How did you feel at your first kiss?
氷帝学園の敷地内に、この時期、三色に染まる空間がある。
樹齢数百年の、カエデとイチョウの大樹がそれぞれ一本ずつ、抜けるような青空に向かって伸びている。
その二つの木の狭間から頭上を見上げると、カエデの真紅と、イチョウの黄金、空の淡青がいっぺんに視界に飛び込んでくるのだ。
その絶景を眺められる特等席であるベンチを巡る争奪戦はなかなかに凄まじい。
取り分け、二本の大樹の間にあるアンティーク調のアイアンベンチは、様々な言い伝えが実しやかに囁かれている恋人達のベンチとして、あまりにも有名だった。
氷帝の生徒なら誰でも知っている。
「…………………」
宍戸はそのベンチに一人で座っている男の姿に気付いた時、思わず足を止めた。
目を瞠り、そして不機嫌になる。
「…………………」
ベンチに背を凭れかけさせ、頭上を見上げているのは、宍戸をここに呼んだ鳳だ。
交互に静かに折り重なるように。
ひらり、ひらり、と。
ひどくゆったりと落ちてくる赤と黄の葉を、端整な顔で見上げ、そこにいる氷帝の生徒達からの視線に全く頓着していない後輩の姿に。
宍戸は嘆息する。
「…宍戸さん」
「…………………」
その上、宍戸に気付いて。
紅葉して降ってくる葉の中から、柔和で甘い笑顔を浮かべた鳳に、宍戸は背を向けようとし、敢え無く失敗した。
「宍戸さん!」
こっちに来て下さい、とあくまでやわらかくよく通る声に促され、宍戸はもう、どうしろっていうんだと眉根を寄せるしかない。
カップル限定のベンチだそこは。
宍戸ですら知っている。
「宍戸さん」
「…………………」
鳳は、宍戸がそこに行くまで呼ぶ気らしかった。
「…………ありえねえだろ……」
思わず宍戸の口をついて出たのはそんな言葉だ。
どれだけ注目を浴びてるのか、鳳は判っているのかと肩越しに宍戸が睨み据えた先。
そこに居たのは。
振り返った宍戸に対して、嬉しげに微笑んだ男の顔だった。
「……、……っ……」
何事か低く悪態をついて。
宍戸は荒く鳳の元へ歩み寄った。
足元で落ち葉を踏みしめる秋の音がした。
「綺麗ですよ」
「…………………」
どうぞ、と言うように手が伸ばされ、ベンチに座らされそうになって。
宍戸はぶっきらぼうに逆らった。
「出来るかアホ…!」
「どうして?」
綺麗ですから、と尚も促してくる鳳の顔を見下ろしながら、宍戸は舌打ちする。
「オマエなぁ……」
「はい?」
「このベンチがどういうベンチだか知らねえのかよ?」
「たくさん謂れがあるみたいですね。ここで告白するとうまくいくとか、二人で一緒にここに座るとこの先ずっと付き合っていけるとか」
「………知ってんならこんな真似すんな」
「知ってるから」
鳳が、やんわりと宍戸の言葉を遮った。
「だから宍戸さんを待ってました」
「………………」
「座っては…貰えないですか…?……」
「……っ…、…くそ……」
この馬鹿っ、と毒づき、吐き捨てて。
宍戸は、座った。
半ば自棄気味に、どっかり腰を下ろし、腹はたつし羞恥は募るし、どうしてこんな真似しなけりゃならないんだと胸の前で両腕を組んで鳳を横目で睨みつける。
いったい周りからどういう目で見られているのかを考えると、ほとほと空恐ろしい。
だからその分も鳳を睨み据える事に全力を注ぐ宍戸を、長身で温厚な後輩は、細めた目で見返し微笑するだけだ。
壮烈な面立ちに甘い表情をのせる独特の存在感で、鳳は宍戸しか見ていない。
気にしていない。
いっそ宍戸が呆れるほどに鮮やかに。
「………………」
もう好きにしてくれと宍戸も腹をくくった。
振り仰いだ秋の青い空。
両側から侵食し合うようにその青を埋める赤と黄の葉の色。
イチョウはくるりと回転しながら落ちてくる。
カエデはふわりと地上に被さるように落ちてくる。
それを下から見上げる様は確かに絶景だった。
「綺麗ですね」
「………ああ……」
「宍戸さんがですよ…」
「…、ふざけんなアホ…ッ…!」
もうほんとばか。
脱力する宍戸は、がっくりと肩を落とした。
もうどこまで聞かれてるか知らないが、とんだバカップルじゃねえかと、宍戸は鳳を横目で睨みつけた。
「勿論紅葉も綺麗だし」
「………ああ、そーかい」
「来年は一緒に見るの難しいかもしれないから」
「………………」
宍戸が高等部に上がる来年は。
鳳の言うように、ここで二人で紅葉を見る事は難しいに違いない。
ふう、と宍戸は溜息を吐き出した。
「綺麗なものとか、楽しいこととか。しんどいこととか、苦しいこととか」
「………………」
「俺は全部、宍戸さんと一緒に、見たりしたりしたいです」
本当は。
全部一緒だなんて無理な話だと。
宍戸は勿論、鳳だって判っているに違いない。
それでも、それならせめて、一つでも多く、と。
そう願う事は出来るのだ。
十を望んで努力した人間は、八を手に入れる事が出来るけれど。
五を望んで努力をしても、決して八を手に入れることは出来ない筈だから。
最初に全部を、と望めば。
全部に近い数を手に入れられるかもしれない。
「………おい。まさか来月クリスマスも、どこかベタな所で何かしでかす気じゃねえだろうな」
「だめですか」
至極あっさりとそう言って、鳳は遠慮がちに微笑む。
「いやですか?」
でもその後すぐに、こんな風に囁くのはずるい。
伺うような感じはなくて、でもすごく優しくて、少し気落ちして。
宍戸が一瞬息を詰め、鳳はそこにやんわりと切り込んできた。
「初日の出も一緒に見たいです」
「………どうしてそう浮くようなとこばっかり行きたがんだよ。オマエ」
カップルしかいねえようなとこ、と宍戸が憂鬱そうに言えば、鳳は即答する。
「浮きませんよ」
「…………………」
「どうして浮くんですか」
嗜め、言い聞かせるような口調が甘くて、宍戸はゆっくり赤くなる。
「…………………」
だめだこいつ。
そう思って。
「宍戸さん」
「………別に男同士で、クリスマスやら初日の出やらでもいいんだろうけどよ……お前が」
「俺が?」
「…………………」
「何ですか?」
「…………んでもねえよ…っ…」
お前が、の続きの言葉を宍戸は飲み込んだ。
どうせ言っても鳳には判るまい。
少しずつ大人びてくる綺麗な男。
穏やかで、優しい、その態度で。
決して流されず、諦めもせず、真摯に宍戸だけを見つめてくる、そんな鳳と居ると。
宍戸も、気持ちを無駄に揺らがすのは止めようという気になった。
卑屈になったり、やましく思う事はない。
自分達が手にしているのは、あくまでも、互いへの幸い多い恋愛感情だ。
樹齢数百年の、カエデとイチョウの大樹がそれぞれ一本ずつ、抜けるような青空に向かって伸びている。
その二つの木の狭間から頭上を見上げると、カエデの真紅と、イチョウの黄金、空の淡青がいっぺんに視界に飛び込んでくるのだ。
その絶景を眺められる特等席であるベンチを巡る争奪戦はなかなかに凄まじい。
取り分け、二本の大樹の間にあるアンティーク調のアイアンベンチは、様々な言い伝えが実しやかに囁かれている恋人達のベンチとして、あまりにも有名だった。
氷帝の生徒なら誰でも知っている。
「…………………」
宍戸はそのベンチに一人で座っている男の姿に気付いた時、思わず足を止めた。
目を瞠り、そして不機嫌になる。
「…………………」
ベンチに背を凭れかけさせ、頭上を見上げているのは、宍戸をここに呼んだ鳳だ。
交互に静かに折り重なるように。
ひらり、ひらり、と。
ひどくゆったりと落ちてくる赤と黄の葉を、端整な顔で見上げ、そこにいる氷帝の生徒達からの視線に全く頓着していない後輩の姿に。
宍戸は嘆息する。
「…宍戸さん」
「…………………」
その上、宍戸に気付いて。
紅葉して降ってくる葉の中から、柔和で甘い笑顔を浮かべた鳳に、宍戸は背を向けようとし、敢え無く失敗した。
「宍戸さん!」
こっちに来て下さい、とあくまでやわらかくよく通る声に促され、宍戸はもう、どうしろっていうんだと眉根を寄せるしかない。
カップル限定のベンチだそこは。
宍戸ですら知っている。
「宍戸さん」
「…………………」
鳳は、宍戸がそこに行くまで呼ぶ気らしかった。
「…………ありえねえだろ……」
思わず宍戸の口をついて出たのはそんな言葉だ。
どれだけ注目を浴びてるのか、鳳は判っているのかと肩越しに宍戸が睨み据えた先。
そこに居たのは。
振り返った宍戸に対して、嬉しげに微笑んだ男の顔だった。
「……、……っ……」
何事か低く悪態をついて。
宍戸は荒く鳳の元へ歩み寄った。
足元で落ち葉を踏みしめる秋の音がした。
「綺麗ですよ」
「…………………」
どうぞ、と言うように手が伸ばされ、ベンチに座らされそうになって。
宍戸はぶっきらぼうに逆らった。
「出来るかアホ…!」
「どうして?」
綺麗ですから、と尚も促してくる鳳の顔を見下ろしながら、宍戸は舌打ちする。
「オマエなぁ……」
「はい?」
「このベンチがどういうベンチだか知らねえのかよ?」
「たくさん謂れがあるみたいですね。ここで告白するとうまくいくとか、二人で一緒にここに座るとこの先ずっと付き合っていけるとか」
「………知ってんならこんな真似すんな」
「知ってるから」
鳳が、やんわりと宍戸の言葉を遮った。
「だから宍戸さんを待ってました」
「………………」
「座っては…貰えないですか…?……」
「……っ…、…くそ……」
この馬鹿っ、と毒づき、吐き捨てて。
宍戸は、座った。
半ば自棄気味に、どっかり腰を下ろし、腹はたつし羞恥は募るし、どうしてこんな真似しなけりゃならないんだと胸の前で両腕を組んで鳳を横目で睨みつける。
いったい周りからどういう目で見られているのかを考えると、ほとほと空恐ろしい。
だからその分も鳳を睨み据える事に全力を注ぐ宍戸を、長身で温厚な後輩は、細めた目で見返し微笑するだけだ。
壮烈な面立ちに甘い表情をのせる独特の存在感で、鳳は宍戸しか見ていない。
気にしていない。
いっそ宍戸が呆れるほどに鮮やかに。
「………………」
もう好きにしてくれと宍戸も腹をくくった。
振り仰いだ秋の青い空。
両側から侵食し合うようにその青を埋める赤と黄の葉の色。
イチョウはくるりと回転しながら落ちてくる。
カエデはふわりと地上に被さるように落ちてくる。
それを下から見上げる様は確かに絶景だった。
「綺麗ですね」
「………ああ……」
「宍戸さんがですよ…」
「…、ふざけんなアホ…ッ…!」
もうほんとばか。
脱力する宍戸は、がっくりと肩を落とした。
もうどこまで聞かれてるか知らないが、とんだバカップルじゃねえかと、宍戸は鳳を横目で睨みつけた。
「勿論紅葉も綺麗だし」
「………ああ、そーかい」
「来年は一緒に見るの難しいかもしれないから」
「………………」
宍戸が高等部に上がる来年は。
鳳の言うように、ここで二人で紅葉を見る事は難しいに違いない。
ふう、と宍戸は溜息を吐き出した。
「綺麗なものとか、楽しいこととか。しんどいこととか、苦しいこととか」
「………………」
「俺は全部、宍戸さんと一緒に、見たりしたりしたいです」
本当は。
全部一緒だなんて無理な話だと。
宍戸は勿論、鳳だって判っているに違いない。
それでも、それならせめて、一つでも多く、と。
そう願う事は出来るのだ。
十を望んで努力した人間は、八を手に入れる事が出来るけれど。
五を望んで努力をしても、決して八を手に入れることは出来ない筈だから。
最初に全部を、と望めば。
全部に近い数を手に入れられるかもしれない。
「………おい。まさか来月クリスマスも、どこかベタな所で何かしでかす気じゃねえだろうな」
「だめですか」
至極あっさりとそう言って、鳳は遠慮がちに微笑む。
「いやですか?」
でもその後すぐに、こんな風に囁くのはずるい。
伺うような感じはなくて、でもすごく優しくて、少し気落ちして。
宍戸が一瞬息を詰め、鳳はそこにやんわりと切り込んできた。
「初日の出も一緒に見たいです」
「………どうしてそう浮くようなとこばっかり行きたがんだよ。オマエ」
カップルしかいねえようなとこ、と宍戸が憂鬱そうに言えば、鳳は即答する。
「浮きませんよ」
「…………………」
「どうして浮くんですか」
嗜め、言い聞かせるような口調が甘くて、宍戸はゆっくり赤くなる。
「…………………」
だめだこいつ。
そう思って。
「宍戸さん」
「………別に男同士で、クリスマスやら初日の出やらでもいいんだろうけどよ……お前が」
「俺が?」
「…………………」
「何ですか?」
「…………んでもねえよ…っ…」
お前が、の続きの言葉を宍戸は飲み込んだ。
どうせ言っても鳳には判るまい。
少しずつ大人びてくる綺麗な男。
穏やかで、優しい、その態度で。
決して流されず、諦めもせず、真摯に宍戸だけを見つめてくる、そんな鳳と居ると。
宍戸も、気持ちを無駄に揺らがすのは止めようという気になった。
卑屈になったり、やましく思う事はない。
自分達が手にしているのは、あくまでも、互いへの幸い多い恋愛感情だ。
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