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How did you feel at your first kiss?
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 ものすごい勢いで走ってきた乾に、さらわれるように抱き締められたのには、心底面食らった。
 海堂は、まず呆気にとられ、それから硬直し、最後に赤くなった。
「ちょ……、…」
 漸く海堂がそんな言葉を発する事が出来たのは。
 乾に抱きしめられてから、どれくらい経った頃だったか。
「…、…先輩…」
 いきなりストリートテニス場で乾に抱き締められている状況もつかめないでいる海堂は、まして周囲にチームメイトがいるのに気付くと一層激しく混乱した。
 何故こんな所で、こんな真似、と視線を泳がせる。
 乾は離れない。
「薫ちゃーん。もう少しそうしておいてあげなってばー」
「……、…菊丸先輩?」
「そうだぜマムシ。お前、乾先輩にどれだけ心配かけたか判ってんのかよ?」
「な、…桃城…っ…」
「よかったなあ海堂。記憶が戻って」
「記憶……って……あの、大石先輩、」
「裕太と二人で猫二匹って感じだったね。可愛かったよ。海堂」
「ね、…!…不二先輩…何言っ…」
「乾に、きちんと医者に連れて行ってもらえよ?」
「河村先輩」
 乾に抱き締められながら次々かけられる言葉に、しどろもどろになっている海堂は、最後にふと、越前の物言いたげな視線に気をとられる。
「おい……?」
「…………………」
 ただ一人、じっと海堂を見ているだけだった越前は、普段の不敵な笑みや不遜な態度は欠片も見せず、トレードマークの帽子を手で取って一礼した。
「越前?」
 アリガトウゴザイマシタ、と聞こえた気がして海堂は呼びかけたのだが。
 越前は、海堂の見慣れない表情をするだけだった。
 先輩も同級生も後輩も、結局それで全員連れ立って帰っていってしまい、海堂は今尚自身を抱き締め続ける乾と二人、その場に取り残される。
「…………先輩」
「うん?」
「………誰か一人くらい状況説明してくれたっていいんじゃねえっすか…」
 何がどうなって、それでこうなのかと。
 海堂は大きな溜息を吐き出す。
 実は未だに乾に抱き締められているのだが、人目がなくなった分いくらか気が落ち着いて。
 海堂は乾の固い背中を、ゆるく握りこんだ拳で軽く叩いた。
 促すように。
「………………」 
「桃がフレームで打ち損じたダンクが、越前に向かって飛んできて……海堂が越前を庇って、そのショックで記憶喪失だ。……思い出したか?」
 落ち着いた乾の声に引き出されるように。
 海堂の記憶に、越前の顔が浮かんできた。
「……記憶…喪失」
「そうだ。お前、なんにも覚えてなかったんだぞ」
「…………え…?」
 耳馴染みはいい言葉だが、実体験を見たり聞いたりした事は一度もない記憶喪失とやらに自分がなっていたらしいと知らされて。
 海堂は正直呆気にとられた。
 ところがどうも、乾は腑に落ちない事があるような口ぶりで海堂を抱き締める手に力を込めてきた。
「………先輩?」
「俺さあ……」
「………………」
「お前を河原に連れていったんだよ。手ぬぐい渡して。あの特訓すれば思い出すかなとか思ってね」
「………………」
「それでも駄目で。挙句逃げられて。気が逸って、つい、一大決心の告白をしたら同じ言葉でふられてねえ…」
「…………一大決心の告白?」
 何の事かと海堂が乾に抱き締められたまま身じろぐと、初めて乾の腕の束縛がゆるんだ。
 海堂がそっと見据えると、乾は溜息交じり微苦笑で言った。
「俺に未来預けてみるか?」
「………………」
「ことわるっ………と海堂には一言で玉砕」
 その経緯を聞き、海堂は腹をたてた。
 怒鳴るよりも、睨みつけるよりも、もっと深いところで腹がたった。
「海堂?」
「………………」
 口下手で口数の少ない海堂の真意を、いつだって誰より正しく汲み取る乾は。
 この時も案の定、海堂の感情起伏を察して穏やかな声で囁いた。
「海堂に言ったんだよ…?」
「………聞いてねえよ」
「………………」
「俺は覚えてねえ」
 拗ねているような物言いなんか、海堂はこれまでに、したことがない。
 それなのに口をついて出る言葉は僻みに他ならなくて。
「俺じゃない俺にそんなこと言うな」
「海堂」
「なんで……そいつが先に言われてんだよ」
「海堂…」
 乾は薄く笑った。
 優しい、笑い方で、ほんの少しも腹はたたなかった。
「焦るあまりに本能で口から出てしまった、いつも持っている本音、という事で……納得してくれないか」
「………………」
「畢生の告白に、同じ相手に同じ言葉でふられて、かなり落ち込んだ俺に免じて許してくれると有難いんだが……駄目か?」
「………三度目は断らねえよ」
「…海堂」
「何時か、何か、」
 気が向いたら。
 告白っていうのをすればいい。
 そうしたら今度は。
 三度目は。
 最初から頷くからと海堂は心で思う。
「……アンタ頭いいんだから、俺の言いたいことくらい分かるだろ」
 一度目は確かに断った。
 でもその後応えた。
 二度目も、今の自分に言うなら応える。
 だから、と海堂は。
 正気を焼かれそうな羞恥心を堪えて顔を上げる。
 乾の目を見る。
「海堂」
 そこにあったのは乾の嬉しそうな笑い顔で余計に恥ずかしくなる。
「……とんでもないこと言い出すかもよ」
「…………構わねえよ……」
 楽しみだと言う低い甘い声と一緒にもう一度。
 海堂は乾に抱き締められた。
 乾からの二度目の告白を聞いた自分はもういないが、その自分は今のこの抱擁を知らないのだと思う事で。
 全ては帳消しだろうと海堂は思うことにした。
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