How did you feel at your first kiss?
甘えきった無防備さで鳳は熟睡している。
宍戸の肩口に寄りかかって寝入ってしまっている。
「………………」
宍戸が流し見る視線の先で、色素の薄い鳳の髪はやわらかな曲線で閉ざした目元にかかっていた。
癖のない体温の甘い香りがする。
「………………」
宍戸は徐々に薄暗がりになっていく静寂に満ちた部室で、鳳の寝顔をそっと眺め下ろしていた。
部活も終わって、部室にいるのは宍戸と鳳の二人きりだ。
宍戸の手元には部室の鍵がある。
宍戸がレギュラー落ちしてからずっと、様々な事が目まぐるしかったこれまで。
レギュラー復帰が叶って漸く不安定な心情が落ち着きを取り戻してきたここ最近。
今日も、一番最後まで二人で居残りをしていたとはいえ、ふっつりと緊張の糸が途切れたかのように、ちょっとした時間の隙に鳳がこんな状況になるほど疲れているのだとしたら。
これまで、ここ最近。
鳳を疲れさせたのは自分だろうと宍戸は思っている。
宍戸のレギュラー復帰を当然の事のように受け止めた鳳だったが、そんな彼にどれだけの気苦労をかけさせたのかは、宍戸が誰よりも一番よく判っている。
無茶な特訓をせがんだ宍戸に鳳が随分と胸を痛めていた事も判っている。
鳳は宍戸のレギュラー復帰を欠片も疑ってはいなかったが、そうなった今になって、誰よりも安堵しているのもまた彼に違いなかった。
ラケットを持たない宍戸にスカッドサーブを打ち込み続けている時の鳳の表情を宍戸は思い出し、今更ながらにどれだけ鳳に心痛を与えてしまったかを知る。
今宍戸の肩口で眠る鳳の穏やかな寝顔で余計にそれを知る。
「おい。まだ誰かいんのかよ」
突然に快活な声がした。
宍戸は眉根を寄せて部室の扉を見やる。
「………………」
ひょい、と扉から姿を現したのは向日だった。
宍戸が眼差しを強く向けると察しの良い向日はぴたりと口を閉じたが、すぐにあからさまに面白がって寄って来た。
「珍しいじゃん。鳳」
うわー熟睡、と鳳を覗きこむ向日を宍戸は一睨みで牽制する。
向日はすぐさま不服を露にしてきた。
「何だよ。起こしてないだろ。睨むんじゃねえよ」
「うるせえ。…こいつを見るな」
「………う…っわー…どういう独占欲だよ。お前」
信じらんねえと向日は顔を歪め、そして笑う。
宍戸は舌打ちで返した。
独占欲だろうが何だろうが構わない。
実際本音で見せたくない。
「岳人ー。何してるん?」
「………………」
今度は低音の西のイントネーションだ。
また増えたと言わんばかりにうんざりと溜息をついた宍戸に、次いで現れた忍足もまた、向日と同様にいかにも興味深そうに室内へ入ってきた。
「ん? わんこはお昼寝中か?」
唇の端を引き上げてやんわりと笑みを浮かべる忍足が、鳳の顔を覗きこんでくる。
このダブルスはやることなすこと全部一緒かと宍戸が嘆息した隙を攫って、忍足が宍戸の手から部室の鍵を取り上げた。
「おい、……」
「俺達が鍵閉めて出て行ったるよ。そしたらお前ら密室に二人きりやで」
「ふざけたこと言ってねえでその鍵返せ」
「何や。堅実やな、宍戸は」
俺なら絶対そうするのにと忍足は向日の肩を抱き寄せた。
向日は、何だよ侑士と言いながらも、それには抗わない。
部室のソファに座る宍戸と鳳、二人の前に立つ忍足と向日で向き合う羽目になった。
「…だいたい何でお前ら戻ってきやがったんだよ」
「部室の鍵がまだ戻ってない言うて跡部が岳人にお使いを頼んで、俺はそのつきそいやな」
「とっと帰れ」
宍戸の呻くような声に、忍足はあっさり頷いた。
「せやな。帰ろか、岳人」
鍵は再び宍戸の手に戻ってきた。
この気まぐれめと宍戸は忍足を見やって唸る。
忍足はといえば向日をじっと見つめ、向日もまた同様に。
「ああ。帰るけど」
「けど?」
「手はつなぐな」
「何でやねん」
「俺は人前でベタベタすんの好きじゃねえんだよ! こいつらとは違うんだっての!」
あからさまにこいつらと向日に顎で示された宍戸は憮然とした。
ベタベタ。
そんなものどっちがだと思っていれば案の定。
「人目がなかったら、ちゃあんとベタベタさせてくれるからええけどなー」
「そういう事を口に出して言うな!」
「嫌やー」
「嫌とか言うな! 嫌とか!」
向日はガミガミと忍足を叱りつけている割には、指を絡めている恋人繋ぎの手はそのままだ。
忍足もまた普段聞いた事もないような甘ったれた声を出してはひとしきり向日を構い倒している。
結局彼らはしまいには、宍戸や鳳の存在など無いもの同然の扱いで。
揃って部室を出て行った。
そして再び訪れた静寂。
出て行ったのは嵐そのものだ。
いったい何なんだあいつらはと宍戸は深い溜息を吐き出すしかなかった。
そして宍戸は自分の肩口をそっと見下ろし、呟いた。
「長太郎。……起きてんだろ」
「………ええ。さすがに」
囁くような声だったが、寝起きのそれとは少し違う。
宍戸に答えてから、鳳の睫毛が動き、その目がゆっくり見開かれていく。
まだ宍戸の肩に凭れたまま、鳳は視線だけ宍戸へ向けてきた。
目線を合わせてから少し笑みを浮かべて、頭を起こし、身体を離して行こうとする鳳に。
宍戸はゆっくり顔を近づけた。
その唇にキスを重ねる。
「………………」
「…悪かったな。寝かせてやれなくて」
唇と唇が離れる合間で吐息程度に囁く。
鳳はひどく大切そうに宍戸からのキスを受けとめてから笑った。
「………眠るより元気出ましたよ…」
「………………」
「うれしいこと聞けましたし」
今度は鳳の方からキスをしてきた。
二度、三度、と双方からしかけて繰り返すキスの合間に言葉を交わす。
「……何か言ったっけか?」
「見るなって」
「ああ…言ったけど。…それが嬉しいもんか?」
「はい。すごく、ね…」
鳳からの最後のキスは宍戸の頬にだった。
宍戸は鳳の目尻にし返してから立ち上がる。
「変な奴だな……ま、いいけど。帰ろうぜ。長太郎」
「はい。…すみませんでした。宍戸さん」
「何が?」
「起こしてくれて良かったのに」
申し訳なさそうに言う鳳の、それでいて和んで柔らかな表情に宍戸も眼差しを緩めた。
「起こしたくなかったんだよ。お前寝てる時、妙にかわいいから」
「………宍戸さん。それこそ変です」
生真面目に眉間を歪め控えめながらもきっぱりと否定してきた鳳を宍戸は笑ってあしらったが、多分に本気だ。
自分の肩口で眠っていた鳳の感触が、まだ皮膚に残っている。
宍戸は鳳と他愛ない言葉を交わしながら。
右手で。
甘い余韻の残る自身の左肩を、そっと撫でた。
鳳が宍戸の肩に凭れかけていた方、右側の髪を。
それと同時にかきあげていたのは、恋の同調に他ならない。
宍戸の肩口に寄りかかって寝入ってしまっている。
「………………」
宍戸が流し見る視線の先で、色素の薄い鳳の髪はやわらかな曲線で閉ざした目元にかかっていた。
癖のない体温の甘い香りがする。
「………………」
宍戸は徐々に薄暗がりになっていく静寂に満ちた部室で、鳳の寝顔をそっと眺め下ろしていた。
部活も終わって、部室にいるのは宍戸と鳳の二人きりだ。
宍戸の手元には部室の鍵がある。
宍戸がレギュラー落ちしてからずっと、様々な事が目まぐるしかったこれまで。
レギュラー復帰が叶って漸く不安定な心情が落ち着きを取り戻してきたここ最近。
今日も、一番最後まで二人で居残りをしていたとはいえ、ふっつりと緊張の糸が途切れたかのように、ちょっとした時間の隙に鳳がこんな状況になるほど疲れているのだとしたら。
これまで、ここ最近。
鳳を疲れさせたのは自分だろうと宍戸は思っている。
宍戸のレギュラー復帰を当然の事のように受け止めた鳳だったが、そんな彼にどれだけの気苦労をかけさせたのかは、宍戸が誰よりも一番よく判っている。
無茶な特訓をせがんだ宍戸に鳳が随分と胸を痛めていた事も判っている。
鳳は宍戸のレギュラー復帰を欠片も疑ってはいなかったが、そうなった今になって、誰よりも安堵しているのもまた彼に違いなかった。
ラケットを持たない宍戸にスカッドサーブを打ち込み続けている時の鳳の表情を宍戸は思い出し、今更ながらにどれだけ鳳に心痛を与えてしまったかを知る。
今宍戸の肩口で眠る鳳の穏やかな寝顔で余計にそれを知る。
「おい。まだ誰かいんのかよ」
突然に快活な声がした。
宍戸は眉根を寄せて部室の扉を見やる。
「………………」
ひょい、と扉から姿を現したのは向日だった。
宍戸が眼差しを強く向けると察しの良い向日はぴたりと口を閉じたが、すぐにあからさまに面白がって寄って来た。
「珍しいじゃん。鳳」
うわー熟睡、と鳳を覗きこむ向日を宍戸は一睨みで牽制する。
向日はすぐさま不服を露にしてきた。
「何だよ。起こしてないだろ。睨むんじゃねえよ」
「うるせえ。…こいつを見るな」
「………う…っわー…どういう独占欲だよ。お前」
信じらんねえと向日は顔を歪め、そして笑う。
宍戸は舌打ちで返した。
独占欲だろうが何だろうが構わない。
実際本音で見せたくない。
「岳人ー。何してるん?」
「………………」
今度は低音の西のイントネーションだ。
また増えたと言わんばかりにうんざりと溜息をついた宍戸に、次いで現れた忍足もまた、向日と同様にいかにも興味深そうに室内へ入ってきた。
「ん? わんこはお昼寝中か?」
唇の端を引き上げてやんわりと笑みを浮かべる忍足が、鳳の顔を覗きこんでくる。
このダブルスはやることなすこと全部一緒かと宍戸が嘆息した隙を攫って、忍足が宍戸の手から部室の鍵を取り上げた。
「おい、……」
「俺達が鍵閉めて出て行ったるよ。そしたらお前ら密室に二人きりやで」
「ふざけたこと言ってねえでその鍵返せ」
「何や。堅実やな、宍戸は」
俺なら絶対そうするのにと忍足は向日の肩を抱き寄せた。
向日は、何だよ侑士と言いながらも、それには抗わない。
部室のソファに座る宍戸と鳳、二人の前に立つ忍足と向日で向き合う羽目になった。
「…だいたい何でお前ら戻ってきやがったんだよ」
「部室の鍵がまだ戻ってない言うて跡部が岳人にお使いを頼んで、俺はそのつきそいやな」
「とっと帰れ」
宍戸の呻くような声に、忍足はあっさり頷いた。
「せやな。帰ろか、岳人」
鍵は再び宍戸の手に戻ってきた。
この気まぐれめと宍戸は忍足を見やって唸る。
忍足はといえば向日をじっと見つめ、向日もまた同様に。
「ああ。帰るけど」
「けど?」
「手はつなぐな」
「何でやねん」
「俺は人前でベタベタすんの好きじゃねえんだよ! こいつらとは違うんだっての!」
あからさまにこいつらと向日に顎で示された宍戸は憮然とした。
ベタベタ。
そんなものどっちがだと思っていれば案の定。
「人目がなかったら、ちゃあんとベタベタさせてくれるからええけどなー」
「そういう事を口に出して言うな!」
「嫌やー」
「嫌とか言うな! 嫌とか!」
向日はガミガミと忍足を叱りつけている割には、指を絡めている恋人繋ぎの手はそのままだ。
忍足もまた普段聞いた事もないような甘ったれた声を出してはひとしきり向日を構い倒している。
結局彼らはしまいには、宍戸や鳳の存在など無いもの同然の扱いで。
揃って部室を出て行った。
そして再び訪れた静寂。
出て行ったのは嵐そのものだ。
いったい何なんだあいつらはと宍戸は深い溜息を吐き出すしかなかった。
そして宍戸は自分の肩口をそっと見下ろし、呟いた。
「長太郎。……起きてんだろ」
「………ええ。さすがに」
囁くような声だったが、寝起きのそれとは少し違う。
宍戸に答えてから、鳳の睫毛が動き、その目がゆっくり見開かれていく。
まだ宍戸の肩に凭れたまま、鳳は視線だけ宍戸へ向けてきた。
目線を合わせてから少し笑みを浮かべて、頭を起こし、身体を離して行こうとする鳳に。
宍戸はゆっくり顔を近づけた。
その唇にキスを重ねる。
「………………」
「…悪かったな。寝かせてやれなくて」
唇と唇が離れる合間で吐息程度に囁く。
鳳はひどく大切そうに宍戸からのキスを受けとめてから笑った。
「………眠るより元気出ましたよ…」
「………………」
「うれしいこと聞けましたし」
今度は鳳の方からキスをしてきた。
二度、三度、と双方からしかけて繰り返すキスの合間に言葉を交わす。
「……何か言ったっけか?」
「見るなって」
「ああ…言ったけど。…それが嬉しいもんか?」
「はい。すごく、ね…」
鳳からの最後のキスは宍戸の頬にだった。
宍戸は鳳の目尻にし返してから立ち上がる。
「変な奴だな……ま、いいけど。帰ろうぜ。長太郎」
「はい。…すみませんでした。宍戸さん」
「何が?」
「起こしてくれて良かったのに」
申し訳なさそうに言う鳳の、それでいて和んで柔らかな表情に宍戸も眼差しを緩めた。
「起こしたくなかったんだよ。お前寝てる時、妙にかわいいから」
「………宍戸さん。それこそ変です」
生真面目に眉間を歪め控えめながらもきっぱりと否定してきた鳳を宍戸は笑ってあしらったが、多分に本気だ。
自分の肩口で眠っていた鳳の感触が、まだ皮膚に残っている。
宍戸は鳳と他愛ない言葉を交わしながら。
右手で。
甘い余韻の残る自身の左肩を、そっと撫でた。
鳳が宍戸の肩に凭れかけていた方、右側の髪を。
それと同時にかきあげていたのは、恋の同調に他ならない。
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