How did you feel at your first kiss?
跡部がキスを使うようになった。
キスをするんじゃなくて、キスを使う。
例えばいつもするような言い争いで、神尾が激昂して怒っていると。
仕方ねえなと呆れた跡部がキスを使う。
舌先を浅く入れて、音をさせ、ちょっと甘めのキスを使われ、神尾がぐったりしかけると。
跡部は唇を離し、どこか皮肉な笑みを浮かべて、神尾の顔を眺め下ろしている。
例えば今日はヤダと跡部の腕から逃げる神尾にキスを使って。
散々煽るようなキスを、そのくせあっさり終わらせて。
これでもまだ嫌か?と露骨にからかう言葉で結局神尾の方から強請らせたりする。
例えば約束をドタキャンされて、消沈して拗ねたくもなる状態の神尾に跡部はキスを使って。
これで機嫌直ったかよと、何だかひどく単純みたいな扱いで、言うだけ言ってそこからいなくなる。
例えば。
「………キリないし」
神尾は溜息を吐き出した。
考えてみると、こんなことばかりだった。
言われるまでもなく、神尾は跡部にキスされるのに弱くて。
怒っていたり、嫌だったり、哀しんだり、落ち込んだりしている時。
いくら言葉を尽くしてもそういう感情が晴れない時。
跡部のキスで丸め込まれたり、誤魔化されたりした事が、決して少なくないのだ。
単純な奴、と跡部に呆れられるのは悔しかったが、実際キスをされると神尾は駄目になってしまう。
跡部のキスひとつで駄目になる。
「………絶対に跡部の奴…俺なんか、ちょろいとか思ってんだぜ…」
言って自分で落ち込んだ。
跡部のキスが好きだけれど。
でもキスを使われるのは好きじゃない。
神尾は最近それを考えて鬱々する。
キスを使われているのだと、思い当たった時から毎日その事を考えている。
「……何ブツブツ言ってやがる」
「………………」
真上から声が降ってくる。
神尾は膝を抱え込むようにしてしゃがみこんだ体勢で、顔を上げた。
待ち合わせ相手の跡部がいる。
制服を着ていても、つくづく中学生離れした顔立ちだと思う。
今日は跡部が時間通りに来た事を、神尾は跡部の身体の向こうに見える駅前の電光掲示の時刻で知る。
跡部の遅刻が原因の言い争いにも、よく使われる。
キス。
「………………」
神尾は膝に手を置いて立ち上がった。
「鬱陶しいツラしてんなあ…お前」
「………………」
いきなり跡部にそう言われた。
腹がたつより哀しくなった。
「何ヘソ曲げてんだよ」
「曲げてない」
「曲げてんだろ」
「違う。考え事」
「……ハ、お前が考え事?」
「悪いかよ」
喧嘩腰にでなく神尾が返すと、跡部はちょっと嫌な笑い方をした。
「精々たかが知れてるがな。お前の考え事じゃ」
「………だったらなんだよ」
「くっだらねえことだろ。どうせ」
ヘソ曲げてんのどっちだよ、とふと神尾は思った。
食って掛かるような剣幕ではなく、跡部は時々、こんな風に神尾に絡む。
よほど自分が跡部に見下されているんだろうと思うような感じで。
今だって、会うなりいきなりこんなだ。
やけにつっかかってくるような跡部に、いつもならいくらだって言い返せる神尾も、今日は何だか胸がつかえて言葉が出てこない。
何も顔をあわせるなりこんな所で言い争う事もないだろうに。
「お前が考える事なんざ、どうせたいしたレベルの話じゃねえんだから、いい加減その鬱陶しい顔どうにかしろ」
うんざりした跡部の声に、どうせ本当にそうなのだからと神尾は心の中だけで言った。
神尾がここ数日、ずっと考え込んでいる事なんか、くだらないのだ。
本当に。
どうしようもなく。
でも、と神尾は思った。
そう思ったら、口に出さなかった言葉の代わりみたいに、瞳から涙を零してしまった。
跡部を見据えたまま。
「…………、…っ………」
「…………………」
跡部が息を詰めたのを、神尾はぼんやり見つめる。
何をそんな慌てたみたいな。
ぎょっとしたような顔を跡部がしているのか。
「…………………」
瞬くと涙が頬に落ちていく感触がする。
神尾はそのまま跡部をじっと見上げて。
「……てめえ、何泣いて」
「………………」
「……、……来い」
引っ手繰るようにして手首を掴まれ、跡部に引きずられていく。
今日は跡部の用事が何かあって、出かける事にした筈なのに。
何故か駅前から神尾が連れて行かれたのは跡部の家だった。
舌打ちと一緒に、跡部の部屋のソファに身体を投げられて。
そんな荒っぽい跡部の仕草も、ふんわりと柔らかいソファは全て吸い込んだ。
「だから何考えてそんなツラしてんのか、話してみろって言ってんだろうが。さっきから」
「………………」
頭悪いのはどっちだよと、神尾は普段跡部に言われている台詞を思い出した。
話してみろって思ってるなら、そう言えばいい。
どう思い起こしたって、跡部は一度もそんな事を言っていない。
「神尾!」
「……もう跡部とキスしない」
それでも話せと言われたから、神尾は神尾で答えたのに。
神尾は跡部に、今まで見たことのないようなきつい表情で睨みつけられ胸倉を掴まれた。
「てめえ………」
「もうやだ」
「ふざけんな…!」
跡部の怒声がビリビリと鼓膜を刺激して、神尾は身を竦めながらもそのまま覆い被さってきた跡部に腕を突っ張った。
「もう、キス、やだ…!」
「そんなてめえの言い草」
「そういうの、やだ…っ…」
「聞く訳ねえだろうが……ッ!」
激怒している跡部を、神尾は不思議と怖いとは思わなかった。
怒っているというより、焦っているような乱れを跡部から感じたからだ。
強引にでも口付けられそうになって、神尾は跡部の胸元にもぐるように顔を埋めた。
「……、神尾?」
だって跡部のキスが好きなのだ。
だからそのキスを使われるのが嫌で、普通の、使われないキスなら、してと強請ってもいいくらい好きなのだから。
「おい………」
跡部の胸元に顔を埋めてしまった神尾に、僅かに怒りの削げたような声音で跡部が呼びかけてくる。
躊躇しているような気配がする。
神尾は跡部の胸元のシャツを両手で握り締めながら。
そこに顔を埋めて、多分たどたどしさ極まりない言葉で。
夢中で。
跡部に真意を告げる。
子供みたいに一方的に相手を詰るような言葉も使ったのに、跡部は一度も怒らなかった。
全部黙って聞いていた。
癇癪じみた勢いで神尾がひとしきり吐き出すと、いつの間にか神尾は跡部の膝の上に載せられていた。
跡部の胸に顔を伏せたまま、少しずつ落ち着いてきた神尾が狼狽を滲ませ出すと、跡部の指先が手探りするように神尾の唇に宛がわれる。
「したい時にしかしてねえよ」
「………………」
「お前を従わせられるなんて自惚れてもいない」
跡部にしては珍しい、不貞腐れたような言い方だった。
神尾の唇の表面を暫く辿った跡部の指は、そこからまた手探りで神尾の目元に辿りつく。
眦を指先で拭われた。
「いきなり泣くな」
「……跡部…」
「不意打ちで泣くんじゃねえ」
焦らせやがってと吐き捨てられて、神尾は漸く跡部の胸元から顔を上げた。
そこで目にした跡部の表情に胸が苦しくなって。
神尾はそっと跡部の唇をキスで掠めた。
「…………てめえだって使ってんじゃねえか」
「………え?……今のは…、…」
違う、と言った唇を、今度は跡部から塞がれる。
「俺だって違う」
「…………………」
「そういう事だろうが」
「………そっか………ごめん」
そうなのか、と神尾は繰り返して言う。
キスはやっぱり、使うものではなくて、するもの、してしまうもの、したいもの。
今のキスを『使った』と言われるのはショックだったから。
「……跡部、俺の言った事で、傷ついた? ごめん」
「自惚れんな」
馬鹿がと跡部は言い捨てたが。
神尾は跡部に両腕を伸ばした。
「跡部……」
「…………………」
抱き返された背中が熱くなる。
同じ力で抱き締めあって、同じ思いでキスをする。
全てが永遠に、均等につり合うのは難しい。
でもこの一瞬は確かに均等で、一瞬の積み重ねが永遠だ。
キスをするんじゃなくて、キスを使う。
例えばいつもするような言い争いで、神尾が激昂して怒っていると。
仕方ねえなと呆れた跡部がキスを使う。
舌先を浅く入れて、音をさせ、ちょっと甘めのキスを使われ、神尾がぐったりしかけると。
跡部は唇を離し、どこか皮肉な笑みを浮かべて、神尾の顔を眺め下ろしている。
例えば今日はヤダと跡部の腕から逃げる神尾にキスを使って。
散々煽るようなキスを、そのくせあっさり終わらせて。
これでもまだ嫌か?と露骨にからかう言葉で結局神尾の方から強請らせたりする。
例えば約束をドタキャンされて、消沈して拗ねたくもなる状態の神尾に跡部はキスを使って。
これで機嫌直ったかよと、何だかひどく単純みたいな扱いで、言うだけ言ってそこからいなくなる。
例えば。
「………キリないし」
神尾は溜息を吐き出した。
考えてみると、こんなことばかりだった。
言われるまでもなく、神尾は跡部にキスされるのに弱くて。
怒っていたり、嫌だったり、哀しんだり、落ち込んだりしている時。
いくら言葉を尽くしてもそういう感情が晴れない時。
跡部のキスで丸め込まれたり、誤魔化されたりした事が、決して少なくないのだ。
単純な奴、と跡部に呆れられるのは悔しかったが、実際キスをされると神尾は駄目になってしまう。
跡部のキスひとつで駄目になる。
「………絶対に跡部の奴…俺なんか、ちょろいとか思ってんだぜ…」
言って自分で落ち込んだ。
跡部のキスが好きだけれど。
でもキスを使われるのは好きじゃない。
神尾は最近それを考えて鬱々する。
キスを使われているのだと、思い当たった時から毎日その事を考えている。
「……何ブツブツ言ってやがる」
「………………」
真上から声が降ってくる。
神尾は膝を抱え込むようにしてしゃがみこんだ体勢で、顔を上げた。
待ち合わせ相手の跡部がいる。
制服を着ていても、つくづく中学生離れした顔立ちだと思う。
今日は跡部が時間通りに来た事を、神尾は跡部の身体の向こうに見える駅前の電光掲示の時刻で知る。
跡部の遅刻が原因の言い争いにも、よく使われる。
キス。
「………………」
神尾は膝に手を置いて立ち上がった。
「鬱陶しいツラしてんなあ…お前」
「………………」
いきなり跡部にそう言われた。
腹がたつより哀しくなった。
「何ヘソ曲げてんだよ」
「曲げてない」
「曲げてんだろ」
「違う。考え事」
「……ハ、お前が考え事?」
「悪いかよ」
喧嘩腰にでなく神尾が返すと、跡部はちょっと嫌な笑い方をした。
「精々たかが知れてるがな。お前の考え事じゃ」
「………だったらなんだよ」
「くっだらねえことだろ。どうせ」
ヘソ曲げてんのどっちだよ、とふと神尾は思った。
食って掛かるような剣幕ではなく、跡部は時々、こんな風に神尾に絡む。
よほど自分が跡部に見下されているんだろうと思うような感じで。
今だって、会うなりいきなりこんなだ。
やけにつっかかってくるような跡部に、いつもならいくらだって言い返せる神尾も、今日は何だか胸がつかえて言葉が出てこない。
何も顔をあわせるなりこんな所で言い争う事もないだろうに。
「お前が考える事なんざ、どうせたいしたレベルの話じゃねえんだから、いい加減その鬱陶しい顔どうにかしろ」
うんざりした跡部の声に、どうせ本当にそうなのだからと神尾は心の中だけで言った。
神尾がここ数日、ずっと考え込んでいる事なんか、くだらないのだ。
本当に。
どうしようもなく。
でも、と神尾は思った。
そう思ったら、口に出さなかった言葉の代わりみたいに、瞳から涙を零してしまった。
跡部を見据えたまま。
「…………、…っ………」
「…………………」
跡部が息を詰めたのを、神尾はぼんやり見つめる。
何をそんな慌てたみたいな。
ぎょっとしたような顔を跡部がしているのか。
「…………………」
瞬くと涙が頬に落ちていく感触がする。
神尾はそのまま跡部をじっと見上げて。
「……てめえ、何泣いて」
「………………」
「……、……来い」
引っ手繰るようにして手首を掴まれ、跡部に引きずられていく。
今日は跡部の用事が何かあって、出かける事にした筈なのに。
何故か駅前から神尾が連れて行かれたのは跡部の家だった。
舌打ちと一緒に、跡部の部屋のソファに身体を投げられて。
そんな荒っぽい跡部の仕草も、ふんわりと柔らかいソファは全て吸い込んだ。
「だから何考えてそんなツラしてんのか、話してみろって言ってんだろうが。さっきから」
「………………」
頭悪いのはどっちだよと、神尾は普段跡部に言われている台詞を思い出した。
話してみろって思ってるなら、そう言えばいい。
どう思い起こしたって、跡部は一度もそんな事を言っていない。
「神尾!」
「……もう跡部とキスしない」
それでも話せと言われたから、神尾は神尾で答えたのに。
神尾は跡部に、今まで見たことのないようなきつい表情で睨みつけられ胸倉を掴まれた。
「てめえ………」
「もうやだ」
「ふざけんな…!」
跡部の怒声がビリビリと鼓膜を刺激して、神尾は身を竦めながらもそのまま覆い被さってきた跡部に腕を突っ張った。
「もう、キス、やだ…!」
「そんなてめえの言い草」
「そういうの、やだ…っ…」
「聞く訳ねえだろうが……ッ!」
激怒している跡部を、神尾は不思議と怖いとは思わなかった。
怒っているというより、焦っているような乱れを跡部から感じたからだ。
強引にでも口付けられそうになって、神尾は跡部の胸元にもぐるように顔を埋めた。
「……、神尾?」
だって跡部のキスが好きなのだ。
だからそのキスを使われるのが嫌で、普通の、使われないキスなら、してと強請ってもいいくらい好きなのだから。
「おい………」
跡部の胸元に顔を埋めてしまった神尾に、僅かに怒りの削げたような声音で跡部が呼びかけてくる。
躊躇しているような気配がする。
神尾は跡部の胸元のシャツを両手で握り締めながら。
そこに顔を埋めて、多分たどたどしさ極まりない言葉で。
夢中で。
跡部に真意を告げる。
子供みたいに一方的に相手を詰るような言葉も使ったのに、跡部は一度も怒らなかった。
全部黙って聞いていた。
癇癪じみた勢いで神尾がひとしきり吐き出すと、いつの間にか神尾は跡部の膝の上に載せられていた。
跡部の胸に顔を伏せたまま、少しずつ落ち着いてきた神尾が狼狽を滲ませ出すと、跡部の指先が手探りするように神尾の唇に宛がわれる。
「したい時にしかしてねえよ」
「………………」
「お前を従わせられるなんて自惚れてもいない」
跡部にしては珍しい、不貞腐れたような言い方だった。
神尾の唇の表面を暫く辿った跡部の指は、そこからまた手探りで神尾の目元に辿りつく。
眦を指先で拭われた。
「いきなり泣くな」
「……跡部…」
「不意打ちで泣くんじゃねえ」
焦らせやがってと吐き捨てられて、神尾は漸く跡部の胸元から顔を上げた。
そこで目にした跡部の表情に胸が苦しくなって。
神尾はそっと跡部の唇をキスで掠めた。
「…………てめえだって使ってんじゃねえか」
「………え?……今のは…、…」
違う、と言った唇を、今度は跡部から塞がれる。
「俺だって違う」
「…………………」
「そういう事だろうが」
「………そっか………ごめん」
そうなのか、と神尾は繰り返して言う。
キスはやっぱり、使うものではなくて、するもの、してしまうもの、したいもの。
今のキスを『使った』と言われるのはショックだったから。
「……跡部、俺の言った事で、傷ついた? ごめん」
「自惚れんな」
馬鹿がと跡部は言い捨てたが。
神尾は跡部に両腕を伸ばした。
「跡部……」
「…………………」
抱き返された背中が熱くなる。
同じ力で抱き締めあって、同じ思いでキスをする。
全てが永遠に、均等につり合うのは難しい。
でもこの一瞬は確かに均等で、一瞬の積み重ねが永遠だ。
PR
この記事にコメントする
カテゴリー
アーカイブ
ブログ内検索
カウンター
アクセス解析