How did you feel at your first kiss?
昼間、学校にいる間は極力目立たぬように包帯などは巻きたくないから、夜の間に使うようにしている。
宍戸は包帯の片端を口に銜え、腕の内側の薄い皮膚の擦過傷を覆ったガーゼを包帯で固定するよう、腕に巻きつけていく。
「どうせやったら怪我の始末もあいつにさせたらええのに」
「………………」
そんな風な声が聞こえて、宍戸一瞬手を止める。
顔を上げなくても誰かくらいは判るから、宍戸は無言のまま、作業を再開した。
「…貸し」
「いい」
「どうせ明日には取るんやろ。今くらいちゃんと巻いとき」
暗い部室の窓辺。
そこだけに月明かりが微かに射し、宍戸は忍足に巻きかけの包帯を奪われる。
器用な男は宍戸の数倍手馴れた仕草で包帯を巻いた。
「そんな気配尖らさんでも」
苦笑めいた含みの声で忍足が言うのに、宍戸は目つきをきつくする。
宍戸が本気で睨み上げる先、忍足は飄々とした表情をしている。
威嚇するのは触れられたくない事を持っているから。
宍戸自身それは判っていて、だから平然とそれを指摘する忍足に過剰に反応をしてしまうのだ。
「出来たで」
「……サンキュ」
「礼なんかいらんがな」
そう言いながらもどこか嬉しそうな顔で笑った忍足は、そのままの表情で低く囁いた。
「鳳がいてよかったわ」
何でもないような一言が、今の宍戸にはこの上なく重い。
「………どういう意味だよ」
「あいつ、手貸せてええな」
俺がしてやれんのはこれくらいやな、と忍足が宍戸の腕の包帯を目線で示す。
毒舌でならしている忍足という男は、けれども自分の仲間に対しての気配りは細かく、何だかんだと雰囲気をよんではフォローにまわる体質だ。
宍戸は忍足と一緒に自分の包帯に落とした目線を引き上げ、小さく吐き捨てる。
「……テニスに手助けなんか望んだ時点で、俺は負けてんだよ」
八つ当たりではなかった。
単なる本音だ。
宍戸の声音の変化に忍足は肩を竦めた。
「それがなんや?」
「………………」
「かまへんやん。力貸してくれるっちゅーのに甘えて、なんぞ悪いことあるんか?」
俺なんかここぞとばかりに甘えるしと臆面もなく言った忍足の態度に、ふと宍戸の気も緩んでしまう。
「………アホ…お前が岳人に甘えたおしてんのは普段のことだろうが」
「テニスしてる時やて、頼るとこは頼る」
飛べへんもん俺、と真顔で言うから宍戸はとうとう微苦笑した。
「俺が言ってんのはそういう事や」
「………あ?」
唐突に切り返されて宍戸は忍足を見返した。
目が慣れて、月明かりでも大分表情が細かく見て取れる。
「好きな奴が、自分のこと判ってくれて、側におってくれんの、嬉しいやん。そういう相手がいてくれんのやったら無茶でも何でもしたろって気になるわ」
「……す、………」
「鳳がそうなのはバレバレやけど」
お前もな?と笑みを深める忍足に、宍戸は絶句して、結局心情を吐露するうろたえた表情を粗方忍足に晒してしまう。
「安心しぃ。お前の事まで判ってんの俺くらいや」
あとうちの部長な、と忍足がからかうように付け加えるので。
宍戸は最悪だと呻くしかない。
忍足と跡部以外の人間が全員知っているという方がどれだけかいい。
「一目惚れしあってんのに、両思いなのバレバレやのに、何年片思いのつもりで過ごすんや? お前ら二人」
「…………うるせえ」
両思いかどうかなんて判るかと吐き捨てれば、呆れ返った盛大も盛大な溜息を忍足から返される。
「……ほんまもんのお馬鹿さんやなー」
「ふざけんなっ」
「ふざける余裕なんかあるかいな。全力で脱力中や」
ふてぶてしい態度で言った忍足は、その後はひどく興味深そうに宍戸を眺め続けるばかりで。
その視線にどこか居たたまれなさを覚え始めた宍戸は、思わず零してしまう。
「……しょうがねーだろ」
「何がや?」
「………指が…」
「……ん?」
「指が、…触れるだけでも心臓が止まりそうになるんだ」
歯噛みするように吐き捨てて、だからそんな思いをする相手に、今。
こんな事を頼る自分がどれだけ苦痛か。
何故か自分に懐いていて、無茶だと言いながらも毎晩こんな事に付き合ってくれている気の良い後輩の好意に、これ以上つけ込める訳もない事とか。
いっそ自虐的に暴露した本心に。
苛立つ宍戸に投下された忍足の言葉は。
「お前……むちゃくちゃかわええな」
「………っ…、……」
あまりに感慨たっぷりに呟かれ、宍戸は激怒した。
ラケットバッグを手にとって、部室の扉を叩き壊す勢いで閉めて外に出る。
よりにもよって忍足に本音を洩らしてしまった己に、本心からうんざりして。
「…………可愛いわけあるか、俺が…っ」
いっそ本当に、ほんの少しでも可愛ければ、こんなに長いこと片思いなんて真似をせずに済んだのかもしれない。
勝手に好きでいるだけだから。
余計な事言うなと頭の中で。
忍足を罵倒し続け宍戸は帰途につく。
それでも。
丁寧に巻かれた包帯。
それが現す忍足の心配りには謝する思いがあるから、翌日もう一日だけ、宍戸の腕にその包帯は巻かれたままだった。
宍戸は包帯の片端を口に銜え、腕の内側の薄い皮膚の擦過傷を覆ったガーゼを包帯で固定するよう、腕に巻きつけていく。
「どうせやったら怪我の始末もあいつにさせたらええのに」
「………………」
そんな風な声が聞こえて、宍戸一瞬手を止める。
顔を上げなくても誰かくらいは判るから、宍戸は無言のまま、作業を再開した。
「…貸し」
「いい」
「どうせ明日には取るんやろ。今くらいちゃんと巻いとき」
暗い部室の窓辺。
そこだけに月明かりが微かに射し、宍戸は忍足に巻きかけの包帯を奪われる。
器用な男は宍戸の数倍手馴れた仕草で包帯を巻いた。
「そんな気配尖らさんでも」
苦笑めいた含みの声で忍足が言うのに、宍戸は目つきをきつくする。
宍戸が本気で睨み上げる先、忍足は飄々とした表情をしている。
威嚇するのは触れられたくない事を持っているから。
宍戸自身それは判っていて、だから平然とそれを指摘する忍足に過剰に反応をしてしまうのだ。
「出来たで」
「……サンキュ」
「礼なんかいらんがな」
そう言いながらもどこか嬉しそうな顔で笑った忍足は、そのままの表情で低く囁いた。
「鳳がいてよかったわ」
何でもないような一言が、今の宍戸にはこの上なく重い。
「………どういう意味だよ」
「あいつ、手貸せてええな」
俺がしてやれんのはこれくらいやな、と忍足が宍戸の腕の包帯を目線で示す。
毒舌でならしている忍足という男は、けれども自分の仲間に対しての気配りは細かく、何だかんだと雰囲気をよんではフォローにまわる体質だ。
宍戸は忍足と一緒に自分の包帯に落とした目線を引き上げ、小さく吐き捨てる。
「……テニスに手助けなんか望んだ時点で、俺は負けてんだよ」
八つ当たりではなかった。
単なる本音だ。
宍戸の声音の変化に忍足は肩を竦めた。
「それがなんや?」
「………………」
「かまへんやん。力貸してくれるっちゅーのに甘えて、なんぞ悪いことあるんか?」
俺なんかここぞとばかりに甘えるしと臆面もなく言った忍足の態度に、ふと宍戸の気も緩んでしまう。
「………アホ…お前が岳人に甘えたおしてんのは普段のことだろうが」
「テニスしてる時やて、頼るとこは頼る」
飛べへんもん俺、と真顔で言うから宍戸はとうとう微苦笑した。
「俺が言ってんのはそういう事や」
「………あ?」
唐突に切り返されて宍戸は忍足を見返した。
目が慣れて、月明かりでも大分表情が細かく見て取れる。
「好きな奴が、自分のこと判ってくれて、側におってくれんの、嬉しいやん。そういう相手がいてくれんのやったら無茶でも何でもしたろって気になるわ」
「……す、………」
「鳳がそうなのはバレバレやけど」
お前もな?と笑みを深める忍足に、宍戸は絶句して、結局心情を吐露するうろたえた表情を粗方忍足に晒してしまう。
「安心しぃ。お前の事まで判ってんの俺くらいや」
あとうちの部長な、と忍足がからかうように付け加えるので。
宍戸は最悪だと呻くしかない。
忍足と跡部以外の人間が全員知っているという方がどれだけかいい。
「一目惚れしあってんのに、両思いなのバレバレやのに、何年片思いのつもりで過ごすんや? お前ら二人」
「…………うるせえ」
両思いかどうかなんて判るかと吐き捨てれば、呆れ返った盛大も盛大な溜息を忍足から返される。
「……ほんまもんのお馬鹿さんやなー」
「ふざけんなっ」
「ふざける余裕なんかあるかいな。全力で脱力中や」
ふてぶてしい態度で言った忍足は、その後はひどく興味深そうに宍戸を眺め続けるばかりで。
その視線にどこか居たたまれなさを覚え始めた宍戸は、思わず零してしまう。
「……しょうがねーだろ」
「何がや?」
「………指が…」
「……ん?」
「指が、…触れるだけでも心臓が止まりそうになるんだ」
歯噛みするように吐き捨てて、だからそんな思いをする相手に、今。
こんな事を頼る自分がどれだけ苦痛か。
何故か自分に懐いていて、無茶だと言いながらも毎晩こんな事に付き合ってくれている気の良い後輩の好意に、これ以上つけ込める訳もない事とか。
いっそ自虐的に暴露した本心に。
苛立つ宍戸に投下された忍足の言葉は。
「お前……むちゃくちゃかわええな」
「………っ…、……」
あまりに感慨たっぷりに呟かれ、宍戸は激怒した。
ラケットバッグを手にとって、部室の扉を叩き壊す勢いで閉めて外に出る。
よりにもよって忍足に本音を洩らしてしまった己に、本心からうんざりして。
「…………可愛いわけあるか、俺が…っ」
いっそ本当に、ほんの少しでも可愛ければ、こんなに長いこと片思いなんて真似をせずに済んだのかもしれない。
勝手に好きでいるだけだから。
余計な事言うなと頭の中で。
忍足を罵倒し続け宍戸は帰途につく。
それでも。
丁寧に巻かれた包帯。
それが現す忍足の心配りには謝する思いがあるから、翌日もう一日だけ、宍戸の腕にその包帯は巻かれたままだった。
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