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How did you feel at your first kiss?
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 実に判りやすく、とても喉が痛かった。
「………風邪か…」
 宍戸は溜息をつく。
 頭痛は我慢できない程ではないのだが、喉の痛みはどうにもいただけなかった。
 しかも、大層な風邪をひいてしまいそうな妙な予感があって、宍戸は今日の部活は休むことにした。
 普段なら無理をしてでもテニスだけはする宍戸だから、昼休みに跡部にその旨を伝えると、跡部は器用に片眉を跳ね上げて言った。
「………俺にうつる前にとっとと帰れ、か」
 跡部の尊大な言い草を思い出して宍戸は苦笑いする。
 普段なら腹もたつのだが、如何せん体調が悪いらしく怒る元気がない。
 別れ際跡部は宍戸に向かって何かを投げて寄こした。
 受け止めたプラスチック容器は、ルルスプラッシュ。
 ジェルタイプの喉の痛みと腫れ止め薬だった。
 気遣われた事を思うより。
 随分都合よく跡部がこんなものを持っているという事は。
 うつすなと言いながら、ひょっとしてこれは、跡部の風邪をうつされたんだろうかと宍戸は憂いだ顔になる。
 しかしここ数日、跡部が風邪をひいていた気配は感じなかったから、要するにひき始めの対処が肝心という事だろう。
 下駄箱で靴に履き替え校舎を出ると、ここ数日でめっきりと涼しくなってきた風に吹かれた。
「宍戸さん!」
 風に乗るように。
 その声はよく聞こえた。
 宍戸が振り返ると、中庭からこちらへ向かって走ってくる鳳は、まだかなり宍戸から離れた所にいる。
 しかしそこからあっという間に宍戸の目の前にやってきたこのスピードは、まさに全力疾走に違いなかった。
「宍戸さん。具合悪いって聞きましたけど…大丈夫なんですか?」
「ああ。今はたいしたことねーんだけど、何か嫌な予感がするから今日は帰る。悪いな長太郎」
 じゃあな、と手を上げて歩き出そうとした宍戸は。
 上げた手を鳳の手に包まれた。
「………おい」
 人はいないのだが、だからといって。
 宍戸は少し眉を顰めて、長身の鳳を見上げる。
 大人びた身体の、柔和な表情。
 鳳は、じっと宍戸を見つめてくる。
「送ります」
「……………」
「……って言ったら怒りますね。宍戸さん」
「おう。判ってんなら放せ」
 言われる気はしていたから宍戸は笑った。
「別に熱はないし気にすんな。おとなしく帰って、今日はさっさと寝る」
「……………」
 鳳もまた、宍戸にそう言われるのが判っていたように、微かに笑った。
 宍戸のそれとは違い、だいぶ苦い笑い方だったが。
「…じゃあ宍戸さん。せめて」
「………、…おい」
 鳳の視線が一瞬で周囲に巡らされたのが判って、宍戸は息を詰める。
 まさか、とか。
 やめろ、とか。
 言う隙は欠片も与えず、宍戸の首の裏側に鳳の両手の指がかかる。
 左右の手の指を互い違いに組ませた手で宍戸の首を包み、仰のかせ、案の定塞がれたのは唇だった。
「ン、………」
「……………」
「…………、…ぅ」
 咄嗟に宍戸が出来たのは。
 鳳のジャージの裾を掴んだくらいで。
 押しのけようとしても、それくらいではびくともしない。
「…っ、ん、」
 優しくて真摯で実直な年下の男は、宍戸の顔をはっきりと力で固定して、何度も何度も何度もキスをした。
 優しいキスを、幾重にも幾重にも重ねてきた。
 ちいさく弾むような音とか、清潔な唇のくれる熱心な接触とか。
 繰り返されて、宍戸は声を詰まらせる。
「……せめて…うつして」
「…俺の熱まで上げさせてどうすんだお前…っ…」
 微かに唇が離れた隙間で同時に口にした言葉。
「え、あ、すみません」
「…………アホ」
 生真面目に狼狽える鳳が。
 でも結局宍戸は可愛くて。
 悪態をつきながら、一度だけ、宍戸の方から伸び上がって口付けた。
「宍戸さ、」
「帰る!」
 冗談でなく熱まで出てきたかもしれないと宍戸は思った。

 顔が熱い。
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