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How did you feel at your first kiss?
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 雪の降るクリスマスは翌年の繁栄を象徴するのだと乾が空を見上げて言った。
 本当に、いつ雪が降り出してもおかしくないような冷気に周囲は満ちている。
 そんな乾の隣で海堂は、雪の気配よりも、来年の事を考えているのかもしれない乾の心情を酌みたくなる。
 しかし、いくら見つめたところで、海堂には判らなかった。
 乾の表情から、今乾が何を考えているのかは。
「…………………」
 終業式を終え、海堂の冬休み用のトレーニングメニューを作ってあった乾に呼び出され、丁寧な説明を受けた後。
 海堂は、乾と肩を並べて歩いている。
 それぞれの家へと向かっている。
 別れるのは、あと幾つか先の曲がり角。
 今日の学校内は、何とはなしに浮き足立っていた。
 二学期が終わるせいと、そしてクリスマスイブという日のせいとで。
「…………………」
 でもこうして学校を出て、乾と歩いていると、校内のあの喧騒も嘘のように静かだった。
 冷たい外気と、慣れた気安い沈黙。
 乾の少し後をついて歩きながら、一つだけ普段と違って海堂の気持ちが沈鬱に沈むのは。
 乾の両手にある真新しいなめし革の手袋のせいだ。
 乾がしている、その見慣れぬ革の手袋は。
 今朝は、乾の手には、はめられてはいなかった。
 それは何となく、海堂の気持ちを沈ませる手袋だった。
 恐らくクリスマスプレゼントなのだろうと海堂は思った。
 海堂のクラスでも、可愛らしげなラッピングを施した包みを手にしていた女性陣は多かった。
 寒い冬の景色と対照的に、それらは目にひどく華やかだった。
 乾もきっと、誰かからか。
 クリスマスプレゼントとして、それを貰ったのだろうと思う。
 そういう事が出来る相手の行動を、自分は羨んでいるのかもしれないと思う。
 自分らしくない。
 その思いが海堂を沈ませていた。
 好きな相手に、好きと伝える事は難しい。
 海堂には取り分けのこと。
 思う気持ちばかりが蓄積して、言葉にも形にも、しにくい。
 乾は大概よく海堂の真意を酌んでくれる男だったが、例えば海堂にはそれと同じ事が出来ない。
 乾を好きで、でもそれは、それだけだ。
 そこで止まってしまっている。
 海堂の心中で、留まってしまっている。
 クリスマスという大義名分があっても、乾に対して、海堂は身動きがとれない。
 見つめているだけだ。
 僅かな悋気に焼かれるように、手袋を。
「海堂」
「…………………」
 そしてもう、幾つか先の曲がり角まで自分達は来てしまっていて。
 ここで、いつものように別れて。
 それで二人でいるこの時間も終わりだ。
 足を止め、ゆっくりと振り返ってきた乾を、海堂はじっと見上げていた。
 またな、と動くであろう唇を。
 じっと、見ていると。
「…………………」
 何も言わないで、乾は。
 そっと掠めるように、身体を屈めて、海堂の唇に、キスをした。
 消えていくひとひらの雪のように一瞬。
 驚いて、声にはならなくて、大きく目を見開いて、海堂は乾を見つめた。
 するりと手を取られ、なけなしの死角になっているスペースに身を寄せる。
「……いつかは指輪をはめるんだろうけど」
「…………………」
「今の所は手袋ってことでね」
 乾は微笑んで、左手の手袋をはずし、それを海堂の左手へ。
 両手で丁寧につける。
 そして今度は右の手袋をはずし、同じように海堂の右手へとはめた。
「…………え?」
「クリスマスプレゼント」
 温めておきました、と珍しくふざけたような笑み交じりの声で言った乾に、海堂は瞬きを繰り返しながら、自身の手元を見た。
「乾先輩?」
 語尾のもつれるような幼い発音になってしまうくらい驚いて。
 海堂は、ほんの少し前まで嫉妬するように見ていた手袋が、思いの他かじかんでいた自身の指先をゆるゆると温まらせていくのに感じ入った。
 手袋を貰って嬉しいというより、手袋を乾にはめられたのが嬉しいだなんて、そう思ってしまった感情が気恥ずかしかった。
「海堂」
「………………」
 乾の右手が海堂の背に回され、そのまま背中側から、海堂の右肩を掴む。
 片腕で抱き寄せられ、僅かに首を傾けた乾がゆっくり顔を近づけてくる。
「…………………」
 喉を反らせ、唇でキスを受け止める。
 触れるなりしっかりと重なってきた唇の感触に海堂は指先に更に熱が灯るような感触を覚える。
「…………、ん」
「…………………」
「……っ…………」
 ひどく大切そうに、乾に抱かれているのが判る。
 キスの、優しくて、でも強い感情の感じだとか。
 それは、クリスマスだからというわけでもないけれど。
 クリスマスらしいという気もした。
 大事なキスをしている気がする。
「海堂」
 乾の左手も海堂の背に回る。
 背中で交差された二本の腕で、しっかりと、抱き込まれる。
「いい匂い……」
「………、……」
 海堂の首筋に顔を伏せた乾の、低音の声の振動に。
 痺れるようになって、海堂は息をのむ。
 乾が顔を上げる時、互いの頬と頬とがこすれあった感触の甘さに鼓動が乱れる。
「海堂といると、クリスマスも特別な日みたいに思えるな……」
「………………」
 それこそ海堂が思っていたままの事を乾に言われる。
 元々自分達は、あまりイベント事に興味がない。
 でも、二人でいると、意味が違ってくるように思えた。
「………………」
「……海堂?」
 思わず乾の胸元に額を当てるように顔を伏せた海堂は、問いかけてくる声と、しっかりと背を支えている大きな手のひらの感触とに、静かに深い吐息を零す。
 ここは、心地良い。
 藹々としている。
 自分が誰かの腕の中で、こんな思いをするとは、海堂は考えてみたこともなかった。
「やっぱり、アンタの側が落ち着く……」
「………………」
 この腕に抱かれると、こんがらがった思考がゆっくり緩んでいくような気がする。
 強くなっていく気がする。
 力が抜ける気がする。
「もう少しだけ、……側にいてもいいですか?」
 手袋をはめた手が温かくて、抱き寄せられている腕の中も穏やかで。
 ぽつりと洩らした海堂の言葉に、乾は。
 一時の沈黙の後、低く、低く、呟いた。
「………やられた」
 その、呻くような声がいとおしくて。
 海堂は、乾からは見えないその場所で、微かに、笑った。
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