が多少」
「あとは?」
「んー、…それくらい。あと、ちょっと熱っぽいかも?」
「聞くなよ」
「確かに」
のんびりと乾が笑ってみせるから、さほどひどい状況ではないらしい。
海堂は注意深く乾を見つめてそう理解して。
年上だけれど時折とてつもなく自分の事に無頓着になる相手を見上げて言いつける。
「俺、シャワー浴びてくるんで。戻ってきた時に、あんたが薬飲んで、おとなしくベッドの中にいたら泊まっていきます」
「本当?」
「何びっくりしたような顔してんですか」
正直な話、ちょくちょく小さな風邪をひくのは専ら乾だ。
海堂が体調を崩す事はほとんどない。
海堂が呆れた風に言った時にはもう、乾は部屋の中の引出しをあちこちあさりはじめていた。
薬を探しているらしい。
「………………」
海堂は黙って乾に背を向けて、部屋を出る。
シャワーは、少し長めに浴びていようと思う。
あの調子では風邪薬が見つかるまでに少々時間がかかりそうだ。
そして、この後、ベッドに入っておとなしくして待っているであろう乾の想像をすると。
海堂は何だか必死に薬を探していた今の乾の様子と思い重ねてしまって、浴室に向かう途中、滲んできた笑いを奥歯で噛み殺すのに苦労した。
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