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How did you feel at your first kiss?
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 昨晩母親が手紙を書いていた。
 銀色のキャップのインクボトルには、ピンクともパープルともつかない不思議な色のインクが入っていて、大事にしているガラスペンで手紙をしたためていた。
 ふと顔を上げた母親は海堂に向けて、学生時代からの友人宛てなのだと言って、小さく笑みながらその手紙を持ち上げて見せた。
 そこには、何も書かれていなかった。

 甘い色合いのインクは、外国製のあぶり出し用のインクだった。
 父親が愛用してるマーベラスの炎で、試し書きした別の紙面をそっとあぶると、ゆっくりと浮かび上がってきた文字の羅列。
 滲むように。
 今までは何もなかったところに、はっきりと姿を現していく文字。
 まるで自分の頭の中のようだと海堂は思った。
 ライターの炎のような、極小さなきっかで一気にあぶり出され、形を成していく。
 一見目に見えなくても、正しい手法を使えば、こんなにも鮮やかにさらされるもの。
 暴き出された感は否めず、だからといってそれを不快と思った事は一度もない。
 自分の感情も、このインクのようなどこか甘いような色をしているのだろうかと海堂はぼんやり考えた。
 
 あの色の感情で、海堂が考えたのは、乾のことだった。
 昨夜の曖昧な羞恥をふと思い返してしまって、海堂は慌てた。
 今はトレーニング中だ。
 ましてその乾とだ。
 考え事に没頭してしまった自分が、乾に気付かれているかどうか。
 柔軟をしながらこっそり盗み見た海堂は、案の定、乾としっかりと目が合った。
「………………」
 気付かれて当然だ。
 決まり悪げに柔軟を中断した海堂に、しかし乾は意外な言葉を口にした。
 口元に当てていた彼愛用のデータノートを外して、やんわりと微苦笑して。
「気付かれたか」
「………はい…?」
「うまく隠し見てたつもりだったんだけど、やっぱり海堂は気配に敏感だな」
「…………………」
 全く思いもしていなかった事を言われて海堂は面食らう。
 その隙に、ジャージ姿の乾はノートを置いて、もう海堂の前に屈んでいた。
 両足を開いて座り、中途半端な前屈の体勢でいる海堂の正面に腰を下ろし、乾は海堂の右の足首をつかんだ。
 咄嗟に少し身体に力が入った海堂だったが、二人でする自主トレの後で、乾が海堂の筋肉をチェックすることは時々あったので、すぐに脱力する。
 ほんの僅かだけ海堂に残った緊張は、それでも相手が乾だという事以外に理由はない。
 乾の手は、手のひら全体でマッサージしていくように海堂の足首からふくらはぎまですべってくる。
「こっちのパワーアンクル、また少し外しておいたほうがいいな」
「………っす……」
 硬い手のひら。
 骨ばって長い指。
 乾の手は暖かかった。
 そんなことを心地良く海堂が思っていられたのは、乾の手が海堂の膝にかかるまでだった。
 乾の指の腹が膝裏の薄い皮膚に触れた途端、思わず海堂は息を詰めた。
 ことさらに、ゆるくそこを撫でられる。
 咄嗟に目も瞑ってしまい、海堂はその感触に耐えた。
「…乾…先ぱ…?」
「……俺があからさますぎるのか海堂が敏感すぎるのか」
「な、………」
 唇の端を引き上げて言い、乾は両手で海堂の膝を包んだ。
 乾の両方の手の指が膝裏にかかって海堂の足が竦み上がる。
 飲み水を両手ですくうようにして、海堂の膝を包み、乾はゆっくりと上体を屈めてくる。
「……、……っ……」
 膝に唇を押し当てられ、海堂は小さく声を上げた。
 舌先で舐められるのを感触で理解して、海堂は乾の肩を掴む。
「止め…、……」
「…………それは難しい…」
 なにいって、と声にならない声で海堂が訴える間に、乾の手は膝から腿へ這い上がってくる。
 どこかまだマッサージの延長のようなやり方で逆撫でされていくが、ハーフパンツを押し上げられ、足の付け根の極薄い皮膚に乾の指先が沈んできた時にはもう、海堂もそんな事を言ってはいられなくなった。
「………ッ…、…ぁ…」
 乾の肩をつかんだまま、背を丸めて小さく声を上げた海堂に、風邪が吹き付けてくるようなキスが与えられる。
「…………………」
 噛み締めた唇を掠めるだけのキスだったが、乾からの忍んだ欲情の気配に海堂はくらりと眩暈じみたものを感じた。
「………お持ち帰りしてもいいか?」
「…………知るか…っ……」
 ごめんごめん、と。
 軽い口調の割には神妙な声音で、乾は言って。
 海堂の腕を引き上げながら立ち上がった。


 あのインクの色をしているであろう海堂の感情は。
 またもや乾からの接触や言葉でもって、海堂の脳裏にはっきりとした形となってあぶり出された。
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