How did you feel at your first kiss?
海堂が見ている。
盗み見るということを知らない海堂の視線は率直だ。
乾は唇に微かに笑みを刻んだ。
海堂に見られているもの。
それが自分だという事、それだけで口元の緩む自分がおかしかった。
部室の片隅で乾はベンチに座り、組んだ足の腿の上でノートに書き込みをしながら、そっと目線を海堂に向ける。
少し距離を置いて同じベンチに座っている海堂に、どうかした?と目で問いかけてやると、海堂の最初の疑問がその目を見ただけで乾には判ってしまった。
「珍しい? 俺が鉛筆使うの」
海堂が驚いたように目を見張る。
それから、海堂は顎を引くようにして小さく頷いた。
案外見られているものなんだなと乾は思って、右手を軽く持ち上げる。
乾は普段ボールペンを使う。
確かに鉛筆を持つのは久しぶりだ。
「北極グマは左利き…なんですか」
次いで、海堂はそう呟いた。
「みたいだな。確かめたのかね」
軸の黒い鉛筆には白抜きの英文で、そう書いてある。
海堂は動物好きだ。
じっとその一文に集中して、ずっと考えていたのかと思うと、それが乾には堪らなく可愛いように思えた。
それならばこれも、と乾は海堂と逆側に置いていた鞄の中から取り出したメモパッドを海堂側に置く。
「………北極グマは…黒い…」
「………………」
「半透明の毛皮が、白く見せている」
ですか?と言いたげに乾を見据えてくる海堂の視線。
訥々とした低い声での口調や、その実直な眼差しに。
乾はもう、本当に。
どうしようもなく可愛いと、しみじみ思った。
鉛筆同様に、黒地のメモパッドに白で印字された英文を読んで真剣に考え込む海堂を見やって、完全降伏したくなる程だ。
ロンドンの博物館土産という事で、いつだったか知り合いから貰ったままになっていたものを、ほんの気まぐれで使い出して良かったと、随分とささいな事でも幸せを噛み締められる自分がおかしかった。
幸せの根源にあるもの。
それはあの海堂が、テニスのこと以外で自分に目を向ける、言葉を向ける、そういうことだ。
乾は、いつの間にか自分にひどく大切で稀有な存在になっていた相手を見やりながら、きっとこの生真面目な後輩は、今晩は北極グマのことを調べたりするんだろうなと予想して微笑した。
「…………何っすか…」
「ん?」
海堂が警戒するような顔をする。
困らなくてもいいのに、と乾は結局笑みを深めてしまう。
乾が笑うと、海堂はいつもこういう顔をする。
困ったようにうろたえて、するりと逃げられそうになる。
「海堂。もうひとつあったよ。そういえば」
「………………」
「ジャンプが出来ない唯一の哺乳類はなんだと思う?」
乾は鞄の中から四角いプラスチックの鉛筆削りを取り出した。
印字されている英文を自分に向け、読み上げて質問すると。
乾の笑みひとつで逃げかけていた海堂が、気をとられてまた生真面目に考え込むのが目に甘い。
「はい。答え」
「……え、…」
ぽん、と海堂の手のひらに小さな鉛筆削りを乗せてやる。
海堂は面食らったような顔で、乾と、鉛筆削りとを見やっている。
「あの、…乾先輩…」
「あげる」
乾は笑って立ち上がった。
まだ気安いと呼ぶには程遠い関係ではあるが、多分少し前までなら。
乾が何かをあげると言っても、海堂は受け取らなかっただろう。
例え今は、答えが知りたいのだとしても、海堂は小さなその文具を、乾につき返してきたりはしない。
それどころか即座に手のひらにある鉛筆削りをじっと見下ろし、真剣な顔で答えを読み取った海堂の頭に、乾は立ち上がり様、笑って軽く手のひらを置いた。
さらさらと優しい涼しい感触がした。
ゾウはジャンプが出来ない唯一の哺乳類である。
そんなプリントがされた不思議な鉛筆削りは、それからずっと海堂のペンケースの中にある。
盗み見るということを知らない海堂の視線は率直だ。
乾は唇に微かに笑みを刻んだ。
海堂に見られているもの。
それが自分だという事、それだけで口元の緩む自分がおかしかった。
部室の片隅で乾はベンチに座り、組んだ足の腿の上でノートに書き込みをしながら、そっと目線を海堂に向ける。
少し距離を置いて同じベンチに座っている海堂に、どうかした?と目で問いかけてやると、海堂の最初の疑問がその目を見ただけで乾には判ってしまった。
「珍しい? 俺が鉛筆使うの」
海堂が驚いたように目を見張る。
それから、海堂は顎を引くようにして小さく頷いた。
案外見られているものなんだなと乾は思って、右手を軽く持ち上げる。
乾は普段ボールペンを使う。
確かに鉛筆を持つのは久しぶりだ。
「北極グマは左利き…なんですか」
次いで、海堂はそう呟いた。
「みたいだな。確かめたのかね」
軸の黒い鉛筆には白抜きの英文で、そう書いてある。
海堂は動物好きだ。
じっとその一文に集中して、ずっと考えていたのかと思うと、それが乾には堪らなく可愛いように思えた。
それならばこれも、と乾は海堂と逆側に置いていた鞄の中から取り出したメモパッドを海堂側に置く。
「………北極グマは…黒い…」
「………………」
「半透明の毛皮が、白く見せている」
ですか?と言いたげに乾を見据えてくる海堂の視線。
訥々とした低い声での口調や、その実直な眼差しに。
乾はもう、本当に。
どうしようもなく可愛いと、しみじみ思った。
鉛筆同様に、黒地のメモパッドに白で印字された英文を読んで真剣に考え込む海堂を見やって、完全降伏したくなる程だ。
ロンドンの博物館土産という事で、いつだったか知り合いから貰ったままになっていたものを、ほんの気まぐれで使い出して良かったと、随分とささいな事でも幸せを噛み締められる自分がおかしかった。
幸せの根源にあるもの。
それはあの海堂が、テニスのこと以外で自分に目を向ける、言葉を向ける、そういうことだ。
乾は、いつの間にか自分にひどく大切で稀有な存在になっていた相手を見やりながら、きっとこの生真面目な後輩は、今晩は北極グマのことを調べたりするんだろうなと予想して微笑した。
「…………何っすか…」
「ん?」
海堂が警戒するような顔をする。
困らなくてもいいのに、と乾は結局笑みを深めてしまう。
乾が笑うと、海堂はいつもこういう顔をする。
困ったようにうろたえて、するりと逃げられそうになる。
「海堂。もうひとつあったよ。そういえば」
「………………」
「ジャンプが出来ない唯一の哺乳類はなんだと思う?」
乾は鞄の中から四角いプラスチックの鉛筆削りを取り出した。
印字されている英文を自分に向け、読み上げて質問すると。
乾の笑みひとつで逃げかけていた海堂が、気をとられてまた生真面目に考え込むのが目に甘い。
「はい。答え」
「……え、…」
ぽん、と海堂の手のひらに小さな鉛筆削りを乗せてやる。
海堂は面食らったような顔で、乾と、鉛筆削りとを見やっている。
「あの、…乾先輩…」
「あげる」
乾は笑って立ち上がった。
まだ気安いと呼ぶには程遠い関係ではあるが、多分少し前までなら。
乾が何かをあげると言っても、海堂は受け取らなかっただろう。
例え今は、答えが知りたいのだとしても、海堂は小さなその文具を、乾につき返してきたりはしない。
それどころか即座に手のひらにある鉛筆削りをじっと見下ろし、真剣な顔で答えを読み取った海堂の頭に、乾は立ち上がり様、笑って軽く手のひらを置いた。
さらさらと優しい涼しい感触がした。
ゾウはジャンプが出来ない唯一の哺乳類である。
そんなプリントがされた不思議な鉛筆削りは、それからずっと海堂のペンケースの中にある。
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