How did you feel at your first kiss?
乾のミスだと言って、小さく笑ったのは不二だった。
本当だ!全くだ!とそこに便乗して大笑いを始めたのが菊丸。
控えめな苦笑いをしたのが大石。
完全なる無表情だったのが手塚である。
昼休みに廊下で偶然顔を合わせたテニス部の四人のレギュラー陣。
彼らがもっか恰好のネタにしているのは、校内に響き渡る呼び出し放送の。
その声の主と、内容についてだった。
『繰り返します。二年七組。海堂…薫』
「うっわーエロイ!エロエロ!」
地団駄を踏みながら爆笑する発狂寸前の菊丸の横で、不二が軽やかに笑う。
「うーん…すごいね。乾の本気声」
「本気声って不二……」
「あれ。大石には判らない?」
「……いや。お前達の言いたいことは判るさ。判るんだが」
「無駄にエロイ!エロエロボイスの垂れ流しだにゃー乾!」
「……………英二」
右の不二に慌て、左の菊丸にもっと慌て、大石は実に忙しい。
『至急テニス部部室に』
「何故乾が海堂を部室に呼んでいる?」
「何故って手塚…」
とうとう正面の手塚にも慌て、大石はいよいよ限界が近い。
胃を押さえる仕草に哀れを感じたのか、不二と菊丸は怪訝がる手塚の両サイドを固めた。
「馬鹿だよにゃー乾は!俺たちが集まってる時に、こんな放送かけちゃってさー」
もう言い訳きかにゃーい!と菊丸は手塚の真横でケラケラ笑う。
「タカさんは今職員室だしね。乾が完璧に私用で海堂を呼んだって事は、周知の事実になっちゃったってわけだ」
「不二。だから何故乾は海堂を呼ん」
「ねえ手塚。乾が本気を出すとああいう声になるんだね」
「本気を出す?」
なんだそれはと聞く手塚をあっさりスルーして、不二は菊丸ときらびやかに盛り上がり始めた。
「なんかあんな声流しちゃってさ、ここいらの空気、ピンクくない?」
「うん。ピンクか紫かって感じだよね。英二」
「薫の前のタメがまたエロイ!」
「聞いてるこっちが恥ずかしい」
「ラブい! ラブすぎ乾! 海堂のこと全校生徒の前で口説いてるようなもんじゃんか!」
「乾らしいよねえ…」
「ねー?」
続く二人の会話に、意味が判らないんだが?と生真面目な矛先を手塚から向けられた大石は、きりきりと痛む胃に引きつりながらも手塚を嗜めるように肩に手を置く。
「気に、気にするな手塚」
『海堂薫』
「…うっわー!三度目いった!」
「切な気だねえ…乾…。放送部さしおいて美声披露しちゃって」
「超エロボイス…!俺駄目…なんかもーこれ聞いてると死ぬ…!」
「大石。乾は何回海堂を呼ぶ気」
「手塚。それは勿論来るまでじゃない?」
「……そうなのか?不二」
「たぶんね」
でも大丈夫、ほらみんな見てご覧、と不二の指先がすっと持ち上がり、廊下の奥を指し示す。
つられて全員が視線をそこに差し向ければ。
そこに見えているのはまさに今放送で呼び出しをかけられている海堂薫だった。
こちらに向かって走ってくる。
「やあ海堂」
彼が急いでいるのは誰の目にも明らかで。
しかし部の上級生が四人も揃っていれば、根が真面目な海堂がそこを素通り出来る筈がない。
まして声をかけたのは不二である。
「………っす…」
走っていた足を止めて、海堂は目礼してきた。
部活の時とは違い、バンダナをしていない黒髪の襟足が首筋からさらりと零れる。
「海堂ー。えらいなー部室まで走ってくの?」
じゃれつくような菊丸に背中から覆い被さられて海堂はぎこちなく身じろいだ。
「あの、菊丸先輩…」
「こら英二。海堂が困ってるじゃないか」
「ほーい」
大石が嗜めるとあっさり手を引いた菊丸だったが、完全に悪戯っ子の表情で、ぐいっと海堂に顔を近づける。
「全校放送で口説かれてる気分は?」
「…くど、?」
「もー照れないのー薫ちゃん!」
可愛いなあ!と菊丸に再度飛び掛られ、頭でも背中でも、かい繰り回されて。
海堂は、かといってそんな菊丸を振り払うに振り払えずされるがままだった。
「英二!」
「だって大石ー。乾がさー」
「大胆というか、策士というか、ある意味なんとも衒いがない男だよ。乾は」
「どうも俺には未だにお前達の話が判らないんだが」
海堂そっちのけで賑やかになっていく三年生達をよそに、海堂は溜息を噛み殺しながらなるべくさりげなく菊丸の腕から逃れた。
「……じゃ、悪いんですけど俺行くんで」
「なんだよー。乾ばっかじゃなくて、海堂もラブラブなんじゃん!」
そんな急ぐ事ないだろう?と絡み出した菊丸に。
海堂は急ぎますと生真面目に言った。
「早いところ行かないとやばいっすから」
「ヤバイって何が?」
海堂は、少し言葉を考えるような沈黙の後。
「……乾先輩…相当具合悪そうだから」
「乾が?」
何で?どうして?と菊丸が言えば、さっきの放送の声でわかりませんかと寧ろ不思議そうに海堂が返してくる。
「………………」
三年生達は思わず顔を見合わせた。
はっきり言って乾のあの放送の声は。
海堂の名前を繰り返した、菊丸言うところエロボイスでしかないという認識である。
「…………じゃ、すみません」
「……ああ」
「……おう」
「……じゃあにゃー」
「……いってらっしゃい」
走り出した海堂の背が、あっという間に小さくなっていくのを、三年生達は思わず揃って手を振り見送るのだった。
そしてその日乾は。
午後の授業を受けず、部活も休み、見事に早退をした。
何とはなしに三年生から、尊敬の念のこもった眼差しを、一身に浴びる海堂薫であった。
本当だ!全くだ!とそこに便乗して大笑いを始めたのが菊丸。
控えめな苦笑いをしたのが大石。
完全なる無表情だったのが手塚である。
昼休みに廊下で偶然顔を合わせたテニス部の四人のレギュラー陣。
彼らがもっか恰好のネタにしているのは、校内に響き渡る呼び出し放送の。
その声の主と、内容についてだった。
『繰り返します。二年七組。海堂…薫』
「うっわーエロイ!エロエロ!」
地団駄を踏みながら爆笑する発狂寸前の菊丸の横で、不二が軽やかに笑う。
「うーん…すごいね。乾の本気声」
「本気声って不二……」
「あれ。大石には判らない?」
「……いや。お前達の言いたいことは判るさ。判るんだが」
「無駄にエロイ!エロエロボイスの垂れ流しだにゃー乾!」
「……………英二」
右の不二に慌て、左の菊丸にもっと慌て、大石は実に忙しい。
『至急テニス部部室に』
「何故乾が海堂を部室に呼んでいる?」
「何故って手塚…」
とうとう正面の手塚にも慌て、大石はいよいよ限界が近い。
胃を押さえる仕草に哀れを感じたのか、不二と菊丸は怪訝がる手塚の両サイドを固めた。
「馬鹿だよにゃー乾は!俺たちが集まってる時に、こんな放送かけちゃってさー」
もう言い訳きかにゃーい!と菊丸は手塚の真横でケラケラ笑う。
「タカさんは今職員室だしね。乾が完璧に私用で海堂を呼んだって事は、周知の事実になっちゃったってわけだ」
「不二。だから何故乾は海堂を呼ん」
「ねえ手塚。乾が本気を出すとああいう声になるんだね」
「本気を出す?」
なんだそれはと聞く手塚をあっさりスルーして、不二は菊丸ときらびやかに盛り上がり始めた。
「なんかあんな声流しちゃってさ、ここいらの空気、ピンクくない?」
「うん。ピンクか紫かって感じだよね。英二」
「薫の前のタメがまたエロイ!」
「聞いてるこっちが恥ずかしい」
「ラブい! ラブすぎ乾! 海堂のこと全校生徒の前で口説いてるようなもんじゃんか!」
「乾らしいよねえ…」
「ねー?」
続く二人の会話に、意味が判らないんだが?と生真面目な矛先を手塚から向けられた大石は、きりきりと痛む胃に引きつりながらも手塚を嗜めるように肩に手を置く。
「気に、気にするな手塚」
『海堂薫』
「…うっわー!三度目いった!」
「切な気だねえ…乾…。放送部さしおいて美声披露しちゃって」
「超エロボイス…!俺駄目…なんかもーこれ聞いてると死ぬ…!」
「大石。乾は何回海堂を呼ぶ気」
「手塚。それは勿論来るまでじゃない?」
「……そうなのか?不二」
「たぶんね」
でも大丈夫、ほらみんな見てご覧、と不二の指先がすっと持ち上がり、廊下の奥を指し示す。
つられて全員が視線をそこに差し向ければ。
そこに見えているのはまさに今放送で呼び出しをかけられている海堂薫だった。
こちらに向かって走ってくる。
「やあ海堂」
彼が急いでいるのは誰の目にも明らかで。
しかし部の上級生が四人も揃っていれば、根が真面目な海堂がそこを素通り出来る筈がない。
まして声をかけたのは不二である。
「………っす…」
走っていた足を止めて、海堂は目礼してきた。
部活の時とは違い、バンダナをしていない黒髪の襟足が首筋からさらりと零れる。
「海堂ー。えらいなー部室まで走ってくの?」
じゃれつくような菊丸に背中から覆い被さられて海堂はぎこちなく身じろいだ。
「あの、菊丸先輩…」
「こら英二。海堂が困ってるじゃないか」
「ほーい」
大石が嗜めるとあっさり手を引いた菊丸だったが、完全に悪戯っ子の表情で、ぐいっと海堂に顔を近づける。
「全校放送で口説かれてる気分は?」
「…くど、?」
「もー照れないのー薫ちゃん!」
可愛いなあ!と菊丸に再度飛び掛られ、頭でも背中でも、かい繰り回されて。
海堂は、かといってそんな菊丸を振り払うに振り払えずされるがままだった。
「英二!」
「だって大石ー。乾がさー」
「大胆というか、策士というか、ある意味なんとも衒いがない男だよ。乾は」
「どうも俺には未だにお前達の話が判らないんだが」
海堂そっちのけで賑やかになっていく三年生達をよそに、海堂は溜息を噛み殺しながらなるべくさりげなく菊丸の腕から逃れた。
「……じゃ、悪いんですけど俺行くんで」
「なんだよー。乾ばっかじゃなくて、海堂もラブラブなんじゃん!」
そんな急ぐ事ないだろう?と絡み出した菊丸に。
海堂は急ぎますと生真面目に言った。
「早いところ行かないとやばいっすから」
「ヤバイって何が?」
海堂は、少し言葉を考えるような沈黙の後。
「……乾先輩…相当具合悪そうだから」
「乾が?」
何で?どうして?と菊丸が言えば、さっきの放送の声でわかりませんかと寧ろ不思議そうに海堂が返してくる。
「………………」
三年生達は思わず顔を見合わせた。
はっきり言って乾のあの放送の声は。
海堂の名前を繰り返した、菊丸言うところエロボイスでしかないという認識である。
「…………じゃ、すみません」
「……ああ」
「……おう」
「……じゃあにゃー」
「……いってらっしゃい」
走り出した海堂の背が、あっという間に小さくなっていくのを、三年生達は思わず揃って手を振り見送るのだった。
そしてその日乾は。
午後の授業を受けず、部活も休み、見事に早退をした。
何とはなしに三年生から、尊敬の念のこもった眼差しを、一身に浴びる海堂薫であった。
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