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How did you feel at your first kiss?
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 ここ一年、青学テニス部の持久走のワンツーフィニッシュは、手塚、海堂、という順で決まっていた。
 肩を痛めた手塚が、治療の為に部を離れて、その後は二番手は流動したが、長距離を先頭で走り終えるのは必ず海堂だった。
「………これに…関しちゃ、マジで化物、だぜ、あの…野郎…!」
 遠い背中に悪態をついた桃城に、いつの間にかするすると追いついてきていた不二が走りながらの笑顔で言った。
「ね、今日はどうしたんだろう?」
「……何が…っスか。不二先輩」
 何気に余裕ですねと桃城が見やった先で、何気に桃はバテバテだと不二は笑った。
「乾がね。二番手キープしてるんだ」
「………あ…?……あー、…みたいっすね…確かに珍し……」
「気になるから近くに行ってみようかな。桃お先」
「俺も行くっすよ…!」
「……練習前にコンビニの中華まん全種類、しかも二個ずつなんて食べたりするからだよ」
 軽やかにスピードアップした不二のすぐ後を、菊丸やら越前やら、基本的に野次馬見物が嫌いでない面々が桃城を次々と追い抜いていった。
「………くっそ……豚トロまんを三個で止めときゃ俺だって……!」
「…………部活前にその量は明らかに食べすぎだぞ桃」
「あ、大石先輩…!」
「本当に桃はよく食べるなあ」
「タカさんまで…!」
 今日の乾汁の餌食は俺なのか?!と顔面蒼白になる桃城だったが。
 レギュラー陣の誰もが何とはなしに、今日は乾汁は無しの方向でいくんじゃないかと思っている。
 何分今日の乾は、とてもそれどころではなさそうだったので。
 


 さすがに旧知の仲間。
 誰もが正しく乾という男を理解していた。
 今日の乾はいつもは生きがいと言ってもいい汁の事など、欠片も頭になかった。
 乾の頭の中は、はっきり言ってしまうと、自分の前方を走っている伸びやかな長い手足の後輩の事しかないような状態だ。
 ゴール地点寸前で、また距離を開けられたが、それでも。
「…………………」
 海堂、乾、の順で千五百mを走り終えた。
 肩で大きく息を繰り返しながら、乾は海堂の手をとった。
 無論背後から来る友人達からは死角であるという事は確認した上での行動だったが。
 海堂は即座に、びくりと反応した。
 まだ走り足りなさそうな海堂の呼吸はあまり乱れていない。
 それでもうっすらと顔が赤くなっていくのがつぶさに見てとれて、乾は唇の端を引き上げた。
「やれば出来るな俺も」
「………そんなに息荒く言われても」
「そう言うな海堂。神がかりじゃないか。俺が千五百で二着ってのは」
「………………」
 一向に落ち着かない呼吸で。
 笑いながらも苦しげに話す乾に海堂は眉を寄せた。
 乾の手からそっと逃れて。
 乾はそっと逃がしてくれて。
「………………」
 海堂は自分のタオルを手にとった。
 それを乾の頭にふわりと被せる。
「海堂?」
「………………」
 タオル越しに、海堂は乾のこめかみから頬を通って顎に落ちていった汗を拭う。
「…………汗…すごいっすよ……」
「……そりゃあもう必死だったから」
 ぶっきらぼうでいながら、細やかな気配りの感じられる手で。
 ひとしきり顔の汗を拭われた乾は、ふと差し向けられてきた海堂の小さな声に、上半身を屈めた。
「………ん…?」
「……………だから……」
「何?……」
 海堂はどことなく言いにくそうに、躊躇ったような沈黙をつくった。
 根気よく乾がそのままの体勢で待っていると、中途半端に乾の顔からタオルを離して、海堂は時期に、ぽつりと言った。
「………何でそんなに今日は」
「…ああ、持久走のこと?」
 もったいぶるつもりもないから、乾はあっさりと白状する。
「髪がね」
「………髪?」
「そう。海堂の髪」
 不思議そうに聞き返してきた海堂に乾が頷く。
「バンダナしないで走るの、珍しいじゃないか」
「……あ…」
「普段でもサラサラで綺麗な髪だとは思ってたけどな。走り出したら、その髪が、またすごいよくて」
「……、……」
 海堂が、また赤くなった。
 からかってないよと乾はすぐさま小さく付け加える。
「……本当に綺麗だった」
「…………先輩」
「あんまり綺麗で、気付いたらふらふらと後を、ってわけ」
 含み笑って、乾は海堂の髪の先を一束、指先で摘まむ。
 きゅっと微かに音がたつ。
 海堂は何だか硬直したように動かない。
 乾は、あまりあからさまにならないように。
 もう少しだけ、と唇を動かした。
 海堂は乾を睨みつけてきたが、拒まなかったし、一層頬を赤くもした。
「……こんなにサラサラだと、三つ編みとか出来なさそうだな」
「………何すかそれ」
 呆れ返った口調の海堂を、甘くあしらう乾はすこぶる機嫌が良かった。
「うちのクラスの女性陣がね。昼休みに三つ編み早編み競争なんてのをやってたからさ。興味深く眺めてたらいつの間にか頭の中は海堂の事だけになってて」
「……、…だから何で三つ編みで俺……!」
「海堂より綺麗な髪を、俺は知らないなあと思ったわけ。彼女らに俺の心の声が聞こえてたら、とても二着は無理だったな」
 殺されると笑いながら、乾は両手を素早く海堂の髪へ宛がう。
「あ。ほら。すぐほどける」
「………っ……何やって…」
「三つ編み」
 昼休みの光景を思い出し、見よう見まねで乾がやってみると。
 海堂の髪は、乾が手を離すと同時に跡形もなく元通りに戻っていった。
 真直ぐで、艶のある細い黒髪。
「何いちゃいちゃしてるの? 乾」
「やあ不二」
「乾にご褒美かい? 海堂」
「…………っ……、…」
 絶句する海堂は、気付けば不二どころか、他のレギュラー陣からも取り囲まれていた事を知る。
 面白がっているような雰囲気に、海堂が出来た反抗は、せいぜい乾を睨みつける事くらいだったようで。
 その後はもう。
「……あ。逃げた」
 一際海堂をからかう声音で越前が言った通り、海堂はその場から走っていってしまった。


 レギュラー陣で持久走の最下位となった桃城が、単独で走ってきた海堂を見つけ、笑いたけりゃ笑え!とやけっぱちに怒鳴った時。
 海堂は笑うどころか、生まれて初めて桃城に感謝してやってもいいような気になっていた。
 少なくとも桃城は、三つ編みにされた海堂を見ていない、唯一の、青学テニス部のレギュラー陣だったわけだ。
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