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How did you feel at your first kiss?
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 外気の冷たさに、空気が僅かに重くなったように感じられる。
 例年よりもかなり遅い初氷が張った事を道すがらに知る。
 神尾は歩くスピードを上げた。
 頬が、吹き付けてくる風の冷たさに微かに痛む。
 吐き出す息は霞のように神尾の視界を掠る。
 気付いた時にはもう、神尾は走り出していた。
「……………」
 本屋とカフェが同じフロアに併設されているビル前で待ち合わせをしている。
 時間は、まだ充分に余裕がある。
 でも神尾は走った。
 怖い時間は短い方がいい。
 去年と今年とでは、いろいろなものが違うけれど。
 この寒さは、まるであの頃と同じもののように思えたから。
 神尾は走って、本気で走って、ガラス張りのビルに辿りつく。
 肩で息をつき、スノースプレーでクリスマスデコレーションされていてるビルの前でゆっくりと足を止める。
 駐輪スペースも兼ねている場所だったが、この寒さのせいかあまり自転車は置かれていない。
「……………」
 二十分前なのに。
 跡部はそこにいた。
 タイトなロングコートを着て、壁に寄りかかり、僅かに俯いている。
 片足の足の裏を壁に当て、腕を組んで立っている。
 コートが黒いので透けるように淡い髪の色がよく目立った。
 そして神尾はその場に立ち竦むようにして、ただ跡部を見据えているしか出来ない。
 寒さなどもう全く感じ取れない。
「……………」
 神尾がそうやって立ち尽くしていると、ふと、跡部の顔が上がった。
 神尾と目が合うと、跡部の双瞳が、ゆっくりと瞠られていく。
「……………」
 すぐに跡部は神尾の元へやってきた。
 長いコートの裾が翻ったのを見た後にはもう、跡部は神尾の目の前にいた。
「何で走ってくるんだ?」
「……………」
「時間…まだ余裕だろうが」
 跡部が微かに笑い、神尾の耳へと手が伸ばされてくる。
 固い、でも温かい手のひらに耳を覆われ、神尾はそこが痛いくらいに冷えていたことに気付かされた。
「跡部……」
 何時に来たのかと問う声は、そっと遮られた。
 跡部の手に今度は背を抱かれて、そのまま軽く抱き寄せられた。
 跡部の仕草は自然で、露骨な感じはしなくて。
 開かれているコートの前合わせの狭間、その中に包まれるように抱き込まれても。
 そこにあるひどく肌触りの良い跡部の服の感触を感じ入るだけで、神尾はおとなしくしていた。
 頬に当たった、薄いのにやわらかで、ふんわりとした跡部の衣服の感じが気持ちよくて。
 もぐり込むように自然と、擦り寄る仕草をとってしまっていたことに神尾が気づいたのは、跡部のからかうような笑みが耳のすぐ近くで聞こえたからだ。
「何だよ。擦り寄ってきて。気に入ったのか、肌触り」
「………、…」
 慌てて離れようとした時には、すでに跡部の指先が神尾の髪に埋められていた。
 一層押し付けられるように抱き締められる。
「お前は何も着てない時の方が肌触り良いんじゃねえの」
「………っ…」
「褒めてんだよ」
「ゃ、…………」
「抱き締めたいって言ってる。逃げるんじゃねえよ」
 ここまでくるとさすがに周囲の目が気になって、神尾はもがいた。
 でも跡部は許してはくれなくて。
 面白そうに喉の奥で低く笑っている。
 その声がみんな神尾の耳に直接的に吹き込まれてくる。
「…、…あとべ…」
「ちっさい声だな」
 吐息でも笑った跡部は、神尾の耳に唇を近づけ、囁いた。
 神尾の名と、そして、短い言葉と。
「…………………」
 その言葉を聞いた途端、神尾は息を止めてしまう。
 強張った身体の感触はダイレクトに跡部へと伝わったようだった。
 跡部の笑いが止む。
「…神尾」
「ウソツキ」
「……………」
 その言葉だけは怖い。
 ここに来るのに、走り出してしまったのと同じ理由で怖い。
 跡部を好きで、跡部が好きで、だから跡部の口からその言葉を聞くと、神尾は逃げ出してくなる。
 今年と去年は違う。
 判っていても思い出しては怖くなる。
 たった一年の間で、変わった出来事をつかまえきれなくて。
 何も言わないでいいから、ただ構ってくれたらいいのだと、今の跡部が一番傷つく言葉が神尾の喉をついて出そうになる。
「……俺の自業自得だからな」
「………………」
「お前が判るまで言う」
 やはり傷つけた。
 跡部の口調は変わらないが、双瞳に宿るものを見てしまって神尾は唇を噛み締める。
 ウソツキなんていう言葉も、本当は言いたくなかった。
 でも。
 自分が好きなだけでいい。
 跡部は言わなくていい。
 言わないで欲しい。
 こわいから。
「………………」
 何度も何度も執拗に思い出してばかりいる。
 去年の今頃は、こういう風に。
 同じように寒かったあの頃は。
 神尾も、跡部も、判らないことばかりで、傷つけあってばかりで。
 いつまでもそんな事を覚えている。
 思い出したりする。
 こういう振る舞いは傍からは鬱陶しいだけだろうに、跡部は投げ出さない。
 見捨てない。
 繰り返す。
 好きだと。
「…………………」
 その度にお互い、こんな気持ちになって唇を噛むのに。
 跡部は繰り返す。
「好きだ」
 一年前にたった一度、跡部はその言葉を口にして。
 そして一瞬後には冷たく切り捨てて。
 否定して。
 神尾はその時から変われないものを胸に住まわせている。
 判らなかったのだと、苦しげに吐き出し、跡部が神尾を力づくで抱き竦めたのはそれから大分経ってからのことだった。
 神尾はその時も跡部の事を好きなままだったから、抱き締め返して、強く、好きだと、思ったけれど。
 跡部がその言葉を口にするのだけは、怖かった。
 また、すぐに否定されそうで、怖かった。
「お前をそうしたのは俺だ」
「…………………」
「もう、お前でしかいられないのも俺だ…」
「……跡部…」
 一瞬、本気の力できつく抱き締められ、それからそっと抱擁から離される。
 跡部の手は神尾の肩に置かれ、そのまま跡部は歩き出した。
 肩を抱かれたまま歩く行為に戸惑って、神尾は思わず跡部を見上げてしまう。
「…………………」
 今、跡部は、約束通りに姿を現す。
 今、跡部は、神尾を好きだと言った言葉を否定しない。
 今、跡部は、それなのに、自分は。
「…………………」
 きっと何よりも望んでいる。
 欲しがっている。
 そんな言葉を、受け止められないで。
「跡部……好きだよ」
 それでも自分の思いはいつも溢れ出しそうなほどで。
「………好きだ」
 跡部の、声。
 跡部からの言葉。
 歩きながら、荒いキスと一緒に、神尾の唇にぶつけられる。
 そしてそれはやはり痛いまま。


 でもいつか。
 いつかの、冬には。
 笑って聞きたい。
 怖がらないで聞きたい。
 同じように、凍えるように、寒いいつかの冬の日には。
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