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How did you feel at your first kiss?
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 例えば、聞き取れなかった言葉の聞き返し方。
 電話の切り方。
 雑談の終わらせ方。
 キスの始め方。
 繋げた身体の離し方。
 乾のやり方は、いつも特別で、いつも普通で、優しく流れていく。
 海堂は乾にされた事、言われた事を、思い出すことは出来るけれど。
 乾がいつも必要以上に誇示してはこないから、海堂はゆっくりと、考えたり受け入れたり不思議に思ったりする事が出来る。
 乾の言動は独特だと言われているらしい。
 海堂も最初はそう思った。
 でもゆっくりと、ずっと、傍にいて。
 深いところが判ってくる。
 乾独自の、言葉の言い回しや、物事の突き詰め方、フットワーク、興味の対象。
 自己が確立していて、むやみやたらと感化されることはないようでいて、でも決して頑なではない。
 個人主義に思われがちだが、誰よりも、人の異変や変化に敏感だ。
 何でも好きなようにしているようでいて、実際は自分の事などは平気で後回しにしたりする。
 乾の深いところを知っていく。
 それと同時に、海堂も乾に深いところを知られていく。
 人に見せなかったような自分を、見せられるし、見せたりもする。
「……かーいどう」
「………………」
 ベッドから降りようとしていた海堂は、背後からの乾の腕でいとも簡単に毛布へと引き戻されてしまう。
 巻きついてくる両腕でしっかりと抱え込まれて、でもその腕の力は無理矢理というよりは手放しの甘えでしかない。
「どこ行くの」
「………喉かわいたんで…」
 離せと言うのは簡単だ。
 でも海堂は自身の腹部に回されている乾の手を軽く叩いてその言葉の代わりにした。
 離されたくないのだと、ひっそりと思う。
「……離したくないなあ…」
「………………」
 海堂の心中をそっくり奪って乾の主観にすりかえたような言葉。
 低い声で艶めいてねだられて、海堂は小さく肩を竦めた。
 海堂よりも背の高い乾だったが、ベッドの中でこうして横たわっていると、身長差というものはなくなってしまう。
 それでもこうして背後からすっぽりと肢体を包まれてしまうと、乾の身長が自分よりも高いということを思い知らされる。
 海堂は背後から年上の男に甘えてこられて、その腕の中に封じ込められて、吐息をこぼす。
 呆れてでもなく、諦めてでもなく。
 あいしていて、その束縛を。
「海堂」
 うなじに、肩口に、唇を寄せられる。
「……時間が来たら、帰んのはあんただろうが…」
 海堂の部屋で。
 今はこうして二人きりでいるけれど。
 あとどれだけかしたら、然程多くはない時間が過ぎたら、乾は帰っていく。
 学年がひとつ違うという事は、それだけで日常生活の中に接点が少ない。
 圧倒的に。
 乾が部活を引退してからは尚の事で。
 毎日、ひどく渇望している気がする。
 一緒にいられれば、満たされすぎて、今度はこうして甘ったるくなるばかりだ。
「海堂」
「…はい?」
 首筋に唇が押し当てられて、海堂は目を閉じて返事をした。
 ただ抱きしめあったり、睦みあったり、話をしたり。
 そういう事は、平素にいきなりするとなると、なかなかできない。
 海堂が身構えてしまうのだ。
 しかし、こんな風に事後に。
 脱力している時ならば、海堂にも必要以上の身構えがなくなった。
 乾は当然判っているのだろう。
 した後の、海堂への構い方は。
 優しいという一言では、到底くくれない程で。
 甘やかし方も、甘え方も、手加減がない。
「七年後…っていうのは、これは、計算間違いだな、やっぱり」
「先輩?……」
 いきなり何の話だと肩越しに乾を振り返ろうとした海堂の唇は。窮屈な体勢のまま浅いキスで塞がれた。
 唇と唇とが離れる時に、小さく音がした。
「………………」
「五年後にしよう。二年早めて」
「………何の話っすか…」
「俺が大学を出る時じゃなく、海堂が大学に入る時で」
 海堂の困惑などお構いなしに乾は話を進めていく。
 乾は時々、七年後、の話をする。
 何かにつけ、七年後を語る。
 どうやら七年後というのは乾が大学を卒業する年らしい。
 海堂は自分の背後で、しがみつくようにして抱きしめてくる乾が、ぶつぶつと呟く言葉に淡く微笑した。
 海堂のいる所に帰りたい。
 まるっきりプロポーズのような言葉を、乾は将来の展望への、志望動機のようにしてよく口にした。
 淡々と、浮ついた所などまるで見せず、堅実に計画しているらしい。
「乾先輩」
「何だ、海堂?」
「大事な話をする時はちゃんと正面からにして下さい」
 乾が考えている事であっても、乾だけの話ではないのだ。
 予定を変更するというのなら、ちゃんと、自分の顔を見て、目を見て、自分にも話をしろと海堂は言った。
 乾は迷う風に少し笑って、海堂を抱き込む腕に力を込めてきた。
 ぴったりと背中に密着する体温。
 背後から耳の縁に唇が寄せられる。
「…………何やってんですか。人の話聞いて…」
「今正面から海堂のこと見たら、もう一回手を出しそうなんだが」
「……百まで数えて、それまでに終わるんならいいっすよ」
 海堂はあくまで時間を気にして言ったのだが、乾は身体を震わせて笑い出した。
 海堂は抱きしめられたままだから、それが全部伝わってくる。
「………何馬鹿笑いしてんですか。あんた」
「や、…想像したらあまりに可愛くて」
「可愛いわけあるか…!」
「可愛いだろ。普通に考えて」
 何がどうしたのか、ツボにはまったように乾は笑ったままになる。
 海堂は憮然となって、だがしかし。
 笑うだけ笑った乾が、次第に笑いがおさめていって、ふうっと最後に息を整えるように吐息を零した後。
 生真面目な声で囁いた言葉に、縛り付けられて。
 泣き言めいた言葉をもらす羽目になった。
「可愛い」
「………うるせぇよ、先輩」
 背中側から海堂の頬にあてがわれていた乾の手のひら、その親指の付け根辺りに。
 図らずとも口付けのように唇が当たり、海堂が漏らした悪態が、そこに擦り付けられる。
 そうして乾の手のひらは、海堂が咎めたせいなのか、もう言葉にはせずに。
 声に出さずにそれを伝えるように。
 海堂の顔を丁寧に、丁寧に撫でた。
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