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How did you feel at your first kiss?
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 レギュラー落ちが言い渡された時の宍戸は平静だった。
 動じた様子はまるでなく、かといって無気力だとか、投げやりだったという感じもない。
 真直ぐ前を向いて、準レギュラーのコートへ向かっていった。
 そうやって向けられた背中は。
 それでも鳳の目には痛ましかった。
 その感情は、同情ではなく同調に近かった。
 自分のもののように、宍戸の心情は、鳳の感情を伝わってくる。
 宍戸は悔しさを、吐き出せないのではなく、今は、吐き出さないでいると鳳には思えた。
 何の為にそうしているのかは、すぐに。
 その日の夕刻過ぎに、鳳の知るところになった。
 練習を終えて、宍戸に声をかけられた。
 宍戸の後について鳳が向かった先は、ナイター設備が整っているのも関わらず、その時は暗がりのままのテニスコートだった。
 ネットを挟んで、コートに対峙した宍戸の表情はきつかった。
 だからこそ、話し出すきっかけを鳳の方からそっと口にした。
 その時、鳳は微笑んでさえいたのだが。
 宍戸の話を聞いていく過程で、その表情は一変した。
「、そんな話呑めるわけないでしょう…!」
 鳳の怒声の珍しさにか、宍戸は一瞬、やけに幼い表情をした。
 片首をかすかに傾げた。
 それでもすぐに宍戸の面立ちは引き締められたが、見慣れないそんな仕草は、いつまでも鳳の脳裏に強い印象を残した。
 消えない故に治まるものも治まらず、鳳は宍戸の言葉に畳み掛けて返答する。
 しかし宍戸も引きはしなかった。
「宍戸さん」
「呑んで貰う」  
「スカッドをラケットを持っていない宍戸さんに向かって打てって言うんですか?」
「そうだ」
「そんな真似が俺に出来る訳、」
「俺は負けたままで終わりたくない」
 次第に強くなる鳳の口調を遮って、きっぱりと宍戸は言った。
「このままでいたくない」
「宍戸さん」
「俺は勝ちたい」
「…待って下さい。宍戸さん」
「何もしないでいるなんて耐えられない」
「だからって……!」
 何で、と言った鳳の言葉は途中で掠れた。
 何でそんな方法で、と鳳は問いたかった。
 しかし宍戸は続くのは違う言葉だと思ったらしく、ネット越しに鳳との距離を僅かに詰めてきた。
「何でお前かって?」
 悲壮な面持ちの鳳に、宍戸はかすかに笑みを見せた。
 ネットを握り締めている宍戸の指が、震えて見えた。
「頭下げてでも、今の俺が頼みたいのはお前だけだ」
「……、…止め…」
 宍戸に、本当に、頭を下げかけられて、鳳は慌てた。
 思わず手を伸ばし、宍戸の肩を掴んでそれを止めさせる。
「止めてください。そんな真似」
 どうしてそんな事までと。
 叫び出したい衝動で、胸が痞える。
 宍戸の肩を掴んだ鳳の手に無意識の強い力が籠もり、宍戸が眉根を寄せた。
 それすらもう目に入らず、鳳は、胸でも喉でも、そこで息苦しく痞え出したものを振り払いたくて吐き出した。
「俺が、宍戸さんを好きだってこと、知ってますよね」
 尊敬だけでなく。
 先輩というだけでなく。
「……だからですか」
 それなら、俺なら、何でも言う事聞くと思ったんですか、と言った声は。
 鳳自身がびっくりするほど冷たかった。
「だからなんですか? 宍戸さん」
 ひどく残酷で自虐的な気分になった。
 鳳は宍戸の肩を掴む手に自分の意思で更に力を込める。
 自分が悔しいのか寂しいのか判らず、歯を食いしばったまま鳳は、宍戸を睨み据え、そこで息をのむ。
「………………」 
 暗がりで見つめた宍戸の怜悧な眼差しに、涙が浮かんでいく。
 ゆっくりと。
「………………」
 その事が、彼自身、どうしようもなく悔しいようで。
 絶対に涙を零すまいとして目を見開いているせいなのか、瞳の中で潤みながら揺らいでいく涙の様すらつぶさに見てとれた。
「………どうして…」
「………………」
「泣いたりするんですか…」
 愕然とした問いかけの言葉が駄目押ししたかのように、零れそうで零れないでいた震える雫が、とうとうその瞳の中から落下する。
 糸のように細く落ちていった涙はあまりにも綺麗すぎて。
 涙を湛えても、そして零しても、鳳を睨みつけてくるような宍戸の目のきつさはそのままで。
 泣いていても強い、その屈強な痛々しさに、胸が潰される。
「……宍戸さん」
「…………お前も…」
「…俺…? 何ですか?」
「お前も………だから…なのか?」
 涙の絡みついた睫毛が伏せられ、そんな一度の瞬きからですら、もう鳳は目が離せない。
「宍戸さん?………」
「俺が…お前を好きなの判ってて」
「…………え…?」
「知ってて、そういう…」
 泣かせたのは、自分なのかと。
 鳳は今更のように宍戸の顔を見て思った。
 何か叫び出してしまいそうな衝動が冷たく身体を突き抜けて、咄嗟にネット越しに宍戸の身体を抱き寄せる。
 抗いはせずに鳳の胸におさまった宍戸の身体は薄く感じた。
 痩せたのだと、間近に見下ろした首筋の細さに知る。
「お前に、俺の言う事全部きかせようなんて、思った事なんか、一度もねえよ……!」
「宍戸さん。ごめん……!」
 無理矢理に存在しもしない傲慢さをでっち上げたような己の言葉に鳳は今更のように気付いて、宍戸の身体を抱き込んだ。
 左手で宍戸の頭をかき抱き、右手で背中を引き込む。
 それでも足りなくて、唇を宍戸の髪に埋めて鳳は繰り返した。
「すみませんでした。勝手なこと言いました」
「…………………」
「傷つけたくなんかなかった……ごめん、宍戸さん、本当に」
「…………、アホ……!…」
 ぎゅっと背中のシャツが宍戸の手に握り込まれたのが判って、鳳はもう一度腕の中の身体を抱き締め直す。
 鳳は、今自分が宍戸にしたい事は何なのか、漸く判った気がした。
 今の宍戸に鳳がしたい事は、一つだけ。
 協力、したいだけだ。
「……俺を泣かせるなんて趣味悪ぃんだよお前……!」
「宍戸さん。ごめんね………」
 最初から、ちゃんと言えば良かったのだ。
「宍戸さんが好きです」
 宍戸の両肩に手をおいたまま身体を離して、鳳は宍戸を見つめた。
「俺に、手伝わせてくれますか?」
「…………………」
 強くなりたい人。
 負けたら、負けたままでいたくない人。
 だからまっすぐ前を見て、準レギュラーに交ざったあの背中を。
 自分は確かに見ていた筈なのにと。
 鳳は宍戸の目元を親指の付け根でそっと拭う。
「俺を選んでくれて、ありがとうございます」
 鳳の手にされるがまま、涙を拭われる時だけ目を閉じた宍戸も、静かに鳳を見つめた。
「…………………」
 交し合うものは、視線だけでも充分だった。
 それでもどこか引き合うように、額と額とを重ねて、一時。
 鳳と宍戸は、凪ぐような静けさを、暗がりのテニスコートで共有したのだった。
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