How did you feel at your first kiss?
宍戸のココアに勝手に角砂糖を放り入れた男は、不遜な笑みで宍戸を見下ろしてきた。
「テメェ……跡部、何の真似だ」
瞬間は呆然と、すぐに目つきも口調も荒く宍戸は跡部を睨みつけた。
放課後のサロンは混雑のピークを過ぎて人影も疎らだ。
一見険悪そうな雰囲気にも人目は然程集まらない。
「へこんだ時は、普段飲まないような甘い飲物をオーダー。お前の行動パターンは変わんねえな」
「………………」
整いすぎて怖いとまでいわれている顔に冷笑を浮かべ、跡部は宍戸の向かいの席に勝手に腰を下ろした。
宍戸が学食で買ってきてこのサロンまで持ってきたココアは、まだ湯気をたちのぼらせたまま手付かずだった。
勝手に人の行動パターンをよむ跡部自身にも腹が立ったが、よりにもよってと宍戸はココアのカップを見据えて呻いた。
「ココアに砂糖入れんじゃねえよ!」
「今月から甘みを減らさせた」
「あ?」
「ココアというからには、相応のカカオの味を前面に出せっつったんだよ。砂糖味のココアなんざ飲めるか」
「お前の好みでクレームつけてんじゃねえよ」
跡部の言い草に呆れた宍戸は、しかしある意味跡部ならそれくらいは普通にするだろうと思い、憮然とした面持ちでカップに手を伸ばした。
スプーンでひとまわししてから口をつけて、ひとくち飲んで。
「………………」
「どうよ? ワンパターン行動のお前の好みの味だろ」
「……うるせえよ」
しっかりとしたカカオの濃い香り。
跡部が勝手に放り込んできた角砂糖の分で、確かにちょうどいい、今宍戸が飲みたかった味がする。
向かい合って座って同じような目の高さになっても、跡部は見下ろすような目をしてみせる。
尊大で、そして。
相変わらず濃やかに状況を理解している男だ。
宍戸がひっそりと溜息をもらすと、跡部は腕組みをして椅子に寄りかかった。
「随分長引いてるじゃねえの」
「……知らねえよ」
完全な個人主義のくせに、跡部は時々個々に直接手を差し伸べるような行動を起こす。
本当に時々。
ささいな事では口を出してこない男だから、いい加減目に余るのかもしれない。
そう思うと宍戸も反発し辛くなる。
「放ってあるのか? それとも修正も効かねえのか?」
「さあな……」
答えるなり宍戸は向こう脛をテーブルの下で蹴られた。
「痛ぇだろ!」
「知るか!」
怒鳴りあって、口を噤んで。
沈黙の後、結局宍戸は溜息だ。
不機嫌そうな跡部もまた、席を立ちはしない。
「いい加減鬱陶しいんだよ。お前ら」
「悪かったな、鬱陶しくて」
「普段無駄にベタベタしやがってるから鬱陶しさが倍増すんだよ」
「別にベタベタなんざしてねえし」
ただ。
ここ数日は、確かに。
「……確かに、自分でも鬱陶しいとは思ってんだよ」
「鳳がか?」
「アホ。何で長太郎がだ」
「庇うくらいなら揉め事なんざ起こすな。バァカ」
辛辣で遠慮ない物言いの跡部に、結局本人は不本意だろうが、心配をされている訳だ。
宍戸は次第に反発する気もなくなって、ココアを一口ずつ飲みながら心情を吐露する。
「鬱陶しいのは俺だ。…ダセェ」
「痴話喧嘩だろうが。どうせ」
跡部は腕を組んだまま唇の端を引き上げた。
「見当違いの嫉妬でもして、精々言わなくていい事でも言ったんだろ」
「……最初は」
「それでさすがに言われた方もきれて、派手に言い争ったまま険悪ムードって?」
「どこで見てたんだ、お前」
「見るまでもねえだろ」
呆れた溜息を吐き出し跡部は説教じみた口調で宍戸に言った。
「鳳が、よそに目いく訳ねえだろ。俺様にはさっぱり判らねえが、お前以外に何の興味もねえようだしな。あいつは」
「あー…、…跡部。いっこ訂正しとくわ」
「ああ?」
長く続きそうな話を遮って、宍戸はカップに口をつけながら、ちらりと上目に跡部を見やった。
「お前の予想はだいたい合ってっけど、逆だ」
「逆?」
不審げに眉根を寄せた跡部に、宍戸は歯切れ悪く伝える。
「見当違いの……ってのが長太郎で。…きれたのが俺だ」
秀麗な面立ちをあからさまに歪めた跡部に、宍戸は尚も告げる。
「……で、お前だ」
「俺だ?」
頭のいい男は、一瞬怪訝そうにしたものの、すぐに全部を理解したらしい。
宍戸の目の前で心底うんざりとした顔で怒り出した。
「俺とお前で何を考えるんだあの馬鹿は」
「俺だってそう言った」
でも、判ってない、と鳳は宍戸の前で呻いたのだ。
恋愛感情の話だけじゃないんです、と言って宍戸の肩を握りつぶしそうに強く掴んで、叫んだ。
「お前の言う通りだよな、跡部…」
「宍戸?」
「俺が、よそに目いくわけない。あいつ以外に何の興味もない」
少しずつ冷めてきた甘い飲物を飲みながら、宍戸はぼんやりと呟いて。
思い返せば、今こうして何日も口がきけなくなるくらい、あの時何を言い合ったのかと不思議になる。
「……ったく、どいつもこいつも」
「…跡部?」
ふと耳に届いた呻き声に宍戸は顔を上げた。
跡部が、取り繕った表情ではなく、判りやすい明け透けな顔で前髪をかきあげて嘆息している。
「人を勝手に当て馬にしやがって」
不機嫌極まりないその様子に、宍戸も気をとられてしまう。
「跡部…お前」
「クソ生意気な二年ばっかじゃねえかよ」
「長太郎は生意気じゃねえだろ」
「この期に及んでまだ庇いたてするのかお前は」
心底呆れた目を跡部から向けられて、さすがに宍戸も気恥ずかしく押し黙ってしまった。
無意識のうちにだが、どれだけ揉めているさなかであっても、やはり鳳の事であれば宍戸は聞き流せないのだ。
「日吉の野郎も、勝手に人を当て馬にしやがるわ…」
「若?…って、もしかして、滝と、お前?」
芯の強さと清楚な佇まいが共存している同級生、滝を名前で呼ぶのは跡部だけだ。
しかしそれだけが原因ではないのだろう。
宍戸は、自分と鳳との諍いで跡部の存在が出てきたときには判らなかった事が不意に見えてきて、納得した。
跡部という男は、特別だ。
力があり、存在感があり、一見暴君のようでいながら自らが認めた相手を大事にする時の懐の深さ。
確かに恋愛感情があるかないかという話だけではない何かが跡部という男にはある。
「呆れて物も言えねえよ、ガキ共には」
「跡部……お前も、何つーか……大変だな」
「てめえが言うな」
本気で嫌そうに吐き捨てた跡部は徐に席を立った。
「俺様はこの世で一番馬鹿な二年んとこに行くが。お前はどうするんだ、宍戸」
「ん、謝ってくるわ。長太郎に」
「バカ、謝らせろ。何でお前が謝るんだ」
「あいつが怒ってるからだよ。跡部も、あんまり神尾いじめんなよ」
「うるせえ」
不貞腐れた言い方をする跡部が目新しく、宍戸は少し笑って立ち上がった。
その名前の前だと、跡部も普段とは違う表情をみせる。
テーブルを挟んで対峙した跡部に宍戸は駄目押しで言ってやった。
「神尾によろしくな」
「神尾神尾うるせえんだよ。宍戸、言っとくがてめえ必要以上にあいつに構うんじゃねえぞ」
「……お前も馬鹿だよなぁ」
「ああ?」
掴みかかってきそうな跡部を笑いながらあしらって、じゃあなと後ろ手で宍戸は手を振った。
じゃあな、と跡部からも返事がかえってくる。
そしてお互い、向かうのだ。
自分の足で、自分の意思で、一番行きたい場所、一番会いたい相手の元へ。
「テメェ……跡部、何の真似だ」
瞬間は呆然と、すぐに目つきも口調も荒く宍戸は跡部を睨みつけた。
放課後のサロンは混雑のピークを過ぎて人影も疎らだ。
一見険悪そうな雰囲気にも人目は然程集まらない。
「へこんだ時は、普段飲まないような甘い飲物をオーダー。お前の行動パターンは変わんねえな」
「………………」
整いすぎて怖いとまでいわれている顔に冷笑を浮かべ、跡部は宍戸の向かいの席に勝手に腰を下ろした。
宍戸が学食で買ってきてこのサロンまで持ってきたココアは、まだ湯気をたちのぼらせたまま手付かずだった。
勝手に人の行動パターンをよむ跡部自身にも腹が立ったが、よりにもよってと宍戸はココアのカップを見据えて呻いた。
「ココアに砂糖入れんじゃねえよ!」
「今月から甘みを減らさせた」
「あ?」
「ココアというからには、相応のカカオの味を前面に出せっつったんだよ。砂糖味のココアなんざ飲めるか」
「お前の好みでクレームつけてんじゃねえよ」
跡部の言い草に呆れた宍戸は、しかしある意味跡部ならそれくらいは普通にするだろうと思い、憮然とした面持ちでカップに手を伸ばした。
スプーンでひとまわししてから口をつけて、ひとくち飲んで。
「………………」
「どうよ? ワンパターン行動のお前の好みの味だろ」
「……うるせえよ」
しっかりとしたカカオの濃い香り。
跡部が勝手に放り込んできた角砂糖の分で、確かにちょうどいい、今宍戸が飲みたかった味がする。
向かい合って座って同じような目の高さになっても、跡部は見下ろすような目をしてみせる。
尊大で、そして。
相変わらず濃やかに状況を理解している男だ。
宍戸がひっそりと溜息をもらすと、跡部は腕組みをして椅子に寄りかかった。
「随分長引いてるじゃねえの」
「……知らねえよ」
完全な個人主義のくせに、跡部は時々個々に直接手を差し伸べるような行動を起こす。
本当に時々。
ささいな事では口を出してこない男だから、いい加減目に余るのかもしれない。
そう思うと宍戸も反発し辛くなる。
「放ってあるのか? それとも修正も効かねえのか?」
「さあな……」
答えるなり宍戸は向こう脛をテーブルの下で蹴られた。
「痛ぇだろ!」
「知るか!」
怒鳴りあって、口を噤んで。
沈黙の後、結局宍戸は溜息だ。
不機嫌そうな跡部もまた、席を立ちはしない。
「いい加減鬱陶しいんだよ。お前ら」
「悪かったな、鬱陶しくて」
「普段無駄にベタベタしやがってるから鬱陶しさが倍増すんだよ」
「別にベタベタなんざしてねえし」
ただ。
ここ数日は、確かに。
「……確かに、自分でも鬱陶しいとは思ってんだよ」
「鳳がか?」
「アホ。何で長太郎がだ」
「庇うくらいなら揉め事なんざ起こすな。バァカ」
辛辣で遠慮ない物言いの跡部に、結局本人は不本意だろうが、心配をされている訳だ。
宍戸は次第に反発する気もなくなって、ココアを一口ずつ飲みながら心情を吐露する。
「鬱陶しいのは俺だ。…ダセェ」
「痴話喧嘩だろうが。どうせ」
跡部は腕を組んだまま唇の端を引き上げた。
「見当違いの嫉妬でもして、精々言わなくていい事でも言ったんだろ」
「……最初は」
「それでさすがに言われた方もきれて、派手に言い争ったまま険悪ムードって?」
「どこで見てたんだ、お前」
「見るまでもねえだろ」
呆れた溜息を吐き出し跡部は説教じみた口調で宍戸に言った。
「鳳が、よそに目いく訳ねえだろ。俺様にはさっぱり判らねえが、お前以外に何の興味もねえようだしな。あいつは」
「あー…、…跡部。いっこ訂正しとくわ」
「ああ?」
長く続きそうな話を遮って、宍戸はカップに口をつけながら、ちらりと上目に跡部を見やった。
「お前の予想はだいたい合ってっけど、逆だ」
「逆?」
不審げに眉根を寄せた跡部に、宍戸は歯切れ悪く伝える。
「見当違いの……ってのが長太郎で。…きれたのが俺だ」
秀麗な面立ちをあからさまに歪めた跡部に、宍戸は尚も告げる。
「……で、お前だ」
「俺だ?」
頭のいい男は、一瞬怪訝そうにしたものの、すぐに全部を理解したらしい。
宍戸の目の前で心底うんざりとした顔で怒り出した。
「俺とお前で何を考えるんだあの馬鹿は」
「俺だってそう言った」
でも、判ってない、と鳳は宍戸の前で呻いたのだ。
恋愛感情の話だけじゃないんです、と言って宍戸の肩を握りつぶしそうに強く掴んで、叫んだ。
「お前の言う通りだよな、跡部…」
「宍戸?」
「俺が、よそに目いくわけない。あいつ以外に何の興味もない」
少しずつ冷めてきた甘い飲物を飲みながら、宍戸はぼんやりと呟いて。
思い返せば、今こうして何日も口がきけなくなるくらい、あの時何を言い合ったのかと不思議になる。
「……ったく、どいつもこいつも」
「…跡部?」
ふと耳に届いた呻き声に宍戸は顔を上げた。
跡部が、取り繕った表情ではなく、判りやすい明け透けな顔で前髪をかきあげて嘆息している。
「人を勝手に当て馬にしやがって」
不機嫌極まりないその様子に、宍戸も気をとられてしまう。
「跡部…お前」
「クソ生意気な二年ばっかじゃねえかよ」
「長太郎は生意気じゃねえだろ」
「この期に及んでまだ庇いたてするのかお前は」
心底呆れた目を跡部から向けられて、さすがに宍戸も気恥ずかしく押し黙ってしまった。
無意識のうちにだが、どれだけ揉めているさなかであっても、やはり鳳の事であれば宍戸は聞き流せないのだ。
「日吉の野郎も、勝手に人を当て馬にしやがるわ…」
「若?…って、もしかして、滝と、お前?」
芯の強さと清楚な佇まいが共存している同級生、滝を名前で呼ぶのは跡部だけだ。
しかしそれだけが原因ではないのだろう。
宍戸は、自分と鳳との諍いで跡部の存在が出てきたときには判らなかった事が不意に見えてきて、納得した。
跡部という男は、特別だ。
力があり、存在感があり、一見暴君のようでいながら自らが認めた相手を大事にする時の懐の深さ。
確かに恋愛感情があるかないかという話だけではない何かが跡部という男にはある。
「呆れて物も言えねえよ、ガキ共には」
「跡部……お前も、何つーか……大変だな」
「てめえが言うな」
本気で嫌そうに吐き捨てた跡部は徐に席を立った。
「俺様はこの世で一番馬鹿な二年んとこに行くが。お前はどうするんだ、宍戸」
「ん、謝ってくるわ。長太郎に」
「バカ、謝らせろ。何でお前が謝るんだ」
「あいつが怒ってるからだよ。跡部も、あんまり神尾いじめんなよ」
「うるせえ」
不貞腐れた言い方をする跡部が目新しく、宍戸は少し笑って立ち上がった。
その名前の前だと、跡部も普段とは違う表情をみせる。
テーブルを挟んで対峙した跡部に宍戸は駄目押しで言ってやった。
「神尾によろしくな」
「神尾神尾うるせえんだよ。宍戸、言っとくがてめえ必要以上にあいつに構うんじゃねえぞ」
「……お前も馬鹿だよなぁ」
「ああ?」
掴みかかってきそうな跡部を笑いながらあしらって、じゃあなと後ろ手で宍戸は手を振った。
じゃあな、と跡部からも返事がかえってくる。
そしてお互い、向かうのだ。
自分の足で、自分の意思で、一番行きたい場所、一番会いたい相手の元へ。
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