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How did you feel at your first kiss?
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 乾という男は実際相当に上背があるのに、全く圧迫感がない。
 どこか無機質な気配の持ち主で、話し始めれば饒舌なのだが沈黙し続けるのも決して苦痛ではないらしく、四六時中何かしらの考え事をし、それに没頭し始めると植物みたいに気配が消える。
 そんな乾の側が、海堂には不思議と心地良かった。
 乾の周囲はとても呼吸のしやすい、落ち着いた密度に満ちている。
「………………」
 部活が終わり、部室で制服に着替えながら、海堂はこっそりと背後の乾を伺った。
 乾は先ほどからずっと、ノートに何かしらを書きつけている。
 一時も手を休める事なく、中断もしない。
 海堂が部室に入ってきた時、すでにもう他の者の姿はなく、着替えを済ませた乾が一人でいた。
 その時から、今までずっと、沈黙が続いている。
 だがそれは海堂にとって少しも苦痛ではなかった。
 静かな沈黙だった。
 ただ海堂は、この後どうしようかを考えて、少しだけ悩んでいる。
 何となく乾を待っていたいような。
 自分の中にそんな物慣れない気持ちがあることを、海堂は認めていて。
 でも、いざそうしようと決めてしまうには、最後の踏ん切りがつかなくて。
 基本的に単独行動しかとれない海堂には、誰かを、そのすぐ側で待つという経験がなかった。
 どうしようかと思い悩む分、つい行動が遅くなる。
 シャツの釦を下からとめていきながら、海堂は、何の理由もなく自分がここにいられる時間のカウントダウンを自らでしているような気分になる。
「………………」
 最後のゼロを唱えるように。
 シャツの一番上の釦を海堂がとめ、溜息をついた時だった。
「計算通り」
「………………」
「同時だな」
 乾の声だ。
 振り返った海堂の視線の先。
 乾は、ぱたんと音をさせてノートを閉じた。
「……乾先輩?」
「海堂の着替えと、俺のデータ整理が終わるのは、俺の予想通り同時刻」
 そう言って。
 乾は、唇の端を引き上げる。
「……俺に気付いてたんですか?」
 乾の眉が器用に跳ね上がる。
「当たり前だろ海堂。俺がお前に気付かない訳あるか」
「………目はノートを直視。手は一度も止まらない」
「そうしないと同時に終わるのは無理そうだったしね。第一、目や手がどうでも、感情は全部海堂に向いてるから」
「…………………」
 何の衒いもない。
 乾はそんな事を言って、立ち上がり、海堂の元へと近づいてきた。
 海堂は、緊張とは違う何かで、居住まいを正すような心持になる。
 乾を見上げた。
「…………………」
「……海堂」
「………、……」
 背の高い乾が、僅かに上体だけ屈めるようにして、海堂にゆっくりと顔を近づけてくる。
 乾の声は、海堂の耳元のすぐ近くに直接ぶつかってきた。
 咄嗟に息を詰めた海堂の耳に、直に触れそうな至近距離で。
 乾は海堂の名前を繰り返した。
 海堂の背中がロッカーに当たる。
 まるで追い詰められているような体勢で、乾に名前を呼ばれる。
「海堂」
「…………………」
 視界いっぱいに、あるのは乾の身体で。
 自分と同じ制服のシャツ。
 普段は無機質な乾の気配が、熱量をいきなり増したように海堂には思えた。
 自分の耳元にいる乾の声に、海堂は幾度目か、息をのむ。
「………海堂、なんか…熱っぽい?」
「……、…………」
 判っていてそんな事を言っているのなら、もう罵詈雑言尽くしてやろうと海堂は思った。
 しかし乾の声は真摯でそれも疑えない。
 どっちがだと心中でのみ海堂は毒づいた。
「………っ……、」
 すると突然首筋に、差し伸べられてきた乾の指先が当たって。
 海堂は身を竦ませる。
 渇いた大きな手のひら。
 それが海堂の体温を確かめるように、首の脇に潜りこんできて、包まれて。
 海堂は乾のその手首に、取り縋るようにして指先を食い込ませた。
 それと同時に乾が覆い被さるようにして海堂の唇を塞いできた。
「…………、ん」
 熱を確かめる乾の手の中で、海堂の動脈は走るように震えた。
 乾の手首に、更にきつく海堂が指を縋らせれば、乾のキスがまた一層強くなる。
「ン…、…っ………」
 キスの歯止めがきかなくなる。
 言葉も交わせなくなる。
 誰もいなくなった部室で、ただ唇を合わせることしか出来なくなる。
 例えば息を零すとか、例えば相手の身体に触れるとか、例えば相手の舌と絡まりあうとか。
 何かしらのリアクションごとに、キスが追い詰められて深くなる。
「……………、ァ」
「………………」
「ぅ………」
 唇が離れると、海堂の唇は零れるものに濡れた。
 こくん、と海堂の喉が鳴り、それでも唇から伝ったものを、乾の指が拭った。
「………熱上がってるのは俺だな」
 乾の、ひそめた低い声の甘さが。
 海堂へとみるみるうちに侵食してきて。
 海堂は浅い呼吸を繰り返すばかりだった。
 乾の胸に抱きこまれて。
 沈黙する自分達。
 そこから、切望するように背をかき抱かれるのが堪らなかった。
 今こうしている乾は、普段の乾とは違う。
 その身に備えている従容とした雰囲気を削ぎ落とし、繰り返し繰り返し、海堂の名前を囁きながら口付けてくる熱量の高さには、海堂の躊躇も熔かされた。
「海堂…」
 そう呼ばれるまま、浮かされたような目で海堂は乾を見上げる。
「………………」
 互いに灯ったこの熱を。
 ゆっくり宥めあうよう心を決める。
 互いが互いへと伸ばした腕で。
 背中を抱き寄せ、身体を寄せる。

 この先よりも、今はこのキスがしたい。
 呼吸のように、このキスをしていたい。
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