How did you feel at your first kiss?
道路の小さな水溜りに薄氷が張っている。
板状の結晶のような繊細な煌めきは、頭上の月をぼんやりと映していた。
凍る月。
伏せた目線でこの寒さの証を眺めている宍戸は、両手をコートのポケットに入れ、人待ち顔だ。
宍戸の待ち人は、人を待たせる事をしない。
待ち合わせ場所には必ず先にいる。
だからたまには先に来て待っていてやるかと宍戸は思ったのだ。
正直寒いのは苦手な宍戸だったが、それくらい今日は構わない気がした。
「、…え?……何で、…ちょ…っ……宍戸さん!」
門扉から勢い良く飛び出してきた鳳は、宍戸を見つけるなり言葉にならない言葉を口にしながら血相を変えた。
柔和で端整な面立ちに、あまりにも判りやすく驚きを浮かべ、走りよってくる。
宍戸が佇んでいたのは鳳の家の前だった。
呼び出しのメールには、よく自主トレで使う公園でと宍戸は書いた。
鳳はいつものように先に来るだろうから、時間を見計らって不意打ちを狙ってみたのだ。
「どうしてここに…、…え?……どうしたんですか、? 公園じゃなかったんですか?」
「そんな慌てんなって。たまには俺のが先に待ってようかと思っただけだ」
「こんなに冷たくなっちゃってるじゃないですか…!」
鳳の両手が宍戸の両頬を包み込むようにしてくる。
手袋をしていない鳳の手。
でも温かかった。
「………………」
宍戸が人好きの猫のような仕草で、片側の手に軽く頬を摺り寄せてやると、鳳は言葉はおろか息すらも詰まらせたような喉声をあげた。
「……、宍戸…さ…?」
本気で驚愕している顔も、何かの欲求を飲み込んだようなぎくりとした気配も、おかしくて。
宍戸は小さく笑った。
頬を摺り寄せた鳳の右手を、宍戸は左手で取って、掬い取るようにした指先に唇を寄せる。
「明日の予行な」
「…っ…、…明日…?」
「誕生日だろ? 長太郎」
軽く爪先立って。
宍戸は鳳の片頬にも唇を寄せた。
「宍戸さん」
「……んだよ、練習くらいさせろ」
宍戸が手にとっている右手はそのままに、鳳は左手で深く宍戸の背を抱きこんできた。
きつく力が込められて、背筋が反る。
「長太郎?」
そういえば冷たくなっていると鳳は言っていた。
冷たい自分の身体を抱き締めていては鳳も寒いばかりだろうと思って軽く身を捩ると、一瞬だけれども強いキスで唇を塞がれた。
「、…、ン…」
そのまま抱き締められる。
「……さむく…ないのかよ?」
「どっちがですか」
もどかしそうな手で後ろ髪を撫でられる。
怒っている訳ではないようなのだが、鳳は普段よりも物腰が荒い。
「心臓止まりましたよ、確実に」
「大袈裟な奴だな…」
「何が大袈裟ですか。宍戸さん、いつからいたんですか? もしかしてさっきのメール、ここで打ってたとか言いませんよね?」
「言う。………って、…んな怒んなよ」
宍戸は笑って鳳の喉元にも口づけた。
「………宍戸さん」
「もう一回聞いておこうかと思ってよ、誕生日」
何か欲しいものあるかと宍戸が鳳に聞いたのは先週のことだ。
「宍戸さん即答で却下したじゃないですか」
少し拗ねたような言い方に宍戸は苦笑いを浮かべた。
だってあれは。
「……俺って何なんだよ、俺って」
「何って。俺の欲しいものですけど」
宍戸さんはものじゃないですけどね、と丁寧に抱き締められて、髪に埋められたのは恐らく鳳の唇だ。
宍戸は鳳の胸の中でその感触に感じ入る。
何だか身体のあちこちがじんわりと温かくなってきた気がする。
「お前の好きなだけ取れば良いだろうが。だいたいお前のもんじゃねえ俺が、俺のどこかにあるか?」
「………だから心臓止まらせないで下さいってば」
唸るように鳳が言う。
宍戸は笑って鳳の腕から離れた。
「お前のだ」
身体を離して。
宍戸は鳳に笑いかけた。
「誕生日だからっていうんじゃない。いつでも、お前のだよ。全部な」
今度こそ、ものすごい力で。
抱き締められる。
抱き竦められる。
鳳の両腕は宍戸の身体を反らせ骨を軋ませる程の力で、きつく、きつく宍戸を抱き締める。
宍戸の笑みは唇の形だけ残して、あとはひっそりとした囁きに溶けた。
「……だからよ、長太郎。誕生日は違うもんねだれよ」
「すみません。俺、今、明日のことなんか考えられないです」
「ん…?」
「今目の前の宍戸さんのことしか考えられない」
真摯な低い声にくらりとめまいがして。
今度はもう、笑むだけのことも出来なくなって。
宍戸は鳳の頭を抱き締める。
手の中に柔らかな髪。
切羽詰ったような声を耳に吹き込まれて、想いを詰め込まれて。
「好きにしろ」
静かに浮かされたように応えるなり。
かぶりつくようなキスはすぐに宍戸の唇を覆った。
深い角度のついた、貪欲なキスだった。
「…………っ…、」
宍戸は、明日の事が知りたい。
けれど鳳は、明日の事などどうでもいいというようにキスをする。
引きずられる。
同化する。
確かにもう、今の事だけで全てよくなる気になった。
「長太郎…」
キスの合間に名前を呼んで、色素の薄いきれいな瞳を間近から見つめた。
宍戸の方からもキスを贈り返し、お互いの唇と唇の合間に生まれる白い吐息に目を眇める。
明日の事より今。
鳳にこうまできっぱりと欲しがられては宍戸もひとたまりもないのだ。
「明日の事は…また明日な」
「はい」
頷いた鳳の微笑は、薄氷を反射した月光よりも密やかな甘さで煌いた。
板状の結晶のような繊細な煌めきは、頭上の月をぼんやりと映していた。
凍る月。
伏せた目線でこの寒さの証を眺めている宍戸は、両手をコートのポケットに入れ、人待ち顔だ。
宍戸の待ち人は、人を待たせる事をしない。
待ち合わせ場所には必ず先にいる。
だからたまには先に来て待っていてやるかと宍戸は思ったのだ。
正直寒いのは苦手な宍戸だったが、それくらい今日は構わない気がした。
「、…え?……何で、…ちょ…っ……宍戸さん!」
門扉から勢い良く飛び出してきた鳳は、宍戸を見つけるなり言葉にならない言葉を口にしながら血相を変えた。
柔和で端整な面立ちに、あまりにも判りやすく驚きを浮かべ、走りよってくる。
宍戸が佇んでいたのは鳳の家の前だった。
呼び出しのメールには、よく自主トレで使う公園でと宍戸は書いた。
鳳はいつものように先に来るだろうから、時間を見計らって不意打ちを狙ってみたのだ。
「どうしてここに…、…え?……どうしたんですか、? 公園じゃなかったんですか?」
「そんな慌てんなって。たまには俺のが先に待ってようかと思っただけだ」
「こんなに冷たくなっちゃってるじゃないですか…!」
鳳の両手が宍戸の両頬を包み込むようにしてくる。
手袋をしていない鳳の手。
でも温かかった。
「………………」
宍戸が人好きの猫のような仕草で、片側の手に軽く頬を摺り寄せてやると、鳳は言葉はおろか息すらも詰まらせたような喉声をあげた。
「……、宍戸…さ…?」
本気で驚愕している顔も、何かの欲求を飲み込んだようなぎくりとした気配も、おかしくて。
宍戸は小さく笑った。
頬を摺り寄せた鳳の右手を、宍戸は左手で取って、掬い取るようにした指先に唇を寄せる。
「明日の予行な」
「…っ…、…明日…?」
「誕生日だろ? 長太郎」
軽く爪先立って。
宍戸は鳳の片頬にも唇を寄せた。
「宍戸さん」
「……んだよ、練習くらいさせろ」
宍戸が手にとっている右手はそのままに、鳳は左手で深く宍戸の背を抱きこんできた。
きつく力が込められて、背筋が反る。
「長太郎?」
そういえば冷たくなっていると鳳は言っていた。
冷たい自分の身体を抱き締めていては鳳も寒いばかりだろうと思って軽く身を捩ると、一瞬だけれども強いキスで唇を塞がれた。
「、…、ン…」
そのまま抱き締められる。
「……さむく…ないのかよ?」
「どっちがですか」
もどかしそうな手で後ろ髪を撫でられる。
怒っている訳ではないようなのだが、鳳は普段よりも物腰が荒い。
「心臓止まりましたよ、確実に」
「大袈裟な奴だな…」
「何が大袈裟ですか。宍戸さん、いつからいたんですか? もしかしてさっきのメール、ここで打ってたとか言いませんよね?」
「言う。………って、…んな怒んなよ」
宍戸は笑って鳳の喉元にも口づけた。
「………宍戸さん」
「もう一回聞いておこうかと思ってよ、誕生日」
何か欲しいものあるかと宍戸が鳳に聞いたのは先週のことだ。
「宍戸さん即答で却下したじゃないですか」
少し拗ねたような言い方に宍戸は苦笑いを浮かべた。
だってあれは。
「……俺って何なんだよ、俺って」
「何って。俺の欲しいものですけど」
宍戸さんはものじゃないですけどね、と丁寧に抱き締められて、髪に埋められたのは恐らく鳳の唇だ。
宍戸は鳳の胸の中でその感触に感じ入る。
何だか身体のあちこちがじんわりと温かくなってきた気がする。
「お前の好きなだけ取れば良いだろうが。だいたいお前のもんじゃねえ俺が、俺のどこかにあるか?」
「………だから心臓止まらせないで下さいってば」
唸るように鳳が言う。
宍戸は笑って鳳の腕から離れた。
「お前のだ」
身体を離して。
宍戸は鳳に笑いかけた。
「誕生日だからっていうんじゃない。いつでも、お前のだよ。全部な」
今度こそ、ものすごい力で。
抱き締められる。
抱き竦められる。
鳳の両腕は宍戸の身体を反らせ骨を軋ませる程の力で、きつく、きつく宍戸を抱き締める。
宍戸の笑みは唇の形だけ残して、あとはひっそりとした囁きに溶けた。
「……だからよ、長太郎。誕生日は違うもんねだれよ」
「すみません。俺、今、明日のことなんか考えられないです」
「ん…?」
「今目の前の宍戸さんのことしか考えられない」
真摯な低い声にくらりとめまいがして。
今度はもう、笑むだけのことも出来なくなって。
宍戸は鳳の頭を抱き締める。
手の中に柔らかな髪。
切羽詰ったような声を耳に吹き込まれて、想いを詰め込まれて。
「好きにしろ」
静かに浮かされたように応えるなり。
かぶりつくようなキスはすぐに宍戸の唇を覆った。
深い角度のついた、貪欲なキスだった。
「…………っ…、」
宍戸は、明日の事が知りたい。
けれど鳳は、明日の事などどうでもいいというようにキスをする。
引きずられる。
同化する。
確かにもう、今の事だけで全てよくなる気になった。
「長太郎…」
キスの合間に名前を呼んで、色素の薄いきれいな瞳を間近から見つめた。
宍戸の方からもキスを贈り返し、お互いの唇と唇の合間に生まれる白い吐息に目を眇める。
明日の事より今。
鳳にこうまできっぱりと欲しがられては宍戸もひとたまりもないのだ。
「明日の事は…また明日な」
「はい」
頷いた鳳の微笑は、薄氷を反射した月光よりも密やかな甘さで煌いた。
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