How did you feel at your first kiss?
今年の十五夜は強烈な雨風で月など到底望める状態ではなかった。
季節行事に忠実やかな海堂の母親はそれをひどく残念がって、翌々日の晴天の日の夜、二日遅れのお月見をしましょうと言って、改めてススキを活け、月見団子をたくさん作った。
そして夜の走りこみに出ようとしていた海堂を呼び止めると、乾と会うのかどうかを確認した上で、月見団子のお重を持たせてきたのだ。
持たされた海堂は、いつもの河原まで本気で走っていく訳にもいかずペースを落とした分乾よりも後に河原についた。
月明かりで夜目にもはっきり相手の表情が判る。
先に来ていた乾は海堂の口から事情を聞くと笑って、河原の土手を指差して言った。
「しようか。お月見」
それで二人は河原の土手に並んで座り、冴え冴えと煌く月を見上げたのだ。
どこかで秋の虫の鳴き声がしていた。
「これも穂摘さんの手作り?」
「………っす」
「すごいな」
深さのある小ぶりのお重の蓋を開けると積まれた月見団子が現れて、乾は頂きますと言って手を伸ばしてきた。
ひょいと一個口に入れて目を見開く。
「……お」
「………………」
海堂はじっと乾を見据える。
「月見団子って、こんなにうまいものなのか……」
真面目な乾の呟きに、海堂は判る人でなければ判らない程度の薄い笑みを唇に浮かべた。
乾は判る人なので海堂の表情を目にして同じように笑みで返してくる。
「何?」
「………や、」
なんでもないと海堂が言えば、それ以上追い込んできたりはしない。
乾は次の団子に手を伸ばす。
「あれ、さっきのと味違う?」
「ああ…」
見た目は全く同じ。
取り立てて変哲のない白い月見団子なのだが、乾の言うように二種類入っているのだ。
「うちのは白玉粉も入ってるんで…水で練らないで、牛乳で練ったのと豆腐で練ったのがあるから味が違うかと」
「へえ…手間隙かかってるんだな」
「別にそれほど大変な訳では…」
「………………」
「……、…何っすか…」
乾が顔を近づけてきたので、海堂は小さく息を飲む。
見返して問うと、乾が唇に笑みを刻んだ。
「もしかして海堂も、これ作った?」
「………っ…、……」
いきなり切り込んでこられて、海堂は怯んでしまった。
別にそれが何だと返せばいいだけの話なのは判っているのだが。
「海堂」
「……っ…たら…、何…」
手伝っただけだ。
でも乾にも食べさせると知っていたら、手伝わなかったかもしれない。
別に嫌な訳ではない。
ただどうしようもなく気恥ずかしい。
でも、一口食べて。
うまいと言った乾の言葉が、嬉しかったのも本当だ。
「月見団子が自家製で作れるなんてすごいよな」
「………別にただ混ぜるだけで…」
「俺は家事は分担制であるべきだと思う派なんだが……掃除苦手なんだよなあ…」
「は…?」
「でも料理は絶対海堂のが美味い筈だし」
「あの…乾先輩…」
「仕事で分ける当番制じゃなくて、曜日か週かで分けるんでどうだろう」
「あんた、さっきから何の話してるんですか」
「え? 将来の話を」
俺達の、と乾は言った。
「………………」
団子を食いながらか。
海堂はがっくり肩を落とした。
しかしそれは突拍子もないと呆れているというよりも。
真面目にそんな事を考えて、思い悩んでいる乾にどうしようもなく気恥ずかしい思いをさせられたからだ。
乾は月見団子を黙々と食べて、ああでもないこうでもないと呟いてる。
乾がとりやすいようにお重を彼の方に向けてやりながら、海堂は秋の月を見上げた。
月は、潔く綺麗だ。
「乾先輩」
「ん?……ああ、何だ? 海堂」
「その時が来たら、役割分担は俺が振るから、今からぐだぐだ考えてんじゃねえよ」
「……は?」
「………月見だろ。月見ろよ」
綺麗だから。
そう眼差しで促すと、何故か乾は感嘆したような溜息を零し、そして。
海堂を土手の草むらに押し倒してきた。
それは丁寧に。
「なん…、……」
「いや……俺達の将来の話なんて俺が言っても、それを全く否定しない海堂にくらっときただけ」
「俺は月を見ろって言ってんのに、月に背向けてどうするんすか…!」
「え…じゃあ…」
「………っ…、…」
すぐさまくるりと体勢が変えられる。
乾が草むらに背を宛て仰向けになり、海堂はその上に引き上げられた。
「これならいいか」
「………………」
よくない。
全然よくない。
「………………」
海堂が見下ろす先で。
乾の両腕が伸びてくる。
海堂の頭を抱えるようにして引き寄せてくる。
唇にされそうなキス。
やはりよくない。
キスがじゃなくて。
「………………」
この体勢になったところで、結局乾は月を見上げてはいないのだ。
海堂ばかりを見ているだけだ。
「…、月を…」
「ん」
「見ろ…って、…言…」
「…海堂のがいいなぁ」
囁く小声が唇に当たる。
潜めた乾のささやきに眩暈がする。
海堂は目を閉じた。
乾の舌を唇をひらいて受け入れる。
月は、また後で。
今は、このまま。
季節行事に忠実やかな海堂の母親はそれをひどく残念がって、翌々日の晴天の日の夜、二日遅れのお月見をしましょうと言って、改めてススキを活け、月見団子をたくさん作った。
そして夜の走りこみに出ようとしていた海堂を呼び止めると、乾と会うのかどうかを確認した上で、月見団子のお重を持たせてきたのだ。
持たされた海堂は、いつもの河原まで本気で走っていく訳にもいかずペースを落とした分乾よりも後に河原についた。
月明かりで夜目にもはっきり相手の表情が判る。
先に来ていた乾は海堂の口から事情を聞くと笑って、河原の土手を指差して言った。
「しようか。お月見」
それで二人は河原の土手に並んで座り、冴え冴えと煌く月を見上げたのだ。
どこかで秋の虫の鳴き声がしていた。
「これも穂摘さんの手作り?」
「………っす」
「すごいな」
深さのある小ぶりのお重の蓋を開けると積まれた月見団子が現れて、乾は頂きますと言って手を伸ばしてきた。
ひょいと一個口に入れて目を見開く。
「……お」
「………………」
海堂はじっと乾を見据える。
「月見団子って、こんなにうまいものなのか……」
真面目な乾の呟きに、海堂は判る人でなければ判らない程度の薄い笑みを唇に浮かべた。
乾は判る人なので海堂の表情を目にして同じように笑みで返してくる。
「何?」
「………や、」
なんでもないと海堂が言えば、それ以上追い込んできたりはしない。
乾は次の団子に手を伸ばす。
「あれ、さっきのと味違う?」
「ああ…」
見た目は全く同じ。
取り立てて変哲のない白い月見団子なのだが、乾の言うように二種類入っているのだ。
「うちのは白玉粉も入ってるんで…水で練らないで、牛乳で練ったのと豆腐で練ったのがあるから味が違うかと」
「へえ…手間隙かかってるんだな」
「別にそれほど大変な訳では…」
「………………」
「……、…何っすか…」
乾が顔を近づけてきたので、海堂は小さく息を飲む。
見返して問うと、乾が唇に笑みを刻んだ。
「もしかして海堂も、これ作った?」
「………っ…、……」
いきなり切り込んでこられて、海堂は怯んでしまった。
別にそれが何だと返せばいいだけの話なのは判っているのだが。
「海堂」
「……っ…たら…、何…」
手伝っただけだ。
でも乾にも食べさせると知っていたら、手伝わなかったかもしれない。
別に嫌な訳ではない。
ただどうしようもなく気恥ずかしい。
でも、一口食べて。
うまいと言った乾の言葉が、嬉しかったのも本当だ。
「月見団子が自家製で作れるなんてすごいよな」
「………別にただ混ぜるだけで…」
「俺は家事は分担制であるべきだと思う派なんだが……掃除苦手なんだよなあ…」
「は…?」
「でも料理は絶対海堂のが美味い筈だし」
「あの…乾先輩…」
「仕事で分ける当番制じゃなくて、曜日か週かで分けるんでどうだろう」
「あんた、さっきから何の話してるんですか」
「え? 将来の話を」
俺達の、と乾は言った。
「………………」
団子を食いながらか。
海堂はがっくり肩を落とした。
しかしそれは突拍子もないと呆れているというよりも。
真面目にそんな事を考えて、思い悩んでいる乾にどうしようもなく気恥ずかしい思いをさせられたからだ。
乾は月見団子を黙々と食べて、ああでもないこうでもないと呟いてる。
乾がとりやすいようにお重を彼の方に向けてやりながら、海堂は秋の月を見上げた。
月は、潔く綺麗だ。
「乾先輩」
「ん?……ああ、何だ? 海堂」
「その時が来たら、役割分担は俺が振るから、今からぐだぐだ考えてんじゃねえよ」
「……は?」
「………月見だろ。月見ろよ」
綺麗だから。
そう眼差しで促すと、何故か乾は感嘆したような溜息を零し、そして。
海堂を土手の草むらに押し倒してきた。
それは丁寧に。
「なん…、……」
「いや……俺達の将来の話なんて俺が言っても、それを全く否定しない海堂にくらっときただけ」
「俺は月を見ろって言ってんのに、月に背向けてどうするんすか…!」
「え…じゃあ…」
「………っ…、…」
すぐさまくるりと体勢が変えられる。
乾が草むらに背を宛て仰向けになり、海堂はその上に引き上げられた。
「これならいいか」
「………………」
よくない。
全然よくない。
「………………」
海堂が見下ろす先で。
乾の両腕が伸びてくる。
海堂の頭を抱えるようにして引き寄せてくる。
唇にされそうなキス。
やはりよくない。
キスがじゃなくて。
「………………」
この体勢になったところで、結局乾は月を見上げてはいないのだ。
海堂ばかりを見ているだけだ。
「…、月を…」
「ん」
「見ろ…って、…言…」
「…海堂のがいいなぁ」
囁く小声が唇に当たる。
潜めた乾のささやきに眩暈がする。
海堂は目を閉じた。
乾の舌を唇をひらいて受け入れる。
月は、また後で。
今は、このまま。
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