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How did you feel at your first kiss?
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 俺も行くと言ってきかないのだ。
 まるで駄々をこねる子供の言い草だ。
「ついてくるなと言ってるでしょう…!」
 観月はじめは道中足早に歩きながら、前方を見据えたままで幾度もそう言った。
 するとその都度その相手は、同じ回数、俺も行くと返してきた。
「目立ってしょうがないんですよ! あなたみたいに、やたらとでかくて色の黒い人が偵察についてきたら!」
 観月はとうとう立ち止まった。
 背後にいた男を振り返って怒鳴る。
 相手は、お、という顔をして観月と同じく足を止めた。
「帰りなさい!」
 他校のデータ収集に向かっている観月にとって、今目の前にいる男は、はっきりいって一緒に連れていきたくない相手筆頭だ。
 目立ちすぎる。
 怪しいこと極まりないと憤慨している観月をよそに、相手の男、赤澤吉朗は飄々としたもので観月に平然と言い返してきた。
「お前みたいに、やたら綺麗で色の白い奴が偵察に行ったって充分目立つだろうが」
「な…っ………」
「俺もついていく。もう帰り道判んねえし」
 唇の端を引き上げて笑う赤澤の表情は明るく快活だった。
 前髪を骨ばった長い指ででかきあげながら、うそぶいてそんな事を言う割に。
 全く不誠実に見えない所が、赤澤の最も不思議な所だった。
 観月は唇を噛み締めて赤澤を睨みつけているのだが、彼はまるで動じた風もない。
「日比野第五だっけ? 歩いていくのか?」
「………………」
 むしろ穏やかに問いかけながら、デジタル機器があれこれ入っている観月の鞄を赤澤は観月の手元から奪い取った。
 どれもコンパクトであるけれど、如何せん様々なツールが詰まっている観月の鞄は、見た目よりも遥かに重い。
「………………」
 赤澤は観月の鞄を肩にかけ歩き出した。
 観月は赤澤の背中をきつく見据えながら、声にならない声で唸るような悪態をつくしか出来なくなる。
 赤澤は派手な野性味を晒しつつも徹底したフェミニストでもある。
 バランスがいいのかわるいのかさっぱり判らない。
 それが赤澤なのだ。
 観月は身軽になって、しかしだからといって嬉しい訳でもなくいる。
 赤くなっている自分が嫌なのだ。
「観月ー」
「………………」
 観月に背を向けたまま赤澤は片手を肩先まで挙げて、来い来いと指先の仕草で観月を促した。
 そうやって敢えて赤澤が振り向かないでいるという事は、結局観月の今の状態など全て見通しているのに違いなかった。
 それがまた観月には悔しいのだ。



 都大会の四回戦の相手校になると観月が目星をつけた日比野第五の偵察には、然程時間がかからなかった。
 もういいのかと赤澤が観月に聞いたくらいに早く済んだ。
「ええ。ダブルスで決まりますよ。僕と貴方は出番無しですね」
 問題はその次に来るであろう青学ですと観月は言って、赤澤に帰りを促した。
「後は部屋でまとめます」
「そうか」
「………そうかって、ちょっと何、…」
 いきなり赤澤に腕を取られて引っ張られる。
 観月は目を丸くした。
 何でこんな。
 突如赤澤は自分の腕を取って帰路とは逆の方角に向かって歩いているのだ。
「赤澤、…っ…」
「予定より早く終わったんだろ? 少し寄り道して行こうぜ」
「ど、……どこに行くんですか…!」
「んー? なんか甘いもんでも食いに行こうかと」
「は?」
「好きだろ?」
 ケーキとか、お前さ、と赤澤は歩きながら観月を流し見てきた。
「あなた、何意味の判らないこと言って、……」
「疲れた時には甘いものってのが定説だろ?」
 赤澤が目を細めた。
 笑うといきなり人懐っこくなるのだ。
 この男は。
「………………」
「お前の事だから無茶しすぎてぶっ倒れるとかは思ってないけどな。寮戻ったらどうせすぐ部屋に籠もってまたデータ分析すんだろ?」
「いけませんか。それが僕の仕事です」
「いけなかねえよ。頼りにしてる」
「………………」
 一歩間違えると悪目立ちしかねない風貌で、それは優しく笑ってみせる。
 最初から観月に無条件に信頼を寄せてきた赤澤がいなければ、はえぬき組とスクール組とが混合する部内の融合はなかったかもしれない。
 赤澤が部長だったからこそ、観月が多少暴君めいた指示を出しても不協和音は生まれなかったのだ。
 それは誰よりも観月が自覚していた。
「………どこまで行くんですか」
 観月は異論を唱えるのを止めた。
 手首の辺りはまだ赤澤に掴まれたまま。
 歩きながら小さく尋ねれば、赤澤の歩調が少し遅くなった。
「まあ、近場で」
「…………あなた絶対浮きますよ。とんでもなく居心地悪いですよ」
「行ってみなけりゃ判んねえだろ」
「……だいたいなんでこんな事」
 話を蒸し返して観月が呟く言葉を赤澤は当然のように聞きつけた。
「だからさ、お前好きだろ。ケーキとか紅茶とか。俺はそういうお前を見てるのが好きだしな。だから一緒に行くって言ってる。問題あるか?」
「………ありますよ」
 何をさらっととんでもない事を言ってるんだと観月は唖然とした。
 好きとか何故そんな風に言えるのか。
 この男。
「あっても行く」
 また駄々をこねる子供再びだ。
 そんな見目をして、こんな言い草で。
 ありえない。
 観月は頭上を仰いで溜息をつくしかなかった。

 

 近場でと赤澤は言ったが、電車に乗った。
 駅からは然程離れていない。
 そうして観月が連れていかれたのは観月もよく知る著名なホテルで行われていたデザートビュッフェだった。
 ケーキの類はあまり食べない赤澤は、案の定コーヒーだけとってすでに席についている。
 周囲は見事に女性陣しかいないが、赤澤はまるで気にした風もなかった。
 テニスの試合にしても日常生活にしても、赤澤は豪胆だ。
 どうあっても自分のペースでいる。
「………………」
 赤澤が周囲の女性達から集めている視線は、好奇というよりも、もっと華やいだ気配に満ちている。
 それにどこまで気づいているのかいないのか。
 観月は不機嫌に睨みつけてやったが、赤澤はコーヒーカップに口をつけながら、邪気のない笑みで笑いかけてくるだけだ。
「………………」
 嘆息するしかない観月は、好きなケーキだけを厳選して皿に取り分け、クレープをオレンジのリキュールでフランベしてもらったものと、紅茶のカップを手に席に戻った。
「観月、ここのスタッフよりうまいんじゃねえ?」
「……何がですか」
「皿の持ち方とか、ウォーキング?」
「ウォーキングって全く意味判らないですけど」
「まあまあ」
 笑う赤澤に観月はプレート二枚とカップを卓上に置いて席につく。
「これ」
「ん?」
 ケーキのプレートを赤澤の方に差し出す。
「スイートポテト。さつまいもです」
 これなら食べられるでしょうと観月が言うと、案外素直に赤澤はフォークに刺して、スイートポテトを口に放り込む。
 一口だ。
「おー…これうまい」
「……こっちのも、食べられますよ」
「わざわざ俺が食えるの探してきてくれたのか?」
「………っ…」
 観月は、ぐっと息を飲んだ。
 こういう所が、赤澤は、デリカシーがないのだ。
 それこそわざわざ言葉にして言う事かと観月は赤澤を睨み据えて。
「探すまでもないです。こんなこと」
 見れば判るんですからとか。
 焼き芋が好きならスイートポテトが食べられない訳ないでしょうとか。
 観月が何をどう言っても、赤澤は唇に浮かべた笑みを消さなかった。
 腹立ち紛れに観月が甘いオレンジのシロップがたっぷりしみたクレープシュゼットを食べ始めると、赤澤は片手で頬杖した体勢で、じっと観月を見つめたままになった。
 あまりに直視されて、さしもの観月も居心地が悪くなる程だった。
「なあ、観月」
「……なんですか!」
 手は止めないものの語気荒く問い返した観月に、赤澤は言った。
「そこのフロントの横ん所のコンシェルジュ、俺の親父なんだけどさ」
「………、……は……?!…」
「紹介していい?」
「何の冗談……、…」
「や、冗談じゃなくてマジな話」
「このホテル…って…」
「そう。俺の親父が勤めてるとこ。今も見えてんだけどさ」
 さすがにもう冗談だろうと観月も言えなくなった。
 赤澤の父親の職業は観月も知っていたし、ここに連れてこられた時何故赤澤がこんなホテルのデザートビュッフェなど知っているのかと疑問に思った謎もそれで解ける。
「なあ、いい?」
「駄目です…!」
「えー…何で」
 えーとか言うな!と観月は真っ赤になって怒鳴った。
 無論、声はひそめてだが。
「こんな恰好でご挨拶できるわけないでしょう…!」
「どこから見てもちゃんとしてるし、綺麗だけどな?」
「き…、…っ……」
 憤死してしまいそうな観月になど赤澤はお構い無しに笑んでいる。
「何ですかその笑い顔は…!」
「いや、かわいいなあと…」
「か…、…っ……」
 もういやだ。
 もうしぬ。
 観月は叫びだしたくなった。
 なんなんだこの男。
「自慢してえじゃん?」
 いったい自分の父親に自分の友人をどう自慢する気なのかと危ぶんだ観月は、ひどく物騒な考えに直面してしまった。
「赤澤……あなた……何て言って僕を紹介する気なんですか」
「ああ?……あー……そうだなあ……」
「………………」
「こいつは、俺の……」
「………………」
「俺の……観月です。って感じか」
「……っ…、…俺の観月ってなんなんですか! 俺の観月って!」
 ふわりと甘いオレンジの香りの中。
 そんな言い争いがエスカレートしていく。
 とんでもない。
 めちゃくちゃだ。
 観月は、ともかく、断固として。
 今この状況下で赤澤の父親と対面する事だけは避けようと、それだけに必死になった。
 真っ赤になって、涙目で、会える訳がない。



 翌日、聖ルドルフのテニスコートにはいつもの光景が繰り広げられていた。
 声を荒げる観月と、笑ってそれを宥める赤澤と。
 いつものことだとその喧騒を気にした風も無いテニス部員達の耳に届かなかった詳細は。
「な、…っ……気づかれてたんですか…っ?」
「みたいだなー。お前のシュゼットは実に綺麗だったなとか言われたし」
「……それは……クレープ…の話なわけ…」
「ないだろうな」
 肩を竦める赤澤に、観月は茫然とした。
 クレープシュゼットは、クレープの女王様という意味なので。
 赤澤の父親が言った言葉が、クレープの話のわけがない。
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