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How did you feel at your first kiss?
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 昼休み、乾はふらふらと部室に現れた。
 案の定だと部室で彼を迎え入れた海堂は思う。
 長身を幾分丸まった猫背で普段よりも少しだけ小さくして、それでもゆったりと和んだ笑顔で乾は近寄ってきて、海堂の隣に座った。
「待たせた?」
 ごめんな、と低い声で囁き乾は海堂の顔を覗きこむようにした。
 部室の長椅子は充分ゆとりがあるのに、互いの距離は随分と近い。
 海堂は乾と目線を合わせて、小さく首を左右に振る。
 そっか、と乾は笑った。
 乾は何だかいつもさりげなくて優しい笑い方をする。
「………………」
 以前は、乾はもっと、せっかちというか、マイペースな男だと、海堂は思っていた。
 知識欲旺盛で、独自の行動をとるから、そう見えていた。
 乾の言動は突拍子がないと感じていた海堂だったが、次第に海堂にも、乾の慎重で丁寧な部分が判るようになってきた。
 そういう乾が海堂に深い理解と強い信頼をくれるから、海堂は随分と気持ちが楽になる。
 今も、昼休みに部室でという唐突な海堂の呼び出しに、乾はおそらく不思議に感じているだろうけれどもいきなりそれを尋ねてきたりはしない。
 海堂の隣でしっかりと目線を合わせての笑みを浮かべた後は、ふっと気配を散らせてくれる。
 それは海堂の一呼吸分だ。
「呼び出してすみません」
「いいや? こっちこそ」
「…は?」
「機嫌よすぎて悪いね」
「………何っすか…それ」
「言葉のままだよ」
 確かに機嫌の良さそうな、やさしいやわらかな口調だ。
 自分といると乾は時々こんな風になる。
 それが判ってしまって海堂はほんの少し戸惑って。
 でも、多分他の誰にもしない行動を、それで乾にはとってしまうのだ。
 海堂は乾の肘あたりの制服に指を伸ばす。
 きゅっと握りこんで軽く引くと、おや?というように乾が海堂の手を見下ろした。
「……ん?」
「呼び出したのは…」
「うん」
「ちゃんと起こすんで」
「海堂?」
「少し、寝た方がいいです……あんた」
 びっくりしたように海堂を見つめてくる乾の腕を、海堂は視線をずらして引っ張った。
 少々無理矢理に。
 乾は逆らわなかった。
 すべて海堂がしたようになる。
 乾は仰向けで海堂の腿の上に頭を乗せ、突如変わった体勢のバランスをとるように長い足を片方膝から折り曲げて長椅子の上に乗せ、もう片方を床についたまま海堂を見上げてきた。
 骨ばった大きな手の片方は腹部の上に乗っていて、逆の手は長椅子の上から少しはみ出るように伸ばされていた。
 頭だけ海堂の腿の上に、四肢は脱力して投げ出されていて。
「………………」
「気づくと俺はこんな風にすごく役得な体勢なわけだが……」
 それこそ嬉しそうな笑みをひとつ唇に湛えて、乾はゆったりと海堂の膝枕の上で最後の力を抜いてきた。
 海堂は黙って乾の眼鏡をとった。
 慎重にそれをテーブルの上に置き、右の手のひらで乾の目元をそっと覆った。
 昼間のあかりを遮る為。
 それから、疲れている目は手のひらで包むように覆ってやれば体温の蒸気で温められると聞いたからだ。
 じんわりと目が温まるのか、暫くすると乾の唇からちいさく吐息が零れた。
 海堂も微かに息をもらし、囁いた。
「寝たら起きれないかもしれないから、寝ないでいるっていうの、止めた方がいいっすよ……先輩」
「そうだなあ」
 また、ちゃんと、寝てない。
 それが今朝海堂が乾を見て最初に感じた事。
 だから昼休みにこうして呼び出した。
「それから、寝て起きてもどうせ眠いなら寝なくても一緒だっていうのも…」
「うん」
「変っすよ」
「うん」
 乾の目元を手のひらで覆って。
 腿を枕代わりにして。
 目覚ましのアラームの代わりもする。
 それくらいしか出来ないけれど。
 本当はもっと上手に、何か出来ることは他にあるかもしれないけれど。
 今の海堂にはこれが精一杯だ。
 今朝、乾と最初に会った時からずっと海堂は考えていて、結局出来るのはこれくらいのことだけれど。
「海堂」
「……はい?」
「じゃ、お言葉に甘えて」
 乾の唇の端が笑みの形に引きあがる。
 海堂はそれを眺め下ろして、見えていない相手に頷きだけで返した。
 乾はちゃんと判ってくれて。
「………あー……そういえば、朝弱い人でも効果的に目覚める方法ってさ…」
「……喋ってないで寝て下さい。昼休みそんなに時間ねえんだから…」
 呆れ混じりに海堂が言えば、乾はふわふわと笑いながら、最後にこれだけとどことなく眠気の滲んで蕩けたような低音で言った。
「目を覚まして、起きたらすぐにできる楽しみを、何かひとつ用意しておくことだって言うよな」
「楽しみ……っすか…」
「そう。……例えば、甘いものが好きなら、プリンでもケーキでも、起きたら食べられるってものを用意しておく。聴きたい音楽があればそれを用意しておく。そういうの。ご褒美みたいな感じかな」
 確かに、その心理はよく判る。
 海堂が、早起きが然して苦痛でないのは、日課の早朝ランニングがあるからだ。
 走るのが好きで、その為の起床時間を厭うことはなかった。
 海堂が黙って聞いていると、乾はまたあのやわらかな笑みを零して小声で言う。
「目を覚ました時に最初に見るのが海堂で」
「………………」
「その海堂に起こしてもらえるかと思うと、起きるのが楽しみだ」
「………………」
 それは聞いた側から消えていくような、小さくささやかな声音だったけれど。
 海堂の胸に、すうっと忍んで、微かな熱を放って、そこに定着する。
 気持ちの住処に定着する。
「………………」
 寝入っていく男を腿に乗せ、目元を丁寧に覆い、海堂は空いた手を、乾の腹部の上、そこに乗せている手の上に重ねた。
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