How did you feel at your first kiss?
跡部はうっすら目を開けた。
間近に見えるのは神尾の瞼の薄い皮膚の色と、上の空の気配だ。
上の空。
構っている相手からそんな態度をとられれば、普通は腹がたつだけだが、よりにもよって、と跡部は眉根を寄せた。
むかつくはむかつくのだが、単純にただ腹をたてている訳ではない自覚もしつつ跡部は目つきをきつくする。
「…おい」
「………、……ふ…」
キスを強引に止め、唇を引き剥がすと、跡部がソファに組み敷いて貪っていた唇からは細い熱い息が漏れた。
至近距離から見下ろせば、閉ざされていた瞼が開いて、瞬きする震える睫の下でその目は潤んでいた。
赤くなっている頬を多少手荒に指先で擦ってやって、跡部は不機嫌に凄んだ。
「本当にてめえは俺を苛つかせるのだけはうまいな」
「…え…?………」
必要以上にきつくなってしまった物言いは跡部の本心を隠す虚勢にすぎなかったのだが、潤んだ目の神尾はひどく不安げに跡部を見上げてきた。
「ごめ、……」
「………………」
そんな顔をするくらいならキスのさなかに上の空になどならなければいいものをと跡部は嘆息した。
跡部の溜息に神尾が小さく竦む。
つながっていた視線が神尾の方から解かれそうになって、跡部は逃げかける小さな顔を片手で包んでもう一度口付けた。
残り火の再燃のように、飢えに微かな火がついて。
舌で深く口腔を貪ると神尾の子供っぽい手が懸命に跡部のシャツを掴んで取り縋ってくる。
不器用な手つきだ。
でも、それを感じている跡部のキスも、多分神尾のそれと同じようなものだった。
不器用に自分達はいつも手探りだ。
お互いの事には、いつもこうしてたどたどしくなる。
ひとしきり黙ってキスを交わしてから、跡部は引き千切るようにして唇を離し、神尾の喉元に顔を埋めた。
「……跡部…?」
だからそういう心細げな声を出すくらいならな、と跡部は憮然として。
しかし、黙っていても神尾に通じる訳ではないので、投げやりに言ってやった。
「他のこと考えてんじゃねえよ。生意気に」
「え?……や、…そ…ゆーんじゃなく…」
跡部の肩あたりのシャツをぎゅっと両手で握りこんだまま、神尾が慌てた声を出す。
ちがうちがうと言い募る懸命さに少しばかり跡部の気も晴れた。
むかつくだけならまだいい。
キスをしているさなかに気も漫ろにされて、それがただ純粋に嫌なのだからどうしようもないと、跡部は自嘲を決して見せずに嘆息する。
黙ったまま神尾の喉元に顔を伏せていると、どうやら神尾には荒い声を放って怒鳴るより、よほどこういう態度の方が堪えるのだと跡部は知った。
「跡部。違うってば」
「………………」
「跡部ー。なーってば」
せいぜい戸惑えばいい。
跡部が答えないでいると、案の定と言うべきか、神尾は跡部を両腕で抱き締めるようにしておろおろし出した。
「な、跡部、…なぁ、ごめんってば…」
「………………」
ぎゅうっと。
しがみつかれているんだか抱き締められているんだか判らない感触に包まれて、跡部は完全に脱力した。
薄い身体に体重をかけても、神尾は苦しがるよりも、相変わらず慌てているままだ。
細いけれどもしっかりとした腕で跡部の背中を抱く神尾は、生意気にも跡部の背中を宥めるように叩いたりして、さすったりもして、むやみやたらに一生懸命だ。
「違うんだよう。数字がさ、四がさ、不思議だなーって思ってただけなんだって」
突然神尾が言い出した言葉の意味が、跡部にはまるで判らなかった。
無言でいる跡部に神尾は尚も必死だ。
「増やして読むとさ、し、なんだけど、減らして読むと、よん、じゃん」
「……ああ?」
「な、不思議だろ?」
「…………お前の頭の中がな」
「へ?」
跡部はゆらりと頭を持ち上げる。
上げた視線で剣呑と神尾を見据えると、神尾がぱちりと音でもしそうに瞬きした。
「…跡部?」
「てめえは、そんなくだらねえこと考えてやがんのか…!」
キスのさなかにと跡部が怒鳴ると、神尾は一気に赤くなった。
あ、とか、う、とか、声にならない形で唇が動いている。
どうして今更これくらいでそこまで赤くなれるのか。
跡部には理解不能だ。
「だ…、…跡部が、…!」
あまつさえここで人のせいにされる筋合いもない。
「俺が何だ」
憮然と跡部は促した。
明晰な頭脳を持つ跡部でも、神尾の考えそうな事というのは案外予想がつかない。
そんなくだらない事に気をとられるようなキスをした覚えもないがと跡部は不機嫌に神尾を睨みつけた。
「俺が、何だ」
言葉を区切って睨みつけてやると、神尾はちょっと涙目になった。
普段から仮に跡部が怒鳴ろうが不機嫌になろうがまるで怯まない神尾だ。
その涙目は羞恥からきているものらしかった。
「俺、もう帰るって、四回目、だぞ。言ったの」
「………ああ?」
跡部は怪訝に眉をひそめた。
案の定神尾が更に訳の判らない事を言い出したのだ。
「四回も、もう帰るって、言ってんのに」
「………………」
「お前、そのたんび、…キス、とか…するし…!」
「……とかって何だ。それ言うなら、しか、だろうが」
キスしかしてねえだろと毒づくと、神尾は拳を握って、その手の甲を口元に押し当ててますます赤く茹だった。
「だ…っ、…から! あと、十秒…だけって、そしたら、今度こそ帰るんだって、数えてたら、…そしたら、よんが、あれ?って…!」
「神尾。…お前な」
「そしたら、四がさ…!」
四が!と叫ぶ神尾に跡部は頭を抱えたくなった。
数々の事実にだ。
「………………」
四回も阻止したのか自分はと、無意識の己の行動を突きつけられ。
神尾はそんな赤い顔をして、そういえばキスを抗う素振りはなく、どうやらやめなければならないキスをとめられなくて、小さなタイムリミットでずるずると先延ばしにしていたと。
そう神尾は言っているらしい。
四が!と相変わらず色気も何もない言葉を叫ぶ神尾の姿に煽られる自分もどうかしていると跡部は思いながらも。
神尾の両手首をソファに押さえつけた。
「……跡…、…部…?」
「………帰るって、十回言えたら、帰してやる」
あと六回な、と吐息程度に囁いて跡部は神尾の唇を塞ぐ。
神尾の手首に力をかけて、咄嗟に少しだけもがいた神尾の動きを遮った。
ひとしきり貪って、小さな喉声が幾分苦しげになったので僅かに唇をずらしてやると、濡れたような呼気を吐き出して神尾が跡部を涙目で睨む。
「言…え…ね、じゃん……っ…、なんにも、これじゃ」
赤い顔で抗議してくる神尾の顔を、跡部は満足気に眺め下ろして、濡れた唇を啄ばんでからまた舌を挿入させる。
「んん、…、……っ…」
「言えなきゃこのまんまだからな。お前」
「…っ……門限…、あん…だよ…」
知ってて何で意地悪ばっかするんだよと切れ切れに神尾に叫ばれて、跡部は楽しくて仕方がなかった。
そこまで話せるならば、さっさとあと六回。
帰ると言えばいいものを。
そう思うと楽しくて仕方がなかったのだ。
十回に。
到達しないと帰れない神尾は「し」と読むだろう回数を、跡部は心のうちで「よん」と読むのだ。
逆からのカウントダウンは、ラスト一回をおそらくひどく名残惜しく思うからだ。
間近に見えるのは神尾の瞼の薄い皮膚の色と、上の空の気配だ。
上の空。
構っている相手からそんな態度をとられれば、普通は腹がたつだけだが、よりにもよって、と跡部は眉根を寄せた。
むかつくはむかつくのだが、単純にただ腹をたてている訳ではない自覚もしつつ跡部は目つきをきつくする。
「…おい」
「………、……ふ…」
キスを強引に止め、唇を引き剥がすと、跡部がソファに組み敷いて貪っていた唇からは細い熱い息が漏れた。
至近距離から見下ろせば、閉ざされていた瞼が開いて、瞬きする震える睫の下でその目は潤んでいた。
赤くなっている頬を多少手荒に指先で擦ってやって、跡部は不機嫌に凄んだ。
「本当にてめえは俺を苛つかせるのだけはうまいな」
「…え…?………」
必要以上にきつくなってしまった物言いは跡部の本心を隠す虚勢にすぎなかったのだが、潤んだ目の神尾はひどく不安げに跡部を見上げてきた。
「ごめ、……」
「………………」
そんな顔をするくらいならキスのさなかに上の空になどならなければいいものをと跡部は嘆息した。
跡部の溜息に神尾が小さく竦む。
つながっていた視線が神尾の方から解かれそうになって、跡部は逃げかける小さな顔を片手で包んでもう一度口付けた。
残り火の再燃のように、飢えに微かな火がついて。
舌で深く口腔を貪ると神尾の子供っぽい手が懸命に跡部のシャツを掴んで取り縋ってくる。
不器用な手つきだ。
でも、それを感じている跡部のキスも、多分神尾のそれと同じようなものだった。
不器用に自分達はいつも手探りだ。
お互いの事には、いつもこうしてたどたどしくなる。
ひとしきり黙ってキスを交わしてから、跡部は引き千切るようにして唇を離し、神尾の喉元に顔を埋めた。
「……跡部…?」
だからそういう心細げな声を出すくらいならな、と跡部は憮然として。
しかし、黙っていても神尾に通じる訳ではないので、投げやりに言ってやった。
「他のこと考えてんじゃねえよ。生意気に」
「え?……や、…そ…ゆーんじゃなく…」
跡部の肩あたりのシャツをぎゅっと両手で握りこんだまま、神尾が慌てた声を出す。
ちがうちがうと言い募る懸命さに少しばかり跡部の気も晴れた。
むかつくだけならまだいい。
キスをしているさなかに気も漫ろにされて、それがただ純粋に嫌なのだからどうしようもないと、跡部は自嘲を決して見せずに嘆息する。
黙ったまま神尾の喉元に顔を伏せていると、どうやら神尾には荒い声を放って怒鳴るより、よほどこういう態度の方が堪えるのだと跡部は知った。
「跡部。違うってば」
「………………」
「跡部ー。なーってば」
せいぜい戸惑えばいい。
跡部が答えないでいると、案の定と言うべきか、神尾は跡部を両腕で抱き締めるようにしておろおろし出した。
「な、跡部、…なぁ、ごめんってば…」
「………………」
ぎゅうっと。
しがみつかれているんだか抱き締められているんだか判らない感触に包まれて、跡部は完全に脱力した。
薄い身体に体重をかけても、神尾は苦しがるよりも、相変わらず慌てているままだ。
細いけれどもしっかりとした腕で跡部の背中を抱く神尾は、生意気にも跡部の背中を宥めるように叩いたりして、さすったりもして、むやみやたらに一生懸命だ。
「違うんだよう。数字がさ、四がさ、不思議だなーって思ってただけなんだって」
突然神尾が言い出した言葉の意味が、跡部にはまるで判らなかった。
無言でいる跡部に神尾は尚も必死だ。
「増やして読むとさ、し、なんだけど、減らして読むと、よん、じゃん」
「……ああ?」
「な、不思議だろ?」
「…………お前の頭の中がな」
「へ?」
跡部はゆらりと頭を持ち上げる。
上げた視線で剣呑と神尾を見据えると、神尾がぱちりと音でもしそうに瞬きした。
「…跡部?」
「てめえは、そんなくだらねえこと考えてやがんのか…!」
キスのさなかにと跡部が怒鳴ると、神尾は一気に赤くなった。
あ、とか、う、とか、声にならない形で唇が動いている。
どうして今更これくらいでそこまで赤くなれるのか。
跡部には理解不能だ。
「だ…、…跡部が、…!」
あまつさえここで人のせいにされる筋合いもない。
「俺が何だ」
憮然と跡部は促した。
明晰な頭脳を持つ跡部でも、神尾の考えそうな事というのは案外予想がつかない。
そんなくだらない事に気をとられるようなキスをした覚えもないがと跡部は不機嫌に神尾を睨みつけた。
「俺が、何だ」
言葉を区切って睨みつけてやると、神尾はちょっと涙目になった。
普段から仮に跡部が怒鳴ろうが不機嫌になろうがまるで怯まない神尾だ。
その涙目は羞恥からきているものらしかった。
「俺、もう帰るって、四回目、だぞ。言ったの」
「………ああ?」
跡部は怪訝に眉をひそめた。
案の定神尾が更に訳の判らない事を言い出したのだ。
「四回も、もう帰るって、言ってんのに」
「………………」
「お前、そのたんび、…キス、とか…するし…!」
「……とかって何だ。それ言うなら、しか、だろうが」
キスしかしてねえだろと毒づくと、神尾は拳を握って、その手の甲を口元に押し当ててますます赤く茹だった。
「だ…っ、…から! あと、十秒…だけって、そしたら、今度こそ帰るんだって、数えてたら、…そしたら、よんが、あれ?って…!」
「神尾。…お前な」
「そしたら、四がさ…!」
四が!と叫ぶ神尾に跡部は頭を抱えたくなった。
数々の事実にだ。
「………………」
四回も阻止したのか自分はと、無意識の己の行動を突きつけられ。
神尾はそんな赤い顔をして、そういえばキスを抗う素振りはなく、どうやらやめなければならないキスをとめられなくて、小さなタイムリミットでずるずると先延ばしにしていたと。
そう神尾は言っているらしい。
四が!と相変わらず色気も何もない言葉を叫ぶ神尾の姿に煽られる自分もどうかしていると跡部は思いながらも。
神尾の両手首をソファに押さえつけた。
「……跡…、…部…?」
「………帰るって、十回言えたら、帰してやる」
あと六回な、と吐息程度に囁いて跡部は神尾の唇を塞ぐ。
神尾の手首に力をかけて、咄嗟に少しだけもがいた神尾の動きを遮った。
ひとしきり貪って、小さな喉声が幾分苦しげになったので僅かに唇をずらしてやると、濡れたような呼気を吐き出して神尾が跡部を涙目で睨む。
「言…え…ね、じゃん……っ…、なんにも、これじゃ」
赤い顔で抗議してくる神尾の顔を、跡部は満足気に眺め下ろして、濡れた唇を啄ばんでからまた舌を挿入させる。
「んん、…、……っ…」
「言えなきゃこのまんまだからな。お前」
「…っ……門限…、あん…だよ…」
知ってて何で意地悪ばっかするんだよと切れ切れに神尾に叫ばれて、跡部は楽しくて仕方がなかった。
そこまで話せるならば、さっさとあと六回。
帰ると言えばいいものを。
そう思うと楽しくて仕方がなかったのだ。
十回に。
到達しないと帰れない神尾は「し」と読むだろう回数を、跡部は心のうちで「よん」と読むのだ。
逆からのカウントダウンは、ラスト一回をおそらくひどく名残惜しく思うからだ。
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