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How did you feel at your first kiss?
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 かわいいなあと思う。
 乾は、つい笑みを零した。
 前方から歩いてくるよく似た面立ちの兄弟は、色違いのマフラーを巻いていた。
「……いいなあ」
「やんねえからな。葉末は」
 一月の天気の悪い寒空の下、偶然対面した相手に、乾が最初に零した呟きに。
 乾の後輩は、いかにも判りやすい表情で乾を牽制してきた。
 多分に真剣な顔でそんな事を言って、海堂は自身の背後に連れていた弟を隠してしまった。
 そういう本気の威嚇と、本気の心配。
 言葉も仕草も本当にかわいい。
 乾は頷いて笑った。
「確かに葉末君みたいな弟がいたらいいけど、海堂みたいなお兄ちゃんっていうのも、すごくいいと思ってさ。海堂見てると」
「……………こんなでかい弟いらねえ」
 普段口の重い海堂は、それでも去年の夏にダブルスを組んでから、乾相手に少しずつ言葉数が多くなった。
 乾が部活を引退した後も、自主トレを時々一緒にしたり、直接テニスをしなくても一緒にいる時間が出来た。
 そういう、つまりは恋人を。
 そんなに真剣に睨みつけるのはどうかと思うよ?と。
 乾は海堂の耳元で笑み混じりにひっそりと告げた。
「乾さん」
 恐らく海堂は怒鳴るか何かしたかったのだろうけれど。
 ぐっと息をのんだ海堂が何か言うよりも先、海堂の背後に隠されていた葉末が、顔を出してきた。
 海堂の腕と胴の間から律儀にぺこりと頭を下げてから、これもまた兄弟ゆずりのかわいげのある威嚇で乾をじいっと見上げてくる。
 乾は一層笑みを深めて首を左右に振った。
「とらないとらない。お兄ちゃんとらないから。葉末くん。そんな両方から睨まなくても」
 本当に仲良いね、と乾は左手で葉末の頭を撫で、右手の指の関節で海堂の頬を撫でた。
 葉末は擽ったそうに首を竦め、海堂は息を詰めて緊張しつつ、その目元がうっすらと赤くなる。
「別に俺は、海堂のお兄ちゃん役とか、葉末くんの弟役とかでもいいよ」
「……もう似たようなもんだろ…」
 海堂が呆れた風に言う声に被って、葉末がしみじみと言う。
「わあ、ぼく弟が欲しかったんです」
 きらきらとした葉末の表情に、一瞬の沈黙の後、乾は笑い出し、海堂は唖然として、顔を見合わせた。
 葉末はそんな二人を見上げて、冗談ですと言う様に、にこにこと笑った。
「乾さんに兄さんはあげられませんけど、これはあげられます」
 よかったらどうぞ、と葉末は海堂の背後から出てきて、胸の所で腕に抱えていた紙袋を乾へと差し出した。
 ひょいと乾が中を覗き込むと、微かに湯気のたつ焼芋がゴロゴロと入っていた。
「いっぱいおまけしてもらったんです」
「美人のお兄ちゃんと、かわいい弟の兄弟だからだね。…じゃ、ひとついただこう」
 ごちそうさま、と乾は紙袋の中から焼き芋をひとつ手に取った。
 思いのほか手は冷えていたらしく、じわりと熱が浸透してくる。
「……あんた、何でそんな薄着なんですか」
 溜息混じりに海堂は首に巻いていた白いマフラーを外す。
 両手でふわりと乾の首にかけて丁寧に巻きつけていく。
「おい、海堂」
「プリンタのインクでもきれたんですか?」
「……何で判るんだ」
「あんたの行く先にある店考えて。何となくっす」
 呆れた風情で吐息を零し、海堂は微かに笑った。
 人に気づかれる事の少ない微量の笑みが、乾には判るし、それがこの上なく目に甘い。
 手には焼き芋があるせいもあり、乾は海堂の動きをとどめる事はできなかった。
 ただ、海堂の首から自身の首から移されてきたマフラーは、手の中の食べ物同様に染入るように温かかった。
「海堂。これ」
「次会った時でいいです」
「いや、それは勿論だけど。これじゃ今寒いだろう、お前が」
「別に」
「別にってお前…」
「……寒くなくなったんだよっ」
 あれ?と乾は首を傾げた。
 ひそめた声だったけれど、海堂は実際に肌を温かそうな色にして、怒鳴っていた。
「行くぞ。葉末」
「はい。乾さん、さようなら。またうちに遊びにきてくださいね」
 乾に向き直ってしっかりと挨拶をする葉末の手から紙袋を受け取って、海堂はあっさりと背を向け歩き出した。
「………………」
 そんないきなりの別れ方。
 しかし、それがこわいくらい幸せな別れ方で、乾は海堂の手で巻かれたマフラーに口元を埋めて、ぽつりと呟いた。
 目は真っ直ぐに恋人の後姿を見つめている。
「……うなじまで真っ赤だよ…お前」
 誰に告げるでもなく放たれた乾の言葉は、今ここにある日常という真実だ。
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