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How did you feel at your first kiss?
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 真夜中の、部外者の、侵入者。
 暗がりの中の気配に観月は呆れを露に溜息をついた。
「……何してるんですか」
 布団の中から呻いた観月に、長身の男は足音ひとつ立てずにベッドに近づいてきた。
「全然びびらねえな、観月」
「………………」
 笑いの混じった密やかな低い声。
 びびるわけないでしょうと観月は内心で思う。
 この男の気配が判らないわけがない。
「何をしに来たんですか、こんな時間に」
 幾ら観月の一人部屋とはいえ、寮にこんな時間に忍んでくるなんて尋常でない。
 赤澤は決して品行方正ではないが、派手な見目とは多少ギャップを感じる大らかで人好きのする性格は、生徒からも教師からも人気と信頼がある。
 そんな赤澤であっても、深夜の寮の無断侵入が見つかれば、それ相応の処分が下されるだろう。
 観月は眉根を寄せて目をきつくしたまま、少しずつ慣れてきた目に映る赤澤を見上げ、睨んだ。
「赤澤、貴方」
「夜這い」
「………は?」
「だから、何しに来たかって言うから。夜這いに来た」
 ぎしりとベッドが軋む。
 ベッドの端に腰掛けた赤澤が、上半身を僅かに捻って屈んでくる。
 観月の顔を覗き込むように近づいてきて。
「………………」
 大きな手のひらが観月の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「寮のボイラー完全故障だって?」
「………………」
 何で俺を呼ばねえの?と赤澤はひそめた低音にほんの少し笑みを交ぜて至近距離から観月を見つめてくる。
「なんで…」
 赤澤の言ったものとは違う意味合いで何でと聞き返した観月に、赤澤は唇の端を一層引き上げた。
「柳沢からメールがきた。寮の暖房全滅、今晩から雪が降ってこの冬一番の冷え込み、観月が凍るってな」
「寮長が不法侵入そそのかしてどうするんですか…」
「入り口からの手引きは木更津だったぜ」
「………全く」
 友人達の素行に呆れ、そんなメールでここまでやってきてしまうこの男にも呆れ、観月は口元近くまで引き上げた上掛けの中で溜息をつく。
 今日には業者を呼ぶといってはいたが、暖房の一切が故障した寮内は、冷えきっている。
 本格的に冷え込む前にと、早めの就寝が通達されていたが、正直身ぐるみ布団に包まっていても底冷えするような寒さはあまりごまかせなかった。
 観月の体温は元々平均以下なのだ。
 その上、山形の出身なら寒さには強いだろうと言われがちだが、寒い場所ほど防寒対策はきちんとされている。
 東京の方がよほど無防備で寒いと感じる。
 以前観月がそう言った事も、恐らく覚えているのだろう。
 柳沢も木更津も、そしてこの赤澤も。
「顔まで冷てえな…」
 額に触れた大きな手。
 眦に寄せられた唇。
 その温かな気配に、うっかり気持ちが緩んだ隙に。
 赤澤がするりとベッドにもぐりこんできた。
「ちょ、…」
 長い腕が観月をくるみこむ。
 丁寧に深く抱き込まれ、観月はうっすらと体温を上げた。
 赤澤は温かかった。
 長い髪だけが、ほんの少し冷たい。
 それでもこうして抱き締められれば、それすらどうしようもなく心地よかった。
 胸と胸が合うほど身体が重なり、パジャマ姿の観月がふんわりと温かさを感じる赤澤のやわらかな着衣に、観月はふと目を瞠る。
「貴方、まさかその格好のまま…」
「ん?…どこか冷たいか?」
「違います」
 逆だと観月は赤澤の肩口から顔を上げた。
 夜目を凝らせば、赤澤の上着は白いクルーネックのセーター一枚で、イージーパンツもこうして足を絡ませるようにしていても少しも冷たく感じない。
 ジッパーなどの冷たい金具はひとつもない。
 服を着たままベッドに入ってこられ、抱き締められても、違和感のまるでない感触がするばかりだ。
 やわらかな素材の軽装。
「コートはそこに放ってある」
 その言葉にコートは着てきたのだと判って安心したものの、おそらく赤澤ならば全て考慮した上での服なのだろう。
 そこまでするかと思うが。
 そこまでするのだ赤澤は。
「あとどこか寒いとこは?」
「………………」
 ぴったりと抱き締められて。
 触れる箇所は肌であっても服でもあっても温かいものばかりで。
 気持ちもよく、想いも温められて、観月は暗い室内であるから、もういっそいいかという気分で言った。
「中」
「…ん?」
「中が寒い」
 随分な言い方だと観月自身頭を抱えたくなったが、赤澤は長い指で観月の顎を包んで仰のかせ、すぐに唇をキスで塞いできた。
 重なった唇の形は笑っていなくて観月は少し安堵した。
 舌が入れられて、のしかかられて、濡れた粘膜の音が静かな室内に密やかに響く。
「……、ン…、…」
「……………」
「ふ……っ…ぁ……」
 角度が変えられ、吐息が絡んで、観月も赤澤の後ろ首に手を伸ばす。
 唇がまた深く重なり、生まれた熱が四肢に走って頭の中にも熱が溜まる。
「…観月」
「……っ……、……」
 長いキスの終わりに囁かれた声で、観月はぐったりと寝具に落ちた。
 終わった後でもまだとろけそうな甘ったるい余韻を残すキスは、爪の下まで痺れるような熱を詰め込んできた。
 赤澤は殊更丁寧に観月を抱き締めなおして、再び並んで横たわった。
 毛布と布団を観月の肩にかけ直してくれた手が、そのまま観月の背を抱いてくる。
「風が出てきたな…」
「………………」
 頬に軽く口付けられながら囁かれて。
 寝ていいぞという風に背中を軽く叩かれる。
 催眠効果でもありそうな低い声と、寝かしつけるような手の一定の動きと、温まった身体と。
 赤澤に言われるままに、今すぐにでも眠りに落ちてしまえそうな意識に、観月は逆らった。
 何も言わずに、じっと上目に赤澤を見つめる。
「どうした? 眠れないか?」
「………………」
「観月?」
 赤澤の胸に観月は顔を伏せた。
 額を押し当てた胸元は、本当に心地よかったけれど。
「……眠ったら帰るんでしょう」
 だから眠らないと、これでは暗に言っているようなものだ。
 多分自分はすでに睡魔に半ば引きずられているのだと観月は思う。
 そうでなければ、こんな甘ったれた事を言う筈がない。
 普段とは違う自分に、きっと赤澤も何かからかう類の言葉を言ってくるのだろうと観月は思ったが、赤澤の生真面目な声はそういう言葉を紡がなかった。
「お前が眠っても、俺が帰れないようにすればいいだろう…?」
 からかいでもなく、提案でもなく、そそのかすのでもなく、ねだるのもでもない。
 それは不思議な口調だった。
「観月にしがみつかれてたら、俺からは絶対に引き剥がせないぜ…?」
 ほんの少しの甘えの滲んだ優しい声だった。
 観月は黙って赤澤の背中に腕を回して目を閉じた。
 腕の中の感触は、完全降伏の無防備さだ。
 恐らく観月を抱き返す赤澤の手のひらも同じものを感じている筈だ。


 安心した。


 温かさと同じくらいにそれを感じて、観月はそのまま眠りについた。
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