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How did you feel at your first kiss?
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 普段は宍戸の言う事なら大抵の事は聞く鳳も、時折、宍戸相手でも絶対譲らず、意見を通してくる事がある。
 そういう時の宍戸の心中はといえば。
 正直なところ、腹がたつのではなく、その稀な我儘が可愛いような気になっているのだがら、我ながら末期だと宍戸自身が思っていたりする。
「一緒にいたいです」
 ひたむきな話し方。
「駄目ですか?」
 懸命な声。
「……いや?」
 そして一途な目。
 それでもう、宍戸は陥落してしまう。
 クリスマスに一緒にいたいという鳳の願いも、結局宍戸はそれで聞き入れてしまった。
 しかし、元来そういうイベント事に興味がなく、ましてや鳳のような男と共にそんな場に連れ立てば、いったいどれだけ悪目立ちするのかを考えると、宍戸はほとほと気が重くなる。
 だからせめて、一緒にはいるが街中に出るのは勘弁しろと言ってみた所、鳳の妥協案はこうだった。
「うちにきませんか?」
 家族の人はと言いかけた宍戸に、畳み掛けていくような鳳の言葉はよどみなかった。
 弁護士の父親はクリスマスなど関係なく多忙で、姉は当然のように彼氏の所で二人で過ごす。
 寂しがりつつも、残った母と祖母は家中のクリスマス装飾やケーキ作りに夢中でいる事。
 来客者がいるのなら、それを本当に心待ちにしている事。
「宍戸さんのお家でもクリスマスします?」
「いや? まあ、彼女と過ごす兄貴以外は、顔合わせてケーキ食ってってところだろ」
「じゃあ…あまり遅くならないようにしますから。俺の部屋で一緒にクリスマスっていうのは、どうですか?」
「……まあ…いいけど?」
 人目が無いなら、寧ろその方が良い。
 それで宍戸はこの案を了承して、鳳の家に行く事にしたのだった。



 クリスマスイブ当日、終業式を終え鳳との待ち合わせ場所である昇降口へと宍戸が向かうと、そこには携帯で誰かと話をしている鳳の姿があった。
 珍しく、何かに驚いているようなリアクションが遠目にも見て取れる。
「………………」
 しかし宍戸に気付くと鳳はたちまち笑顔になって、一言二言何かを言って、さっさと電話をきってしまった。
「……んな慌ててきらなくても構わねーよ」
「ちょうど話が終わった所で」
 本当か嘘かは宍戸の知らぬ所だ。
 だが鳳が、でも、と言葉を続けたので。
 その、ちょっと微苦笑を浮かべるような表情が気になって。
 宍戸は眉間を歪める。
「何だよ?」
「すみません」
「何が」
「一つ野暮用が出来ちゃいました。少しだけ寄り道…付き合ってくれますか?」
 そんな風に、おっとりと微笑まれて言われれば。
 詳しく聞く前からもう頷いてやりたくもなる。
 クリスマスイブ。
 こうなったらもうとことん付き合ってやろうじゃねえかという心持で、宍戸は片手で鳳を促した。
「行くぞ」
「はい」
 素直な頷きと、ふいに大人びる笑みとで、鳳は宍戸と並び、歩き出す。
「どこに寄るって?」
「花屋です」
「花?」
「はい。母が大量に注文したらしくて。取ってこいって」
「へえ……」
「すみません。つき合わせて」
「別に花屋寄るくらいで、すみませんも何もねーよ」
 花屋に寄るくらい。
 宍戸は、確かにそう思って言ったのだが、実際到着した花屋で用意されていたものを見て思わず絶句した。
「…………………」
「………すみません。無類の花好きなんです。うちの親」
 鳳が決まり悪そうな苦笑いを浮かべたのにも絶句したまま、宍戸は鳳が両腕で抱え込んで持ち上げた花束を見つめる。
 純白の花束。
 白薔薇だ。
「…………す…げー…な…」
 長身の鳳が埋もれて見えそうな程の薔薇。
 そして。
「ホワイトクリスマスがテーマだとか言ってましたからね……ホワイトマスターピース二百四十本」
「…………………」
 宍戸は、その薔薇にも勿論驚いたが、それよりももっと驚愕したのは、二百四十本の白薔薇を抱えても欠片も遜色ない鳳自身にだ。
 行きましょう、と促して微笑む優しげな表情で鳳は宍戸を見つめてから歩き出した。
「ブランカーセっていうらしいですよ。こういう透明感のない肉厚な花びらの白の事。こわれた白って意味だとか」
 白薔薇の香りは、涼しい甘さで、冷気に溶ける。
 クリスマスイブ。
 制服姿で数百本の薔薇の花を抱え込む鳳の姿は、はっきりいって凄まじく注目を集めているが、宍戸はこれを悪目立ちとは思わなかった。
 集まる視線も感嘆に満ちたものばかりで、要は鳳は溶け込んでいる。
 いっそ非日常的な薔薇の花の中に。
 こんな真似がさらりと出来る奴もそういないだろうと、宍戸もいっそ敬服する。
 宍戸がそんな事を思っていると。
 徐に、鳳の歩調が遅くなり、そして。
 立ち止まった。
 どうしたのかと宍戸もそれに倣って足を止める。
「………長太郎?」
「宍戸さん……」
「何だよ?」
「俺、宍戸さんにお願いがあるんですけど」
「……お願い?」
 クリスマスプレゼントでもねだるのか?と宍戸が言うと、そんな感じですと鳳は言った。
 突然思い立ったみたいに何を言い出す気になったのかと、宍戸が鳳の言葉を待っていると。
 鳳は宍戸にゆっくり向き合った。
「これ……俺の家まで持って貰えますか」
「……は? どこがクリスマスプレゼント…」
「最初に花屋でこれ見た時からずっと思ってたんです」
「長太郎?」
「宍戸さんに似合う。宍戸さんが持ってる所が見たいです」
「………馬鹿かお前」
 こんな大量の白薔薇抱えて似合うのはお前くらいだと呆れて。
 宍戸は溜息をついたのだが、鳳は引かなかった。
「白も、薔薇も、宍戸さんが似合います」
「……お前なあ…」
「結構重くて……それは申し訳ないなって思うんですけど……でも、宍戸さんが持ってる所が見たいです」
 クリスマスに。
 そう言って秀麗に笑んだ男の顔に、結局宍戸は弱い。
「……しょうがねぇな」
「宍戸さん」
「…………露骨に嬉しそうな顔するな」
「だって嬉しいです」
 気をつけて、と二百四十本の白薔薇が鳳の手から宍戸へと手渡される。
 結構重いと言った鳳の言葉はあながち過剰表現などではなく、重い花束など初めて手にした宍戸の腕に、それはずっしりときた。
「………………」
 馥郁とした白薔薇の香りごと受け取った花束を抱えて、宍戸が鳳を見上げると。
 鳳の目は宍戸を見据えていた。
「……長太郎…?」
「ありがとうございます」
「………何が」
「綺麗で」
「……………」
「勿体無いくらいのイブだなあと」
「アホ」
 照れ隠しからではなく、宍戸は悪態をついた。
「いい加減お前が俺見て綺麗だとか言うの、どうにかしろって本気で思うけどよ。勿体無いって何だよ」
「宍戸さん?」
 こんなことを言うのは。
 別にクリスマスのせいだからじゃない。
「俺は」
「…………………」
「お前でなきゃダメなんだよ」
 薔薇は古代エジプトの沈黙の神の象徴だと聞いた事があるが、言わないと伝わらない事もあるのだ。
「宍戸さん、」
 薔薇が邪魔して近づけない。
 一瞬もどかしそうな顔をした鳳の表情に。
 宍戸は。
「これ持ってるうちはお預けだな」
 白薔薇の中、笑った。
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