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How did you feel at your first kiss?
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 花火が部屋で見つかった。
「……使用期限とかあんのかこれ」
 ひとりごちた宍戸は風呂上りだった。
 濡れ髪をタオルで大雑把に拭きながら、花火に水滴が飛ばないように暫く離れて見据えた後、宍戸は急いでジーンズに足を通し、シャツを着る。
 花火は長袖のシャツを探そうとして開けたクローゼットで見つけた。
 入れたままになっていたデイバッグの口が開いていて、そこから花火が見えていたのだ。
 宍戸は携帯電話をジーンズの後ろポケットに突っ込み、花火ごとデイバッグを肩に担ぐ。
 家を出ると外はすでにほの暗かった。
 最近暗くなるのが早くなった。
 風も随分と涼しい。
 シャワーを浴びた後、長袖の上着を探してしまうくらいに涼しくなった。
 宍戸はそんな事を考えながら、少し前に別れたばかりの、一緒に自主トレをしていた相手に電話をかけた。
「宍戸さん?」
 コール音してねえだろと宍戸が内心で呆れて思う程に早く鳳は電話に出た。
 でも鳳は、優しいゆったりとした声で宍戸の名を呼んだ。
 気持ちの良い声だ。
「おう。あのよ、さっき別れたばっかで何だけど」
「はい。なにかありましたか…?」
「花火つきあえ」
「花火?」
「そう。お前ん家の近くの公園な」
 じゃあなと言って宍戸は携帯をきり、本格的に走り出した。
 夏の残りの花火は、先月テニス部の面々と馬鹿騒ぎをした時のものだ。
 まだあれから一月も経っていない。
 そう思う事が驚きである程に、今の季節はすっかり秋めいてしまっている。
 あんなに暑かったのに、こんなに風は変わってしまっている。
 満月まであと少しの形をした月は、冴え冴えと涼しさを湛えて夜空に浮かんでいた。
 夏はいつの間にか終わっていた。



 宍戸が辿りついた公園にはすでに鳳の姿があった。
 やっぱりなと宍戸は思った。
 あらかじめの待ち合わせであっても突然の呼び出しであっても大抵鳳は先に到着している。
「宍戸さんー…」
 やけに情けない声を出した鳳は、手にタオルを持っていた。
「ひょっとしてと思ったんです。まだ髪濡れてるじゃないですか。帰ってすぐシャワー浴びたんでしょう? ちゃんとかわかさないと、そろそろヤバイですよ。風邪ひきます」
「…お前エスパーかよ」
 当然のようにそのタオルで宍戸の髪を拭き出した鳳を宍戸は上目に見やって、近頃また差の開き始めた身長差に眉根を寄せる。
「……ったく。しかもよ、何食ったらそう背が伸びんだよ。長太郎」
 さっきよりでかいんじゃねえのと睨みつけると、そんな馬鹿なと鳳が笑った。
「いくらなんでも一時間かそこらで伸びやしませんよ」
 甘い笑顔は温かい。
 鳳は季節を問わずにいつも穏やかに凪いでいる。
 優しく丁寧な手に髪を拭われ、花火するんですか?と耳元で囁かれた声も、宍戸の頭の中をとろりと溶かすようだった。
 鳳は宍戸のデイバッグを見ただけで、それがいつの花火の残りなのか思い出したようだった。
「ああ、不思議ですね。まだあの時からそんなに時間経ってないのに、何だか懐かしい気がする」
「最近やけに涼しいしな」
 話しながら宍戸がポケットから兄のライターを取り出すのを見て、鳳がまた少し笑った。
 マーベラスは宍戸の兄の愛用品で、先月の花火の際に拝借したことで家で小競り合いになったと宍戸が言った事を覚えていたのだろう。
「また持ってきちゃってお兄さん怒ってないですか?」
「別にいいんじゃねえの? 結局この間も喧嘩した後に、気に入ったんならやるって言われたし」
「コレクションだったんですよね?」
「タイプがいろいろあるらしいぜ。マーベラス。デザインもだけど着火方法も違うらしくて、兄貴は一通り持ってんだよ。まあ俺には使い道ねえから貰わなかったけど」
 今日は花火用で借りてきただけだと宍戸が言えば、鳳は真顔でしみじみ呟いてくる。
「宍戸さんのお兄さん、本当に宍戸さんのこと可愛がってるんだなあ…」
「……そういう事マジなツラで言うなっつーの」
 カチャンとパーツを跳ね上げさせ、花火の先端に火を灯す。
 ライターのオイルの微かな匂いは、すぐに弾けだした花火の火薬の匂いに紛れて消えた。
 迸る火花は眩しかった。
 宍戸は火をつけた手持ち花火を鳳に手渡した。
 続けざま自分のものにも火をつける。
 小さな火が爆ぜて、光り、暗がりの公園に華やかな色を射し始めた。
「ああ…やっぱり綺麗ですね」
「………………」
 横に並んで、手にした花火の先を見下ろす鳳の顔を宍戸は見ていた。
 火の花に照らされる端整な顔立ちは、雰囲気の甘さに見合って優しいが、少しずつ鋭利に、清廉と、すごみを増してもいる。
 伏せた目元の睫毛の影、強靭な流線を描き出した広い肩幅や喉元は、鳳の変わっていく外観を人に目の当たりにさせるものだが、鳳の持つ柔らかな雰囲気は決して削がれたりはしなかった。
 夏休みを経て更に鳳が恐ろしく人目を集めるようになっているのを、宍戸は決して不安とは思わなかったが、いろいろ悔しいと思う事はある。
 自分の持つ独占欲が厄介だと思う。
 宍戸は鳳の手首に指先を伸ばした。
 鳳が持っていた花火を下向きにさせ、その分近づく。
 距離を詰める。
「宍戸さん?」
 踵を上げる。
 届かないから。
 それでキスをする。
 鳳の唇を下から奪い、すぐに離れる。
 大きく目を見開いた鳳の表情に、血液そのものに感覚があるかのように、とくとくと身体を巡る流れが速まった。
「…むかつく」
「宍戸さん…?…」
 もう一度、噛み付くようにしてやったのに、鳳は宍戸からのキスを心地良さそうに目を細めて受け止めている。
 驚いてもいる鳳を睨みすえて宍戸は凄んだ。
「……見とれた顔してやがるからだよ」
「え?」
「相手花火でも面白くねえんだよ。悪かったな」
 面食らった顔をしていた鳳が、生真面目に顔を左右に振った。
「いえ。悪くないです、全然」
 ただ、と鳳は控えめに言葉を繋げ、微笑んだ。
「嬉しいだけです」
「………………」
「すごく嬉しいだけ」
 嬉しいと、鳳は繰り返した。
 鳳の手に宍戸の腰回りは支えられ、真横にいる鳳からのキスで宍戸は軽くのけぞるようになった。
 花火は、まだお互いの手にあって、それで相手を傷つける事のないよう下向きになったままだ。
 唇が深く食い違う。
 舌先を舐められて、含まれて、宍戸の手元から、殆ど消えかけの花火がとうとう落ちた。
 鳳も花火から手を離し、両手で宍戸を抱き締めてくる。
 宍戸は両手で鳳を抱き締め返した。
 花火の消えた暗がり。
 無言になった自分達。
 舌を濡らして、喉を鳴らして、口付けあい、抱き締めあい、お互いがお互いに、執着しあい、目には見えない火の花を散らした。
 身体の中には、過ぎた季節の夏に似た熱が居た。
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