忍者ブログ
How did you feel at your first kiss?
[52]  [50]  [51]  [49]  [48]  [47]  [46]  [45]  [44]  [43]  [42
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 一緒にいたいなら何でわざわざその日に一緒にいられなくなるような喧嘩するかな、とぼやいたのは親友の伊武で。
 正論だけどさ、とその都度神尾は答えて、当日までの数日間、たっぷりと落ち込んだ。
 当日、つまりはクリスマスイブ。
 跡部との喧嘩の原因は、それだ。


 十二月はテストがあったりしてあまり会えない日が続いていて。
 中旬過ぎに漸く、互いの時間が合った。
 そこで神尾は呼ばれるまま跡部の家に行き、そして。
 実際顔を合わせると、そこからはもう、碌に話をする間もなく跡部に腕を取られた。
 抱き竦められ、口付けられた。
 神尾も何も言えなくて、跡部の背を抱き返す方がどれだけ雄弁に気持ちを現せるか知る。
 キスを受け入れて、舌を貪られる方が、どれだけか。
 会いたかったと、伝えられている気がして。
 ベッドに押さえ込まれても何一つ抗わなかった。
 口付けられながら服を脱がされ、跡部らしくないような急いた所作で身体を探られ、拓かれていく。
 まともな会話もないまま、ずっとキスを交わし、抱かれていた。
 どれくらいか時間が経って、ぐったりとベッドに身体を投げうって、跡部が手遊びに髪に触れてくるのを受け入れているうち、窓の外はもう暗くなっていた。
 冬場はこうしてどんどん暗くなるのが早くなる。
 漸くぽつぽつと言葉を口にしあうようになる頃にはもう、神尾は帰らないといけなくなっていた。
 車を出させると言った跡部に、自転車だからと首を振り、乗れるわけないだろうと呆れたように言われて神尾は赤くなる。
 跡部が危惧する程、辛くない。
 それよりも、徐々に落ち着いてきてみれば。
 ひたすら跡部を欲しがった自分の行動が省みるにつけ恥ずかしくて、神尾はとにかく一人で帰りたかったのだ。
 こんな状態では、家族と顔を突き合せられるかも危うい。
 車が嫌なら歩いて送っていくと言った跡部の誘いも、同じ理由で、大丈夫だからと断って。
 何だか身体中、隅々まで、跡部でいっぱいになっているような自分は、これ以上跡部といたらますますどうにかなるかもしれないと神尾は真剣に思ってしまう。
 身体よりも跡部の説得の方に大分苦労したが、神尾はひとまず、一人で帰宅することとなった。
 家についたら連絡しろと跡部が言ったので、部屋に入ってからメールをする。
 すると返事は、メールではなく、電話でかかってきた。
「跡部?」
「さっき聞くの忘れたが」
 忘れたというより、そんな余裕も暇もなかったという方が正しい気がする。
 神尾は思わず赤くなる。
 電話越しの跡部の声は、数時間前までの、耳元で聞こえた詰めた荒い呼気を思い起こさせる。
「お前、二十四日の予定は?」
「………………」
 クリスマスイブ。
 改まってクリスマスの話をするなんていう真似は神尾には到底出来なくて、だから跡部が何でもない事のようにそれを口にしてきて神尾は少しだけ胸の辺りが痛くなった。
「………予定?」
「いかにもお前の所は全員集合してクリスマスって感じだな」
 学校の事を言われているのか家の事を言われているのか判らなくて、神尾は返事を詰まらせる。
「ホテルでもアミューズメントパークでもレストランでも、行きたい所言ってみな」
 それこそ何でも叶えてくれるのだろう。
 跡部は。
「昼間用事があっても、夜からなら会えるだろ」
「………………」
「欲しいものがあるなら、一年に一回くらい聞いてやるから言っておけ」
 素っ気無いような言い方だけれど、冷たくはない。
 でも、何故だか神尾は寂しくなる。
 何でだろう?と考えて。
 携帯からの跡部の声を聞いていると、次第に理由がはっきりしていく。
 神尾の中で。
「………………」
 クリスマスに、誰かと過ごす事に慣れている跡部が。
 場所でも、物でも、何でも思いのままに出来る跡部が。
「……おい? 聞いてんのか?」
 自分にも、きっとこれまでしてきた事と同じようにするクリスマス。
「神尾」
「…………いい」
「ああ?」
「クリスマス……跡部と会わない」
 どこにも行かない。
 なんにもいらない。
「てめえ………」
 悔しいのか寂しいのか判らないまま力なく詰った神尾の言葉を拾って、跡部の声が剣呑と尖る。
「どういう意味だ」
「…………クリスマスなんか」
 俺と会わなくていい。
 神尾はそう言って電話をきった。
 跡部は本気で怒ったと思う。
 その後電話はかかってこなくて、短いメールが一通だけ送られてきた。
『勝手にしろ』
 それだけだ。
「……………ヤキモチ…やいたのかなあ…俺」
 ふとそんな風に神尾は思って、でも、跡部を怒らせないヤキモチのやきかたなんて知らないし、とひとりごちる。
「………クリスマスなんてなけりゃいいのに」
 ひどく神尾は落ち込んで、クリスマスまで毎日溜息をつくような日々を過ごした。


 結局そうして迎えたクリスマスイブは、学校で終業式を済ませて、部活の延長のようにテニス部の仲間とファーストフードでチキンを食べた。
 馬鹿だよねえ、と伊武には最後までぼやかれた。
 馬鹿だよなあ、と神尾はしみじみと判っていた。
 どこにも行かなくていい。
 なんにもいらない。
 それは本当で。
 でもひとつだけ間違えたという事が判っていた。
 一緒には、いたかった。
 跡部と。
「…………………」
 浮かれたような街中の雰囲気に溜息をついて、神尾は友人達と別れた後、帰途につく。
 日暮れる間際の最後の明るさの中、ひどく疲れたような気持ちで歩いていく。
 あまり進まない足取りでのろのろと歩いていた神尾は、ふと、途中にあるマンションの前の集積所に、捨て置かれているおもちゃのピアノに気付いて足を止めた。
 黒いプラスチックのおもちゃのピアノ。
「…………クリスマスプレゼントに本物貰って、捨てられちゃったのか?」
 そんなに古いもののようにも見えなくて。
 思わず小さく呟きながら屈むと、神尾は人差し指で鍵盤を叩いた。
 ひとつ音がこぼれた。
 おもちゃのピアノでしかない音。
 壊れてはいない、でもクリスマスに捨てられてしまったおもちゃのピアノ。
「…………………」
 泣くのかな、と人事のように神尾は思った。
 跡部と出会ってから、自分はよく泣くようになった
 今も、こうして屈み込んだまま、何だかもう泣きそうになってしまって。
 でも。
「どこ座ってんだ」
「…………………」
 抑揚の無い、いっそ冷たいような声が振ってきて。
 神尾は唖然と顔を上げた。
「俺の許可も無しに勝手に捨てられてんじゃねえ」
「………跡部……」
 不機嫌極まりない顔で、跡部は立っていた。
 神尾の前に。
「…………………」
 跡部の名を口にしたきり、何も言えなくなって。
 ただ跡部を見上げるしかない神尾を、跡部も暫くそうして見下ろしてくるだけだった。
「誰がクリスマスにこんなところにお前を捨てた」
「…………跡部…?」
「ふざけるな。俺がそんな真似するか」
 問いかけに答えたのではない。
 神尾には、もう跡部の名前を呼ぶしか出来なかっただけだ。
 しかし跡部は腹を立てたように吐き捨てて、神尾の前に屈んできた。
「お前は俺を捨てたいみたいだがな」
「ちが、……」
「ああ? どう違うのか言ってみろよ」
「…、俺は……」
「…………………」
「なんにも、いらない……」
「…………………」
「跡部が、…今までのクリスマスに、誰かにしてきたみたいなこと、なんにもいらない」
「…神尾」
「……んだよ…っ…」
 自棄になって神尾は怒鳴った。
「妬いたら、駄目なのかよ……!」
「………バーカ」
「馬鹿だよっ」
「ああ、馬鹿だな」
 本心から跡部がそう言っているのは神尾にもよく判って。
 でも半ば涙目で神尾が睨みつけた跡部は、小さく笑っていた。
「バーカ」
「…………っ……」
 伸びてきた跡部の手に荒く髪をかきまぜられて、揺すられた反動で涙が零れてしまう。
 それでも唇を噛んで、尚も跡部を睨み返している神尾に、跡部は次第に苦笑いする顔になった。
「嫉妬するのもヘタクソだな。お前」
「…………んなの…、知らね…よ…っ…」
「お前相手で、誰かにしたような事なぞって通じる訳ねえだろうが」
 第一クリスマスなんて、と言った跡部の言葉は、そこで途切れた。
 キスのせいで。
「…………………」
 軽く重ねるだけのキスで跡部は唇を離す。
 溜息交じりの苦笑を唇に刻んだまま、跡部は捨てられていたピアノに目を落とした。
 そして。
「…………………」
 綺麗な指で、おもちゃの鍵盤を爪弾き、弾いたのは。
 耳慣れたクリスマスソングだった。
「…………跡部……」
「…………………」
 おもちゃのピアノでクリスマスソングを弾く跡部をじっと見つめて、結局神尾はまた泣いた。
 曲が終わって、軽くピアノを撫でた跡部の手が神尾の手を握り込んで立ち上がる。
「お前の希望通り、何にもねえイブだ。文句ないだろ」
「………なんにもなくなんか、ないよ」
 神尾の欲しいものだけが、ここにはある。
「跡部が知ってる事も、跡部が知らない事も、オレの中にはいっぱいあるんだよ……?」
 それは全部跡部の事。
「…………………」
 神尾の眦の涙を吸うように、口付けられたこのキスも。
 おもちゃのピアノで弾いてくれたクリスマスソングの事も。
 今つないでいる、この手の温かさも。

 神尾の欲しいものだけがある、クリスマスイブだった。
PR
この記事にコメントする
name
title
font color
mali
url
comment
pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
アーカイブ
ブログ内検索
バーコード
カウンター
アクセス解析
忍者ブログ [PR]