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How did you feel at your first kiss?
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 鳳の声は低いがなめらかで、語尾が優しい。
 それで何か言った後は大抵ゆっくり微笑むから、一層優しく声が耳に残る。
「それで、子供の時にね、バンクーバーの街中でそいつに遭遇して」
 話す内容は雑談だよなあ?と宍戸は心の中でふと思う。
 それなのに鳳の声は睦言を口にしているようで。
 宍戸をじっと見つめて。
 微笑んでいて。
「トラだ!って指差したら、ネコだったんです」
「間違わねえだろ普通」
「え、間違いますよー。本当にトラかと思ったんですよ。アメリカって動物までもビッグサイズなんですって」
「それにしたってトラはねえだろうが」
「なくないですって。トラサイズのネコなんです。大袈裟に言ってるんじゃなくて、本当の話。怖かったです」
「…………………」
 宍戸は、真剣な表情で言い募る鳳を見上げて微苦笑する。
 大人っぽいかと思うと子供っぽい。
 ひとつ年下の鳳のバランスは不均等だ。
 でもそういう所に危うさがないのは、ひとえにその笑顔の効力だろうと宍戸は思う。
 鳳の笑い顔は人を安心させる。
 年上の宍戸ですらそうだ。
 学校は休みの土曜日。
 部活の為だけに出向いてきた今日は、いつも通る通学路も時間帯が普段とはずれていて、どことなく周囲の気配も目新しい。
 それは学校の敷地内に足を踏み入れてからも言える事で、部室にもっと近づけばテニス部の面々がいるのは判っていても、今はまだ驚くほど人の気配がない。
「宍戸さん」
 なんだよ、と歩きながら答えた宍戸は、そっと手を取られて足を止める。
「…………………」
 指先だけ握り込んでくるような軽い接触は子供の仕草のようで。
 しかし今宍戸の指先を包む手は、骨ばって、大きく、温かい。
 指の長い、男の手だ。
「…………………」
 あまりにもなめらかに、取られたその手を引かれる。
 中庭の手前、日陰の校舎の壁に、そっと背中が当たった。
 宍戸の視界を鳳が埋める。
 宍戸にキスをしたがっている時の鳳は、普段よりも少しだけ強引になる。
 鳳の影が顔にかかる。
 昼間なのに、宍戸の視野は暗くなる。
 宍戸はゆっくりと瞬いた。
 このまま目を瞑ってしまう事は、キスを待つようで。
 あからさますぎて。
 宍戸にはとても出来ない所作だった。
 軽く睫毛を伏せるようにしているのが精一杯だった。
「…………………」
 しかし、いつもなら、かすめるようなキスが、とうに唇に触れている筈なのに。
 何故か今日はなかなかそれがやってこなかった。
 軽く目を伏せるようにしていた宍戸が、怪訝になって顔を上げると。
 初めて、鳳にじっと見据えられていたその事実を知る。
「…………なに見てんだよ」
 キスの前触れというにはあまりに強く見つめられ、宍戸は居心地の悪い思いで呟いた。
 鳳の指先が宍戸の頬を軽く撫でる。
 注がれる視線が一層強くなった気がした。
 だから触れられた鳳の指先のせいではなく、宍戸はびくっと身体を竦ませる。
「宍戸さんは、キスされる前の顔もすごく綺麗」
「………、…アホ」
 直向な眼差しと、一途な声と。
 逃げ場がない。
「一瞬しか見られない顔だから、たまにはちゃんと見てみたいなって思ってたんです」
「………誰のせいだよ」
「すみません」
「…………………」
 キスされる前の自分の顔なんて、宍戸には知りようもない。
 そしてそれが一瞬しか存在しないのは、もどかしげに重なり、始まるっていくのがキスの常だからだ。
「本当に、こんなに綺麗な人……」
「……、……」
 指先だけでなく、手のひらでも頬を撫でられ、宍戸は息を詰まらせる。
 何度も何度も聞く言葉。
 鳳は宍戸を見つめては、よくその言葉を口にする。
 馬鹿なことと宍戸が否定すると、判らせる為の様に回数が増やされるから、最近では宍戸も意見をしなくなった。
 でも、未だに、鳳のような男の口からその言葉が出てくる謂れが判らない。
 繰り返し、繰り返し。
「………見飽きろよ……いい加減」
「物凄い無茶なこと言いますね…宍戸さん」
「……真面目な顔して言うな」
「真面目なんですよ」
「………、…っ…」
 今度こそ本当にキスしそうなまで近づいて。
 しかし鳳は唇を重ねては来ない。
 キスの距離で、熱のこもった目で、宍戸を見据えてくる。
 大きな手に包まれた頬、息もかかりそうな距離。
 そんな鳳の存在だけで、宍戸はくらくらした。
 息苦しくてどうにかなりそうだった。
「…………………」
「………さっさとしろ!アホ!」
「俺も、限界……」
 羞恥とか限界にだとか、様々な事に耐えかねた宍戸の罵声に、はい、とおとなしく頷いて。
 大人びた深いキスで唇を重ねてきた鳳の背を宍戸は抱き締める。
 ぎりぎりまで堪えたような熱をぶつけるようなキスに唇が痺れる。
 何度もやわらかく噛まれて、宍戸は馬鹿みたいに膝が震えるのを持て余した。
 いったいどれだけ我慢してたんだと問いたくなるような熱っぽいキスだった。
 濡れて、擦られて、やわらかく赤くなった唇を、執拗に貪られる。
 すでに人目を盗むようなレベルのキスではなくなっていて、宍戸は自分に深く覆い被さってくる鳳の背を咎めるように叩いた。
「ん…っ…、……っ…」
「…………………」
 キスは一層激しくなっただけだった。
「……、……ッ…」
「………宍戸さん」
「お前、……っ………」
「誘うから。宍戸さんが」
「……って…ね……!」
 何て言い草だと鳳を睨み付けたものの、思う程には視線がきつくならないのは宍戸自身が誰よりもよく判っていた。
「……綺麗」
「…、……っだから……!」
「宍戸さんは俺に見飽きろって言いますけど……宍戸さんは聞き飽きないんですか…?」
「、……そん…、無……」
「…同じじゃないですか」
「………っ……」
 宍戸の視界は再び。
 鳳の笑顔が溶けた闇で埋められた。
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