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How did you feel at your first kiss?
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 手紙が売られている。
 古びたエアメールが、どういう経路で今この場にあるのかは宍戸にはまるで思いもつかないけれど。
 たくさんの手紙は雑多に文房具店の片隅で売られていた。
「エンタイアですね…」
 宍戸は何の気もなしにその一角を見ていただけなのに、隣にいた鳳は丁寧にその視線を拾い上げ、そんな事を言った。
 言葉にしなくても会話になっていたりする、こういうことはよくあることだ。
 お前って俺のことずっと見てんのかよ?と、以前に宍戸が言った時。
 鳳はひどく率直に、こくりと頷いて笑っていた。
 当たり前みたいに、いつも、ずっと、傍にいて。
 当たり前みたいに、とても、大事に、してきて。
 でもそんな鳳を。
 当たり前にしてしまえない宍戸を、鳳はより一層の当たり前で身包みにしてくる。
 宍戸に対して丁寧で優しいものは、眼差しも、言葉も、鳳からの何もかもだ。
「……エンタイアって何だ?」
 宍戸の問いかけに、鳳は唇に優しい笑みを刻んで、ブリキのボックスの中から一通のエアメールを取った。
 空いた方の手は宍戸の背中にそっと宛がわれる。
 エアメールの表書きを宍戸に見せて、鳳は丁寧に言った。
「郵便で配達された古い手紙のことです。古切手の収集家がいるようにエンタイアにも収集家がいるんで、……こういう風に売られてる」
 宛名に目線を落として読み取っている鳳の目元を、宍戸は見上げた。
 伏せる睫の濃く真っ直ぐな影と、ラインの鋭くなった頬や喉元に、ひとつ下の鳳が日に日に大人びていくのを目の当たりにさせられて。
 宍戸は秋口からいろいろと複雑だ。
 邪気なく、ただひたすらに宍戸に懐いてきていた鳳が、少しずつ、少しずつ、優しく穏やかなまま違う熱をためていくのが判るからだ。
 それを、まるで乞うように、貪欲に、欲しがる自分がいるからだ。
「………………」
「これだと…差出人は、フィンランドの……ああ、多分軍人の人ですね」
 宍戸が、じっと鳳を見上げている視線をゆったりと受け入れたまま。
 鳳は長い指で古びた手紙の切手を指し示す。
 オレンジ色の切手にはフィンランドと書かれていて、その上から黒字で異国の文字がプリントされている。
 戦時中に軍人が使えるように配られたものだと思います、と鳳は言って。
 宍戸の直視に気づいたように、ふと首を微かに傾げる。
「宍戸さん?」
「……家族に宛てたのかもな」
 宍戸は、自身の心の揺れを悟られないよう、曖昧に逃げた。
 吐息のように宍戸が返した応えに、鳳は今度は微かに屈んできて 少し考える顔をして宍戸を見つめてくる。
 なおも宍戸は視線を逃がしたまま、小さく呟いた。
「恋人にとかかもな…」
「………読んでみます? 中」
「いや。いい。昔のでも、外国人のでも、人の手紙は見ようって気にならねえよ」
 これらの手紙、一通一通が。
 どんな思いで書かれて。
 どんな経緯でここにあるのか。
 それは判らなくても、そこに込められる意味合いがあるという事は判る。
 思いの篭らない手紙などないだろう。
 感情を文字にして、筆記具で書き認めて、閉じ込めるよう封緘し、時間を使って運ばれて、届けられて、形となって残る思い。
「宍戸さん」
 考え込むような宍戸の背中にあった鳳の手のひらに、ぐっと一瞬力が入る。
 宍戸は淡く苦笑した。
 不安がるような鳳の気配に、軽く首を左右に振った。
「………そうだよな…」
「宍戸さん?」
「手紙ってのは……人の手で運ばれるもんだよな。普通」
 独り言じみた呟きを口にして、宍戸は鳳を見上げた。
 手紙の話を、した。
「お前に渡してくれって、うちの学年の奴に、手紙頼まれたんだけどな。今日」
「え……?」
「手紙は自分で渡せよって簡単に断っちまったのを、…少し反省してる」
 年下の男にラブレターを書いて、渡すのに。
 どれほどの勇気がいるのかに目を瞑るようにして、宍戸はそれを拒んできた。
 その瞬間に噛んだ苦さは、ラブレターの橋渡しなどガラではないという隠れ蓑の中に潜む個人的感情のせいだ。
 ただ、そうしたくなかっただけだという、ひどく単純な自分自身の感情のせいだ。
 宍戸は、同じクラスの彼女の手にあった見えないものの詰まった手紙がどうしても手に取れなかった。
 触れられなかった。
 運べなかった。
 鳳には、自分は、出来ない。
 届けてやれない手紙。
 でも、手紙というものは、元来人の手で運ばれていくものなのだと、エンタイアの山を目にして宍戸は思い、微かな溜息と共に一層の苦味を味わった。
 自分は、一生無理だろう。
 鳳の為の誰かからの手紙は運べない。
「………………」
 物憂げに、物思う、そんな宍戸は気づかなかった。
 その時に。
 この瞬間に。
 あれは違ったのかと、鳳の唇からもれた、安堵の吐息。
 深い嘆息。
 宍戸と、女生徒と、そして二人の間にあった手紙。
 それを見てしまっていた鳳が、宍戸の呟きに一時の不安を払拭させた、安堵の深い吐息に、まるで。
 まるで宍戸は気づかなかった。
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